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Peaceful  作者: 石丸優一
4/24

Drop

翌朝。

 

気分がすぐれないままスティーブは職場へ向かう。

長袖から半袖に解放され、今日からいよいよ一人での営業だ。

 

 

「おはよーさん」

 

「おはよう、スティーブ!チップのおこぼれ期待してるよ!」

 

ミリアが明るく挨拶してくれる。

最近のスティーブの生活の中での唯一の楽しみが彼女とのやり取りだ。

 

「よう、新入り!ツラ拝むのは初めてだな!」

 

もう一人、事務所内にいる人物。

スティーブと変わらない背丈で筋肉質な黒人だ。オーバーサイズのTシャツにニューヨークヤンキースの野球帽を後ろ向きに被っている。

 

「あー?誰だ、おめー」

 

「はぁ!?俺はマーカスだ!

昨日無線で話しただろうが、コラ!」

 

「マーカス!スティーブ!

アンタ達はウチの若手のホープなんだから仲良くやりなよぅ」

 

顔を突き合わせてにらみ合いをしている二人の間でミリアが仲裁する。


マーカスは25歳でスティーブより少し年下だがほとんど同年代だ。

クイーンズ生まれのブルックリン育ちで、ヒップホップとヤンキースをこよなく愛する青年である。

 

「ほら!握手握手!」

 

「けっ!」

 

「ふん!」

 

こりゃダメだ、とミリアが頭をかかえていると、所長のデイビッドが出勤してきた。

 

「おはよう、みんな」

 

それぞれが思い思いに声を返す。

 

「スティーブ、今日から運転を許可する。

ほら、ウチの会社名義の営業許可証だ。お前にも貸与するから、車内に貼り付けておけ。それがないとお縄だぞ」

 

「あぁ、分かった」

 

「よし。マーカス、スティーブ。

今日も安全運転でな」

 

デイビッドが二人を押し出した。

 

 

 

「あー。昨日のジャックと言い、今朝のマーカスと言い、ムカつく野郎だぜ!」

 

ふてくされたようにハンドルで頬杖をつき、道端で乗客待ちのスティーブ。

 

『無線入ってんぞ、新入りー!』

 

「な、何!?」

 

マーカスから返事があり、慌てふためく。


『ははは!スティーブ!

マーカスとケンカするなよー』

 

次にロッソの声が入ってきた。

 

「してねーよ!

奴が勝手に存在感が薄すぎて俺から忘れられてたのを根に持ってんだ!空気め!」

 

『んだと、コラ!

てめーなんざ俺様がデコピンで吹き飛ばすぞ!空気はお前だろうが!』

 

『はいはいぃ、ケンカしないよぅー。

動物園に行きたい人いる?』

 

これはミリアだ。

 

「動物園?おぉ。いつでも行くぜ、ハニー。

チップをたんまり集め…」

 

『ありがとー。じゃあ、スティーブ。

五番街のセントラルパーク動物園によろしくー』

 

「はぁ?なんだ、配車かよ」

 

『ははは!バーカ!』

 

「殺すぞ、マーカス!」

 

怒鳴りながらも車はしっかり目的地に向かっていく。

 

 

「はい、お待ちどうさんー」

 

「おぉ、君か!また会えて嬉しいよ」

 

動物園で待っていたのは、二日前にロッソと拾った中国人の客だった。


「おー、アンタだったか!今日はどこまでだ?」

 

今日は男には連れがいた。幼い男の子だ。

息子だろう。スティーブのタトゥーを見てギョッとしているのが分かる。

 

「君のところの営業所まで。リー社長に用事があってね」

 

「そうか、でも社長なら今日は見てないぞ。

もしかしたら集積所にいるかもな」

 

スティーブが発車し、無線機を手に取った。

 

「ミリア。社長は出て来てるか?」

 

『いいえ、スティーブ。空き缶倉庫の方じゃないかなぁ?』

 

彼女からも同じ答え。

 

「分かった。ありがとう。

お客さんをそっちに連れていくんだよ」

 

『はーい』

 

後ろの男は広東語で何やら電話している。

リーと直接話しているのかもな、とスティーブはブルックリンを目指した。

 

 

キッ。

 

「到着だぜ」

 

会社の倉庫前。スティーブが初めてリーと会った建物だ。


「ありがとう。さぁ行こう」

 

料金を支払い、男と子供が降りた。

リーが両手を広げて外まで出迎えに来ているのが見える。

 

