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Peaceful  作者: 石丸優一
6/24

Friend

ロッソとスティーブの家までアルが追走し、二人を拾い上げる。

 

これで帰りも直接家へ送ってもらえば安心だ。

 

「よーし、出すぞ」

 

「頼むよ」

 

「すまねーな、頼むぜ」

 

アルのポンコツなホンダ・シビックが三人の男を積んでガタガタと揺れる。

 

「しかしよ、アル?

おめーが誘ってくれたのにドライバーかよ」

 

彼が酒を飲めない事を案じたスティーブがアルに言った。

 

「スティーブとはもっと話したかったからな。

酒なんて家に帰ればいくらでもあるのさ」

 

なるほど。コミュニケーションが取りたかっただけで、酒の誘いはただの口実だったようだ。

 

「そりゃ嬉しいね。ロッソのカミさんへの愚痴もついでに聞いてやろうぜ」

 

「ははは!そりゃ名案だな、スティーブ!」

 

「バカ野郎!俺はカミさんを愛してんだよ!」

 

ロッソの顔は早くも真っ赤だ。


「さぁついたぞ。俺の行きつけのバーだ」

 

ブルックリンからは出ることなく、店にはすぐに到着した。

この場所ならアルの家から歩いて行ける。彼の行きつけだというのも納得だ。

 

 

カランカラン。

 

扉を開けると、彼等の入店を知らせる鈴が鳴る。

 

「やぁ。いらっしゃい」

 

恰幅のよい店主がカウンターから声をかけた。

 

「やぁ、マスター。

今日は会社の仲間と来たよ」

 

アルがそう返す。

 

「そうかいそうかい。今開けたばかりだから好きな席にどうぞ」

 

店主の言うとおり、開店直後の店はガラガラの状態である。

 

カウンターが五席とテーブルが二つ。

こぢんまりとした店だ。

 

「ここにしよう」

 

アルが先導し、一つのテーブル席を選ぶと、店主が「サービスだ」と言いながらショットグラスに注がれたテキーラを三つ持ってきた。


「おぉ、ありがとう!今日は飲めないのが残念だ!」

 

「んん?アルはドライバーかい」

 

「そうなんだよ、マスター。

でもありがたくいただくよ、スティーブが二杯な」

 

ぱん、とスティーブの肩を軽く叩くアル。

 

「おー、アルの分までマスターの心意気を貰っておくぜ」

 

「注文が決まったらいつでも言ってくれ」

 

テーブル席は問題なく見えるので、マスターはカウンター内に立っている。

 

「俺はコーラを貰うよ。二人は?」

 

「ビールをくれ」

 

「俺はスコッチを。マッカランはあるかな」

 

「あいよー。コーラとビールにマッカランだね」

 

マスターが復唱して準備にとりかかる。

 

「そら、おまちどおさん!」

 

一分と経たずに飲み物がテーブルにやってきて、三人の男達は乾杯した。


「スティーブ、何か困ったらいつでも相談に乗るぞ」

 

素面のアルがやぶからぼうに言う。

 

「困ったら?ありがてーが、俺はそんなに病んでるように見えるか?」

 

「少なくとも昨日はな」

 

アルの返答に、ロッソも「違いない」と頷く。

 

「おいおい、解決に向かってるって話しただろう。

何も心配ねーんだよ」

 

「スティーブ。

今朝な、聞いちまったんだよ」

 

「あー?なんだよ」

 

「ミリアからだ。お前、街で幅利かせてるファントムズMCのメンバーだったんだよな?」

 

スティーブがドン、とビアジョッキをテーブルに置いた。

 

「あのアマ!クソ!」

 

「俺とロッソは、内容も知ってる。

とてもじゃねぇが解決に向かってるとは思えないな」

 

「は!余計な世話だぜ!

俺は俺のやり方でファントムズを救って、仕事もやり通す!」

 

言い方こそ悪いが、スティーブは会社の人間には心配も迷惑もかけたくないのだ。


「具体的には?」

 

「うるせー!なんでそんなこと訊く!」

 

「スティーブ、意地張るのも分かるがよ」

 

アルが、一枚の古びた写真をポケットから取り出した。

どうやら家族写真のようだ。

 

「あ?」

 

「見ろ。これは俺がガキの頃の写真だ」

 

「だから何なんだよ」

 

写し出されているのは、両親と二人の幼い息子達。

その子供の内、背が高いほうがアルらしい。

 

「両親はプエルトリコにいる。アグアディヤという街だ。

それでこっちの小さい方のガキは俺の弟なんだが、この街で暮らしている…ファントムズMCの新参者としてな」

 

「な…!!嘘だろ!名前は!?」

 

「ラファエル。

ラファエル・リベラだ」

 

知らない名前だ。おそらくジャックと同じように、スティーブが刑務所にいる間に仲間入りしたのであろう。


「これで少しは俺がお前に肩入れする理由もわかったか?

弟とは連絡もつかない状態でな、お前がチームのいざこざを収める気なら力を貸すつもりだ」

 

アルはファントムズの抗争を止める事で、弟の身を守ってもらいたいのだ。

一触即発の状態となるチームの未来。それをミリアに聞かされた彼は気が気でなかっただろう。

 

「ミリアと言い、アルと言いよ。

ブルックリンってのは狭いもんだな…ロッソは?おめーも何か関係してるわけじゃねーだろうな」

 

「俺はガヤだ。しかし、うちの仕事仲間が二人も関係してるんだぞ。知らん顔は出来ん。

まぁ俺に何が出来るかはわからんが、応援はさせてもらうよ」

 

スコッチをガブリと飲み干し、ロッソは次の酒をマスターに頼む。

 

「ゴメスやマーカスは?知ってるのか」

 

「いや、言ってない。だがマーカスはバイク乗りだ。

街の噂になる頃にはアイツも気づく」

 

「あのクソがバイカーだと?」

 

そんな素振りは無かった。彼は通勤も自転車である。


「そうだ。俺も詳しくはないけどな。

本人に訊いてみるのが早いだろう」

 

「ふん!アイツの事なんか興味ねーよ!」

 

言葉とは裏腹に、スティーブはマーカスへの考え方を少し改めた。

同時に、そういえば自分のバイクを誉められたな、という記憶が蘇る。

 

「チッ…なんだかシラケちまったぜ。

酒はまた今度だ。先に帰るぜ」

 

「お、おい。絶対に一人で突っ走るんじゃないぞ!」

 

「スティーブ!俺達は仕事以外でも仲間だからな」

 

二人の返事も聞かず、スティーブは店を出てしまった。

 

 

 

かなりの距離があるが、スティーブは道を歩き始めた。

 

「…ったく。力を貸すだぁ?

