異世界の人間
この度はこの作品を手に取って頂き誠にありがとうございます!
どうか最後までお付き合いください。
「サタン様、サタン様。 どうか我の声に答え給え。 サタン様サタン様―――」
この呪文を唱えてから五分は過ぎただろうか。
誰にも気づかれないように森の奥まで足を運び、良い感じの広場を見つけ儀式の準備をして1日を終えようとしていた。
空は既に暗くなり、森の奥という事もあり街灯も街の光も見えない。
唯一の光は持ってきていた懐中電灯と儀式で設置した蝋燭が5本、そして綺麗に輝く大きな満月の明かりのみだった。
「サタン様、サタン様。 どうか・・どうか我の、私の声に・・答えて・・・」
私はまるで絵本の世界に出てくる魔女のように黒いマントを頭まで被り顔が見えないようにしている。
しかし、恐らく、もしも周りに人がいたとしたら、私が涙を流している事などすぐにバレてしまっているのではないと思えるほどの量の涙が私の頬を伝っていた。
「サタン様・・サタ・・う、うぅ!!」
10分は経ったのだろうか。
私はついに同じ事を唱えていた呪文を唱える事が出来なくなり両手を顔に覆いかぶして泣いてしまった。
こんな事をしても無駄な事は分かっていた。
最初っから意味のない事だという事は理解していた。
それでも、私はほんのわずかな可能性を信じて、こんな迷信でしかないオカルトな儀式を一人で行っていた。
私がこんなバカな事をしていた事には理由がある。
まぁ、理由もなければこんな無駄な事などしないのだけれど一応聞いてほしい。
私には1つ年上の学校の先輩であり彼氏だった人がいる・・いや、【いた】。
彼は根暗で普段誰とも喋らない大人しい人で、それに引き換え私は少し小ギャルが入ったチャラチャラした女子生徒だ。
本来は関係など持つ事など無かったかも知れなかった私達だったが、ある時、私がチャラい男達に囲まれて困っていた時、彼は目に涙を浮かべながら私を庇うように身を徹して守ってくれた。
結果は彼がボコボコに殴られて、騒ぎを聞きつけた住民が警察に連絡、チャラ男達はそれに気が付いて逃げて行くといった状況になった。
私は殴られた彼にお礼を言おうと近づいた時、彼は私にこう言ったのだ
『よかった。 君が無事で。』
ボコボコに殴られた顔で彼は私に笑顔を見せてそう言った。
恐らく、いや、私はその時から彼に惚れていたのだろう。
それ以降、私は彼が所属する【オカルト研究会】という名目だけの部活に入部して彼と少しでも長く一緒に居れる時間を作り、彼が卒業する頃に告白、そして私達は無事に付き合う事となった。
その頃には何故か私と彼だけだったオカルト研究部は知らない内に二十人もいる人気部活となっており、部活動もオカルト研究並びに科学的研究も同時に行われて部活動としての活動も私が部活を引退近くの頃には本格的になっていた。
そして、私には最後になる部活動の活動を見てもらえる学校イベント【文化祭】での企画を考えている時だった。
最初は全員科学的に証明できるオカルトを発表するとか、お化け屋敷で科学的に創り上げる火の玉で脅かそうとかで盛り上がっていたが、当時部長を任されていた私はある提案を出した。
「【都市伝説を実践してみた】・・っていうのはどう?」
この頃よく流行っていた動画投稿サイトで見る動画と同じようにカメラで取り、教室一室を借りてホラー映画のように上映しようという事だった。
流石に流行っていたという事もありその意見に同意する部員が多く、結果的にはその企画で進む事となった。
他の部員達がそれぞれグループを作りそれぞれの企画を進める方針となったのだが、私はそのどのグループにも所属しないで1人で検証する事にした。
理由は簡単、当時大学生となった彼と二人で検証しようと考えたからだ。
「それで? どんな都市伝説を検証しようとしてるの?」
その日企画が決まった後、私は大学に入り1人暮らしを始めた彼の家に直接向かい文化祭の企画について相談をした。
「そーね・・・あっ! あれやろう! あんたが好きなアニメによくある【異世界】に行くやつ!」
異世界召喚・異世界転生など、他にも色々とジャンルはあるが、彼は最近こういったファンタジー系のアニメをよく見ているのを思い出した。
