Instead
「で、どうする?ECCRの連中は躍起になってるみてーだな」
ジャックが缶ビールをあおりながら言った。
「クラッチ・ロケッツがどうこうってのは俺は興味ねーが、ケンカ出来るんならさっさと命令してくれ」
好戦的なラファエルは人を殴りたくて仕方ない様子である。
理由など彼にはどうでも良いのだ。アルが心配している事など、もし知ったところでどうという事はない。
「アイツらは仕掛けるつもりだ。俺たちもすぐに打って出るぞ」
「よしきた、行こうぜ兄弟」
「待て」
逸るラファエルの肩を、アンディがおさえた。
「あー?なんだよ、ママ」
「誰がお袋だ。スティーブ、固まって動くべきなのかもしれないが、それでは奴らが姿を現さないかもしれん。
だが、バラけて探せば逆に襲われるかもしれん。どうするつもりだ」
なるほど、こういった面倒な意見を放り込んでくるのがディレクターの仕事か、とスティーブは頭を掻いた。
「知らねーよ。見つけた奴が仲間に電話しつつぶっ飛ばせばイイだろ」
「ゴキブリ共は急襲してくるんじゃなかったのか?」
「急襲されたくらいでウチのメンバーがやられるかよ!ウォンウォン言いながら走ってばっかりのクラッチ・ロケッツと一緒にすんじゃねー!」
「そうだぜ、アンディ!何をビビってんだよ、てめー!」
ジャックがスティーブの意見を押す。
「…バラけて探す、でイイんだな?」
「そうだよ!ファントムズを四隊に分けろ!
俺たちが一人ずつそれについて、ブルックリン内を散策すんぞ!」
「了解だぜ」
「ぶち殺す!」
「大地のご加護を」
ジャック、ラファエル、アンディの順で返答があった。
…
…
ドドドドド!
ドルルルル!
一度アンディに家まで送ってもらった後、ショベルヘッドに乗って仲間に合流する。
後ろにはタカヒロを含む数人のメンバー。
小雨の中、四隊に分かれたファントムズMCはアイアンローチの探索に精を出していた。
「くそっ!どこにもいねーな!」
「リーダー、カリカリすんなよ!
ゴキブリってのはだいたい隠れてるもんさ」
「あー?罠でも張っておびき出せってのかよ、バカ野郎!」
ついついタカに声を荒げてしまうスティーブ。
ウォン!
ウォン!
ブォォ…!
ちょうど、クラッチ・ロケッツのメンバー達がすれ違っていった。
先程からクラッチ・ロケッツやファントムズの他の隊列とは何度も顔を合わせている。
「罠?誰かがエサにでもなるのか?」
「あー?なんだ、エサって」
「わざと一人で走って、奴らに食いつかせるってのはどうだ!」
「おー!クソおもしれーな、それ!
俺がやる!タカ、てめーらは離れてついて来い!」
スティーブ自らがタカヒロの提案のおとり役を買った。
ドルン!
ショベルヘッドがソロで唸り、小さな隊列の先頭を独走していく。
…
…
一時間。
二時間。
アイアンローチは姿を現さない。
「チィ…ビビってやがるな」
スティーブは悪態をつき、後方を走るタカヒロ達とさらに距離を取った。
…
バルン!
バルン!
「…!!一発の音!かかったな!」
ギャギャギャ!!
単気筒エンジンの音を確信した直後、スティーブはバイクをターンさせて後ろを向いた。
目の前には、やはりオフロードバイクの集団。
間違いなくアイアンローチと名乗る連中だろう。
突然の動きに驚いたのか、ソイツらは急停車した。
「俺を狩る気だったか?腰抜け共が!」
ドルン!
スティーブは、あろうことかその集団に向かって突っ込んでいく。
「はははは!!てめーら!死んだぞ!」
スティーブのアドレナリンが高まっていく。
奴らの後方からはタカヒロ達、ファントムズの連中が迫ってきた。
「クソ!さすがにコイツらは一筋縄じゃいかねーか!退くぞ!」
リーダーらしき、誰かの声が聞こえる。
ドルルルル!
ドドドドドド!!
タカヒロ達が合流し、ハーレーダビッドソンが奏でるOHV二気筒エンジンの音がその場を飲み込んでいく。
「ボス!大丈夫か!」
「おう!問題ねー!」
タカヒロがスティーブの横について叫ぶ。
アイアンローチの連中はというと、一列縦隊でわき道に入り、逃走を始めている。
「追うぞ!てめーらついて来い!
遅れたらぶち殺すぞ!」
「む!アイツらか!アイアンローチとかいうクズは!
行くぞ、スティーブに続け!」
タカヒロが状況を理解して吠えると、メンバー達もいきり立ってスティーブの背中を追いかけた。
狭い道ではあるが、バイクならば問題ない。
…
目の前に階段が見えてきた。左右は壁。
「っしゃあぁ!行き止まりか!
駆除の時間だな、ゴキブリ共!」
だが、先を行くオフロードバイクの集団は、車体を軽々とウィーリーさせ、難なく階段を登っていく。
ある者など、壁にタイヤを当てて見事なジャンプを決めて見せた。
バルン!バルン!
階段の上から、奴らがスティーブ達を見下ろす。
もちろん、車重があり車体も低いアメリカンバイクはなす術無く階段の下で急停車した。
「チィ…!まさにゴキブリだな…!」
「ようようよう!アンタらファントムズMCだな!?」
ヘルメットを脱ぎ、一人がスティーブに叫ぶ。
ヘルメットを脱いだくせに、その下にはスカルマスクを被っている。そのせいで顔は分からない。
「てめーら!なめた真似してくれるじゃねーか、虫め!」
「年寄りじみたロックンローラー共には階段はきつかったか!?
たいそうなバイクもストリートじゃゴミクズ以下だな、おい!」
相手もなかなか口が達者なようだ。
単純なスティーブはみるみる頭に血をのぼらせる。
「ああ!?殺すぞ、ガキがぁ!
全員降車!おらぁぁ!!」
ファントムズがサイドスタンドを立て、階段を足で駆け上がっていく。
「はははは!お年寄りが駆け足で階段を上ってるぞ!」
スカルマスクの笑い声が響く。
「うぉぉ!叩き潰す!」
スティーブも負けじと叫ぶ。
バルン!バルン!