下手に素人が首突っ込める相手じゃねーんだよ、ファントムズはよ…」

 

銃を撃つわ、人を殴るわで元々ろくな連中の集まりではない。

MCとは名乗っていても、ギャングと呼ばれるものと大差ないのである。


ラファエルがメンバーにいたところで、アルが直接やれる事は何もない。

彼ら兄弟が面と向かって話し、ラファエルをチームから抜けさせるのも無理だろう。

 

だからアルが弟を守る為にはチームの状態を正常に戻すしかないのだ。だが皮肉な事に、そうなれば彼の出番はない。

 

 

来月。ラルフが軍に入隊するまでがタイムリミット。

 

ジャックが動き出し、五代目ファントムズがどう転ぶか。

吉と出れば取り越し苦労だが、凶と出たら残念でしたでは済まない。

 

ならばその五代目が始まる前にどうするか。

 

「ん…?」

 

ふと、スティーブは何かを閃いた。

携帯のタッチパネルに触れ、会社にコールする。

 

「もしもしぃ」

 

「よう、ミリア。まだ頑張ってたか」

 

「スティーブ?アタシに用かな?

携帯にかければイイのに」

 

「いや、仕事の依頼だ。

おめーがまだいてくれて良かった」


 

 

二十分後。

 

「…で?何で俺がおめーを運ばなきゃいけねーんだよ、タフガイ」

 

タクシー車内。

 

ミリアに頼み、スティーブは配車要請をしたわけだが、もちろん唯一勤務中だったマーカスが来ることとなった。

 

「飲み屋の帰りだからな。アシが無くて困ってた。それだけだ」

 

「だったらアル達はどうしてんだよ。一緒だったんだろ」

 

「まだ飲んでるはずだ。おっさん同士、つもる話でもあんじゃねーか」

 

「まったくよ、なんで俺がこんな真似しなくちゃなんねーんだ」

 

マーカスが苛立ちを抑えようとカーステレオのボリュームを上げる。

彼の車内は常にヒップホップが流れている。

 

「マーカス。ファントムズMCって知ってるか?」

 

キキィー!!

 

突如止まるタクシー。

マーカスは振り返ると、スティーブの襟首を掴んだ。

 

「てめぇ!いま何て言ったんだ、こらぁ!」


予想していなかった反応に、スティーブは怒鳴り返せなかった。

ただただポカンとしてしまう。

 

「おい、どうしたんだ?マーカス?」

 

「ファントムズだなんて聞こえたからよ!

冗談じゃねぇ、あんな奴ら!関わりたくもねーゴロツキ共だぜ!」

 

なるほど、嫌いなのかと納得する。

とりあえずスティーブは彼の襟首を掴んだままのマーカスの手を振りほどいた。

 

「そうか。そのファントムズなんだがよ。

近々、頭が入れ替わる予定だ」

 

「はぁ!?なんだよその話!

俺に振る話じゃねーだろ!」

 

「それが関係あんだよ。

おめーも好きなんだろ?バイクがよ」

 

「何で知ってんだ!…まぁそれはイイか。

どうして俺にそれが関係あるんだよ」

 

マーカスも次第に落ち着き、話を聞く姿勢を見せてくれた。


「ファントムズと言えば、ブルックリンに昔からあるモーターサイクル・クラブだ。

今もなお、他の連中に及ぼす影響はデカい。とりわけ、悪ガキ共やバイカー達にはな」

 

「胸クソわりー話だよな。

おめーもだいぶ悔しい思いしてきたんじゃねーのかよ、スティーブ。

あんな目立つバイクに乗ってちゃ、目をつけられて当然だろう」

 

「お前はどうなんだ?メンバーに何かやられたのか?」

 

スティーブは敢えて、自分がメンバーだった事を伏せたまま話している。

 

「いや、別に。だがイイ噂は聞かねーだろ。

奴らのバイクは盗難車だの、警官に向けて撃ちまくって煽ってただの。

まともじゃねーよ」

 

「そうか…デタラメな話じゃねーから俺は何も言えねー」

 

「あー?何か言いたげじゃねーか」

 

マーカスが車を再発進させる。


「金がない小僧は盗難車を引っ張ってくる事もあるし、マッポ相手に銃ぶっ放すバカも見たことがあるからな」

 

「おめーまさか…」

 

「あぁ、ファントムズのメンバーだ。

正確にはメンバーだった。抜けたんだよ」

 

「チィ!別に驚かねーけどよ!

俺が奴らの文句を言ってただなんてたれ込んだら承知しねーぞ!」

 

「安心しろ。ファントムズはこのままじゃ崩壊に向かうだけだ」

 

タクシーがスティーブの家に到着する。

 

「ん?そりゃめでたい話だが、なぜだ?」

 

料金清算をしようとせず、マーカスはスティーブの方を向いた。

興味があるようだ。

 

「新しく頭を張る人間が問題でな。

崩壊するだけならお前もありがてーだろうが、被害が周りに及ぶって事も考えられねーか?なにせ、あのファントムズがぶっ壊れるんだぞ?

本当にそうなりゃ、街中でウチのメンバーはドンパチやるだろうし、余所の連中もブルックリンで一旗あげようと仕掛けてくるだろ」


「まぁ、ありえねー話じゃねーな。

んで、お前はどうするんだ」

 

「抜けたチームとは言え、俺はファントムズを壊したくはねー。

どうにか回避したいと思ってる。自分の為にも、チームの為にも、街の為にもな」

 

「ご立派じゃねーか。まぁ、勝手に頑張れよ。

23ドルだ」

 

ひらひらと手を振るマーカス。

料金を提示してきた。

 

「よう、マーカス。

おめー、手ぇ貸せよ」

 

「はぁ!?どうやって!?

つーか、何でだよ!そんなの知るか、ボケ!」

 

当然、全力での否定。

 

「あぁ!?おめーはバカかよ!人の話聞いてなかったのか!?