「異世界・・か。 なら有名な【エレベーターで異世界に行った】っていう都市伝説でいいんじゃないかな?」
「よし、それ採用!」
こうしてアッサリと企画が決まり私達は誰にも迷惑が掛からないよう、エレベーターの使用を許可してくれるマンションを探した。
許可してくれるまでにはそれほど時間はかからず、次の日には彼が直接交渉してくれたマンションに向かい検証を行う事となった。
時刻は午後10時。
マンションの住人が出入りしない頃を見計らって検証を行った。
内容は意外に簡単でネットで書かれている通りにエレベーターのボタンを押して上り下りしたら、最後に開いた場所がマンションではなくファンタジーが広がる異世界・・・となっているらしい。
そのマンションには外からエレベーター内の映像を見る事ができる為、ジャンケンで誰が最初にエレベーターの中で検証するか決めた。
「よっし! 私の勝ち~!」
「ねぇこれ僕がやっても意味なくない? ねぇ?」
結果は彼がグー。
私がパーを出して彼が最初に検証する事となった。
確かにすでに卒業した彼には部外者で、彼が検証を行っても意味が無いのだが、彼の困り果てた顔を見るのが楽しかった為、私はそのまま話を進めて最初は彼が検証を行う事となった。
渋々といった感じでエレベーターに乗り込み、彼は片手にカメラを持ち、ネットで書かれていた通りの順にボタンを押した。
最初は何の異常もなく進んで行った。
彼も最初は少し不安だった顔が終わりが近づくにつれて安心したような顔となっていった。
そして手順通りに進め終えると最後はマンションの最上階に向かい終了となる。
この時にエレベーターの外は異世界に続いているというのが今回の異世界都市伝説だ。
私は彼が来る最上階のエレベーター前でカメラを持って待機して、彼が戻ってくるのをモニターを見て待っていた。
「・・・え? 何・・これ・・」
そして、その時は来た。
本来私の目の前に現れる筈のエレベーターが来ないのだ。
十秒・・二十秒・・気が付けば三十秒も経っていた。
モニターの先の彼もおかしい事に気がついてはいるが、どうする事も出来ずただジッと上るエレベーターの外を見ているだけだった。
「どうなってるのよ・・」
私はエレベーターのボタンを何度も連打した。
しかしエレベーターは反応は見せる物のいつまで経ってもマンションの最上階までは昇ってこなかった。
どうする事も出来ない私は携帯で彼に電話を試みたが、繋がらなかった。
「ちょっと! 止まりなさいよ! ねぇお願い! 止まって!!」
知らない内に時間は三分を過ぎていた。
しかしエレベーターは未だに止まることなく上り続けている。
一体何が起きてどうなっているのか、私には分からなかった。
目から涙が止まらない。
体は震え始め、恐怖という感情が沸き上がる。
彼にもしもの事がと思うととても怖く、不安でたまらなかった。
そんな時、モニターに映る彼がエレベーター内に設置されているカメラを見ている。
音声が流れていないせいで声が聞こえはしなかったが、私は何故かその時の彼が何を言っているのか理解出来た。
出来てしまった。
その時の彼は私が男に囲まれて困っていた時に助けてくれてボコボコに殴られた顔で見せたあの笑顔でこう言った。
サ・ヨ・ウ・ナ・ラ
この瞬間、エレベーターのモニター映像が乱れ、中の様子を見る事が出来なくなった。
その時間は短く、数秒した頃にはモニターは元に戻り、エレベーターはモニターが復活したと同時に最上階に到着した。
そして、そのエレベーターの中に、彼はいなかった。
この事は私が持っていたカメラで記録されていた事から警察に通報した後、証拠の為警察に渡した。
世間的には彼は行方不明とだけ報じられ、警察も必死な捜査をしてくれたが、彼が戻ってくる事はなく、気が付けば私は高校を卒業して当時の彼が入学した大学に進学している程の時間が経過していた。
その彼が行方不明となっていた間、私は沢山のオカルトを研究した。
そういった逸話が残るスポットも巡った。
だって、彼がいなくなった理由なんて1つしかないでしょう?