「降りるぞ!」
だが、アイアンローチの連中はアクセルをひねって階段を下ってきた。
バイクと生身の人間がぶつかってはひとたまりもない。
「げっ!?みんな伏せろ!」
「ぐあ!」
「ごふっ!」
スティーブが叫ぶが、数人のメンバーはオフロードバイクにはね飛ばされてしまった。
さらにアイアンローチはそのまま、停車していたアメリカンバイクを蹴り倒して、路地を引き返していく。
「クソ!バイクが!」
「ははは!じゃあな、イージーライダー!」
スカルマスクが最後に高笑いを上げ、奴らは消えていった。
…
「クソッ!」
バン!と激しい音を立てて、スティーブのブーツが壁を蹴る。
ドドド…ドドド…
ドルン!
ちょうど、他に散っていたジャックとラファエルのチームも合流してきた。
タカヒロが連絡を回してくれたようである。
「おい、スティーブ!」
「リーダー!やられたのか!?」
「うるせー!アイツら…ぜってー殺す!」
心配する二人を怒鳴りつけ、スティーブは携帯を取り出した。
コールする。
「…俺だ。何かあったか、スティーブ?」
受話器からクラッチ・ロケッツのリーダーの声が入ってきた。
「ビッグ・ペイン!奴らを取り逃した!
アイツら階段やら壁も走るぞ!てめーの方も気ぃつけな!」
「なんだと?相当腕が立つようだな。
分かった。また何かあったら知らせてくれ、兄弟」
「じゃあな」
iPhoneをポケットに突っ込み、スティーブがメンバー達を見回す。
「アンディがいねーが?」
「奴らはホームベースに戻ってるはずだ」
ラファエルが返した。
「そうか。そんじゃあ一旦帰るぞ!」
まばらに返事があり、バイカー達が本拠地へと動き始めた。
…
…
「まったくよー、俺のショベルを傷物にしやがって!」
「俺のパンヘッドもだよ!」
再びホームベース。
ブツブツと文句を言っているのは、もちろんアイアンローチに一杯食わされたスティーブとタカヒロである。
他に同じ場所にいたメンバーも「バイクが!」「腕にぶつけられた!」「俺は脚だ!」と口々に叫んでいる。
「は!アンタのは最初っからズタボロだったけどな、スティーブ!」
ジャックがリーダーをからかい、みんながドッと笑う。
やられっぱなしではあるが、仲間の志気は高い証拠だ。
「あー?すぐにてめーのピカピカな馬も駄馬にしてやろうか?
目立たなくなって好都合だろ」
「けっ!悔しいって顔に書いてあんぞ。ゴキブリごときを取り逃してんじゃねーよ」
「んだと、おらぁ!」
いつものごとくスティーブがジャックの襟を掴むと、すぐに周りが「やっちまえ!」「ぶっ飛ばせ!」とはやし立てる。
仕方なくアンディが駆け寄ってきて、二人の間に入った。
「そのくらいにしとけ、お前ら。ぶっ飛ばすならふざけたオフ車軍団にしておくんだな」
「ママ!スティーブがいじめるよぅ!」
「ママ!クソガキの聞き分けが悪いぜ!」
「誰がママだ、バカ野郎!」
アンディをいじるとなると共謀してきたリーダーとサブリーダーに、アンディ以外の連中は大笑いだ。
「一つ分かったことがあるぜ」
次にそう口を開いた時。スティーブは妙に真面目な表情だった。
「アイツらは少数のバイク乗りなら誰彼構わず襲ってくるらしい。俺たちがファントムズだと分かっていながら仕掛けてきやがったからな。
一人二人で動くときは特に注意してくれ」
「そういう時はどうしたらいい?」
アンディだ。
四輪乗りの彼は自分の為ではなく、わざとメンバー達の為にこんな質問をしている。
「…オフ車の弱点は何だ、ジャック?」
「あ?俺かよ。そうだな…オフ車は身軽でエクストリーム走行やらダートが得意な反面、オンロードでの高速走行は苦手だ。
重心が高いせいでふらつくし、ブロックタイヤは路面を上手く踏みしめれない。
第一、250やら450みたいなシケた排気量じゃまともなスピードなんて出ねー」
「かっ飛ばして逃げるしかねーって事かよ?」
「やり合いてーんなら大勢だろ。単騎でいきがりたいんならバットでも握りしめとけ」
いちいち鼻につく言い方なのは変わらないが、ジャックの意見はなかなか参考になった。
「そういう事なら、クラッチ・ロケッツのバイクだったら簡単に逃げれそうなもんだかな」
タカヒロが腕を組んでタバコをくわえたまま言った。
彼の腕には他のメンバーとは違い、独特な和柄で『竹』の刺青が施されている。
それは全身に及び、メインである背中の『虎』を際立たせる。所々に様々なタトゥーを入れてつないでいくアメリカ人とは違い、全身をキャンバスと見立てて一枚の絵画を仕上げるのは和彫り特有な表現方法だ。色も鮮やかで、機械ではなく手で彫り込んでいく為、大変な時間と金がかかる。
「四方をふさがれた状態でパニックだろうからな。
そんな時は左右どちらかの一台を蹴り倒してやれ。案外簡単に抜け出せるはずだ。
横からの攻撃に弱いのは二輪の宿命だからな」
ジャックが付け加える。
「要は、とっさにそれが出来ればって事だな」
続いてアンディが言った。
「クラッチ・ロケッツの連中からしてみれば、攻撃はやりづらいはずだ。
スポーツバイクは前傾姿勢で乗車するからな。真横に足を出すのは難しい」
「なるほど、その点は俺たちは問題ねー。
運転中に足を出すのなんて日常茶飯事だからな!」
スティーブがジャックの意見に強気な姿勢を見せると、仲間達もさらに勢いづく。
…
…
しばらくはそのままホームベース内で談笑が続いていた。
緊張状態ではあるが、争いを好むファントムズらしさが垣間見える。
…
…
「さて、帰って寝るぜ」
「おう、またな。リーダー」
「スティーブ!気ぃつけろよ!」
扉へ向かうスティーブにメンバー達からいくつかの声があった。
…
ピピピピ!