彼はスティーブにも気づいて手を振っていたので、クラクションで応えた。

 

 

 

夕方六時。

 

業務を終え、スティーブが帰社した。

ミリアにマーカスやロッソもいる。

 

「よう、ミリア、ロッソ」

 

「お疲れさん!」

 

「おかえりー」

 

「おい!俺は無視か、新入り!」

 

「誰だ、てめー」

 

マーカスとスティーブの間で今朝の続きが再開するが、すぐにリーが現れて中断させられた。

 

「みんな、今日も頑張ったようだな。

ご苦労だ」

 

「社長?何かあったのか?」

 

「いや、別に何もなくても私はここに来るよ」

 

彼の会社だ。たまに顔を出すのは当たり前だろう。


「そういえばスティーブ、私の友人にとても気に入られているようだな」

 

「そうなのか?そりゃ嬉しいね」

 

どちらかと言えばリーのほうが嬉しそうだ。

 

みんなも興味津々といった様子で、二人のやり取りに耳を傾けていた。

 

「誰よりもよく道を知っているようだ。目的地の細かな場所や走るルート。

ストレスが少ない快適な旅だと言っていたよ。

そうだ、みんな。今夜時間はあるか?ディナーでもどうだい。スティーブの歓迎会だ!」

 

「賛成ー!」

 

張り切って手を上げたのはミリアだ。

 

「俺は家族のところに帰るよ、社長。

夕食はステーキだってカミさんに聞いちまったもんでね」

 

ロッソは首を振って誘いを断った。

 

「そうか、ではロッソとは別の機会にな。スティーブ、マーカス、時間あるかな?

もちろん支払いは会社の経費で出すよ」

 

「ひゃっほう!行くよ、社長!」

 

タダ飯が好きなのか、マーカスは食いついた。


「スティーブは?」

 

「あぁ、行くよ」

 

「決まりだな。デイビッドとゴメスは遅番か、仕方ない。

アルは非番だな。彼には連絡してみよう」

 

会社の電話を手に取ってリーがコールした。

アルは了承したらしい。

 

「さあ、私の車に乗りなさい。

ロッソ、また今度」

 

「みんな、楽しんでな」

 

 

リーのキャデラックに四人が乗車し、まずはアルのアパートを目指す。

 

道脇にスキンヘッドの男が立っていた。

リーが車を寄せると彼は乗り込んでくる。

 

「やぁ、みんな!

社長、誘ってくれてありがとう」

 

アルはヒスパニックの男だった。小さな身体でガリガリに痩せている。

 

「知り合いがやっている中華料理店にしようと思うが、みんなはどうかね」

 

それぞれから了承の返答を確認し、キャデラックは進む。


「ん、彼がスティーブか?」

 

後部から助手席にいるスティーブを見ながら、アルがミリアに訊いている。

 

「そうだよ。スティーブ、彼はアル」

 

「よう」

 

スティーブは別に振り向きもせず、左手を上げた。

 

「今日はウェルカムパーティーだと聞いたぞ。

楽しみだな、スティーブ」

 

「明日の業務に支障が出ない程度にしておけよ」

 

やんわりとなだめているのはリーだ。

 

 

 

一つの大きな卓に、所狭しと料理が運び込まれた。

 

「うっひょー!うまそうだぜ!」

 

マーカスが両手をすり合わせて、よだれを我慢している。

 

「どんどん食べてくれ!酒を飲む者は帰りは運転しないようにな」

 

ミリアもアルも、スティーブでさえも豪華なメニューに心奪われた。

最後に飲み物が置かれ、全員が乾杯する。


「うめぇ!おっほ、ミリア!この餃子うめぇぞ!」

 

「ほんとだぁー!」

 

マーカスがビールをぐびぐびと飲みながら皿の上を食い荒らしている。

 

「スティーブ!おめーも食えよ!」

 

犬猿の仲であるはずだが、彼はスティーブの取り皿にも遠慮なく料理を放り投げてくれている。

気さくな黒人のノリといったところか。

 

別に悪い気もしないので、スティーブはそれを食べた。

 

「スティーブ」

 

「んー?」

 

横にいるリーが彼を呼ぶ。

 

「どうだ、美味いか?」

 

「あぁ、最高だぜ。さっきからマーカスの好みばっかり食わされてるけどな!