この街が地獄絵図になりゃ、てめーもバイクに乗れなくなるかもしれねーのによ!」

 

「なってみなきゃわかんねーだろ!ファントムズが壊れるかどうかもわかんねーし、戦争がおっ始まるかどうかもわかんねーだろうが!」

 

「そうなってからじゃおせーだろうが!

俺らがやらなきゃ誰がやんだよ!」

 

「勝手に仲間入りさせてんじゃねーよ!」


二人の意見は簡単には交わらないようだ。

平行線の押し問答。

 

「第一、どうやって回避するんだよ!

新しいリーダーが問題なら、まずはおめーがチームに戻って説得してこい!」

 

これはもっともな意見である。

 

「おいそれと戻れねーんだよ!

マーカス、お前はどこぞのMCに所属してるのか?」

 

「あー?

イーストコースト・クラッチ・ロケッツ(Eastcoast Clutch Rockets)ってチームだ」

 

スティーブは聞いたことがない。

今のファントムズよりも小さなバイク乗りの集まりだと解釈する。

 

「…知らねーな。とにかく、そのチームの為だと思って協力してくれよ」

 

「やなこった!早く降りろ!」

 

結局、スティーブはマーカスから押し出されてしまった。


ブロロ…

 

走り去るマーカスに中指を立てて見送ってやる。

 

「クソ…」

 

その場に座ってメンソールに火をつけた。

 

 

マーカスや、そのバイク仲間がいればファントムズの危機に協力してくれるのではという閃きだった。

ロッソやアルのような一般人よりは力になってくれるし、バイク乗りの悪ガキ共なら気兼ねなく使う気でいたスティーブだったが、完全に見当違いである。

 

「随分と遅い帰りだな」

 

「うおっ!?」

 

誰かの声がして飛び上がった。

 

「アンディ!?ふざけんなよ、てめー!

何でここにいるんだよ!」

 

ファントムズのアンディだ。

よく見ればエコノラインも近くに停まっている。

 

「帰りを待っていた」

 

「はぁ!?待ち伏せだなんてストーカーかよ!

気持ちわりー!」

 

「ラルフやジャックに電話しただろう。

知らねーと言っておきながら、お前はお前なりにファントムズを気にかけてくれてるんだな」


アンディは無表情だ。

喜んでいるようなセリフだが、何を思っているのかは読み取れない。

 

「あのおしゃべり野郎共が…」

 

ラルフと話したのならば、一年間の縛りがある事も聞いているだろう。

 

「しかしどうするつもりだ?

ラルフは止められない。ジャックは少しお前に反感を抱いていたな」

 

「ふん!俺にばっかり頼ってるお前はどうなんだよ、アンディ!

何か策でも思いついたかよ」

 

「お前を力ずくでも連れ戻す、ってのはどうだ?」

 

「バーカ!俺は仲間への疑心を忘れちゃいねーぞ!」

 

刑務所の面会の件である。

 

「実は今日はその件だ。

話すかどうか迷ったが、お前の助けになればと思ってな」

 

「はあ?」

 

「信じがたいだろうが…誰しもがお前との面会を望んでいた」

 

「つまらねー嘘だぜ。俺のご機嫌とろうってのが見え見えなんだよ」


スティーブが唾を吐く。

 

「いいや本当だ。じゃあ、なぜみんなが行けなかったのか。

他でもない、ラルフがお前との面会を禁じていたんだよ」

 

「なんだよそりゃ」

 

「俺も今日までその理由は知らなかった。

ついに、奴が俺にうち明けてくれたんだよ。みんなをお前と会わせなかった理由をな」

 

「待て待て。まず、ラルフが本当にみんなを止めていたのかがわからねー」

 

アンディの話が核心に入る前にスティーブが遮る。

 

「何なら電話で本人に訊いてみるか?

別に俺はお前に嘘をつく理由がないぞ」

 

「チッ…分かったよ。続けてくれ」

 

スティーブが両手を広げる。

 

「お前は当時、トムに迷惑をかけた事を気にかけていた。

実際、奴は大怪我を負って病院に運び込まれた」

 

「あぁ」

 

スティーブの脳裏に、崩れ落ちるリル・トムの姿が浮かんだ。


「そして、二週間後に奴はベッドの上で息をひき取ったらしい。

トムの家族の強い要請で俺達ファントムズは病院にすら入れなかったがな」

 

「事故から二週間後か。俺がトムの死を知ったのはつい先月だ」

 

「まず、ラルフが事故の次の月くらいに刑務所に面会に来たはずだ」

 

「あぁ、確かに来たな。

『トムは一命をとりとめたから安心しろ』ってな。実際はもう死んでたわけかよ」

 

スティーブがうつむく。

アンディは大きく息を吐いて続けた。

 

「その言葉は初耳だが、奴はその時のお前の様子をラルフは『事故のショックから目も当てられねーくらいに憔悴しきってた』と言った。

トムの無事は、とっさに思いついた嘘だったんじゃないか?」

 

「バカが…」

 

「そして、スティーブには心の安静が必要だから出所までは最低限の接触をリーダーのみが行う。そう告げてラルフはメンバー達の面会を許さなかったんだ」


「だが結局はアイツが自分の嘘を突き通す為かよ」

 

「そうなるな。しかし、実際にお前は多くの仲間と接触できる状態ではなかったはずだ。

それにメンバー達はみんなバカ正直だからな。うっかりトムの死をお前に漏らして、お前の生気を奪いかねんだろ。

だからラルフはギリギリまでその事を伏せた。万全にお前の心が回復するのを待って、な。

…それは奴の優しさだ。だからメンバー達は誰一人としてお前を忘れてなんかいなかった。出所日の大パレードとドンチャン騒ぎを忘れたとは言わせねえぞ、スティーブ」

 

アンディがスティーブの肩に手を置く。

 

「ラルフの…猿芝居にまんまと引っかかっちまったか。ムカつくぜ」

 

「少しはファントムズの連中を信じれたか?」

 

「悪かったな、アンディ。

この間は蹴っちまってよ」

 

自分の勘違いを理解すると、スティーブは案外と素直に謝った。

 

「気にするな。

これが俺の知るすべてだ。あとはお前の好きにするとイイ」


「あ?誤解をといて俺を連れ戻すんじゃないのかよ?」

 