「…ん」
スティーブの電話が鳴った。
外に出る。
画面の名前はケイティであった。
「よう、ベイビー」
「スティーブ、こんばんは」
「予定が空いてる日が分かったか?」
「えぇ、来週の金曜日なんてどうかしら?」
「構わないぜ。昼でも大丈夫か?こないだはディナーだったから今度はランチにしようぜ。ステーキが食いてーんだ」
アイアンローチの件もあり、夜は出来るだけ仲間といなければならない。
もちろん昼が安全というわけではなく、ファントムズメンバーがだいたい夜に集まってくるからだ。
「はい!わかりました」
嬉しそうなケイティの声。
「それじゃ、また来週な」
「おやすみなさい、スティーブ」
「おやすみ」
ピッ。
「まだ小雨が降ってやがるな」
ドルン!ドルン!
雨の日の走行は、頬や目に当たる雨が非常に痛い。
びしょ濡れとまでは言わないが、スティーブが家に着く頃には、服や髪が水気を吸って不快な状態になっていた。
部屋のハンガーに上着とデニムをかけ、早く乾くのを祈りつつ、風邪をひかないよう寝る前にシャワーを浴びる。
風呂上がりにジャック・ダニエルの瓶を一口だけあおって、ベッドに倒れ込んだ。
…
…
「聞いたぜ。お手柄じゃねーか」
次の日の朝。
事務所内。
ニヤニヤと笑いながら、マーカスがスティーブの肩を小突く。
「うっせー」
「まーた朝から痴話喧嘩か?もう、お前ら結婚しろ。お似合いだぞ」
ロッソが冗談を飛ばし、横にいるゴメスがくすりと笑った。
「どうやら片思いだぜ。毎回絡んでくるのはこのアホ面の方だからな」
スティーブが指をさすと、マーカスは眉間にシワを寄せてムッとした。
「誰がてめーなんか!さっさとお姉さんを紹介しろ!」
「しねーよ!しかしよく仕事に出てこれたな、マーカス。
ウチよりもてめーのとこは大分やられてるんじゃねーのか?」
「今日から昼間はビッグ・ペインが仕切って血眼になってるぜ。俺は夜に出る」
クラッチ・ロケッツは昼夜で交代してアイアンローチの捜索を行うようだ。
「さあさあ、無駄口はそのくらいにしておけ。
みんな、今日も安全運転で頼むぞ」
所長室からデイビッドが顔をのぞかせ、みんなに言う。
ミリアは遅出のようで、彼はそのままミリアのデスクに座った。
昼を過ぎる頃にはミリアと代わっているはずだ。
「さーて、稼ぐぞ!」
ロッソが元気良く事務所を出て行き、それぞれのドライバーも出発していった。
…
…
ミリアの声が無線機からちらほらと聞こえ始めた頃、スティーブの携帯電話が鳴った。
若いカップルを運んでいる途中ではあるが、お構いなしにそれを受ける。
「俺だ」
「ボス、アンディだが」
「よう、兄弟。こんな時間に連絡だなんて、ただ事じゃねーみたいだな」
アンディはスティーブが仕事中であるのは百も承知のはずである。
「そうだな。大事なことだ。
後からお前に嫌味を言われちゃかなわん」
「なんだ」
「ラルフから連絡があった。今晩、奴のソフテイルを拾いに行く」
「そろそろって事か」
いよいよラルフが軍に入隊するのだろう。
黙って行くとは言っていたが、とりあえずバイクは預けていくらしい。
「来るか?」
「あぁ。夕方にはホームベースに向かう。待っててくれ」
客を下ろし、遅めの昼食を車内でとる。
今日のメニューは露店で買ったホットドッグとコーヒーだ。
『スティーブ』
「んー?」
入ってきたのはマーカスの声だ。
口の中がいっぱいの為、スティーブはまともに返事できない。
『奴らだ』
マーカスは短く言った。
他のドライバー達には何の事だが分からないだろう。だが、スティーブにはそれで十分である。
急いでホットドッグを飲み込む。
「どこだ」
『…』
返事がない。
「マーカス!聞こえてるのか!?」
『チッ!消えやがった!』
『おい、勤務中に面倒を起こすんじゃないぞ』
アルの心配そうな声が聞こえた。
『わかってるよ』
「へいへい」
二人がそう答えるが、アイアンローチを見かけて黙っているはずもないだろう。
クラッチ・ロケッツは昼夜を問わずに動いているが、PMCは夜に全員が集まって動く。
ジャックやラファエルあたりは個人的に昼も動いている可能性はあるが、今のところこれといった報告も上がってこないので不明である。
しかし、今夜はラルフのところへアンディと向かう為、もしジャック等がメンバーを率いて動くつもりならば、昨日とは違ってチームを二つに分けてジャックとラファエルにそれぞれを先導させる事になる。
…
…
夕方。
「スティーブ、お疲れさまぁ」
「お疲れ」
「ただいま」
「アルもおかえり!」
ミリアがみんなを迎える中、そそくさと帰り支度をするスティーブ。
やや遅れて戻ったマーカスも、クラッチ・ロケッツの為だろう、さっさと仕事道具を片付けて自転車で帰っていった。
…
ドドド…ドドド…
「リーダー」
「よう、スコット。見張り番か」
「ラファエルの野郎が幹部になっちまって、俺がとばっちりを受けてんのさ。
ま、早い話がてめーのせいだな」
ホームベースの入り口の前にはジャンキーのスコット。
彼はスティーブよりも年上だが、身体が小さくて顔立ちも若い。
「うっせーな。そんなにドアマンが気に入ったなら永久指名しといてやるよ」
「ふざけんな!」
「アンディは中か?」
「あぁ。中にいるぜ。エコノラインがあんだろーが」
スコットが扉を開けてくれた。
…
「アンディ!」
「ボス、やっと来たか」
カウチに座っていたアンディが、スティーブと握手をした。
ぐっ、と力を入れ、スティーブがアンディを引き寄せて立たせる。
「兄弟。俺とアンディはちょいと用事がある。
アイアンローチ探索に出るならジャックやラファエルの指示に従え」
