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Peaceful  作者: 石丸優一
8/24

Hell

 

 

午後八時。

 

「うぃーす」

 

「よう、リーダー。調子はどうだ」

 

「うまくやれよ」

 

ホームベース内。

 

大音量でハードロックが鳴り響く中、カウチにかけているスティーブに続々とメンバー達が挨拶をしに来る。

 

「明日も仕事なもんでな。バカげた鬼ごっこをさっさと終わらせて寝たいところだぜ」

 

スティーブの言葉にメンバー達が笑い声を上げた。

 

「スティーブ!どうやら全員揃ってるみたいだぞ!

さっさとやりたいって希望は叶いそうだ!」

 

近くにいたタカヒロが、室内を見渡しながら叫んでいる。

 

「よし、んじゃ行くか。

てめーら、見物は結構だが近づきすぎるんじゃねーぞ!」

 

「大将が出るぞ!みんなヤジを飛ばす準備をしとけ!」

 

ジャックが煽る。

スティーブが腰を上げ、メンバーもぞろぞろとそれに続いた。


ドルン!

 

ショベルヘッドはマンハッタンを目指す。

 

スティーブはサイドミラーで仲間達の動きを確認した。

四、五台のバイクがホームベースから飛び出してくる。

 

ついてきていない残りの連中は留守番だろう。

 

 

クイーンズボロー橋を渡る。

 

交差点に入る時、対向車線にポリスカーが停車しているのを見つけた。

 

すぐに、後方の仲間の位置を確認する。

距離は充分だ。

 

「よし、やるか!食いついて来い!」

 

赤信号に堂々と進入するショベルヘッド。

クラクションがいくつも鳴り響き、ポリスカーの回転灯が点いたのを視線の端にとらえる。

 

ウー!ウー!

 

「おい!赤信号だぞ!停車しなさい!」

 

警告する拡声器。

 

遥か後ろにいるメンバー達にも、スティーブが餌を投げて警察を釣ったのは確認できたはずである。


ドドドドド!!

 

アクセルを一気に開け、その横を通過した。

ミラーで、ポリスカーが追いかけてくるのが見えるとドッグファイトは無事に開始というわけだ。

 

ウー!

 

「こら!待ちなさい!」

 

「とりあえず成功か。ぶっちぎるぜ!」

 

バタバタとファントムズのジャケットが風になびく。

彼の背中の死神が、大鎌を振り上げながらローブをはためかせて躍動しているように見えた。

 

 

ギャギャ!

 

ステップを削りながらコーナーを曲がっていくと、アスファルトの上に火花を散らして一瞬だけ軌跡が残った。

 

「あー、かてぇ。確かにクソタイヤだ」

 

ヒゲダルマお墨付きの乗り心地の悪さに毒を吐くが、路面をしっかりと掴む新しいタイヤ溝は使い込んだツルツルのタイヤよりも格段に走りやすい。

 

路地裏をすいすいと突き進んだスティーブは、いとも簡単に警察を引き離していた。


 

 

ホームベース前。

 

ドルン!ドルン!

 

クラッチを切って空ぶかししながら、スティーブの愛馬が颯爽と帰還した。

 

集合していた仲間達から歓声が沸く。

 

「よう、無事か!」

 

アンディが駆け寄り、スティーブの身体にケガが無いか確認した。

 

「大丈夫だ、兄弟」

 

スティーブが返したところで、ギャラリーとして彼に追従していたジャックやタカヒロ等も戻ってくる。

 

「おいおい!本当にさくっと終わらせやがって!

おかげでこっちはただのドライブ気分だぜ!」

 

瞬く間に警察を振り切ってしまったスティーブに、早速ジャックが軽口を叩いている。

なるほど生意気なガキだが、リーダーにじゃれつく二番手としては可愛がり甲斐もある。

はじめは迷惑だったが、スティーブとのコンビは悪くないのかもしれない。


「うるせー!てめーらが遅すぎるだけだろ!」

 

「少しは離れてねーとおまわりが俺たちにも飛び火するだろ!

だいたい、離れてろって自分が言ったんじゃねーか!バーカ!」

 

ジャックが舌を出してスティーブを挑発するが、彼は笑って相手にしない。

 

「ははは!黙ってろよ、クソガキ!

よし、そんじゃ一杯やろうか!俺もすぐに帰らなくちゃいけねーからよ!

おい、酒もってこい!」

 

「おう!」

 

スティーブの命令で、ラファエルとスコットがビール瓶をケースごと担いで持ってきた。

メンバーやその彼女たちなど、そこにいる全員がそれを手にとる。

 

「このしみったれたニューヨークの街と、最高の仲間に!」

 

「そして、クソリーダーの帰還にもだ!」

 

リーダーが音頭をとり、サブリーダーが続けた。

 

「「乾杯!!」」

 

瓶が激しくぶつかり、夜は更けていく。


 

 

ガチャ。

 

「スティーブ!早く起きな!」

 

レベッカの声だ。

 

「お…?朝か」

 

「そ!さっさと支度しないと遅刻するんじゃないのー?」

 

頭がぼーっとする。

昨晩はそこまで深酒をしたつもりは無かったが、はしゃぎすぎたのだろう。

 

「おはよう、スティーブ」

 

「おはよう、お袋」

 

ダイニングでトーストをかじる。

コナ・コーヒーでそれを流し込み、スティーブは玄関から外に出た。

 

 

「おっはようー」

 

いつもの調子でミリアが声をかけてきた。

そしていつもの調子で彼女の胸元を凝視するスティーブ。

 

「毎朝おめーの乳を見てると、目が洗われるみたいだぜ」

 

「顔、洗ってきたら?」

 

セクハラに物怖じせず、彼女が意地悪く笑った。


「よう、ブルックリンのキング!」

 

「あー?」

 

ミリアに言われた通り、スティーブが素直に蛇口で顔を洗っているところへ、マーカスが出社してきた。

 

「…なんで顔洗ってんだ?」

 

「洗えって言われたからだろ。

だいたいなんだ、俺がブルックリンの王様だって?クソだせーんだよ」

 

「ファントムズのリーダーが名実ともにブルックリンの玉座に座ってんだよ!

うらやましいな、畜生!」

 

「だったらお前がそう名乗っていいぜ。だせーし。

な、キング?」

 

ぽんぽん、とマーカスの肩を叩くスティーブ。

 

「なめんな!口約束で譲り受けるもんじゃねー!」

 

「そうなのか?おめーはJay-zみたいな顔してるじゃねーか。な、ヒップホップキング」

 

「誰がラクダ顔だ、こらぁ!」

 

今日も二人は仲良しだ。


「なーにやっとる?」

 

「よう、デブロッソ」

 

「ロッソ!聞いてくれよ!コイツが俺をバカにしやがる!」

 

「なんでだよ!誉めてるんだろーが!