「そうしたいのは山々だが、それでお前がおとなしく言うことを聞くのか?」

 

「絶対に聞かねーな」

 

二人がニヤリと歯を見せる。

 

「じゃあ俺はこれで帰るぞ。

どういう形をとるかは知らないが、お前もファントムズを助けてくれようとしてるのは分かってる。俺も俺でファントムズを守る方法を色々と考えてみよう」

 

アンディがエコノラインのドアに手をかけた。

 

「サンキューな、アンディ」

 

「スティーブ。戻りたいと思う時がきたら、いつでも戻ってきてくれ。

俺達はお前を見捨てやしないんだからな」

 

「わかった」

 

エコノラインが発進し、スティーブも部屋に入った。


 

 

翌朝。

 

スティーブは早出だった為、いつもより早くバイクで家を出た。

 

 

「うぃーす」

 

「おはよう、スティーブ」

 

事務所にはデイビッド所長が一人。

ミリアが休みの為、彼女の席に座っていた。今日は彼が電話番だ。

 

「早出は我々だけだな。九時にマーカスとゴメス、ロッソが来る。

準備が出来次第、出発してくれ」

 

「了解ー」

 

最低限の言葉だけを交わす。

デイビッドはパソコンの画面と向かい合い、スティーブは営業車に乗り込んだ。

 

「ふぅ」

 

出発前にタバコを一本吸い、窓から外に放り投げる。

 

『スティーブ、聞こえるか』

 

「おう、感度良好だぜ」

 

『早速だが、配車要請だ。お客探しをする手間が省けたな。ウィンザーテラスに向かってくれ』

 

「あいよ、ボス」


すぐにウィンザーテラスで中年の非常勤講師を拾い、ロングアイランド総合大学に送り届ける。

 

そのままブルックリンをぶらぶらしていると、無線機が騒がしくなり始めた。

 

『通勤途中でブルックリン区内でサボってる営業車がいなかったかー?』

 

「マーカスか。サボってなんかねーよ。しっかり仕事中だぜ」

 

『スティーブ。

三人が来たぞ。気を抜かずに安全運転でな』

 

所長のデイビッドがミリアの代わりだろうと、ドライバー同士の冗談話はお構いなしだ。

 

『おはよう、スティーブ。タバコはしかと受け取ったぞ』

 

ゴメスだ。

彼はアルと同じくプエルトリコの出身だが、ドライバー内では一番真面目で大人しい印象である。

 

「おー。こないだは助かったぜ、ゴメス」

 

『よう、ロッソだ。

今日は野郎だらけだぞ。

スケベな話がしたければ今日がチャンスだな』

 

「朝から元気なのは年寄りだけだぜ、ロッソ」

 

オヤジ臭い脂ぎった話にも軽口を返してやった。


 

夕刻。

先日連絡先を聞いたポルトガル人の女から電話があるという嬉しいアクシデント以外は特に何もなく、スティーブの仕事が終わりに向かう。

 

『スティーブ。最後に長距離はどうだ』

 

デイビッドからの入電。

 

「あー?どこだよ」

 

『現場はサイプレスヒルズだ。

行き先はエリザベス』

 

「まあまあだな。いいぜ、十五分待たせる」

 

『了解した、感謝する』

 

交差点で派手にタクシーをUターンさせる。

客を積んでいない時のスティーブの運転は雑なものだ。

 

 

最後の仕事を終え、レベッカがいるガソリンスタンドでタクシーに燃料を入れて事務所に戻る。

 

デイビッドが手を上げて彼を出迎えた。

 

「お疲れさん」

 

「無事に勤務終了だぜ」

 

「気をつけて帰れ。明日もしっかりな」

 

本当に当たり前の事しか言わない、実に面白みのない人間だな、とスティーブが鼻を鳴らす。


「あ、そうだ。

スティーブ、ちょっと待て。これを」

 

「ん?」

 

デイビッドがスティーブに手渡した一枚の紙切れ。

 

「私の連絡先だ。欠勤や遅刻などの時、会社に電話して未だ誰も出社していないと困るだろう。

万が一があれば連絡してくれ」

 

「わかった」

 

その場でデイビッドの番号を携帯に登録する。

 

「それじゃあな。ご苦労さん」

 

「またな、デイビッド」

 

 

 

ドルン!ドルン!

 

自宅前。

 

庭の芝生の上にショベルヘッドを停め、スティーブが大きく背伸びをする。

 

「あー!腹ぺこだ!お袋、帰ったぞー」

 

「スティーブ、おかえり」

 

母親はダイニングでテレビを見ていた。

 

夕食は肉料理とパンが用意されている。

 

「食っていいか?」

 

「おやおや、そんなにお腹を空かしてるのかい。

私はレベッカを待つから先におあがり」


 

食後は自室で横になり、うとうとしていた。

やはり早出勤務は疲れが溜まるのだ。

 

ウォン…

 

ウォン…!

 

何やら低いエンジン音が聞こえる。スポーツカーだろうか。

改造車であるのは間違いない。

 

ウォン…!

 

ウォン…!

 

「スティーブ!」

 

ガチャン!

 

帰宅していたレベッカが、勢いよくスティーブの部屋に入ってきた。

 

「ん…なんだよ…?」

 

「アンタの友達だろ!さっきからウチの前でぶんぶんエンジン吹かして!」

 

「はぁ?知らねーよ」

 

眠いスティーブは面倒くさそうに身体を起こした。

 

「とにかく黙らせてきてよ!うるさいんだよ!」

 

「おめーが言ってこいよ。ねみーんだよ」

 

「なんでよ!頼んだからね!」

 

レベッカがスティーブに仕事を押しつけて消えていく。

 

「チッ…誰だよ、まったくよー」

 

目をこすりながら玄関を開けた。


「おー、やっとお出ましか」

 

辺りはすでに暗い。

誰かの声と共にヘッドライトを当てられて、スティーブは目を細めた。

 

光源は狭い。

スポーツカーではない。これはバイクだ。

 

「誰だ!ライトを消してエンジンを止めやがれ!

まぶしいしうるせーんだよ!」

 

「は!うるせーのはてめーも一緒だろうが!」

 

バイクが沈黙する。

 

「よう、これで俺のハンサムな顔が見えるかよ?」

 

「あー?マーカス…?