俺はあの野菜炒めが食いてーのによ」

 

「おらよ!」

 

聞いていたマーカスが野菜炒めを放り込む。

 

「おぉ、良かったな。注文の品が宅配されて」

 

「便利な先輩だぜ」

 

スティーブは肩をすくめた。


 

「うぃー…もう一軒くらい飲みに行こうぜ」

 

店を出る。

上機嫌なマーカスは千鳥足でアルの肩を借りながら提案した。

 

「年寄りはここで帰らせてもらうとするよ」

 

リーはそれを遠慮する。

 

「そうかぁ。アル、行くだろ」

 

「俺は明日早出だ。帰って寝る」

 

アルもリタイアだ。

 

「なんだよ!スティーブとデートに行けってのか!よう、スティーブ!」

 

「あー?」

 

「行こう!」

 

「行かねーよ」

 

マーカスがふらつき、派手に転んだ。

 

「大丈夫か?」

 

アルが彼を起き上がらせる。

 

「クソ!せっかく夜はこれからだってのによ!」

 

「社長、アルと一緒にその酔っ払いも強制送還頼む」

 

「そうだな」

 

リーがマーカスの腕を引き、後部座席に押し込む。

 

「やめろ!俺はまだ!まだ行ける!

おいぃ!」

 

ドアが閉まった。

 

「アイツと同乗はごめんだ。ミリア、一軒どうだ」

 

「確かにそうね。いいわよ」

 

「それじゃあ、お二人さんは楽しんでくれ」

 

社長とアルが前に乗り、キャデラックは帰っていった。


 

大して金もないので、気楽にアイリッシュパブに入る。

 

カウンターでスティーブはビール、ミリアはマティーニを注文して乾杯だ。

 

「マーカスは酒に弱いのか?」

 

「何度か飲みに誘われたけど、どちらかと言えば強いわ」

 

「今日はタダだからってバカやっちまったわけか」

 

「そうみたい。でも彼、面白いでしょぉ?

仲良くしないとダメだよぅ」

 

スティーブがタバコに火をつける。

ミリアも彼の箱から一本抜きとって口にくわえた。

 

「ちなみにアタシはタダ吸いが趣味」

 

「どうぞ、麗しきお姫様」

 

自らは買わないが、誰かが吸っているものをたまにくすねているのだろう。

 

 

ピピピ!

 

スティーブの携帯が鳴る。

 

レベッカだ。

 

ミリアがどうぞ、と促したので彼は通話を受ける。

 

「なんだよ」

 

「スティーブ!夕食いらないなら電話しな!」

 

「急な誘いがあったんだよ!会社のな!」


「そんな理由はどうでもいいから!

分かった!?じゃあね!」

 

携帯をカウンターに置く。

 

「奥さん?」

 

「バカか!姉貴だよ!

メシすっぽかされたくらいでカンカンさ」

 

「あはは!レディはみんな寂しがり屋だからね!」

 

「ただの年増だぜ、あんな奴」

 

イライラと灰皿で火をもみ消す。

 

「ミリアは兄弟いるか」

 

「兄が二人と弟が一人ぃ」

 

「わぉ。たくましいな」

 

彼女のやわらかい印象から、スティーブは想像していなかった答えだ。

 

「たくましくないよ!兄二人は眼鏡のガリ勉って感じ!

それぞれ税務署と弁護事務所に勤めてる。弟は今大学生だね。

あー!アタシもお姉ちゃんいたら良かったのになー!」

 

「そうか?何で?」

 

スティーブがおかわりを注文し、尋ねる。

 

「そりゃあ買い物とか映画とか、出かけられるから!」


「女だからって趣味が似るとは限らねーだろ。

男同士だって、俺はマーカスみたいな兄貴なら御免だしな!」

 

「女は別の生き物なんだよ!」

 

そんなもんかよ、と次のビールに口をつけるスティーブ。

 

「じゃあ、恋人はいないわけだ?」

 

ミリアもおかわりをバーテンに頼んでいる。

 

「俺はお前に釘づけだぜ、ミリア」

 

「はは!当たり前じゃん!」

 

「お前はどうなんだよ?」

 

「そうねぇ。恋人候補その3!ぐらいかな!」

 

「けっ!」

 

スティーブが顔をしかめる。

頬に彼女が軽いキスをくれた。

 

「あ?なんだよ?俺をムラムラさせるゲームか?」

 