スティーブが、近くにいるメンバーをつかまえて言った。
ジャックもラファエルも、ホームベース内に姿が見えなかったからだ。
「わかった」
「んじゃ、行くか」
アンディがエコノラインに乗り込む為にホームベースの扉を開けた。
もちろんスコットが外に立っていたが、隣にラファエルの姿がある。
つい今し方やってきたのだろう。
「よう、リーダーにディレクター」
「ラファエル。すまねーが、アンディと二人で出るぜ」
「あー?どこにだよ」
「ラルフのバイクを預かるんだ」
別に隠す理由もない。アンディがラファエルに返した。
「そうか。ありゃ良いバイクだからな。奴が戻るまでキレイにとっといてやろうぜ」
「スティーブ」
「あぁ、分かってる」
アンディがスティーブを急かし、二人は車に乗った。
ラファエルとスコットに向けてスティーブが軽く手を上げ、ホームベースの敷地から出て行く。
…
…
ラルフの家の前。
彼の姿は見えなかったが、ソフテイルはガレージから出されて道脇に停めてあった。
「俺が呼んでくる」
スティーブが助手席から家の玄関へと歩き、チャイムを押す。
「よう」
「あ?スティーブ?なんでてめーがいるんだよ」
「何か文句あるか」
「あー…アンディも一緒か?あのクソ野郎も口が軽くて困ったもんだな」
家から出てきたラルフはスティーブを一瞥し、その巨体をのしのしとエコノラインへ向かわせた。
「よう、アンディ。勝手に変な奴を連れて来るなよ」
「ラルフ。殺すぞ、てめー」
「待ってろ。すぐハッチを開ける」
アンディはラルフとスティーブの話を完全に無視して作業に取りかかった。
ラルフがバイクを押して、エコノラインに積み込む。
「どうだ、少しは寂しくなってきただろう」
愛車との別れが訪れたラルフに、スティーブが嫌がらせのセリフを吐く。
「しばらくてめーのツラを拝まないで済むからな。清々しい気分だぜ!」
「減らず口め!ちっとも面白くねー!」
「ラルフ」
じゃれあいの途中だが、アンディがラルフに別れのハグをした。
「たとえお前の足が立っているのが戦場でも、大地の加護は健在だ。
必ず帰ってこいよ」
「…アンディ。世話になったな。
それから、アイツらもてめーの仕業か?」
アンディがラルフを離す。
「む…?来たのか」
ドドドドド…
遠くから近づいてくるファントムズMCのメンバー達が見えた。
…
「よう、ラルフ!奇遇だな!」
「は!適当な事言いやがって!」
集団の先頭を走っていたジャックにラルフが中指を立てた。
「強がってんじゃねーよ!うれし泣きするなら今の内だぜ、おっさん!」
「このクソガキ…マジで可愛くねーな!」
ラルフとジャックの絡みを久しぶりに見るメンバー達は笑い声を上げている。
「ラルフ、こうなっちまったらどうしようもねー。
今夜くらいどうだ?酒の一杯でも酌み交わそうぜ」
スティーブがラルフの肩に手を回す。
「てめー、どうせ発つ日は教えねー気だろ?今夜を門出の日にしようじゃねーか、なぁ」
「…ああぁぁ!!相変わらずうぜーな!ファントムズのカス共はよぉ!
仕方ねー!アンディ!ソフテイルを下ろせ!ホームベースまで走るぞ!」
「よしきた!」
アンディが動き、全員から「うぉぉ!」と雄叫びが上がった。
…
「乾杯!!」
スティーブの一言で、またいつものバカ騒ぎが始まる。
だが、これを最後にラルフと会えなくなるかもしれないと思うと、少し寂しいのも確かだ。
戦場で死んでもらったりしてはたまったものでは無いが、ラルフが以前話した「別の道を探すべきなのかもしれない」という言葉。
たとえ彼が無事に戻っても、再びファントムズに入るとは限らない。
「ラルフ」
「あー?」
「おめーが戻ったら、またリーダーをやるか?」
「はー!?お断りだ。こんな面倒な連中、二度と世話役なんてご免だぜ!」
ラルフは軽口を叩くが、冗談なのか真剣なのか際どいところである。
「警官だけはやめてくれよ。笑いすぎて死んじまう!」
「ふん!だったらマジで殺してやりてーところだな!」
「警官?何の話だ。
俺にも聞かせろよ」
ちょうど、スティーブとラルフの近くにいたラファエルが内容に興味を持った。
「ラルフが戦争から戻ったら警官になるんだと」
「はぁ?テロリスト撃つだけじゃ足りねーってか?だったら除隊しねーでジジイになるまで兵隊やってろよ」
「まだどうなるかなんてわかんねーだろうがよ」
ラルフが首を左右に振る。
「第一、戦争から戻って兵隊やめるんなら、また俺たちとつるむだけだろ。
わざわざアンタがマッポになんかなったらやりづれーんだよ、バカ野郎!」
「だからわかんねーって言ってるだろうが、ボケ!
戻るかどうかは俺が決めんだよ!」
ラファエルの考えはファントムズのメンバーとしてはもっともだが、ラルフは熱くなっている。
「あーん?ラルフ、アンタ戻らねー気かよ?
聞き捨てならねーなぁ」
さらに、話題に気づいたスコットが茶化しにやってきた。
「ジャンキーは黙ってろ、カスが」
「おーこわ」
「要は、おめーが戦争から帰ってきた時に戻りたくなるような素敵なチームにしときゃイイわけだな」
「ははは!何が『素敵なチーム』だ、気色わりー!」
スティーブが冗談を吐くと、イライラしていたラルフに笑顔が戻った。
「俺も一度はチームを離れた身だ。
とりあえずはラルフがやりたいようにさせようぜ、ホーミーズ」
「ま、スティーブがそう言うなら仕方ねー。
だがマジでサツに身売りしやがったら真っ先にタマ取るから覚悟しとけよ、ラルフ」
「上等だ。てめーみたいなガキに誰が殺れるって、ラファエル?
部屋でシコってる以外に能がねーくせによ」
「ふん!そりゃアンタだ!」
ピピピ!ピピピ!