なんだ、てめー」

 

バイクから降りてスティーブの目の前に立っていたのはマーカスだった。

 

いつものようなだぶついたヒップホップスタイルではなく、ハードな黒革のライダースジャケットを着ている。

 

「それがお前のバイクか?見せびらかしにでも来たのかよ」

 

「セクシーだろ。マイスイートハートだ」


彼の愛車は外国製のスポーツバイクだった。

 

カワサキ・ZX12R。

最高速度300km/hオーバー。190馬力のハイパワーを有する世界屈指のモンスターバイクである。

カワサキ・ニンジャの名で世界中で親しまれている。

 

マーカスのそれはギラギラのキャンディレッドでペイントされ、スイングアームでリアを延長、足まわりにはインチアップした光り輝くクロームホイールを履いていた。

何とも黒人好みなスタイルである。

 

「は!なんだよ、宇宙船みたいなバイクだな」

 

「あー!?てめー、俺のかわい子ちゃんをバカにするとタダじゃおかねーぞ!」

 

「バイクって言うのはOHVの二気筒エンジン積んだ乗り物の事なんだよ!そんなフルカバーの日本車なんざバイクじゃねー」

 

「バーカ。おめーら白人は時代に乗り遅れてんだよ。

んな鉄棒にエンジンとタンク乗っけただけの骨董品なんかじゃコイツの走りにはついてこれねーぞ、ロックンローラーさんよ!」


言い争いをしてはいるが、何やら二人は楽しそうだ。

 

アメリカンバイクの代表格であるハーレーダビッドソン・ショベルヘッドを駆るスティーブ。

対して日本車のスポーツバイク、カワサキ・ニンジャをコテコテにいじり倒したマーカス。

スタイルは全く違うが、同じバイカーとしての心意気は変わらない。

 

音楽で例えるならばハードロックとヒップホップ。

路線は真逆だが、自分が愛するスタイルを徹底するコアなファン。

いい意味で刺激しあえる良きライバルである。

 

「このニンジャの良さは…」

 

「おい、待て。何しに来たんだよ?」

 

早速始まりそうになるマーカスの愛車自慢をスティーブが中断させた。

マーカスがスティーブの家を知っているのは当然だが、単にバイクを見せに来ただけというわけではあるまい。


「おぉ、そうだった。

おめー、ちょっとツラ貸せよ」

 

「あー?」

 

マーカスはスティーブをどこかへ連れ出す気のようだ。

 

「行くぞ?ついて来い」

 

「おい、待て!どこに行くんだよ!

俺は行かねーぞ!」

 

スティーブがマーカスの背中に叫ぶ。

せっかちなマーカスはすでにバイクで飛び出していたが、それを聞いて引き返してきた。

 

「イイから来いよ!」

 

「どこにも行かねーっての!」

 

「ファントムズ絡みでもかよ?」

 

「…!?」

 

どういう事だ、と思考を巡らせる。マーカスはファントムズが嫌いだ。わざわざ絡むはずはない。

 

「ついて来りゃわかんだよ!」

 

「チィ!ちょっと待て!

鍵が部屋にあるからよ!」

 

「五秒しか待たねーぞ!」

 

バタバタと部屋からバイクのキーを取り、レベッカの怒鳴り声を無視して急いだ。


ウォン!ウォン!

 

「かかれ、かかれ…!」

 

ドルン!

 

「ついて来い!」

 

ウォン!

 

ショベルヘッドをキックスタートさせ、急発進していったマーカスを追う。

 

しかしさすがに速い。

レース向けに開発されたスポーツバイクを旧式のアメリカンバイクで追跡するのは至難である。

 

「クソ!でたらめな速さだ!」

 

ファントムズの中では俊足だったスティーブのショベルヘッドも、まるでハイハイ歩きの赤子のように置き去りにされる。

 

マーカスもスティーブがあまりに遅れては意味がない為、一度フルブレーキでジャックナイフを披露して停車した。

そこでようやくスティーブがマーカスに並ぶ。

 

「どうした!天下のファントムズの元メンバーだろ!」

 

「うるせー!宇宙船に勝てるのはロケットくらいだろうが!」

 

「弱気だな、スティーブ!

行くぜ!」

 

再び二台が走り出す。


 

十分程度走ったところで、マーカスは広い空き地へと入っていった。

 

「ついたぞー」

 

場所で言うならばブルックリンの南西。遥か遠くにローワー湾が見えている。

 

「げっ!?」

 

スティーブは声を上げた。

 

ウォン!ウォン!

 

ブオオォ…

 

ブォン!

 

空き地には無数のバイクが集まっていたのだ。

どうやらこれはマーカスが所属するMC、イーストコースト・クラッチ・ロケッツのミーティングのようである。

メンバーはやはり黒人が多いが、ヒスパニックやアジアン、白人も少数だがいる。

 

ドドド…ドドド…

 

敵のド真ん中に飛び込んだ兵士の気分だ。

スポーツバイクの群れに突如現れたハーレーダビッドソンは異様に目立つ。

 

もちろん、MCの人間達は指をさしてスティーブを警戒した。

 

「マーカス!てめー!どういうつもりだ!」


数はおよそ50。

ECCR(East coast Clutch Rockets)の事は弱小だと予想していたスティーブだったが、大きな間違いだった。

現在のファントムズよりも台数が多い。

 

「これがウチのホーミー達だぜ、スティーブ!

最高だぜ!クラッチ・ロケッツ!」

 

マーカスは得意気だ。

エンジン音の他には、大音量でヒップホップが流れている。

 

「お前か。話は聞いてるぜ、ハーレー乗りのあんちゃん」

 

「あー?」

 

スティーブの横に一人の男が近寄る。マーカスとその男以外は遠巻きにその様子を見ている。

 

「スティーブ、彼はビッグ・ペインだぜ。

俺達ECCRのリーダーを務めてる」

 

マーカスが男を紹介してくれた。

どうやらスティーブを彼に会わせるのが目的だったらしい。

 

 

ビッグ・ペイン。

彼はかなり大柄の黒人だった。黒いライダースジャケットを着て、青いバンダナを頭に巻いている。


「俺には何が何だかわかんねーな。

とりあえずおめーがこの宇宙船軍団のボスで、俺に話がある。それでいいか?」

 

「聞いてた以上に生意気な野郎だな、スティーブよ?