「なにそれ!誘ってくれたお礼だよぅ!」

 

「俺は安くないぜ」

 

「うげぇ。男が言うと気持ち悪いよね、それ」

 

グラスを空にするとミリアはタクシーを呼び、スティーブは歩いて家に帰った。


 

 

次の日。

 

仕事が休みであるスティーブは、昼前頃にジョギングがてら会社へ向かう。

もちろん帰りは置き去りにしていたショベルヘッドに乗って帰るつもりだ。

 

四十分程度で到着。

チャンピオン製の紺色のジャージ姿の彼をガラス越し見て、事務所の中からミリアが手を振っている。

 

ガチャ。

 

「よう、ハニー」

 

「休みまで出勤とは感心だぁ!」

 

たわわな胸がブラウスの中でぷるんと揺れる。

妙に喉が乾いたスティーブは事務所内のコーヒーメイカーから熱々のコナを注ぐ。

 

「バイクを取りに来たんだ」

 

「ジャージなんて、案外スポーツマンなわけ?超素敵なんだけど!」

 

「いや」

 

椅子にかけてひと息つく。

 

「中にいた頃は毎日身体鍛える以外にやる事も無かったからな。なまるのも勿体ねーだろ。

何か熱心に本を読んでるアンポンタンもいたがよ」

 

「えぇ?服役してたの?」


「ちょいといき過ぎた交通違反だ。

人殺しでも盗みでも、レイプ魔でもねーよ」

 

少し身体を強ばらせて警戒していたミリアが、元に戻る。

 

「そっか。それはデイビッドには内緒だねぇ」

 

「頼むよ」

 

紙カップをゴミ箱に投げ、スティーブは椅子を離れた。

 

「スティーブ、帰るの?」

 

「あ?」

 

「マーカスが謝ってたよ。酔っ払って迷惑かけたな、って。

それから、今朝はあなたのバイクを見ながら誉めてた」

 

扉にかけていた手が止まる。

 

「気にしてねーよ。バイクが何だって?」

 

「イケメン」

 

「キモいって言っとけ」

 

「全車聞こえるー?

スティーブがマーカスはキモいってぇ」

 

「変なとこだけ無線飛ばしてんじゃねー!」

 

 

ドルン!

 

ドドドド!!


 

帰りがけにマクドナルドでチキンナゲットだけを買い、ケチャップをたっぷりかけて店のテラスで食べる。

 

「おぉ?」

 

ドドドド!!

 

ドルルル!

 

ブロロ…

 

数台のバイクと一台のバンが目の前を走っていった。

ファントムズMCの面々だ。

 

「今日はミーティングか」

 

ミーティングとは会議の事ではない。

仲間が集まって走る、いわゆるツーリングである。

 

指まできれいに舐めて腹を満たすと、いよいよスティーブは自宅に戻っていった。

 

 

 

「ん…!かってぇ!いや、バカになってんのかこのネジ!」

 

自宅の庭で出所後初のバイクメンテナンスに悪戦苦闘しているスティーブ。

 

母親がレモンソーダの瓶を差し入れてくれたので、プラスドライバーを地面に投げ捨てて瓶の封を開けた。

 

ブロロ…

 

突如、日の光で明るかったはずの自身の周りが日陰になった。

 

自分の背面。道路側に背の大きな車両が止まったようだ。

 

ガチャン。

 

「アンディか」


「そうだ」

 

「何か用か?」

 

スティーブの横、芝生の上にアンディも腰を下ろす。

 

「お前何やってるんだ?」

 

「オイルエレメントを変えるんだよ」

 

「違う。触っちゃダメだって言っただろう」

 

「うるせーんだよ。マックで俺を見かけたのか?」

 

「そうだ」

 

「インディアンの眼はコンドル並みだな」

 

瓶をアンディに渡す。

 

「いらんぞ」

 

「しらけちまった。作業中断だよ。

洗車に変更だ」

 

「分かった」

 

それだけ言って、アンディもショベルヘッドを磨き始める。

 

 

一時間とかからずにそれも終わった。

また同じ位置に座る二人。

 

「ジャックの話。詳しく本人から聞いたんだ」

 

「あー?知らねーよ、あんな奴」

 

ブロロ。

 

「あらぁ?アンディ?」

 

ちょうどレベッカが仕事から帰ってきた。


「やぁ、ベッキー。車が邪魔か?」

 

「少し前に頼むよ!」

 