空気を察したかのようにスティーブの携帯が叫んだ。
「よう、ヒップホップ」
「うるせー、ロッカー。
スティーブ、やっこさんだぞ。ウチの連中が追ってる。ファントムズは動くのか」
マーカスからの連絡はやはりアイアンローチ絡みのものである。
「いや、俺は動かない。メンバーに話はしてやる。
期待すんなよ」
「なんだよ、半端な返事しやがって」
「暇人と一緒にすんじゃねー」
「んだと、てめー!
よくもそう悠長…!」
ピッ。
強制的に通話を終了し、ジャックを呼ぶ。
「ジャック!ちょっと来い!」
「あー?どうした」
「ローチだ。ECCRが追ってるが、てめー行くか?」
「行くか、じゃなくて行け、だろ!」
「そういうこった。俺はラルフとアンディとここに残る。
仕留めてこい」
「偉そうに!おい、兄弟達!虫が湧いたから殺しに行くぞ!」
がやがやとメンバー達が瓶を片手にホームベースから出て行く。
「ラファエル!ジャックにへばりついとけよ!
アンディ!てめーは俺と留守番だ。先代の相手も虫駆除並に大事だぜ」
「了解だ、ボス」
「てめーらさっきから何の話だ?ゴキブリが湧いてんのか?」
ラルフはアイアンローチの事を知らない。
「あぁ。残念だな、せっかく楽しかったのによ」
三人がそれぞれカウチに座る。
「どんな連中だ?」
「オフ車で囲んでバイク乗りを倒して回ってる。クラッチ・ロケッツがかなりやられててな、ウチにも手ぇ出してきやがった。
アイアンローチってチームだが、確かに街のゴキブリみたいな連中さ」
「それでPMCは騎兵隊気取りか。賊に変わりねーはずなのによ!」
「やられりゃ、やる!好きだろ?」
「くたばれ、スティーブ!」
ラルフが投げつけるビール瓶をひらりとかわすと、スティーブの背後でそれが割れた。
「新しく出来たMCだってのは間違いないな。おめーが知ってたら叩きつぶしてただろ、ラルフ?」
「あー?当たり前だろ。クラッチ・ロケッツとは上手くやってんのか?」
「まあまあだな。アイツらは腑抜けだから頼りになるかわからねー。
だが嫌いでもねーからな。当分はもめたりも無いはずだ」
ラルフとスティーブの会話は続いているが、アンディは特に言葉を挟んだりせずにビールをあおっている。
「アイアンローチってのは?皆殺しか?」
「ビッグ・ペイン…つまりECCRのドンだが、奴は仲間の事故に関わった奴さえ痛めつければイイんだと」
「いちいちどうでもイイ話なんかするな。
そんなのウチのバカ共が従わうわけねーだろ、カスが!」
「それが回答だよ、ブタ」
ラルフが腰を上げる。
スティーブは両手を広げておどけた。
ラルフがスティーブの胸ぐらを掴んで殴りつけでもするのかと思われたが、新しいビールを冷蔵庫から数本取り出しに行っただけだ。
「ラルフ。ソフテイルなんだが、しばらくアンディに乗ってもらおうかと思う」
「何?」
反応したのはラルフではなくアンディだ。
「好きにしろ。下手クソな運転で壊すんじゃねーぞ」
ラルフの返事の内容に、スティーブは内心ホッとした。
承諾してくれた事に対してではなく、バイクを心配している事に。
つまりそれはラルフがバイクを降りる考えだけにとらわれていないという事だからだ。どうでもよければこんな事は言わない。
「スティーブ」
「分かってる、アンディ。
何も毎日またがってろって話じゃねー」
「…了解だ」
スティーブ服役中のショベルヘッドのように飾っておくだけでも問題は無かっただろうが、ソフテイルをアンディが駆る事によって、スティーブは一つ新たな試みを目論む。
「アンディ、てめーもこれでドッグファイトデビューだな」
「な!?お前、それが目的だな!」
「はははは!アンディ!良かったな!」
ラルフは他人事である。アンディが失敗すればバイクもただでは済まないのだが。
「ディレクターがお飾りじゃつまんねーだろ!ちっとは気合い見せろよ!」
「クソが…!」
「ディレクター?なんだそりゃ」
「あぁ。リーダーとサブリーダーの2トップの体制から、四人でチームを率いる形に変えたんだよ。
ディレクターは第三席でご意見番だ。
その下がスラッガー。これはケンカ屋で、ラファエルに任せてる」
長い言葉の後、大きなゲップをしてスティーブが新しい瓶の封をあける。
「ラファエルがナンバー4?
そりゃおもしれー判断だ。スティーブ、てめーのファントムズは今までとかなり変わってきたな」
「けっ、てめーが自分色に染めるように言ったんだろーが。
目指す物はまだ何かわからねーが、いろんな事をやっていくつもりだぜ」
「ジャックはどうだ?」
「どうだ、ってのは何だ?
無茶してるかって?」
ラルフが頷く。
「そういう話なら、アイツはそんなに変わっちゃいねー。バカのまんまだ。
だが、俺がリーダーやってりゃ何の問題もねーよ。てめーの代と変わらず、良いサブリーダーだと思う。人間的にはクソだがな」
「あのガキほどしっくりくる二番手は珍しいもんだ」
アンディも同調した。
ピピピ!ピピピ!
着信画面にはジャック。
「よう、朗報だろうな?」
電話を受けるスティーブの顔を、ラルフとアンディが凝視している。
「悲報だ、ボス」
「あー!?」
「アイアンローチのメンバーらしき男が一人…ラファエルの肘打ちでのびちまったぜ!ひゃっはぁー!!」
「マジか!さっさとバイクにくくりつけてでも連れて来い!
お前ら最高だぜ、クソ野郎!」
スティーブが通話を切り、拳を握ってガッツポーズをした。
「やりやがった!アイツら一人捕らえたぞ!ははは!」
「ビッグ・ペインにも知らせたらどうだ、リーダー?」
「あー、そうするか」
スティーブはビッグ・ペインを電話でたたき起こし、ホームベースに来るように伝えると、ジャック達の帰りを外で待った。
ドルン!ドルン!