ま、悪名高いファントムズMC流の挨拶だと受け取っておくぜ」

 

ビッグ・ペインが不機嫌そうに唸った。

マーカスは「おいおい…」と右手で自分の顔を押さえている。

 

「ファントムズ絡みだと聞いてマーカスに連れ出された」

 

「そうだ。俺がマーカスから話を聞いて、お前を連れてくるように頼んだんだ」

 

「どういった要件だ?

くだらねー話なら、今すぐ全員を叩きのめして帰らせてもらうぜ」

 

これだけの大人数に怯まないスティーブの度胸は大したものだ。

ファントムズメンバーが他のバイカー達から良い意味でも悪い意味でも一目置かれるのも頷ける。


「ファントムズがぶっ壊れるってのは?」

 

これが本題だ。

スティーブは瞬時に、ビッグ・ペインがファントムズの崩壊を望んでいないのを感じた。

 

「おそらく今のままじゃ現実になる。

俺もチームを抜けちゃいるが、どうにか止めたいと思ってる」

 

「同感だ。街の勢力が一つ消えるとなると、全ての均衡がぶち壊しになる。

ウチにも少なからず被害が出るだろうな」

 

「分かってるじゃねーか。マーカスのクソ野郎とはえらい違いだな、リーダー」

 

横からマーカスが中指を立てた。

 

「理由は次期リーダーにあるんだったな」

 

「そうだ」

 

「会えないか?出来れば今のリーダーも一緒に。

確か、ラルフとか言ったな」

 

「不可能じゃねーが、理由によるな」

 

ビッグ・ペインの真意が見えなければ、スティーブも行動を起こすわけにはいかない。


「話がしたい。ファントムズに倒れられちゃ困るんだよ」

 

「無駄だ。ラルフは去り、ジャックがチームを継ぐ。

てめーの出る幕はねー」

 

確かに、ビッグ・ペインが説得を試みたところでどうなる話ではない。

 

「その次期リーダーがイケイケだってんなら、せめてウチと手を組む事くらいは出来ないだろうか」

 

「同盟みたいなもんか?

どうだろうな」

 

「ウチだってお前らから叩かれちまえば反撃しなくちゃならない。

だったら手出し出来ないように先手を打つ。互いに睨みをきかせてれば、そのジャックって奴もチームを潰すような真似はしないんじゃないか?」

 

「確かにそれはあるな。

ジャックも別のMCが見えてりゃ、無茶やらせて仲間を失うのを恐れるだろう。

周りが見えるのと見えないのじゃエラい違いだ」


敵か味方かはどうでもイイ。

ジャックに『周りにこんな奴らがいる』という事を分からせれば良いのだ。

 

周りにいる者達が分からない今、彼はMCを自らの理想とする形にしようとしてしまう。外が見えれば今よりは仲間を大事にするはずだ、というわけである。

 

「決まりだな。

…みんな!俺達クラッチ・ロケッツはファントムズと同盟を組みたいと思う!異存がある奴は言ってくれ!」

 

ビッグ・ペインが大きく両手を広げて仲間に呼びかけた。

 

賛成の意見が上がる中、反対の声を出す者達がちらほらいるようだ。

もちろん大人数の意見が簡単に一つになるはずもない。

 

「俺は反対だ!」

 

近くの声。

 

スティーブとビッグ・ペインのすぐ横にいるマーカスも反対者の一人だった。


「じゃあ反対意見を代表してマーカスに理由を聞こう!」

 

ビッグ・ペインがみんなに聞こえるように叫ぶ。

 

「ファントムズと手を組む理由がねー!

奴らがごちゃごちゃになってウチとやり合うって言うなら叩き潰しゃあイイんだろうがよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「くたばれ、ファントムズ!」

 

他に反対意見を持つ者達も同調して口々に叫んでいる。

 

「おい、今くたばれっつったのは…誰だ?」

 

スティーブが眉間にしわを寄せて言った。

 

「落ち着け、スティーブ。

ケンカしてる場合じゃないぜ」

 

ビッグ・ペインがスティーブの前に立ってなだめるが、こうなるとスティーブは止められない。

 

「あぁ!?おい!出て来い腰抜けが!

誰がくたばるって!?

おらぁ!ウチにケンカ売ったのは誰だって聞いてんだろうが、ボケがぁ!!」

 

カミナリのように鋭く太い声が鳴り響いた。


「スティーブ!やめろ!」

 

「黙れ!俺はてめーのチームじゃねーぞ!指図すんな!

出て来いこらぁ!」

 

ビッグ・ペインがついにスティーブの身体にしがみついて押さえ込もうとするが、スティーブは尚も叫び続ける。

 

しかし、ECCRのメンバーからは誰も名乗りを上げなかった。

 

「チッ!ビビってんじゃねーぞ!」

 

ぶっ飛ばす相手が見つからず、スティーブは大きく舌打ちをする。

 

「そんな奴らの集まりがファントムズと本気でケンカできんのか!あー!?

口先と逃げ足だけはいっちょ前かよ!ウチとやるなら殺す気で来い!」

 

「スティーブ!そのくらいにしろ!」

 

「ケンカ売られれば買うだろうが!

言っとくがウチは何もしてねーぞ!違うか、ペイン!」

 

いつの間にかスティーブは現役メンバーであるかのような口ぶりであるが、そう言っても過言ではない程の気迫だ。


「違わない!今のはこちらの失言だ!だから…」

 

ビッグ・ペインが言い終わる前に、一人の黒人の男がおずおずと彼等に近づいてきた。

 

「…」

 

無言ではあるが、間違いなく彼が先ほどの発言者であるのは明らかだ。

 

刹那。

 

スティーブはビッグ・ペインの身体をすり抜けてその男に肉薄した。

 

「おらぁ!」

 

ゴッ!!

 

ドシャア!!

 

右の拳。渾身の一撃が男の頬を捉え、その身体は地面を転がっていく。

 

その場の全員が固まる。

 

「やりやがった…」

 

これはマーカスだ。

 

すぐにメンバー達からいくつもの怒号が沸き起こる。

 

スティーブは大きく息を吐き、上着を脱ぎ捨てた。

鍛え上げた肉体と、その全身に施されたタトゥーが露わになる。

 

「文句がある奴はかかって来い。

ファントムズのスティーブが全員殺してやるからよ」

 

チームのジャケットこそ失っているスティーブだが、その背中にはファントムズのチームロゴである死神がデカデカと彫り込まれていた。


「やめろみんな!おい、お前ら!

