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Peaceful  作者: 石丸優一
22/24

Vibes

車や作業服を準備し、爆弾も購入したスティーブらがチャイナタウンのトライアドの拠点へと向かう。


一夜明けたとはいえ、マンハッタンの混乱は完全に沈静化されたわけではなかった。


降ってきたビルの残骸により道路が遮断されており、事件現場から距離がある場所にも警察官が交通整理をする様子がちらほらと見てとれる。



「あーあ…コルベット、取りにいっちゃいけねーか?」


「死にたいなら勝手にしろ。

それに火事場泥棒がすでに唾つけて、死体になってるかもな」


ここまで来たのならば、と愛車を取り戻したいジャックがいじけている。


「泥棒だぁ!?ざけんな!いくらかかったと思ってんだ!」


「知るか」


「ジャック、あんたの今またがってるハンサムが泣いてるよ?」


ジャックのVロッドを指差して、ジェシカが苦笑いした。


「ふん!そういう話ならタカヒロにも言ってやれよ!」


「俺…?仕方ねぇだろ…」


呼ばれたタカヒロがやれやれと首を横に振った。

なぜジャックがタカヒロを名指ししたのかというと、実は彼だけがハーレーダビッドソンではなく、スズキのミドルスーパースポーツバイク、GSX-600Rに乗車しているからであった。


もちろんホームベースと共に、彼のパンヘッドが炎上したせいでやむを得ずセカンドバイクを出したわけなのだが。


「はっ!600なんざオモチャみたいなもんだろ!」


「ジャック…今さら素人みたいな発言してんじゃねーよ。

リッターマシンよりカリカリな乗り方が要求されんだぜ、ミドルスーパースポーツはよ?

コイツで攻めるんなら常に高回転域を維持しなきゃならない。余裕たっぷりの1200、1300とは違って命懸けで燃えるんだよ」


スティーブにはイマイチ理解できないが、エンジンをぶん回して初めてトルクの力が生かされる設定なのだろう。

国土の狭いヨーロッパの国々などで、パワーを持て余すハヤブサなどのビッグバイクよりも、600ccクラスの日本車が異常な人気を誇るのも頷ける。


「無駄話はそろそろ終いにしてもらおう」


ステファンがボロボロのニッサン製のバンを寄せてきた。

リチャードの残してくれた、トライアドのアジトを指すポイントは間近だ。


「よーし、全員停車しろ!」


スティーブが十人の隊列を止める。


「ステファン、先行しろ。下手打つなよ」


「任せろ。必ずやつらの土手っ腹で爆発させてみせる」


状況を確認するには距離がありすぎる。

爆発音が、残された九人への突撃の合図だ。


「リミットは三分。車から降りる時にスタートさせる」


ステファンがネズミ色の作業服の胸ポケットから、小さなリモコンを取り出して見せた。液晶は3:00を示している。


つまりそれがタイマーのスイッチ。

ボタンを押せば、カウントダウンが始まるわけだ。


爆弾はダンボールに入れられ、そのビルの住所や偽の送り主が手書きで明記されている。


「じゃあ、後ほど」


作業帽子を目深に被り、ステファンの乗るバンが一台で先行した。




ドンッ!