ドドドド…!!
ウォン!ウォン!
…
ジャック達とビッグ・ペインが到着したのはほぼ同時だった。
クラッチ・ロケッツは五人ほどがリーダーの護衛として追従してきている。
ドッ!
今回の主役であるラファエルが、縛られた男を乱暴に地面に転がした。
「よくやったな、ブラザー」
「どう料理してくれようか」
スティーブのねぎらいに、ラファエルが指を鳴らす。
調理師を目指していた事もあり、まさに彼は地獄のコックだ。
「まずはふざけたスカルマスクを剥いじゃどうだ?」
ビッグ・ペインが言った。
前回、スティーブが話したアイアンローチの男もそうだったが、彼らは全員がヘルメットの下に不気味なスカルマスクを被っているらしい。
「ん…んん…うっ!?」
不運にも、男が目を覚ました。
半身を起こして辺りを見回し、地面に尻餅をついたままで後退りする。
「ファ…ファントムズ!?畜生!」
状況を判断した男は怯えて声を裏返らせた。
「イタズラが過ぎたな?」
ラファエルが襟首を掴む。
「お、俺をどうするつもりだ?」
「さぁな!生きて帰れるとは思うな…よ!」
スカルマスクが剥ぎ取られた。
ユダヤ系の若い男だ。
「よう、ミスター」
スティーブが屈み、顔を近づけた。
「お前は誰だ…」
「ファントムズを仕切ってるもんだ。名前はスティーブ。よろしく頼む」
ペチペチと頬を叩きながら自己紹介してやる。
男はびくついたまま、まじまじとスティーブの顔を見つめた。
「そのツラ、しかと覚えたからな…」
ゴッ!
精一杯強がる男の頬に、次はスティーブの拳が飛んだ。
「覚えてどうする。帰るつもりかよ、つれねーな。
もう少し楽しんでいけよ、兄弟!」
「ぐぅっ…!クソ野郎!」
ゴッ!
さらに殴りつけるスティーブ。
「スティーブ。殺すつもりか?」
アンディが声をかける。
「さあな。死んだらそれまでだ」
バキッ!
猛攻は止まらない。
…
「コイツに仲間の居場所を聞き出しちゃどうだろう」
スティーブがやめようとしないので、仕方なくアンディが提案をした時には、男は完全に気を失ってしまっていた。
「あ?あー。
いいな、それ。おい!起きろ!」
ゴッ!
「バカ!永遠に起きなくなるぞ!」
メンバー達やクラッチ・ロケッツから苦笑いが生じた。
…
「水でもぶっかけちゃどうだ?」
ジャックがウィスキーのボトルを投げた。
スティーブが受け取る。
「バカかてめー?酒じゃねーか」
「なんだってイイんだよ!」
キュポッ。
コルクを抜き、逆さまになった瓶から褐色の液体が流れ出す。
「起きやしねー。火でもつけてみろよ」
「そりゃ、やりすぎだ」
ジャックの容赦ない追撃の声をビッグ・ペインが諫める。
「どうせこんな酒じゃ燃えやしねーよ」
言いながらスティーブが瓶を男の頭で叩き割った。
パン!と大きな音がして、男がびくりと反応する。
「起きたか!」
「…!?ってぇ…!」
「おー」と周りが声を上げるが、ラルフだけはよほど退屈だったのか、ビルの入り口の階段にもたれて眠りこけていた。
「お前がアイアンローチってのは間違いじゃねーよな?」
「クソ…」
罵倒を肯定と受け取り、スティーブが続ける。
「アジトっつーか、拠点みたいなとこに案内しろ。
おめーらのボスがいる場所にだ」
「そんなもんは無い!」
「あー?」
「物陰に潜み、突如として食い荒らすのがゴキブリだ」
「カッコつけてんじゃねーよ!だったらその物陰に案内しろ!」
スティーブが男の髪の毛を掴んで脅すが、首を横に振るばかりだ。
「だから俺達にアジトなんかねーんだよ!」
「だったらボスにつなげ!てめーら皆殺しだからな!」
「それが分かってたら教えるわけねーだろ…!」
バキッ!
たまらず殴るが、簡単には口を割らない。
「ぐっ…だいたいなんでファントムズがしゃしゃり出てきたんだよ…!」
「仕掛けといてよく言うぜ、虫が!」
「仕掛けたつもりなんてねーぞ!ハナっから俺達の標的はクラッチ…っ」
意味深な言葉を吐く男。
下っ端なのか、あまり賢くは無い。
「クラッチ・ロケッツが、なんだ?」
巨漢のビッグ・ペインがむんずと男の胸ぐらを掴んで無理やり地面に立たせた。
鼻と鼻がつくぐらいに顔を寄せ、ソイツを威圧する。
「放せっ…」
「クラッチ・ロケッツが何なんだと訊いている」
「どうせ逃げらんねーんだ。目的くらい吐いてもバチは当たらねーよ」
横からジャックが言った。
「誰が話す…ぐあっ!」
ビッグ・ペインの重たい頭突きがプレゼントされる。
「次は腕を折る」
ペインが宣言通り男の腕を握って力を込めると、びきびきと嫌な音が聞こえてきた。
「いでででっ!!わかったよ!もうやめてくれ!」
自らの腕が折れていないか、丹念に確認して、男は地面にあぐらをかいた。
もうどうにでもなれ、という様子である。
「先にも言ったが、ウチのリーダーの狙いはあくまでもクラッチ・ロケッツだ。
ファントムズは関係ねー。だが、俺らを探そうと手ぇ貸しただろ?そりゃ、こっちだって元々やり合うつもりはなくても仕方ない話だ」
「そんなもんは言い訳にならねーな。俺達はてめーらを敵と見なした。
その時点でてめーらの命運は終わってんだよ」
スティーブが言った。
「だから、最初にクラッチ・ロケッツを狙った理由はなんだ?」
もちろんこれはビッグ・ペインだ。
「ファントムズとクラッチ・ロケッツの同盟。死神はまだイイ。誰もが昔から認める王だからな。
だが、烏合の衆にすぎないクラッチ・ロケッツが、ブルックリンの死神と手を組んだ途端にデカいツラだ。
それを面白くねーと思ってるのはウチだけじゃねーはずだ」
「かーっ!女々しいったらありゃしねー!