今のはスティーブに非はねぇ!

おい、スティーブ!お前もやめろ!」

 

個人的な意見を言えば、ビッグ・ペインもスティーブを殴りつけてやりたいところであろう。

 

しかしこんな状況でさえも感情的にはならず、チーム全体の為にファントムズとの関係悪化を止めようと努めている。彼のリーダーとしての器は大したものだ。

 

 

怒り狂ったクラッチ・ロケッツのメンバー達がスティーブに襲いかかる。

 

「やめろ!」

 

「スティーブ!さすがにやべーぞ、てめー!」

 

ビッグ・ペインとマーカスの二人だけはそれを止めようとした。

ビッグ・ペインはチームの為、マーカスはスティーブの為だろう。

 

「上等だ!かかってこい!」

 

それでもたどり着いてくるメンバーをスティーブは殴り飛ばし、さらに蹴り飛ばした。


 

 

ドルン!ドルン!

 

ブロロ…

 

ドルン!

 

事態が収拾のつかない方向に向かう中、また別の爆音が突然現場に乱入してきた。

 

「あ?」

 

ECCRもスティーブも、一堂に手を止めてそれを見つめる。

 

ドドド…ドドド…

 

ドルン!

 

幾筋ものヘッドライト。

 

広場の喧騒がさらに大きくなっていく。

 

この音は間違いなくアメリカンバイクのものである。

 

「ようよう、派手にやってるか!?

ははははは!!」

 

ヘッドライトの逆光に隠されて近寄ってくる人物。

 

それはスティーブの横に立つと、いつものにやけ顔で彼を見つめた。

 

「ラルフ…!?なんで、てめーが」

 

「おめーがウチの為に体張ってあくせくやってんのはお見通しよ。

なぁ、アンディ」

 

それはラルフだった。

 

いつの間にかアンディもそばに立っていて、なにやら携帯電話をスティーブに見せている。


「携帯…?てめー、まさか!

俺を張ってて、メンバーを呼び寄せたのかよ!?」

 

ニッ、と笑って頷くアンディ。

 

「ファ…ファントムズだぁ!!」

 

「なんで!なんで奴らが!」

 

クラッチ・ロケッツもようやく状況を理解して騒ぎ始めた。

ビッグ・ペインとマーカスも目を見開いている。

 

 

ズラリと並んだファントムズのメンバー達。

彼等もスティーブのそばまでやってきた。

 

「決心はついたか?」

 

「あー?」

 

「その背中だ。その背中にコイツらの命を預かる決心だよ」

 

ラルフの言葉に首を傾げるスティーブ。

 

「なんで今なんだよ」

 

「てめーがその死神をしょってるって事は、ファントムズの為にケンカしてんだろ?」

 

「…」

 

「一年間だか何だか知らねーがよ。そんなに大事なもんなら両方背負って生き抜いて見せろよ。

てめーはファントムズだろーが」


何かモヤモヤしていた胸のつっかえが、ついにスティーブの中から消えていく。

 

「クソが…どうなっても知らねーぞ…」

 

「よう!聞け、ファントムズのクソ野郎共!

俺達は今から、このスティーブを再び兄弟として招き入れる!」

 

うぉぉ!というメンバー達の雄叫びが上がる。

 

「スティーブ、返すぜ」

 

「あぁ?ラルフ、おめー…?」

 

ラルフが自分の着ているチームジャケットを脱ぎ、スティーブに着せた。

ずっしりと重い。

 

「そして俺は今日、ファントムズ・モーターサイクル・クラブを引退し、新たにこのスティーブを五代目のリーダーに指名する!誰にも文句は言わせねー!」

 

一層大きくなる雄叫び。

 

それに呼応して、対するクラッチ・ロケッツも声を荒げた。

 

「こうなりゃ全面戦争だ!」

 

「ファントムズを潰せぇ!」

 

「クラッチ・ロケッツに栄光を!」


それに負けないようにと、ラルフがさらに声を張る。

 

「ジャック、てめーは死んでもスティーブを補佐しろ!

サブリーダーの継続だ!」

 

「任せとけ、おっさん」

 

当然そこにいたジャックが了承し、ぴたりとスティーブの横について肩をすくめた。

 

「そしてこれが俺からの最後の命令だ、ホーミーズ!

『新リーダーに加勢し、目の前の敵をブチのめしてやれ!』以上!」

 

ラルフがそう言うと、次々にファントムズの仲間達がスティーブの前に背中を向けて立ちはだかった。

 

「いっちょ揉んでやるか!」

 

「よーし、五代目には指一本触れさせねーぞ!クソガキ共!」

 

数にしてみるとファントムズが15名、クラッチ・ロケッツが50名前後である。

圧倒的に不利なように見えるが、ファントムズのメンバー達はケンカが嬉しくて仕方ない様子で全員が笑っている。


「てめーら、銃は使うな!ガキのケンカみたいなもんだ、大人しくデコピンで許してやれ!

殺すんじゃねーぞー」

 

ジャックが指示を出す。

 

「チィ!俺のケンカを…勝手に台無しにしやがったな!」

 

スティーブが地団駄を踏むが、すでに二つのチームのメンバー同士は大乱闘を開始してしまった。

 

「やれやれ…もうどうにもならん」

 

ビッグ・ペインだ。

乱闘に参加していない彼とマーカスは変わらずスティーブやジャックの近くにいる。

ファントムズメンバーも、彼らには戦う意思が無いと分かるので放置されている。

 

 

「天下のファントムズは数が少ないみたいだ!数で潰せ!」

 

「おい、なんだこのガキ共!