ラップの聞きすぎで頭溶けてんじゃねーか?」

 

分かった分かった、とロッソが流し、ミリアと挨拶を交わした。

 

次いでデイビッド、アル、ゴメスも出社してきて、業務が始まっていく。

 

 

『みんなおはよう、デイビッドだ』

 

出発してまもなく、ミリアではなく所長から無線が入った。

 

「なんだよ、ミリア。声変わりとは可愛げがねーな」

 

『ははは!大丈夫かよ、ミリア!』

 

スティーブの冗談にマーカスから反応がある。

 

『おい、二人とも真面目に聞け。朝礼で言い忘れたが、今日は市長の街頭演説があるとかでな。

市庁舎付近は渋滞が予測される。迂回路を使うことも頭に入れておけ』


「マジか!もうみんなブルックリン橋を渡ってるぞ?」

 

ブルックリン橋を越えて真正面にある建物が市庁舎だ。

もう回避できない。

 

『大丈夫だ。演説は13:00からだ』

 

「なんだよ、驚かすなよ」

 

『ロッソだ。だったら俺はちょいとブロンクス方面に営業でもかけるか』

 

『こちらゴメス。俺もそうするとしよう』

 

各々が段取りを申告する。

 

「お、手あげてるババア発見。俺がもらうぜ」

 

橋を渡って散り散りになる仲間達。

先頭のスティーブだけ、すぐに客を拾うことが出来た。

 

「おはよう、お兄さん。

この住所まで行ってくださるかしら」

 

身なりの綺麗な老婆だ。

言葉遣いも柔らかい。

 

「任せとけよ。えーと…ん?

どこだ、こんなとこ知らねーぞ」

 

スティーブが知らない場所とは、珍しいこともある。

 

「ピッツバーグです」

 

「はぁ!?マジかよ」


スティーブが驚くのも無理はない。

ピッツバーグはペンシルバニア州の西端にある都市で、ニューヨークからは300マイルほどの距離がある。

 

「お願いしますね」

 

「はぁ…長いデートになりそうだ」

 

スティーブが深いため息をつく。普通なら乗車拒否して当たり前の目的地だが、スティーブはそうしなかった。


理由は『単発で一気に稼げるから』である。

 

「スティーブだ。素敵なレディとピッツバーグまでバカンスだぜ」

 

『あら、スティーブ。了解よ。楽しんできてね』

 

『アルだ。よく乗せたな!ま、頑張れ』

 

『スティーブはアホだからな!』

 

ミリア、アル、マーカスの順で返事があった。

 

州間高速道路に乗り、クラウンビクトリアはエンジンの回転数を上げて唸った。


途中、客の老婆やスティーブのトイレ休憩を挟み、西へ西へと向かっていく。

 

「ごめんなさいね」

 

「ん?」

 

「こんな無茶な営業を引き受けてくれて」

 

「ほんとだぜ。まったく迷惑な客だよ。

でも、他に走ってくれるタクシーもいなかったんだろ?許してやるよ」

 

謝罪する老婆に容赦なくスティーブが悪態をつく。

 

「そうなんです。予約していたはずの長距離バスのチケットを無くしてしまって…

急いでいたものですから、思わずタクシーを止めてしまったの。でも、止めたのはあなたが二台目だったわ」

 

「そりゃ運が良かったな。下手すりゃ一日を棒にふってたところだ。

まぁ、そうなりゃ次の高速バスも何台か走るだろうけどよ」

 

『ジジジ…』

 

無線が何か言っている。だが、遠く離れてしまったスティーブの車にまでは電波が届いていなかった。


携帯を取り出す。

 

プルル…

 

「はぁい、スティーブぅ?」

 

「ミリア、もう無線が届かない。何かあったら携帯に頼む」

 

「オッケー!さっきからマーカスがスティーブの悪口言ってたのに、聞こえてなかったのかぁ。残念ね」

 

「なにぃ!?あとでぶっ飛ばす!」

 

 

 

そんなこんなで、やっとの思いでピッツバーグ市内にたどり着いたスティーブ。

 

「おうおう、マジで来ちまったよ」

 

ピッツバーグは周りををオハイオ川、アラゲイニー川、マノンガヒラ川などに囲まれた都市だ。

川を交通の便として栄えてきた歴史がある。

USスチールやハインツ(ケチャップ生産最大手)といった大企業が本社を構え、総合大学が数多く点在する学術都市でもある。

 

「アラゲイニー総合病院でよかったな」

 

「えぇ、もうすぐです」

 

「どうして急いでいたんだ?」

 

「孫が産まれるの。娘がその病院で出産するのよ」

 

「ほぅ!そりゃめでたいな!おめでとう!」

 

「うふふ、ありがとう」

 

老婆が微笑む。


キッ。

 

「そら、到着だ。快適な空の旅だったろ」

 

「本当にありがとう、お兄さん。ニューヨークでまた用があればあなたの会社に連絡しますね」

 

「もう長距離はこりごりだけどな!」

 

「うふふ、そうね。

一応、名刺を渡しておきますね」

 

老婆が名刺と大量の運賃を支払って出ていく。

 

「なになに、ナオミ・マンチェスター。

マンチェスター不動産代表取締役…ね。社長かよ、あのババア!社用車と従業員くらいいるだろうに!」

 

なぜバスやタクシーを利用したのかはわからないが、老婆は不動産会社の経営者だった。

わざわざ駆り出されたことにスティーブが腹を立てている。

 

「チッ…さっさとニューヨークに戻るか。今日はこの仕事だけで終わりそうだな」

 

確かに今からニューヨークに戻るだけで就業の時間だ。一日がかりでの大仕事だった。


 

しかし。

 

「うぉっ!?イイ女!」

 

疲れて帰ろうとしていた矢先にこれである。

ハイウェイに向かおうとしていたタクシーが進路を変える。

 

「ようよう!何してんだよ、姉ちゃん」

 

「…え?」

 

道端を歩いていた女性がスティーブを見る。なるほど、彼好みのナイスバディだ。

淡い緑色のボタンシャツと白の短いスカート。黒いハンドバッグを肩からかけている。

勤務中のタクシーからナンパの声があるとは、なかなか面白い経験だ。

 

「うわ!ニューヨークナンバーだ!

お兄さん!こんなところまで走ってきたの!?」

 

タクシーのナンバープレートを見た彼女が驚く。

つかみは上々といったところだ。

 

「そうなんだよ!まったく災難だと思ってたが、イイ日になりそうだぜ!」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

ふふん、と鼻を鳴らして女が意地悪く笑った。


なかなかやるな、とスティーブが舌を巻く。

 

「なんだなんだ!言わなきゃわからないとは言わせないぜ!」

 

「あら、それは残念ね。じゃあ、アタシ急ぐから」

 

「何っ!?待て待て、俺が悪かった!

素敵なレディに出会えたもんだから、遠出の疲れも吹っ飛んじまったんだよ!