てめーらもウチと仲良くやりたいだけかよ!嫉妬心だけは誉めてやるぜ!」
ラファエルがアイアンローチをバカにする。
「誰が仲良くやりてーなんて言った!
他人の力借りて幅きかせてるアンポンタンが許せねーから殺すってんだよ!」
「ふざけやがって…クラッチ・ロケッツが全滅するまでやるつもりだったのか、貴様ら!
確かにファントムズの力は絶大かもしれねーが、ちょいと俺達をなめすぎだな!
何の力も無しに、俺達との同盟をPMCが認めるとでも思ったか!?俺達は一度、派手なケンカをコイツらと繰り広げてんだよ!」
ビッグ・ペインが吠える。
スティーブがリーダーに就任した日、確かにPMCとECCRは大きなケンカを起こしている。
「ふん!そんなことは関係ねー」
ピピピ!ピピピ!
「俺の…じゃねーな」
スティーブが自分の携帯を見るが、音は鳴っていない。
「見ろ。ソイツの携帯だ。
なになに、リッチー?誰だ」
男の持ち物を預かっていたのはジャック。
携帯が鳴っているのは仲間からの連絡のせいであるようだ。
「出ろ」
「やなこった」
「じゃあ、死ね」
パン!
軽く乾いた音がして、男の脚から血が飛んだ。
「あああああ!!」
悲鳴が響く。
「ジャック!?簡単に撃つな、バカが!」
「シコシコと尋問するのも飽きたしよー。さっさと案内してもらおうぜ?
それがやれないならさっさと弾いて終わりだ」
「くっ!クソ!俺の、俺の脚がぁぁ!」
「あー?脚がなんだって!」
パァン!
もう一本がさらに撃ち抜かれる。
「ぐああああっ…!!」
「おい!」
スティーブがジャックの手から銃をもぎ取る。
メンバー達もがやがやと騒ぎ始めた。
「てめー!勝手な真似すんな、ガキが!」
「ふん!ちんたらやってんじゃねーよ!」
ジャックは悪びれる様子もなく、地面に唾を吐いてホームベースのビルの中に消えていった。
「バカが…さて、おめーも分かっただろう。
気が短い奴も多いんだよ。長生きしたけりゃよく考えるんだな」
「…」
男の携帯電話は鳴りやんでいるが、スティーブはそれを差し出した。
「合流すると偽って場所を聞き出せ。なんとかファントムズからは逃げ出せたって事にしておけば問題ねーだろ?」
「分かった…言われた通りにする…電話を返してくれ」
両脚を撃ち抜かれて、男は完全に生気を失っている。
…
…
「シッ!静かにしろ!」
スティーブが仲間達を手で制する。
後ろにはスラッガーのラファエル率いる、メンバー内でも特に荒い連中達が集まっていた。
「いたか?」
「あぁ」
リッチーという男に合流場所を聞き出したスティーブ達は、その場所にやってきていた。
大衆レストランの裏手の駐車場である。
「どれどれ…」
ラファエルがスティーブの横から顔を覗かせる。
日本製のオフロードバイクに跨がる集団。アイアンローチのメンバーが集まっていた。
息を潜めるファントムズは、排気音で気づかれないようにバイクを離れた場所に停車してきている。
「ラファエル、挟み撃ちだ。何人か連れて建物の右手から回れ。
タカヒロ、スコット、おめーらは俺と来い」
スティーブが指示を飛ばす。
…
「しっかし、やっぱファントムズの連中が絡んできたのはマズいんじゃねーのかぁ?」
アイアンローチの誰かの話し声が聞こえる。
スティーブ達とラファエル達は同時にそれぞれの位置から聞き耳を立てた。
「さっそく一人やられちまったからなぁ。だが連絡はついたんだろ、リッチー?」
「あぁ。もうそろそろやって来る頃だな。
ケガをしてるって言ってたからよ」
スティーブがもう一度、連中の姿を確認する。
ヘルメットはバイクのハンドルやミラーにかけているが、全員がマスクを着用しているせいで、誰が誰だか分からない。
「ん…?今、誰かが覗いてたような…」
「…!見ろ、アイツらファントムズじゃねーか!」
「チィ…!ラファエル!聞こえるか!?突っ込むぞ!」
バレたスティーブらが先に飛び出す。
「任せろ、ボス!うぉらぁぁ!!」
瞬時にラファエルも反応し、ほぼ同時にファントムズがアイアンローチに襲いかかる。
「なんだってんだ!?」
「落ち着け!離脱するぞ!」
バルン!バルン!
不意に攻撃を受けたせいで、バタバタとアイアンローチのメンバー達が倒されていく。
だが、モトクロスバイクのエンジンを起こし、三台だけがその場から逃げ出していった。
「スティーブ!奴らが突破しやがった!」
スコットが叫ぶ。
スティーブは一人の顔面を殴りつけていたが、振り返って逃亡者達を確認した。
「あー!?なにやってんだ、ボケ!
三台か!」
携帯電話を取り出す。
「逃がしたか?」
電話からアンディの声が入る。
「三台いったぞ!仕留めろ!」
「任せておけ」
ラファエルとスティーブは先発で、ここにはいないアンディやジャックを後詰めとして配置していた。
「ラファエル!ここにいる敵は全員立てなくなるまで叩きのめしとけよ!」
「あたりめーだ!さっさと行けよ!」
ラファエルにこの場を任せ、スティーブは逃げた三台を追う。
「タカヒロ!一緒に来い!追うぞ!」
「了解」
タカヒロだけを呼びつけ、まずはバイクを停めていた場所へと走る。
数回ペダルをキックし、スティーブのショベルヘッドとタカヒロのパンヘッドが目を覚ました。
ドルン!ドルン!
…
「見えた!」
スティーブが指をさす先には、道路にまたがって進行を妨げているアンディのエコノライン。
アイアンローチの連中は、それを避けてさらに進もうとする。
ガシャン!
だが、奴らがすり抜ける瞬間、アンディは車を前進させ、一台を転倒させた。
「っしゃぁ!やりやがった!」
スティーブに併走しているタカヒロが興奮して叫ぶ。
「バカ!まだ二台いんだろ!