気をつけていなければ、聞き逃してしまいそうな小さい爆発音。

もっとも、目の前で起こればもう少し派手ではあるだろうが。


「やったか。行くぞ、ヤロウ共!」


「おう!」


「トライアドを潰せ!」


全員が騎乗し、ステファンがいるであろう目標地点に急行する。



見送ったばかりのニッサン製のバンを発見。

隣接するビルに火の手は見えないが、中国語が飛び交い、喧騒は聞こえてくる。


「踏み込むぞ!ステファンがいない!中に入って探せ!」


やはりタカヒロの見立てた通り、三階建ての古いビルだ。

ステファンの姿が無いのは、そのまま単独で戦闘を開始した可能性が高い。


古いそのビルの一階、二階は住居スペース。

大した規模ではないので住民は少数だが、スティーブ達が突入すると、まず逃げ出してくる中国系の一般人達と出会った。


泣き叫びながら駆ける女性、怒号を上げながらスティーブ達を指差してくる男性。

リアクションは様々だが、彼らの相手をしている暇はない。もちろん、武器を手にしたギャング達を目にして、その妨げになるような事をしてくる人間はいなかった。


「ステファン!」


煙と、焦げ臭さが立ちこめる三階に到着する。

火災は発生していないが、三階のフロアを半壊させることには成功していた。


ステファンの姿はまだ確認できず、よろよろと歩み寄ってきたトライアドの構成員らしき若い男がいた。

頭から血を流して意識が朦朧としている。


「お前…ら…」


がしりとスティーブの肩を掴むが、そのまま力を失って倒れる。


「恨むならてめーらの頭目を恨むんだな!」


横たわる男を乱暴に蹴り飛ばし、雑なコンクリート製の階段へと転がした。

意識を失ったその身体は無惨にも簡単に滑り落ちていく。



「ステファン…?」


だが、それ以上に凄惨な状況に一同は息を飲んだ。


頑丈そうな鉄扉の前に、見覚えのある作業服を着た者が倒れている。もちろん先ほど送り出したステファンだ。


だが、上半身が…ない。

爆弾入りのダンボールを持ったまま、吹き飛んでしまったのだ。辺りには肉片と血液が飛散していた。


そして、最も重要なのが、扉の向こう。

トライアドが事務所を構える部屋。


三階のフロア自体は窓ガラスも割れ、壁にも穴が空いていたりとダメージを与えているが、その扉の向こうはおそらくほとんど無傷。


スティーブにしがみついてきたのはこの扉の前に立っていた見張り役か。



ドアを開けて入れてもらえずに、この場で起爆。


それが、答えだった。


「これは…クソッ」


タカヒロが顔を背け、ジャックは割れた窓から嘔吐しているのがスティーブの視界の隅に入った。

アイアンローチのメンバー達も、言葉を失って立ち尽くしている。


「この向こう、だな?」


そう言ったラファエルの表情は鬼と化していた。


しかし、爆風で壊せないほど頑丈な扉を壊す手立ては無い。

ラファエルがそれを拳で殴りつける音が、虚しく響いた。



ギィィ…


その時だ。


不意に扉が開けられた。


「開いた…?くっ!マズい!下がれ!」


遮蔽物は無い。

おそらく室内には机や棚があるはず。

そこから狙い撃たれてしまっては、万が一にも勝ち目はない。


スティーブの号令で動き出した者もいるが、大多数はステファンの無惨な亡骸を見たショックで反応が遅れた。


パァン!パァン!