分かるか?俺は道端に現れた女神を無視できるほど悪人じゃねーんだ!」

 

必死なスティーブは上半身をタクシーから乗り出して、かなりオーバーな身振り手振りで話す。

すると、クスクスと口元を手で抑えながら女が笑い、足を止めてくれる。

 

「あはは!面白い人!サラよ」

 

「スティーブだ。ブルックリンじゃ紳士で名が通ってる」

 

サラと名乗った女が黒髪をかきあげ、右手を差し出す。

スティーブもそれを右手で握って自己紹介した。


「それで、アタシに何か用?

ブルックリンの紳士さん?」

 

「もちろんだとも、マドモアゼル!

魅力的な女性が一人で街を歩くときは、決まって害虫がまとわりついてくるもんだ。そこで紳士のエスコートが必然となるわけさ!」

 

「あなたがその害虫じゃないって証明できるかしら?」

 

サラも男慣れしているのか、あれやこれやと手を尽くすスティーブと対等に渡り合っている。

 

「当たり前だろ!害虫はこんな遠距離を飛んでこれやしないぜ。

大抵はその辺の茂みに潜んで、美女の血を吸う機会をうかがってやがる」

 

「じゃあ、あなたは良くて渡り鳥ってところかしら」

 

「おいおい!よしてくれ!俺は翼じゃなくて車輪を使って来た!

馬車は王と姫を乗せてなきゃ価値がないんだ。

王は今、姫を欲してる。この車の座席は俺たち二人の為に取りつけてあるようなもんだよ」


ここまでくるとナンパも芸術である。

スティーブの言葉がサラを楽しませている事は間違いないだろう。

 

「紳士になったり王になったり忙しい人だなぁ。

アタシも提出しなきゃいけないレポートがあるし、本当に忙しいんだから」

 

「レポート?まさか、サラは大学生か!」

 

「えぇ、そうよ。カーネギー・メロン大学、人文学部の三年生!」

 

カーネギー・メロン大学といえば、マサチューセッツ工科大と比較しても劣らないという名門中の名門である。

しがない高卒のスティーブでもその名は聞いたことがあった。

 

「美しいだけじゃなく、頭もきれるってのか…

サラ、やっぱりおめーは女神に違いないぜ」

 

「調子いいんだから!」

 

本気で迷惑がっているようには見えない。

スティーブは押しに押しまくる。

 

「じゃあこうしよう。レポートの表題は変更だ。

『ニューヨーカーとの素敵なひととき』…どうよ?」

 

「もう!バカ!」

 

サラがついに助手席のドアに手をかけた。


 

土地勘のないスティーブがサラに道を尋ねながら、軽食とコーヒーを楽しむ為にカフェへ立ち寄った。

 

「勤務中でしょうに、悪い人ねぇ」

 

「神よ!無線機がニューヨークから届かない事に感謝します!」

 

「あはは。スティーブ、ふざけすぎ!

そのうち電話が鳴っても知らないからね」

 

「えーと。神よ、さらに携帯の電池切れに感謝いたします」

 

素知らぬ顔でスティーブが携帯の電源を切る。

 

「自分で切ってるんじゃん!めちゃくちゃだよー」

 

「それほどおめーと一緒にいたいって事さ」

 

「あら、嬉しいわ」

 

言うまでもなく、ケイティやミリアの事は記憶の片隅に追いやられる。

男の性であろう。

 

「今日の学校は終わりか?」

 

「うん。お昼で講義はおしまい」

 

サラがイチゴショートを口に運ぶ。


「そうだ、サラ。ニューヨークに来た事はあるか?」

 

メンソールをふかしながらスティーブが尋ねる。

 

「え?えぇ、もちろん。

先月も買い物にいったわよ。あんな素敵なところに住んでるなんて、本当に羨ましいよ」

 

「何だと?ソイツはおかしいな。

おめーみたいなイイ女がニューヨークに来てるのに気づかないはずが…」

 

「あはは!まだ口説き文句が続いてるの!?

もうイイって、スティーブ」

 

ひらひらと手をふるサラ。

だがスティーブは真剣だ。

 

「仕方ねーだろ。よくあるナンパだと思ったら大間違いだぜ。

俺は本当の恋に落ちてしまった!」

 

「あら、そう」

 

「んだよ!やっぱり、ただのお調子者だと思ってやがるな!」

 

知恵をしぼるスティーブをサラの挑戦的な目が見つめる。

さあどう崩すの?まるでそう言っているようである。


「どうだろうね?

とにかく、ケーキと紅茶はごちそうさまって感じね」

 

「無料の運賃を忘れてるぜ」

 

「うふふ、そろそろ送ってもらえるかしら?」

 

サラが席を立つ。

スティーブも心の中で舌打ちをしながらそれに続き、レジで支払いを済ませる。

彼女はさっさとタクシーが停まっている駐車場に向かってしまっていた。

 

 

 

スティーブが店を出ると、空は早くも薄暗い。

 

「きゃあ!」

 

「あ?」

 

その直後に女の叫び声。

まさかと思ってタクシーへと急ぐと、サラが三人の男達に囲まれている。

 

「いいからさっさと乗れよ!」

 

「嫌よ!ちょっと、いまどき強姦でもするつもりなの!?」

 

どうやら魅力的なサラを車に連れ込んでマワすつもりらしい。

 

「ははーん?おもしれー事になってきたな!」

 

コキコキと首を鳴らし、スティーブは彼らの前に躍り出た。


「なんだ?そのタクシーの運ちゃんか?」

 

一人がつまらなそうにスティーブを一瞥する。

 

「スティーブ!コイツらがアタシを攫おうとするの!助けて!」

 

「人聞き悪い事言うなよ、姉ちゃん!ただ、遊びに誘ってるだけだろ?

ドライバー、勤務は終わりだ。痛い目に合いたくなけりゃ、さっさとこの客を捨てて帰りな」

 

スティーブは何も言わず、その様子をうかがう。

 

「何黙ってんの!?助けてってば!」

 

涙目で懇願するサラ。

 

「…んー?でもよ。

おめーに声をかけた俺とソイツら。

何が違うんだ?」

 

「はぁ!?何ビビってんの!あなたは紳士で、しかも王様なんでしょ!」

 

スティーブが言った『おもしれー事になってきた』とは、何もゴロツキとのケンカではない。

サラに意地悪をして困らせる事だったようである。


「ははは!紳士だぁ?」

 

「そいつは怖いな!」

 

男達が大笑いする。

スティーブもそれにあわせて笑った。

 

「人でなし!クズ!

あなたに騙されたアタシがバカだった!」

 

「おー。助けてもらえないと分かると次は罵倒か?