ケンカの仕方も知らねーのかよ!?」

 

互いのメンバー達の挑発や怒号が飛び交う。


 

 

十分程度は激しい乱闘があったが、徐々に落ち着き始める。

 

クラッチ・ロケッツは半数程が倒れてしまったが、ファントムズは全員健在で嬉々として相手を殴りつけていた。

 

「もういいだろう!クラッチ・ロケッツ!ケンカは終いだ!」

 

ビッグ・ペインが叫んだ。

メンバー達も正直疲れていたのだろう、手を止めた。

 

「終いにするか?」

 

スティーブが尋ねる。

 

「元々は同盟には賛成の奴が多かったんだ。これ以上は無意味じゃないか?」

 

「オーケー。

ファントムズ!全員集合しろ!遊びは終わりだそうだ!」

 

ついに小競り合いに終幕がきた。

 

「もう終わりか?」

 

特に何もしていないのでジャックは余裕だ。

 

「おめーはボケッとタバコ吸ってただけだろ」

 

スティーブの拳骨がジャックの脳天に直撃する。


「しかし本当に強いな…

ウチもまだまだブルックリンを背負うには早いって事か」

 

ビッグ・ペインは「情けない」と頭を振った。

 

「手を組む件は見送るしかねーな」

 

「そうだな…」

 

「手を組む?」

 

ジャックが話に入ってくる。

 

「このビッグ・ペイン率いるイーストコースト・クラッチ・ロケッツは俺達と同じブルックリンを拠点にしてるMCだからな。

ダチになろうとしてたんだよ」

 

「ほーう?まあ、好きにしろよ。

どちらにしてもファントムズが最強だけどな」

 

「もう一度訊いてみよう」

 

ビッグ・ペインが一歩前に出る。

 

「クラッチ・ロケッツ!少しは気が晴れただろう!

もう一度訊くぜ!ファントムズとの同盟に反対する奴は!?」

 

みんな疲れているのか、黙ってしまっている。


少し経って、一人の男が手を上げた。

 

「ん?俺が始めにぶっ飛ばした奴じゃねーか」

 

スティーブに「くたばれ」と言った男だ。先ほどのケンカの発端である。

 

「どうした、反対か?」

 

「いや…俺が甘かった。ファントムズを潰すだなんて」

 

男が申し訳なさげに続ける。

 

「実際、拳を使ったケンカに収めてくれたファントムズに感謝だ。

武器を使って本気でやり合ってたら互いに大惨事だった…同盟を組ませてほしいと今は思うよ」

 

「…だそうだが?他には誰か意見はあるか!」

 

口々に「同盟を組むべきだ」「ファントムズはやっぱり化け物だった」と、様々な言葉が聞こえてくる。

PMCの力を認めてくれたようだ。

 

「よう、クソ共。俺達はこのECCRとダチになれたぞ。

俺はこの目で見たが、コイツらの走りは本物だ。

速く走りたい奴は仲良くしとけよ」

 

スティーブがメンバー達に言う。


「そりゃおもしれー」

 

真っ先に食いついたのはジャックだ。

スティーブはきちんとクラッチ・ロケッツの誉めるべき点も伝えた。

同盟は対等でなければならない。

 

「一緒につるんで走るって事は少ないだろうが、何かあればお互いに助け合う仲間だ」

 

「わかった。よろしく頼むぜ、新リーダー」

 

スティーブとビッグ・ペインがガッチリと握手をし、連絡先を交換する。

 

「クラッチ・ロケッツ!みんな動けるか?

今夜は引き上げだ!」

 

ウォン!ウォン!

 

スポーツバイク達が甲高い唸りを上げて去っていく。

 

 

それを見送り、スティーブはショベルヘッドに跨がった。

 

ドルン!

 

「帰るぞ!野郎共!」

 

「了解!」

 

「リーダーに続け!」

 

スティーブとジャックを先頭に隊列を組み、アンディが殿を務める。


 

一団がホームベースに到着する。

 

新リーダー就任祝いとドッグファイトは後日とし、スティーブは帰宅する事をみんなに告げた。

 

「なんだ、帰っちまうのか?」

 

ジャックがつまらなそうに言う。

 

「あぁ。すまねーが、一年間はきちんとやらなきゃいけねー仕事があるんだ。

なるだけホームベースには顔を出すようにするから迷惑はかけねーよ」

 

ファントムズに所属を戻してもタクシー稼業を辞めるわけにはいかない。

しばらく二足の草鞋になるが、仲間への疑心が無い今、彼がファントムズにいる事で悩むことは特にない。

 

『ファントムズの為にケンカをしている』事が彼の復帰を最も後押ししてくれた。

だが、それに気づかせてくれたラルフはもういない。実はスティーブは、乱闘の最中に去っていく彼の背中を見ていた。


 

 

ドルン!

 

ドドド…ドドド…

 

「よう、大将」

 

「おう」

 

スティーブの足はすぐに自宅には向かず、やはりラルフの家に到着した。

 

ラルフは自宅のガレージで愛車のソフテイルを見ていた。

 

「みんなには先に別れを告げてたのか」

 

「もちろんだ。スティーブにリーダーを渡したらその場で消えると言って出発したからな」

 

シュッ、とライターでタバコに火をつけるラルフ。

 

「おめーの家に来るのは久しぶりだ」

 

「茶なんか出さねーぞ。くつろぎたきゃ適当に座れ」

 

「軍にいる間、ソイツはどうすんだよ」

 

スティーブがコンクリートの地べたに腰を下ろす。

 

「さあな」

 

「戻ってきたらどうする。またファントムズに入るんだろう?

バイクはホームベースに入れといてやるよ」

 

「いや…もう戻らねーかもしれん」

 

「…は?」

 

スティーブがぽかんとする。


「バイクを降りようと思ってるんだよ」

 

「何かあったか?テロリストを潰したら帰国すんだろ」

 

「もちろん軍とはそこでおさらばだぜ。

だがファントムズはおめーの代に替わったんだ、スティーブ。

俺も何か新しい道を探すべきだろ」

 

その『何か』は未だ決まっていないようだ。

 

「どんな道だ?」

 

「真っ当な道だ。そうだな、警官なんかどうだ」

 

「ははは!警官!?気でも触れたか?

おめーが制服着てピストルぶら下げてても、コスプレにしか見えねーぜ!」

 

「うっせーな!」

 

ラルフの大きな顔が真っ赤だ。

 

「いいじゃねーか。その道とやらが見えるまではまたファントムズでのんびりしていけよ。

バイクは無理やりにでもウチが預かる。いいな?」

 

「チッ…」

 

「発つ前にアンディに電話しろよ。バイクをホームベースに運んでもらうとイイ」

 

尻をはたき、スティーブは立ち上がった。


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