銃声が響く。


遅れた連中もようやく後退を始めるが、アイアンローチの一人が背中に銃弾を受けて倒れ、階段を下りる直前でジャックが脚に一発食らってしまった。


「ぐあっ!クソッ…!」


「ボウズ!大丈夫か!?」


「んなわけねぇだろ畜生っ!くぅ…っ!」


追撃がないのを確認すると、ジャックを階段に座らせて、彼のデニムをスティーブがまくり上げる。

大量の血が溢れてきていた。


「ひでぇな…止血できねーか?」


「とりあえず縛ってアルコールでもかけといたらどうだ」


火炎瓶を背負ったマイクから意見があった。


タカヒロの日本刀でジャックの上着の袖を切り、それにマイクの火炎瓶の中身を一つ、染み込ませて患部をきつく縛った。


「いてぇ…っ!」


「立てるか?」


「いや、無理だ…移動するのか?」


ジャックの額にじっとりと脂汗が浮かぶ。


「おう。てめーは休んでろ。

ドアは開いたんだ、攻めるぞ…!」


「おっしゃぁ!ぶっ殺してやる!」


「イザベラの恨み、あたしが晴らしてやる!」


ラファエルとジェシカが意気込む。

しかし、そのまま三階のフロアに戻ったところで蜂の巣にされて終わりだ。


「ドアは開いて、何人か出てきたところで銃を構えてるな。俺に任せろ」


壁に張りついて様子を窺っていたマイクが親指を立てた。


「どうするんだ?」


「そろそろゴミを焼却する時間だ。手前に一本投げて、隙をついてすぐに飛び出して部屋に投げ入れてやる」


「待て。ステファンと今、撃たれたアイアンローチの奴を回収出来ない。構わないか?」


これはスティーブではなくタカヒロである。

ここにいるファントムズは全員健在だが、アイアンローチからはすでに二人の死者が出ている。


「どうにもならないか。出来れば燃やしたくない」


アイアンローチのメンバーからだ。


「ステファンは厳しいだろうな。あの状態だぞ。

今、撃たれた奴なら引っ張れるんじゃないか」


スティーブがそう言う。

仕方がないなと彼らも納得した。


「では我々は火炎瓶が燃え上がったら、すぐに味方の回収に走る。

ファントムズには援護をお願いしたい」


「そりゃ構わねーが、下にあるバンに積むなり何なりしたらすぐに戻ってきてくれよ?

ただでさえ手勢が少ないんだからよ」


「了解だ、スティーブ」


「じゃあ行くぜ!そらっ!」


マイクが一本目の火炎瓶に着火し、それを放り投げた。


パリン!


状況は見えないが、ガラスが割れる音が聞こえる。


そして、直後に中国語で何かを叫ぶ声。


もう一本。

身を乗り出したマイクが次は遠くに火炎瓶を放る。


パリン!


「よし、奴ら慌ててるぜ!」


「撃て!撃て!撃ちまくれ!」


パァン!パァン!


ようやく攻撃のきっかけを掴み、炎の向こう側へと銃弾が突き抜けていく。


その隙にアイアンローチのメンバー達が味方の死体を担ぎ上げた。


「おい、ケガしてるウチのボウズも積んどいてくれねーか」


「わかった」


ジャックにも肩を貸し、彼らが階段を下りていった。



「よぉし!一気に押せ!

廊下の連中は片付いたぞ!」


形勢が逆転し、少数精鋭のファントムズが勇ましく奮闘する。

扉の手前にいた数人は撃ち倒したので、残すは事務所内の組員達だ。しかし、燃え盛る炎の中まで突入するわけにはいかないので、しばらくその場からの攻撃を加え続ける。


「おい、よく見えねぇぞ!」


引き金に指をかけるラファエルが不満そうに声を荒げた。


シューッという、何かが吹き出すような音がした。

みるみるうちに炎が弱まっていく。


「消されてる!?消火器か!」


マイクがそう叫ぶ。

すでに炎はくすぶる程度に落ち着き、代わりにそれから吐き出された消火剤の白い粉塵が視界を奪った。


パン!パパパパン!


続いて、軽快な発砲音。おそらく機関銃。

こちらではなく向こうからだ。


「マイク!消されたぞ!もう一本お見舞いしてやれ!」


スティーブが再投擲の指示を出す。


「マイク!」


反応がないので、もう一度名前を呼ぶ。


「ボス!今のでマイクがやられたよ!畜生め!」


ジェシカが金切り声を上げている。

死んでしまったのかどうかまでは分からないが、動けなくなったのは間違いない。


「何っ!?クソがぁぁぁ!」


「俺がやる!マイク、借りるぞ!

おらぁ!」


ラファエルが火炎瓶を放るのが確認できた。


パリン!


ガラスが割れ、火が上がる。

だが、これは簡単に消し止められてしまったようで、大した被害は出せなかった。


パパパン!パパパパン!


猛攻撃が返ってくる。

事務所内からもこちらが見えているはずがないので乱射しているだけだが、それでも十分に脅威となった。



「待たせたな、状況は?」


「む、消火器か。厄介だな」


アイアンローチのメンバーが戻ってきた。

彼らの手にはサブマシンガンがある。


「何も見えねーわ、激しく撃たれるわで最悪だ!早くその立派な銃で加勢してくれ!

…おい、マイクは生きてんのか!?」


「息はしてる!」


ラファエルが返す。


「クソ…!誰かマイクをジャックのところに連れていけ!

タカ!お前が行け!」


「おう、了解だ!

マイク、しっかりしろよ…死ぬんじゃねーぞ…!」


唯一銃を持っていないタカヒロに、マイクを階下にある車へと避難させてもらう。


パン!パパパパン!