ずいぶんと調子がイイな」

 

「うるさい!やっぱり害虫じゃないのさ!」

 

サラが金切り声を上げるが、常日頃からレベッカを相手にしているスティーブにはお手のものだ。

 

「害虫なぁ。おめーはどうなんだ。

確かにイイ女だが、常日頃から男を食い物にしちゃいねーか?」

 

「どういう意味よ!」

 

「メシを奢らせたり、アシとして家まで送らせたりよ。

こなれたもんだな、サラ?」

 

スティーブはサラと過ごす内に、彼女の内面的な部分を把握していた。

悪人ではないが小悪魔であるのは間違いなさそうである。

 

自分からナンパしておいてメチャクチャな言い分だが、スティーブはお人好しではないのだ。


「おしゃべりは終わりか?

よし、さっさとズラかるぞ!女を乗せろ!」

 

男達がサラをワンボックスカーに押し込もうとする。

 

「きゃああ!!」

 

「たまには逆に食われてこいよ、サラ」

 

ぷかりと煙を吐き、スティーブがニヤリと笑う。

 

「スティーブ!お願い助けて!お礼はなんでもするから!」

 

「チッ!さっさと乗れ、クソアマ!

車を出すぞ!」

 

男達がサラを座席に放り込み、スライドドアに手をかけた。

 

その瞬間。

 

…ガシッ。

 

「ん?おい!なんだ、てめー!」

 

スティーブの右手がそれを防いだ。

ドアが閉まらず、男達が焦っている。

 

「サラ」

 

「スティーブ!」

 

「助けたら、一発ヤラセろよ」

 

「…」

 

涙目のサラはどうにもリアクションができない。

 

「なんでもするんだろ?

…とりあえず、てめーら。大事な客を返してもらうぜ!」


バキッ!

 

言うが早い、一人の顔面を殴りつけて車から引きずり降ろすスティーブ。

 

「なんだコイツ!やりやがった!」

 

「ブチ殺す!」

 

残りの二人があわてふためく間に、引きずり降ろした男にかかと落としを食らわせる。そのままソイツは動かなくなった。

すぐに自由になったサラが逃げ出してくる。

 

「なんだ?クソ弱えーな。

束にならねーと女ともやれねーのかよ、カス共」

 

「なんだと!マジで死んだぞ、てめー!」

 

「は!死んでるのはてめーの仲間だろうが!」

 

スティーブの挑発に、残る二人も車外へ出て対峙した。

 

「タクシードライバーの分際で、調子に乗るんじゃねーぞ!」

 

「何の仕事をしてたら調子に乗ってイイんだよ?

むしろ集団レイプするのがそんなに偉いんなら仲間に入れてくれよ、なぁ?」

 

「クソが!死ね!」

 

「うらぁ!」

 

男達がスティーブに襲いかかる。


「よっ、と」

 

スティーブは素早く一人の右手を掴んでひねり上げ、ソイツを盾にする。

 

「いでででっ!離せ!」

 

「動くとへし折るぜ!」

 

「や、やめろ!」

 

もう一人も手が出せず、まごついてしまった。

 

パキッ。

 

「ぎゃああああ!」

 

「あ、悪い」

 

そう言うスティーブは確信犯である。

 

「な!?折りやがったのか!?大丈夫か、クリス!」

 

クリスと呼ばれた男の片腕はあらぬ方向を向き、本人は泡をふきながらのたうち回っていた。

サラも顔面蒼白になってそれを見ている。

 

残虐に見えるかもしれないが、スティーブの身体の中にはファントムズ仕込みのこういった闘い方だけが叩き込まれているのだ。

 

「おら!仲間より自分の心配をしろよ!」

 

ビュッ、と風を切り、スティーブの右足が残る一人を捉える。


ガッ!

 

しかしその蹴りがわき腹に当たる前に、相手の左手がそれを防いだ。

 

「いてぇな畜生!てめー何もんだ!」

 

「見ての通りのタクシードライバーだろうが!バカかてめー!」

 

「クソ!もうイイ!その女は好きにしろ!」

 

「なんだ?逃げるのか!」

 

「そうだよ!じゃあな、化け物ドライバーさんよ!」

 

ブロロ…!

 

反撃を予想していたが、男は仲間を車に積み込んで逃げ出してしまった。

 

その場にはスティーブとサラが残る。

 

通行人や店の人間に気づかれるよりも早くにケンカが終結した為、辺りは静かなばかりだ。

 

「乗れ。送ってやる」

 

「…」

 

スティーブがタクシーに乗り込むと、サラもおずおずと助手席に腰をおろした。

 

「あのさ…」

 

「ん?」

 

「助けてくれたお礼…しなきゃダメかしら…?」


スティーブの事を恐れているのか、サラは目を合わせようとはしない。

 

「ヤラセろって話しか?」

 

「そう」

 

「じゃあもう忘れろ」

 

スティーブがアクセルを踏み込む。

 

「えっ、いいの?」

 

「良くねーよ!あーあ、せっかくそのバカデカいおっぱいをさわれると思ったのによ!

助けて損したぜ!」

 

イライラとスティーブがハンドルを叩いている。

 

「じゃあ何で?」

 

「何でって。喜んで脚開いてもらわねーと胸クソわりーだろうが。

さっきの連中とは違って、ブルックリンの紳士は真心で女を抱くんだよ!害虫呼ばわりしてんじゃねーぞ、バカやろうが」

 

「ごめんなさい!別にあなたがタイプじゃないとかでは無いんだけど、それ以外なら何でもするから!」

 

「じゃあしゃぶれよ」

 

「…」

 

サラは真っ青だ。


 

タクシーがサラの家に到着した。

 

「結局何もしなかったけど…ありがとう、スティーブ」

 

断るには断るが、礼は何かしてあげないと気まずい気持ちはあるらしい。

 

「おめー。モテねーだろ」

 

「へっ!?」

 

「はい、ご乗車どうも。お代は280ドルです」

 

「へっ!?」

 

二度、サラが同じ声を上げる。

 

「だから、タクシー運賃だって。さっさと払え。

高速ぶっ飛ばして帰るんだからよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!何でナンパされたアタシがお金を払うわけ!?

しかもメチャクチャ高いじゃない!」

 

払わす気は無かったが、スティーブはサラを最初に積んだ時から料金メーターを回していたようだ。

 

「タクシーなめんじゃねーぞ。

無賃乗車の罪でおまわりに突き出すか?通常どおりの請求だろうが、あー?」

 

スティーブがサラを睨みつける。


「そういうことね!アタシが身体を許さないから、次はお金を取ろうって腹!?」

 

「バーカ!てめーの薄汚れた身体なんざいらねーんだよ」

 

「なんですって!」

 

スティーブの言葉は真意ではない。礼代わりに運賃を貰って、仕事をしたこととして片付けようとしているだけだ。

だが、持ち前の言い草のせいで穏やかには済ませれそうにもない。

 

「だったらヤラセてくれるのか?はっきりしろよ、サラ。

そうじゃないなら俺とお前の関係はドライバーと客だ」

 

「鬼!悪魔!」

 

「最初っから俺をタダで利用するつもりだったてめーは何者だよ?天使のつもりか?」

 

「ぐっ…」

 