おい、アンディ!ソイツはお持ち帰り決定だ!牛に積んどけ!」
ドルル…!
返事を聞くまでもなく、二人はエコノラインの後ろ側を通過していく。
アンディはスティーブに向けて軽く手を上げたので、指示は間違いなく届いたはずだ。
…
引き続きアイアンローチの残党の背中にしっかりと食らいついていく。
キキィ!
「うぉぉぉ!」
刹那、前方から数台のアメリカンバイクの集団が飛び出して立ちはだかった。
ジャックが率いるメンバーらだ。これでファントムズの手駒はすべて出尽くしたことになる。
「お!やっとお出ましか!」
「よっしゃ、囲め!コイツらをぶち殺すぞ!」
ジャックの声が響く。
「くっ!くそっ!」
アイアンローチの二人が慌てふためき、包囲網に無理やり突っ込む。
「バカが!やる気かよ!」
ジャック達は五台、さらに後ろから迫るスティーブとタカヒロ。奴らにとって回避できない窮地だ。
接触する寸前、一台がバイクを急旋回させようとして転倒。
バイクは横滑りして止まり、ライダーは地面に転がった。
「しめた!ラストぉ!」
ジャックの号令で残る一台にメンバーがバイクで突進していく。
だが次の瞬間、信じらんない事が起こった。
「ふん!捕まってたまるかぁ!」
ギャンッ!
「な…!?」
あんぐりと口をあけ、全員が『見上げた』。
なんと、転倒した仲間のバイクを踏み台にし、カワサキのオフロードが宙を舞っている。
ギャギャ!
バルン!
軽やかにそれは着地し、疾走していく。
「なんだ、アイツは!?」
「ぬ、抜けた!」
メンバー達が仰天し、呆然としている。
「俺が追う!てめーらは倒れた奴を捕まえておけ!」
瞬足のVロッドを駆るジャックがバイクのアクセルを目一杯に開けてその場でターンし、最後の一台を単騎で追走する。
後方からスティーブとタカヒロが来ているのも見えるが、わざわざ待っていては敵を取り逃すだけだ。
…
「なんだ、アイツ。思いのほか速い…!」
スティーブが焦る。
ウォン!ウォン!
四発の音。
「よう、兄弟。最後はいただくぜ」
「ペイン…!」
いつの間にかビッグ・ペインらクラッチロケッツが横にいた。
無論、彼らもこのケンカには参加していたわけだ。
スポーツバイクの群れは一瞬にしてジャックまでも追い越し、ついに狩られる側から狩る側に変貌した。
ウォン!ウォン!
バルン!
遠目にだが、スティーブやタカヒロからもクラッチロケッツがオフ車を完全に囲んでいるのが見える。
もちろん止めるか倒すのが目的であるので、徐々に速度が落ち始める。
すぐにジャックが追いつき、さらにその数秒遅れでスティーブらも一団に混ざった。
「なにやってんだ!早く倒せ!」
「奴にもはや逃げ場はないだろ!
おい!さっさとバイクを停めろ!」
イライラとスティーブがビッグ・ペインを急かしたが、彼は出来れば力ずくで転倒させたくはないらしい。
密接しているので、仲間に被害が及ぶのを恐れているのかもしれない。
「なんだー?やる気がねーなら道を空けろよ!俺がぶちのめしてやる!」
ジャックもファントムズのメンバーらしい考えを進言するが、クラッチロケッツは隊列を崩さない。
「クソ!てめーら邪魔だ!」
「邪魔なのはそっちだ!コイツは俺たちがやる!
被害がデカいのは俺たちの方なんだぞ!ファントムズばっかりにやらせてたまるか!」
「石頭め!路面にぶつけてメットごと潰すぞ、てめー!」
ジャックとビッグ・ペインが言い争っている。
「なんだと!ヘルメットの被り方もしらねーガキが!
頭打って死ぬのはお前だろ!」
ウー!ウー!
「あーあ。どんくせー事やってるから」
スティーブがサイレンの音を聞いて呆れる。
気づけば、彼らの一団の後方から二台のポリスカーが迫ってきていた。
「こりゃあコイツは連れていけねー。この場で倒しておくのが正解じゃないか?」
タカヒロが問う。
「だな。ジャック!タカヒロ!
…ECCRのケツ二台をどけろ。俺がやる」
三人はニヤリと笑った。
ドドドド…!
ドルン!
アイアンローチの男を囲むクラッチロケッツ。
最後尾はヤマハのYZF-R6と、同じくR1が任されている状態だ。
「あ?なんだ?近づきすぎるとあぶねーぞ」
R6に跨がる黒人の男が、真横につけてきたジャックとタカヒロに警告する。
「ドッグファイトって、ウチの行事を知ってるか?」
「…?」
ガッ!
キキィ!!
男が答える前に、タカヒロは右側からR1の前輪ブレーキを握り、ジャックはR6の左側からクラッチを握ってギアを二速まで落とした。
「うわっ!?」
「あ!あぶねっ!」
バランスを崩しながらクラッチロケッツのメンバー二人が後退する。もちろんジャックやタカヒロもだ。
「行け!スティーブ!」
「ぶちかませ!」
「ったりめーだ!てめーら、パクられんなよ!」
スティーブは空いた隙間からアイアンローチの男に肉薄した。
「スティーブ!?クソ!お前!」
「はっ!サツが来てんだ、代わりにもらってやるよ!」
ガッ!
ビッグ・ペインがスティーブを睨みつけるが、お構いなしにスティーブは前輪をオフロードバイクにぶつけた。
「…!」
「おらぁ!!」
よろめいてわずかに減速したのを見逃さず、真横から蹴り倒す。
ガシャン!
「うわぁぁ…!」
男の悲鳴が後ろに遠のいていく。
「スティーブ…!」
「細かい事はイイんだよ!おめーらもお巡りを撒いたらホームベースまで来い。
ほとんどぶっ飛ばしたが、さらに何人か捕まえてるはずだ」
「…わかった」
不満はあるが、ビッグ・ペインは渋々了承する。
「じゃあな!」
ドルン!
ドドドドド…!