スティーブの足元に敵の弾が当たって跳ねるのがわかった。


「チィッ…!面白くねぇ!」


反撃に出ては階段に押し戻される。

その繰り返しだ。


互いに決定打がない。


「どうすんだよ、スティーブ!さっさと終わらせねーと、騒ぎがデカくなったらマズいぜ!」


それもあるが、時間が経って視界が開けてしまうだけでもかなり不利になる。


「火炎瓶はまだあるか?」


アイアンローチの一人がそう言った。


「あぁ?残り二本だ」


「残りを投げろ」


「何かあるのか?」


「我々がバイクで斬り込む。もちろんこれは防弾ジャケットだ。

危険は承知の上、それでどうだ」


以前、マフィアを相手にした時にも、彼らの機動力を生かした戦いを見せつけられた。


「やるしかねーか。わかった、バイクを持ってきてくれ」




「おら!食らいやがれ!」


パリン!


「突撃!」


バルン!バルン!


ラファエルの火炎瓶投擲を合図に、アイアンローチの最後の戦士、二騎が炎の中へと突き進む。


パパパパン!


炎は消えず、新たな銃声が聞こえてきた。

アイアンローチのサブマシンガンが暴れているのだ。


もちろんそれが敵の消火を阻害しているのは言うまでもない。


だが、そのせいで問題が起きた。


「スティーブ!ローチの奴らと分断されちまったぞ!大丈夫なのか、アイツら!」


ラファエルが叫ぶ。


炎が消えないということは、ファントムズは室内に踏み込めないということである。


こちらはともかく、敵が複数いる中で孤立してしまったアイアンローチ。

いくら武装が重装備でも、非常に危険だ。



「よう、どうなったんだ!」


タカヒロが帰ってくると、まずはスティーブらが棒立ちになっているのを気にかける。


「遅かったじゃねーか!」


「近くの病院に車ごと止めてきてやったんだよ!」


「はぁ?」


「いちいち説明や手続きが面倒そうだったんでな。救急の扉の前に捨ててきた!

あとはジャックがなんとかするだろう。意識はあったからな。

それとついでに…アイツらの銃だ。使ってくれ!」


バラバラとシャツの中から四人分の拳銃とサブマシンガンがこぼれ落ちる。


しかしアイアンローチのメンバーの死体も一緒に置いてきてしまうとは、いくら急いでいたとしてもムチャクチャである。


「ありがてぇが、ローチが向こう側にいてな。

下手に撃ちまくれねーんだよ」


「燃える火の中に飛び込んだのか!命知らずだな!」


バルン!バルン!


タカヒロの言葉の途中で、アイアンローチの二騎がこちら側に飛び出してきた。

スティーブ達とぶつかりそうになり、慌ててブレーキを握る。


「ははは!戻ってきやがった!」


「笑うとは余裕だな、ボス!

おい、ゴキブリ!奴らへの被害はどうなんだ!」


ラファエルが二人に詰め寄る。


一時的にトライアドからの攻撃は止んでいるので、また火は消されてしまうだろう。



「まだ事務所に残ってた奴らはほとんど壊滅させてきた」


「まだ…?」


含みのある言い回しである。


「数人がロープをつたって窓から下に逃げた。急ぐぞ」


「ロープで下りた!?レスキュー隊かよ!?

クソ!全員、バイクに乗車しろ!逃がさねえぞ!」


これ以上この建物にいる理由はない。

階段を全速力で駆け下りる。


ドルン!ドルン!


その場にいる仲間全員がエンジンに点火し、バイクを起こす。

目標は分からないが、とにかく発進しようとした時だった。


ギャギャギャ!


タイヤを鳴かせて走り去る黒色のクライスラーが二台。

どうやらビルの裏手に隠してあったらしい。


だが、侵入者は未だに建物の中でドンパチやっていると思っていたのか、急発進をしたおかげでスティーブ達はすぐさまそれに気づく事が出来た。


「あれだな!逃がすな!行くぞ!」


「おう!」


「仕留めてやる!」


六人に減ってしまった仲間全員がスティーブのショベルヘッドに続いた。



「どこへ逃げるつもりだ!本家は海の向こうだろうによ!」


やはり街中でのバイクの機動力は他の追随を許さない。

すぐにターゲットの尻に食らいついた。


もちろん相手はそれに気付く。


並列に走る二台の車からいくつかの手が伸びてきた。後方にいるスティーブらに銃を向けて。


「マズいな!」


パパン!パパン!