しぶしぶ財布を取り出すサラ。

男に金を払うなど、彼女にとって人生初めての出来事なのかもしれない。

 

「まいどあり」

 

「…」

 

「サラ」

 

「何よ。まだ話すことがある?」

 

降りようとしたサラが振り返る。


「さっきのレイプ野郎共と俺。どっちが正しい?」

 

「きっと、あなたね」

 

「安心したよ」

 

スティーブがウインクをすると、サラもくすりと笑った。

何かが彼女の中で変わっていく。

 

「そうね、そうよね…

アタシも自分の振る舞いをよく考えるようにするわ」

 

「何の話かわからねーな」

 

「ありがとう!スティーブ!」

 

ガチャン。

 

車に向けて手を振る彼女は、スティーブが声をかけた時よりも何倍もイイ女に見えた。

 

 

 

ニューヨークに戻ってきたのは午後9時。

 

少し長めの残業だったと考えれば特に問題ないだろう。

 

『スティーブぅ。まだー?事務所閉めるよー』

 

無線がつながってから、ミリアはずっとこの調子である。

 

「すまねー。帰り道をとちって一般道を走ってきたからよ」

 

もちろんこれは嘘だが、こう言っておけば時間的につじつまが合う。


 

タクシーが会社に戻ってきた。

ミリアはあくびをしながらパソコンで動画を見ている。

 

「よう」

 

「あ、おかえりー!よし、やっと帰れるぞー!」

 

事務所の鍵は所長のデイビッドとミリアしか持っていない為、それを借用しない限りは戸締まり役が必要なのだ。

 

「ピッツバーグでも客を運んだりしてよ。案外儲かったぜ」

 

これは事実だ。ナオミ社長以外に、サラからも運賃とチップを稼いでいる。

 

「そぉなんだ!真面目だねぇ」

 

「待たせた詫びに一杯行くか?」

 

「んー、さすがに疲れてるんじゃない?

お互い早く上がれる日がイイんじゃないかな」

 

「そうするか」

 

スティーブが大きく背伸びをして、帰り支度を始める。

ミリアもパソコンを落として、スティーブを待った。


「そういえば、スティーブ。

携帯の電池切れてるんじゃない?」

 

事務所の鍵を閉め、車に乗り込む前にミリアが言う。

 

「あ…?」

 

電源を切ったのはスティーブ本人だが、さも気づいていなかったかのように振る舞う。

 

「確かに切れてるな」

 

「じゃあ、また明日ね!」

 

「おう」

 

ミリアがトヨタで帰っていった。

 

バイクに跨がり、エンジンを起こす前に携帯の電源を入れる。

 

ピピピ!

 

タイミングよく、誰かからの着信だ。

 

「なんだ」

 

スティーブは躊躇なくそれを受けた。

 

「ビッグペインだ。スティービーボーイ、やっとつながったな」

 

「なんだよ?気持ちわりーだろうが」

 

相手はイーストコースト・クラッチ・ロケッツのリーダー、ビッグ・ペインだ。


「そう言うな。今の時代、連絡がつかない奴のほうがよっぽど気持ちわりーぞ」

 

「飼い犬みてーに首輪下げてる気分だな。

で、ケンカが売りたくてのラブコールか?」

 

「いんや、ちょいと面白くねー話を聞いたもんでな。

同盟国家の首席のお耳にも届いてるかって確認だ」

 

冗談まじりのやり取りだが、話はいたって真面目らしい。

スティーブが眉根をしかめる。

 

「どういう話よ?」

 

「小汚い悪党共の話だ。ウチのメンバーが二人やられた。

俺も見舞いから戻ったばかりだよ」

 

「やられた?ウチのバカの仕業か?」

 

まずそれを疑うスティーブ。血の気の多い仲間を持つとひと苦労だ。

 

「違う。ファントムズは関係ねー。

だがとにかくウチのシマまで出て来い。わかったな」

 

「うぜー」

 

通話は終了した。


プルル…

 

「よう、ボス!」

 

「クソガキ、すぐに合流するぞ。

クラッチ・ロケッツのドンと話しに行くからよ」

 

次の相手はジャックだ。

彼はサブリーダーなのだから、先に話を通すのは当たり前だろう。

 

「あー?了解だ、リーダー。

兵隊はいるか?今、ホームベースだぜ」

 

「他に誰がいる?」

 

「アンディ、ラファエル、スコット、タカヒロ、パーシー、マイクそれから…」

 

メンバーの名前をを次々と挙げるジャック。

ようは、ほぼ全員が揃っているらしい。

 

「アンディと、他に誰か二人選んで連れてこい。

三分後にそこの前を通るから合流しろ。遅れんじゃねーぞ、ホーミー」

 

「ロックンロール!」

 

ドルン!ドルン!

 

普段着なのでしっくりこないスティーブは、シャツを脱いで背中の死神を生身のタトゥーでカバーした。


ドドドドド…!

 

予定通り。

スティーブがホームベースの前を通過すると、いくつかのヘッドライトが轟音を上げながらついて来た。

 

「おら!アンタの仰せのままに!

人選に文句は言わせねーぞ!」

 

ジャックがスティーブの右手につく。

 

ファントムズの隊列はリーダーとサブリーダーを先頭に置く二列縦隊が基本だ。

 

一瞬だけ振り向くと、真後ろにはタカヒロとスコット。最後尾にアンディのエコノラインが見えた。

 

「よっしゃ、行くぜ!派手に登場してやろう!」

 

「任せとけ!ファントムズMCのリーダー直々のお通りだ!」

 

ジャックが自らのVロッドに搭載したカーステレオのスイッチを入れる。

シート下のスピーカーから、重々しいハードロックが大音量で流れ始めた。


 

 

「よくきた」

 

「来てやったぜ」

 

対面した両者はまず、固い握手を交わした。

 

ビッグ・ペインの後ろには前回と同様、多数のスポーツバイクと大勢の仲間達。

もちろんマーカスの姿も確認できた。

 

ジャック等、ファントムズはスティーブの後方で腕を組んで仁王立ちしている。

 

「さっきも言ったが、ウチの人間二人が何者かに襲われて病院送りになった」

 

「襲われたっつーのは?」

 

「二人で走行中、側面から蹴られて倒されたみたいだ。

確認できた相手は五人から七人くらい。全員がバイクに乗車」

 

「新手のMCってわけか」

 

「まだわからん。一つ言えるのは、ソイツらが使っていたのは全てオフロード車。

モトクロスやX-Gameで使われるアレだな」

 

「…ウチじゃねーってのがすぐ分かったのは理解できるな」


オフロード車とアメリカンバイクでは全く車種が違う。

スポーツバイクの横腹を狙うならば、長々とカーチェイスを繰り広げたところで逃げられてしまう。集団で急襲したと見るのが妥当なところだろう。

 

「とにかくそっちも気をつけろ。そして、もし怪しい奴を見かけたら連絡して欲しい。

俺たちのカタキになるわけだからな」

 

「了解した。お前が駆けつける頃に俺たちがぶっ飛ばし終わってなけりゃイイがな」

 

「そりゃ勘弁してもらいたいとこだがな」

 

ふっ、とビッグ・ペインが笑う。

 

「チームをぶっ潰すつもりか?」

 

「わからん。どのくらいの規模の連中なのか全容が掴めないが、一部の人間だけが動いた事件なら、ソイツらだけぶちのめせば俺たちの気は済む」

 

「そうか。それじゃ帰るとするぜ」

 

「あぁ」


再び握手をして、スティーブは振り返った。

 

「ファントムズ!帰るぞ!」

 

「了解。よし、帰るぞ!てめーら!グズグズすんな!」

 

ジャックが復唱してメンバー達を機敏に動かす。

 

鉄馬と牛が隊列を組み直してクラッチ・ロケッツの前から消えていく。

 

 

 

ドドドドド…!