アンディがエコノラインを移動させる。

 

「スティーブ!アンタも!」

 

「うっせーなぁ」

 

スティーブもバイクを押して転がした。

 

パキパキッ。

 

レモンソーダの瓶を踏みつけながらレベッカの車が小さなガレージに入り、彼女は家に消える。

 

「おい、パンクしたんじゃないのか?」

 

「んー?大丈夫だろ、多分な」

 

三度、同じ位置に座る。

彼らの尻の辺りでガラス片の心配はないようだ。

 

「ジャックはちっとも反省しちゃいない」

 

「だろうな」

 

「代わりに頭を痛めてるのがラルフだ。

アイツはお前が悪くない事は始めから分かっていたからな」

 

アンディは無表情でゆっくり話した。

 

「スティーブ、一旦戻ってこれないか」

 

「何だよ、一旦って」

 

「お前がメンバーだったら、ラルフだってジャックを責めて頭冷やしてやれるだろ」

 

アンディは間違ってはいない。


「『ドッグファイト』なんざこりごりだ。

あんな伝統はバカげてんだよ」

 

「それは…お前の腕に問題があるとは思えないが」

 

「おめーは免除されてるからそう言えるんだろうが!赤い布ひらひらさせて牛と遊んでるだけだからな、マタドール!

話はそれだけかよ!」

 

スティーブはカンカンに怒ってしまった。

メンバーに復帰するならばドッグファイトは必至。さらに四輪乗りのアンディがチーム内でただ一人、ドッグファイトをしなくて良い決まりの為、ごちゃごちゃ言われる筋合いはないという事である。

 

「スティーブ、じきにラルフは馬を降りる気だ」

 

「はぁ?なんだそりゃ」

 

初耳だ。ファントムズには五十歳近いメンバーもいる。三十代前半のラルフが辞める理由は無い。

 

「確かな話だ。奴が降りたらジャックが頭になる」

 

「ご立派じゃねーか。噂の天才児もご満悦だろうよ」


「大問題だ、スティーブ。

ラルフは訳あって軍に行く。数か月以内には俺達の前から去るだろう。

その前にジャックの件だけでも落ち着かせんと」

 

「軍?何でだよ」

 

「奴は志願して中東辺りの紛争地帯に行くつもりだ」

 

「待てよ!まったく話が見えねー!

なんでアイツが戦争に行くんだよ!」

 

困惑するスティーブ。

 

「そうか、お前はニュースを見ないな。

奴の肉親、親父は陸軍将校だ。大尉だったかな。

その、部隊の駐屯地に敵からのロケット砲が降り注いだ」

 

「何だよそれ…奴はその相手に仕返しするってのか!バカじゃねーのか!

あんなブタじゃ敵の良いマトだ!その前に入隊テストにも受からねーよ!ほっとけ!」

 

「それが受かっちまったからこうしてお前のところに来てるんだろうが!!」

 

アンディもいよいよ声を張る。


「知らねーよ!第一、ジャックが頭じゃ何がいけないんだよ。気に食わないならラルフに言って先に下ろせばイイだろ」

 

「ジャックはお前の走りを見てエスカレートしてる。

穏健派の古参メンバー達にも命削った走りを覚えさせようってな。ついに昨日、二人が逃げ遅れて捕まった」

 

「バカが!」

 

「厄介なのはその時にラルフがいなかった事だ。

ジャックは二人が逃げ遅れただけで、自分は警官の尻に火をつけちゃいないって言ってる。お前の時の事だけは認めてるがな」

 

天才児がとんだ問題児に化けたものだ。

 

「奴をサブリーダーから下ろすにも理由が無いってわけか。

ジャックは気づいてんのかよ、ラルフがいなくなる事に」

 

「分からん。だが遅かれ早かれ答えは同じだ。

メンバー達も不信感を抱き始めてる。このまま逮捕者やケガ人が増えれば俺達のファントムズが無くなっちまう」

 

事態は思った以上に深刻である。


「俺が戻った場合はどうなる」

 

「ジャックを下ろせないなら、誰かが一つ上に立てばイイ。

まず、ラルフに頼んでお前をリーダーに指名してもらう。新リーダーとサブリーダーの指名権は現リーダーしか持たないからな。

もし指名が無いままリーダーが不在になった場合、サブリーダーが自動的にリーダーに就任しちまう」

 

「ラルフが他の誰かをリーダーに推薦すりゃイイだろ」

 

「ダメだ。お飾りのリーダーなんか立てても、それこそファントムズは崩壊する。

サブリーダーとリーダーの力関係は絶対的じゃないといけない。どちらかが…特にサブリーダーが力を持ちすぎているのは一番危険だ。

メンバー全体が、伝統を重んじる古参と、血の気が多い小僧共とで二分化しちまう。それはまさに、血で血を洗う抗争だ。もうそこに大地の加護はない」


ぷかり。

 

スティーブの口から漏れる煙。

 

「お前の話を聞く限りでは、俺ならジャックの力と均衡を保てるって?