彼は異世界に行ってしまったんだ。
エレベーターの都市伝説は何度も試した。
他の方法を調べて何度も何度も何度も試した。
そして知らない内に一年が過ぎていた。
どうしようもなくなった私は最終的に彼が見ていたオカルトサイトに載っていた一つの都市伝説を試した。
それが今試している【悪魔の召喚】だ。
誰もいない森に、ネットに掲載されている魔術式の様な円の図を書いて周りに五本の蝋燭、そして最後には満月の光を魔術式の円の図に照らしてこう唱える。
【サタン様サタン様。 どうか我の声に答え給え】
すると、異世界の悪魔が召喚されて対価を払うならばどんな願いも叶えると言った都市伝説だった。
だが、そんなものは迷信だと見て分かる。
実在する筈のない架空の物だと理解している。
だけど、私にはもう・・他に試す事がなかった。
都市伝説【悪魔の召喚】の結果―――失敗。
分かっていた事とは言え、私の心はズタズタに砕かれたようだ。
私があの時最初にエレベーターに乗っていれば、私が彼にこんな提案をしなければ、この世界から消えたのは私の筈だったのに・・・
「会いたいよ・・・哲也・・」
小さく、本当に声が出たかどうか分からない程の小さい声で、あの日消えた彼の名前を呼んだ。
『誰だ・・・奴の名を呼ぶ者は』
何処からか、男の人の声が聞こえた。
バッと頭を上げるとそこは私がいた森ではなく、光のない暗く靄のような空間に座っていた。
「なに・・ここ・・」
『娘・・・貴様か』
「!?」
姿は見えない。
でも声だけがしっかりと聞こえる。
「だ、誰!!」
『儂か? 儂は魔王【サタン】。 世界を統べ、世界を支配した魔族の王なり』
「魔王・・・サタン!?」
まさかあの胡散臭い儀式が成功したの?!
でも私は確かに今超常現象ともいえる不思議な空間にいる。
もしもこれが夢だとしても、このチャンスを逃す事は出来ない。
「あんたがサタン! なら私の願いを叶えなさい! 対価なら何でも払うわ!!」
『・・・ほぅ・・願いとな?』
「そうよ! あんたその為に私をこの変な空間に連れ込んだんでしょ! なら早く私の願いを叶えなさい!」
『・・・・了承した。』
思った以上に簡単に同意されて動揺はしたが、私はそれよりも彼が戻ってくればと思うと気にせずに話を進めた。
「私のいた世界に諸月哲也という男性が違う世界に行ってしまったの! その人を元の世界に連れ戻して!!」
『・・・よかろう。 その願い承った。』
「!? ・・・本当に?」
『無論だ・・・儂は一度誓った事は守る』
涙が出そうになった。
ようやく・・ようやく彼が戻ってくる。
彼にもう一度会える。
再開したらまずは抱きしめよう。
力いっぱい抱きしめて謝ろう。
あの時はごめんと、何度も謝ろう。
今度は絶対にあの手を放さないようにしよう。
『ならば娘。 テツヤを連れ戻す対価を払ってもらおう』
「・・・?」
魔王サタンの今のセリフに違和感を覚えながらも、私は対価を払う決意を固めた。
ネットに書かれてあったサタンとの対価は二択。
一つは魂、そして二つ目は体だ。
悪魔らしいなんともありきたりな対価ではあったが、彼にもう一度会えるなら、私は例え魂でも体でも払えるものは払う覚悟でこの儀式をした。
だから恐怖は無い。
何処にいるかも分からない魔王サタンに目を合わせるように顔を上げて何もない暗闇を真っ直ぐ見つめた。
『娘・・貴様には儂がいた世界に行き、【諸月哲也】を救いだす事。 それが対価だ。』
「・・・え?」
何を言っているのか頭が追いつかなった。
あまりにも突発的で予想外の対価である事もそうだったが、この悪魔が何故哲也の事を知っていて救い出すという事がどういう事なのか全く理解ができなかった。
『貴様の言う諸月哲也。 奴は儂が統べていた世界で神に召喚されて人間達に【勇者】と呼ばれている。』
「ゆ・・うしゃ?」
『左様・・・奴は儂を倒す為、神に強制的に召喚されて儂を倒した男。 幾たびの修羅場を潜り抜け、幾たびの生き物を救ってきた者だ。」
ここに来て、私はようやく哲也がどんな状況でこの一年間どんな事になっていたのか大体把握できた。
まさか彼が好きで見ていた異世界アニメの主人公みたいな事に巻き込まれていて驚きが隠せなかった。
「で、でも待って! 哲也は魔王であるあんたを倒したんでしょ?!」
『左様』
「なら流れ的に哲也は元の世界に戻ってこれるんじゃないの?!」
『否・・それは不可能だ。』
「!! な、なんで! 哲也は世界を救ったんでしょ! あんたを倒して異世界の人達を救い出したんじゃないの?!」
『左様』
「ならなんで!?」
何もない暗闇に何処にいるかも分からない存在に大声で叫ぶ。
世界を救い人々を救った勇者が何故いつまで経っても戻ってこないのか。
アニメや漫画なら元の世界に戻ってハッピーエンドじゃないの?