 

「おめーは聞いた事あったか、ジャック?」

 

「さっきの話か?

いや、オフ車乗りならたまに見かけるけど、まとまって流してる奴なんて知らねーな」

 

ジャックはもともと周りが見えない人間だ。

こういう話には向かないので、相談相手としては適当でないようにスティーブは感じた。

 

「一つ、ファントムズの体制を強化する手を考えた。ホームベースでみんなと話したい」

 

「そうか、大丈夫だ。みんな集まってるはずだからな」

 

 

五人はホームベースに戻ってきた。


「よう、大将ご一行。

話は何だった」

 

これは見張りとしてビルの前に立っているラファエルだ。

 

「今からみんなに話す。スコット、見張りを代わってやれ」

 

「おう」

 

スコットが返事をして扉の前に立つ。

クラッチ・ロケッツのもとについてきていた彼は話の内容を理解出来ているので問題ない。

 

ガチャン。

 

「みんな揃ってるか!?」

 

騒がしいホームベース内に入ったスティーブが声を張る。

ジャックとタカヒロ、ラファエル、アンディもその後ろから部屋に入ってきた。

 

「イーストコースト・クラッチ・ロケッツのビッグ・ペインからつまらねー話があった!みんな聞け!」

 

誰かが鳴り響く音楽のボリュームを下げてくれたので、スティーブは謎のオフ車集団の話をみんなに聞かせた。


 

「は!本当につまらねー話だな!さっさと殺しちまおう!」

 

話が終わると、すぐに威勢の良い意見。腕自慢のラファエルだ。

 

「やってやろうぜ!」

 

「ソイツらのバイクは全部いただいちまおう!」

 

他からも、ファントムズメンバーから上がるには当然の意見。

 

「ここは俺たちの街だ!クラッチ・ロケッツだけは兄弟分と認めてやるが、他のクズ共は叩き潰す!そうだよな!」

 

ジャックがみんなの意見をまとめて代弁した。

メンバー達が興奮して声を荒げる。

 

「怪しい奴を見つけたらすぐに合流してぶっ殺せ!

その為に一つ、俺から提案がある!」

 

スティーブがテーブルの上に立って叫び、見渡す。

 

「前にも話したが、リーダーの俺は常に動ける状態じゃねー。

そんな時にジャックに何かあっちゃ大事だ。

そこで、第三の頭とその補佐、第四の男を決める!」


「四人のトップ体制に変えるって事か?」

 

アンディだ。腕組みをしてスティーブを見ている。

 

「そうだ。だが、基本的には俺とジャックで仕切る。

残り一年。俺が仕事の約束を果たすまでの間。

もしかしたら一大事って時に、俺に連絡がつかない事もあるだろう」

 

「なんだと!俺じゃ不安かよ、スティーブ!」

 

「あぁ不安だ!てめーがアホみてーに突っ込んで、ぶっ飛ばされでもしてみろ!まとめる奴がいねーだろーが!」

 

「俺は誰にもやられねーんだよ!」

 

ジャックも引かない。

スティーブがいない時でさえチームを任せてもらえないのが悔しいのだろう。

 

そこで、スティーブはジャックに耳打ちした。

 

「…こないだみたいにヤクの取引で揉めたって、誰もケツは拭いてやれねーんだぞ」

 

「…っ!チィッ!」

 

大きな舌打ちをして、ジャックが下がる。


「んで、その人間は具体的にどういった事を?」

 

再びアンディが質問する。

みんなの視線はスティーブに向いたままだ。

 

「そうだな…チームの先導をジャックと共にやってもいいし、ある程度はメンバーに対して指示命令を飛ばせる権限がある。そんなとこだな。

単純にナンバー3とナンバー4って考えてくれれば問題ねーだろ」

 

「ふむ」

 

「どうにも呼び名がしっくりこねーな。

囚人じゃあるまいし。数字で呼ぶのは無しにしねーか、リーダー?」

 

新入りのラファエルがもっともな意見を発した。

 

「はぁ?呼び名だぁ?

どうでもいいじゃねーか、大事なのは誰がやるかってとこだ」

 

だがスティーブにはどうでも良かったらしく、一蹴されてしまう。

 

「お前が指名するのか、スティーブ?」

 

三度、アンディ。

 

「いや、多数決でいいだろう。俺とジャックは口出ししねー。

お前ら全員で二人の新たな幹部を選出するんだ」


スティーブがテーブルから飛び降りる。

 

「来い、クソガキ。たまには俺たちが見張り番だ」

 

「るっせーなぁ。妙な体制考えやがって。たかがオフ車乗りのバカ共の為によ」

 

ジャックがぶつぶつと文句を垂れながらホームベース内から出る。

外にいたスコットに中へ入るよう促し、スティーブとジャックは扉の前に座った。

 

「ジャック。メタルマリーシャもどきの連中だけじゃねーぞ。

ヤク中やらギャングやら警察やら…バイク乗り以外にもファントムズに害を及ぼす奴らはごまんといるだろーが」

 

「説教なら学校のハゲ共だけで間に合ってんだよ」

 

「うるせー!俺たち二人が変わらねーと、チームは守れねー!

ラルフのブタ野郎だってあれやこれやと形を変えてチームを維持してきたんだからな」

 

「わからねーとは言わねーが、そんな生き方で楽しいもんかね」


ジャックが大きなあくびをした。

 

「仲間と楽しみたくてバイカーやってるんなら、もう少し仲間の事を考えてやれ。

上に立つってのは、楽しい事だらけじゃねーからな」

 

「年寄りは話がなげーんだよ、スティーブ!

ごちゃごちゃ言ってねーで、バイクかっ飛ばして、酒飲んで、ヤクでもキメて女とやってやるんだよ!」

 

「それを続ける為の話だろ!やっぱりバカだなクソガキは!」

 

「バカはてめーだ!」

 

「あー?ぶっ殺すぞ!」

 

スティーブがジャックの襟を掴んだところで、扉が開いた。

 

「なんだ?楽しそうじゃねーか」

 

ラファエルが顔を覗かせている。

 

「ケンカなら後でやれよ、ボス達。

とりあえず、二人を選んだから中に入ってくれ」

 

「ふん!命拾いしたな、ジャック!」

 

「上等だよ、バカ野郎!