わけわかんねー」

 

「お前はまだ自分じゃ分かっていないみたいだな。

均衡どころじゃない。上回る。お前は俺達のリーダーにふさわしい男だ、スティーブ。

ジャックの件でひと悶着あったが、誰もがお前には一目置いてる。

何より重要なのは、ジャック自身がお前をリスペクトしてる点だ。これは他人では覆せない」

 

「リスペクト?アイツが?

バカにしてるだけだろ、あのやろー!あぁぁ!ムカついてきたぜぇ!

何で俺がガキの子守する為に体張らなきゃいけないんだよ!俺はもうファントムズじゃねーのによー!」

 

ぐしゃぐしゃと頭を掻くスティーブ。

難しい話は大の苦手なのだ。


「しばらくの間でイイんだ!

ラルフが戦争から戻ってくるか、誰かリーダーにふさわしい人間をお前が新しく指名すればそこまでだ!」

 

「うるせー!お前らの未来なんか俺に関係ねー!

帰れよ、アンディ!」

 

「なんだと、てめぇ!関係ねーとは何だ!

昔からの仲間をなんだと思ってやがる!このままゴチャゴチャになって、みんなが捕まったり死んでもイイのかよ!

お前のショベルヘッドを直した借りをみんなに返せ!」

 

肩を掴み、二人はゴロゴロと地面でもみ合いになる。

時折、瓶のガラスが彼らの身体を切った。

 

「だったらショベルヘッドは積んで帰れ!

誰も直してくれなんて頼んでねーんだよ、ボケ!」

 

「いい加減にしやがれ、ビビりめ!いつまでもトムの死を引きずりやがって!

てめぇのナニは一生起たねぇんだろうな!お前は数少ない、強い男だと思ってたのによ!」


「用がなけりゃ適当にほっといて、必要になったら手ぇ貸せだぁ!?

虫が良すぎるんだよ、バカが!それが仲良しファントムズのお友達のやり方かよ、あぁ!?」

 

「何の話をしてんだよ!ガキみたいにへそ曲げてビービー泣いてんじゃねぇぞ、クソが!

お前なんかを信じて訪ねた俺がバカだったよ!」

 

「黙れよ!

…じゃあ何で…じゃあ何で!

ラルフ以外にお前らは誰一人として二年間も俺に会いに来なかったんだよぉぉ!!!

俺は…!俺は、トムの事だけが気がかりだったんじゃねぇ!仲間の存在に疑問があったんだよ!!」

 

アンディの手を払い、立ち上がる。

 

「おらぁ!」

 

「ぐぉっ…」

 

「クソっ…!」

 

ドン、とアンディの腹に蹴りを入れて、家の中にスティーブは逃げ込んだ。


そのまましばらくの間、空を仰ぐアンディ。

 

「…そうか、そう思わせちまってたか…

ラルフ、アンタは自分で自分の首を絞めちまったみたいだな」

 

ふらふらと立ち上がって腹を押さえながら、アンディはエコノラインに乗り込んでホームベースに走っていった。

 

 

 

「クソっ…クソっ…」

 

玄関内。

 

「なに泣いてんの」

 

気づけばレベッカが横にいた。

 

「泣いてねぇよ!」

 

「バカだね。こっちには全部聞こえてるんだよ。

家のすぐ外で騒いでさ。恥ずかしいったらありゃしない」

 

「うるせー!」

 

部屋に入ろうとするスティーブ。

しかし、レベッカの両腕が彼の腹に回されてそれを許さない。

 

「スティーブ」

 

「離してくれ」

 

「アンタは一人じゃないよ。

アンタがどんな道を選んで走っても、アタシとママはすぐ側にいるんだ」

 

スティーブはその場で叫びながら崩れ落ちた。


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