頭の中がゴチャゴチャと考えていると、魔王の声のトーンが下がった。
『奴は今・・孤独だ』
何処か寂しそうで、とても悲しい声色だった。
「孤独って・・・なんで」
『奴は儂がいた世界を救い出す贄なり。 儂はあの世界の【異物】の内の一つにすぎぬ。 再び新たな敵である異物が現れ再び人間達は絶望と恐怖で怯える生活を送る。 そんな事にならない為にはその世界を救う者の存在が不可欠。』
「・・・つまり、一度だけでなく何度も現れる敵からその世界を救い続けないといけないっていう事?」
『左様』
心の底から怒りが膨れ上がってくる。
そんな勝手な事で彼をずっと異世界に連れ込んだのかと。
『儂は今まで神が呼んだ勇者達を何度も葬った。 何度も倒して、何度も追いやった。 しかし・・奴はその中で、今までにない事をした。』
「今までにない事?」
『そう。 勇者はその世界の異物である敵を排除する事が目的。 どんな敵も一切の躊躇もなく排除して人間を救い出す存在だ。 しかし、奴は違った。』
「・・・・」
『奴は儂に手を差し出した。』
あぁ・・・そうだろうなぁ。
あの人ならやりそうだ。
恐らく、魔王が今から言うセリフは彼が当時魔王に行ったセリフで、私はそのセリフが手に取るように分かった。
「『手を貸してください』」
声もセリフも一緒だった為、魔王は少し驚いた感覚が伝わったが、『フッ』と笑みを浮かべる声が聞こえた。
「うん。 あの人ならそうするだろうな。 多分次のセリフはこう。 『全員救い出す為に力を貸してほしい』・・・かな?」
『その通りだ。』
あのお人よしならそういうだろうな~。
弱い癖に後先考えずに人を助けに行き、困った人を見かけたら手を差し出すあの人なら。
『儂はテツヤの提案にのり、しばらく情報を提供しあった。 だが、それを神に見つかった。 一時的に精神を神共に操られたテツヤは儂に襲い掛かり、儂は何もすることが出来ないまま哲也の手で倒された。』
魔王の声のトーンが今度は強くなったのが分かる。
『意識が薄くなる中、テツヤが神と人間どもに攻撃されて息絶えようとしていた儂を救おうとしているのを見た。 その時のテツヤの顔は・・あの穏やかな顔は無くなっていた。』
「つまり・・哲也は今・・」
『救った世界の神・・そしてかつて仲間だった人間達に命を狙われている。』
だから孤独・・か。
哲也という人間を私はずっと見て来た。
あの人はお人よしで自分の事など二の次。 困った人は助け、迷った人には手を差し伸べる。
でもそんな人でも喧嘩は弱く、すぐに弱気を吐く。
精神的にも弱い側の人間の筈なのに何故か諦めないド根性がある。
『・・・では娘。 返答を聞こう。 貴様は儂の対価を払えるか?』
「もちろん!!」
覚悟は最初っから決まっていた。
今行く世界のすべてが哲也の敵なら私にとっても敵だ。
必ず哲也を・・・私の大事な人を連れ戻す!
『ここに契約は成立した。 我が名は魔王サタン! 貴様の願いを叶えよう!』
辺り一面が黄色い光の粒子が沸き上がってくる。
その光景はとても綺麗で見惚れてしまう程だ。
そんな中、光の粒子の中で、遠く離れた所に誰かが立っていた。
暗くてよく見えないが、私は感覚的にそれが誰なのか分かった。
「ありがとうサタン!」
するとその立っている人物は軽く手を振ってくれた。
その後、光の粒子が急激に増え、私の体を覆った。
「待ってて哲也。 必ず迎えに行くから!」
◆◆◆
『儂の名を軽く呼んだのはお前で二人目だ。』
目の前で光の粒子に囲まれ消えた少女を見送り儂は何もない空間に胡坐をかいて座った。
『どうか頼んだぞ娘。 テツヤは今、儂と同じ所に来ようとしておる。』
誰もいないのは分かっているが、どうもここ最近独り言が増えたようだ。
そんな事を考えているとフッと笑みがこぼれた。
『異世界の人間よ。 貴様たちに幸多からんことを』
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました!
どうかまた別の作品を投稿した時もよろしくお願いいたします!