さっさと入るぞ、リーダー!」


 

中にいたメンバー達が二人を迎える。

 

アンディが一歩前に出て、誰に頼まれるでもなく説明を始めた。

 

「ナンバー3をディレクター。ナンバー4をスラッガーと呼ぶことに決まったぞ」

 

「スラッガー?」

 

スティーブが聞き返す。

ナンバー3は確かに『重役』であるのは間違いないが、ナンバー4の呼び名がスティーブにはしっくりこない。

 

「そうか、お前は野球を見ないのか。

四番バッターは強打者、スラッガーだ。なかなか粋なネーミングだろうよ」

 

「ま、その辺は勝手にやれ。誰に決まった?」

 

彼が気になるのはむしろそっちである。

 

「俺たちファントムズMCは、ディレクターにこの俺を、スラッガーにラファエルを据える事に決定した!」

 

まばらな拍手が起こる。

 

「何?ラファエルがナンバー4だと?」

 

四輪乗りではあるが、アンディが幹部になるのは良いとして、新入りのラファエルが選ばれたのがスティーブには予想外だった。


「俺たちも考え方を変えたのさ」

 

「あー?どう変えたって?」

 

「四人のトップ体制でファントムズを支えるとき、まずナンバー1に必要なのは絶対的な統率力とカリスマ性だ」

 

アンディが人差し指を立てる。

続いて中指も立て、ピースサインに変化する。

 

「次にナンバー2に必要なのは野心と知識。

時にはリーダーに噛みつく事もこのポジションには必要なわけだな。そして、トップを補佐できる力量。バイクの仕組みに関して天才だと言われてるジャックはまさに適任だ」

 

ジャックが鼻を鳴らして笑った。

アンディの指がまた増え、三つになる。

 

「次にナンバー3に必要なのは包容力と客観性だ。

上の二人の意見が割れた時、チームの内部分裂を防ぐ最後の砦になる。もちろん、そんな事はめったに無いだろうがよ」

 

「保護者役に、うすのろなビッグママはうってつけだな」

 

「何とでも言え」


アンディの指が四本になった。

ここがスティーブが予想外であったポジションだ。

 

「最後にナンバー4に必要なもの。

単純な『力』だ。武力だとか暴力だと言ってもイイ」

 

「ケンカが強けりゃイイってのか?確かにラファエルは強いけどよ」

 

「単純であれば単純であるほどイイ。力は一番わかりやすい権力の象徴だ。

幹部とはいえ、ナンバー4は四人の中で下っ端だ。ナンバー2のように野心があったり、ナンバー3のように達観する能力はそこには必要ない。

単に、メンバーやリーダーの為に力を奮うのが仕事だ」

 

「妙に振り回されたりしない…狂戦士か」

 

おもしれー、とスティーブが頷く。

 

「言い方が悪いな。勇者くらい言ってやれ。

差し詰め、お前が熱弁を奮う国王。ジャックがそれを知識で補佐する大臣。

俺が頭を捻って策を練る参謀長。ラファエルが大剣を振り回す騎士団長ってとこだな」


「なんだよ、その古くせー喩えは」

 

スティーブが苦笑いする。

だが、そういった理由であれば、確かにラファエルがスラッガーに選ばれたのも納得できる。

 

「とにかく、体制は決まった。

お前の狙い通り、ファントムズの強化につながればイイがな」

 

「あたりめーだろ。

てめーら!俺が言う以上の仕事を二人に与えてやったんだ!思いっきりこき使ってやれよ!」

 

笑い声が上がる。

 

リーダーやサブリーダーとはまた違った仕事を得たナンバー3とナンバー4。だが、メンバー達が自発的に考えた結果なので、スティーブやジャックに不服はない。

 

「じゃあ、俺は帰るからよ」

 

時刻はすでに0時を回っている。

ピッツバーグ帰りのスティーブはクタクタの身体に鞭を打ち、ようやく帰宅する。


 

就寝前、携帯がわずかに光っているのに気付く。

 

「着信でもあったか?」

 

画面を見ると、メールが届いていたようだ。

気づかなかったのはバイクで走行していたからだろう。

 

『スティーブ。お仕事お疲れ様。

今度のお休みはいつですか?こないだ会ったばかりなのに、早く会いたいわ。また、私を楽しいお食事に誘ってくださいね。

あなたのケイティより』

 

「ケイティか…」

 

確かにまた会いたいな、とスティーブも感じる。

ふらふらと女の尻を追いかける彼でも、ケイティの事は大好きなのだ。

 

「俺も会いたいぜ。逆におめーの暇な日を教えてくれ。またウマいメシと酒を飲もう。それじゃ、おやすみ。

…これでよしと」

 

携帯を床に放り、スティーブは深い眠りに落ちた。


 

 

翌朝。

 

「スティーブ、起きなさい」

 

「ん」

 

珍しく、今日はレベッカではなく母親が彼を起こしにやってきていた。

スティーブが刑務所で培ってきた早起きの習慣はすでに崩壊しつつある。

もちろんファントムズの連中と毎晩遅くまでつるんでいれば、そうなるのは当たり前ではあるが。

 

「…」

 

「あら、スティーブ。アタシに起こしてもらえなくて寂しそうだね」

 

ダイニングにはすでに姉の姿。サンドイッチをほおばりながら、スティーブに軽口を飛ばしてきた。

 

「バカ言え。目覚めて最初に聞くのがおめーの声じゃなくて幸せだったよ」

 

スティーブが横に座る。

 

「なにぃ!こんな美人の姉がいるなんて、まったくアンタが恨めしいよ!」

 

「おう、おめでたい姉がいてありがたいぜ」

 

また、今日という一日が始まっていく。


 

窓から見える外は久しぶりのどしゃ降りだ。

 

バイク通勤のスティーブにとって雨は大敵である。

 

「スティーブ、ついでに落としてってやるから乗りな。帰りはもちろん歩きだけどね!」

 

「マジか。助かるぜ」

 

傘をひっつかみ、レベッカとスティーブはミニクーパーに乗り込んだ。

 

雨漏りしているのか、助手席側の床にわずかな水たまりが出来ている。

 

「ひでーポンコツだな。がさつなアマにはお似合いだぜ」

 

「アンタのバイクも似たようなもんだろ!

男ならデカく稼いで家族孝行しろ!文句言う前にさ!」

 

やはりレベッカに頭を小突かれてしまった。

 

 

「ベッキー」

 

「んー?」

 

スティーブの会社は目の前だ。

 

「ボーイフレンドは出来たか?」

 

「余計なお世話だよ!さっさと行った行った!」

 

「うっせー、じゃあな」

 

傘をさし、スティーブは軒下まで疾走する。


 

「あーくそ!雨だなんてクソだりーな」

 

「おはよー、どしゃ降りだねぇ」

 

「おはよう、スティーブ。昨日は災難だったな」

 

ミリアと所長のデイビッドがスティーブを見て挨拶した。

 

「ようようよう!マーカス様は雨の日もご機嫌だぜ!」

 

ちょうど雨合羽姿のマーカスもやってくる。

 

「おはよー、マーカスぅ」

 

「おはよう、マーカス」

 

「よう、カッパ野郎」

 

「おい、スティーブ!さっきのマブい女は誰だよ!紹介しやがれ!」

 

したたる雨水も無視して、マーカスがスティーブに詰め寄った。

 

「あー?女ぁ?ウチのクソ姉貴の事かよ」

 

どうやらマーカスはレベッカの事を見たらしい。

 

「姉ちゃんだと!ふざけんな!てめーみたいな殺人マシーンにあんな…あんな麗しいお姉さんがいるはずねーだろ!」

 

「めんどくせーんだよ、てめーのキャラ」

 

ドン、とマーカスを突き飛ばして、スティーブは仕事の準備に取りかかった。


 

 

正午過ぎ。

雨は弱まったが、どんよりと暗い。

 

『よう、スティーブ!頼むぜ、俺たち兄弟分だろー?』

 

無線機から聞こえてくるマーカスの言葉は、今朝からずっとこの調子だ。

 

「なんで、てめーみたいなゲテモノに姉貴を紹介しなきゃなんねーんだよ」

 

『誰が爬虫類だ、ボケぇ!』

 

『ははは!お前らはいつもバカばっかりだな!

ウチの娘にも聞かせてやりたいくらいだ』

 

ロッソの声も入ってくる。

いつも通り、のんきなものだ。

 

『マーカスぅ、あんまりガツガツしてると女の子が逃げちゃうよぅ』

 

「そうだぜ。ただでさえむさ苦しい奴なのによ」

 

『てめーが言うな!女に目が無くてむさ苦しいのは変わらねーだろうが!』

 

「ま、あいにくウチの姉貴は金持ちとしか付き合う気がなくてな。てめーの出る幕はねーよ」

 

もちろんこれは『そうあってほしい』というスティーブの勝手な作り話に過ぎない。


ウォン!

 

「あ?」

 

アクセルをふかし、スポーツバイクが颯爽とスティーブのタクシーをパスしていった。

ジャケットの背中にはクラッチ・ロケッツのロゴが見える。

 

「お?マーカス、てめーのとこのメンバーが走ってんぞ」

 

『誰だ?』

 

「知らねーよ」

 

バルン!バルルル!

 

直後、単気筒エンジンの乾いた排気音。

それが複数聞こえた。スティーブの頭が即座に反応する。

 

「一発!?まさか!」

 

バルン!バルン!

 

スティーブの後方から現れたオフロードバイクの集団が、クラッチ・ロケッツの男を囲むように近づいていった。

 

そして。

 

ガシャン!

 

ギギギギ!!

 

鉄とアスファルトがこすれる音。

 

スポーツバイクが転倒し、地面を激しく滑っていく。

 

「やりやがった!?

マーカス!マズいぜ!オフ車のクズ共が出てきてお前のとこの奴を倒しやがった!!」

 

バルルルルル!!


『なんだと!?今どこだ!』

 

マーカスの声が届いた時には、すでにオフロードバイクは走り去ってしまった。

 

スティーブはマーカスに返事をするよりも先に、タクシーを飛び出してバイクとライダーに駆け寄る。

ボロボロになったホンダCBR600R。せっかくの高級マシンが台無しだ。

 

すぐに人だかりができ、車の流れは完全に遮断されてしまった。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「う…うぅ」

 

フルフェイスのヘルメットのおかげで頭部への衝撃はやわらいでいるようだ。しかし、身体のあちこちは服がズタズタに裂け、血がにじんでいる。

 

「誰か、救急車を呼んでくれ!」

 

ライダーの肩を抱き、スティーブは周りの野次馬達に向かって叫んだ。

 

「私がもう呼んだぞ!しばらくの辛抱だ!」

 

スーツ姿の老人がそう応える。

数分後、渋滞した車の間をぬって救急車がやってきた。


「急げ急げ!」

 

「よし、ストレッチャーに乗せろ!

大丈夫ですか!聞こえますか!」

 

救急隊員達が、ライダーの男を救急車に担ぎ込む。

 

…ウー!

 

「緊急車両が通ります!道を空けて下さい!」

 

ザァァァ…

 

再び、雨が強く降り始めたが、スティーブはその場にしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

その日の夜。

 

ホームベース内。

 

仕事を終えたスティーブは、アンディの迎えでこの場にやってきていた。

マーカスは事故の直後に早退したらしい。

 

…ピピピ!

 

「俺だ」

 

「ビッグ・ペインだ。

スティーブ、マーカスから話は聞いた」

 

「だろうな。俺はやられた奴の介抱で手一杯だった。連絡出来なくてすまねー」

 

ペインと電話で話すスティーブの横には、アンディ、ジャック、ラファエル等、PMCの幹部連中が控えている。


「まったくだ。しかし今回は無線でマーカスに伝えていたようだからな。特に問題ない」

 

「アイツは助かったのか?」

 

「ジョンなら生きてる」

 

オフロードバイクの連中に襲われたクラッチ・ロケッツのジョンは、一命をとりとめたらしい。

 

「マーカスの連絡で、すぐに味方を送ったが、見つけられなかった」

 

「そうか…俺が見た奴らは8人組だった。

バイクはヤマハかスズキあたりの250やら450のオフ車だ。数は6台。その内2台に二ケツだった」

 

スティーブが状況を話す。

 

「武器は?」

 

「特に見えなかったな。四方をふさいで、横から蹴り倒しやがった」

 

「おもちゃ乗りがちょこまかと…もう我慢ならん。

こっちから仕掛けて掃討してやるぜ」

 

「手ぇ貸せって言い方だな」


周りの仲間がわずかに緊張する。

ラファエルがバキバキと指を鳴らした。

 

「頼めるか」

 

「当たり前だ。キツいお灸をすえてやろーじゃねーか!」

 

「ファントムズMCに最大のリスペクトと感謝を送るよ。

ん、ちょっと待て…」

 

一瞬だけ、受話器が無音になる。

何やら向こうで話しているようだ。

 

「…スティーブ、わずかだが奴らの情報が入ったぞ」

 

「なんだ」

 

「アイアンローチ。奴らはそう名乗ってるらしい。

拠点や規模は不明のままだ」

 

「鉄のゴキブリか、街に住み着いた害虫にはお似合いじゃねーか。

ハエ叩きと殺虫スプレー持参で加勢してやるよ」

 

冗談で返すが、スティーブの顔は怒りで険しい。

ビッグ・ペインにとってハエ叩きは『バット』、殺虫スプレーは『銃』にしか聞こえなかった。


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