建物内で響いていたものと同じ、軽快な連続射撃の音が鳴る。

やや距離があるので簡単には当たらないが、それでも距離を詰めるのを躊躇せざるを得ない。


「タイヤを撃ち抜いて止めるぞ!」


「任せろ」


バイクを運転しながらの射撃に慣れたアイアンローチが前に躍り出る。


彼らはトライアドが撒き散らす弾幕をすり抜け、引き金に指をかけた。


片手運転になるせいで体勢が悪いという事以外は、こちらが有利である。

車は的が大きい。見事タイヤに命中せずとも、あっという間にボディやガラスに無数の弾痕が刻まれていく。


だがそれだけで車の勢いを殺すわけではない。


さすがにアイアンローチのアジトが入っていたビルを爆破し、ホームベースまで焼き払ったであろう連中である。

怖じ気づいて速度を上げるわけでも脇道に逸れるわけでもなく、銃撃は激しさを増すばかりだ。


「俺たちも手を貸すぞ!ローチに続け!撃ちまくるんだ!」


もはや残弾もほとんど無い状況である。

しかしスティーブはここぞとばかりに総攻撃を命じた。


それに呼応してラファエルとジェシカが発砲する。

さっきまで銃を持っていなかったタカヒロも、倒れていった仲間から貰い受けたピストルを乱射する。



ドンッ!!


「…っ!?」


「爆発!?なんだ!?」


目標の車や、仲間のバイクが被弾して爆ぜたわけではない。

だが、バックミラーには自分たちが走ってきた道に黒煙が上がるのがハッキリと見えていた。


そして、前方に視線を戻したスティーブの目に、トライアドの車両の窓から握り拳程度の黒い物体が投げ捨てられる様子が映った。


丸く、ゴツゴツとしたそれは、幾度か地面をバウンドし、今度は彼らの横で爆発した。


ドンッ!!


「うわっと!

あぁ!?なんだありゃ!?手榴弾か!?」


「ふざけやがって!爆弾魔ってのは余程中毒性が強いらしいな!」


スティーブとラファエルがそんな会話をしている間にもう一発。


ドンッ!


設置型のプラスチック爆弾に比べれば威力は大したことはない。

それでも直撃すれば間違いなく死ぬ。



しかしここでアイアンローチの攻撃により、ついに敵車両が一台吹き飛んだ。

さらに手榴弾を転がそうとしている手を見事撃ち抜き、車内で手榴弾が爆発したらしい。


「やったか!」


「いいぞ、ローチ!」


ファントムズから集まる賞賛の声に、アイアンローチの二人の戦士は高々とサブマシンガンを掲げて呼応した。

しかし、彼らの快進撃もここまでのようである。


銃を腰にしまい、スピードを若干緩めてスティーブの横に並んできた。


「すまん、弾切れだ」


「なにっ!?ウチもほとんど空っぽだぞ!」


そう返すスティーブの拳銃もすでに弾は底を尽きていた。


こうなってしまっては横付けして接近戦を仕掛けるしかない。

だがそんなことをすれば敵の餌食である。


「誰か弾はあるか!?」


ラファエル、ジェシカが首を横に振る。

だが唯一、タカヒロだけは日本刀を抜いた。


「俺が行く。ドライバーをひと突きして止めればいいんだろ?」


「出来るか?」


「やれ、でいい」


ウォン!


スズキ製の600に跨がった一人のサムライが突撃していった。


ドンッ!


ドンッ!


転がされる手榴弾を左右にヒラヒラと避けながら、タカヒロは残る一台の運転席へと肉薄した。


ガシャン!


「…っ!」


「タカぁ!」


撃たれはしなかったものの、車体をぶつけられて転倒するタカヒロ。


刀を手にした身体は投げ出され、GSXは無惨にもアスファルトの路面を滑っていく。


「畜生が!てめーらは先に行け!」


仲間にそう告げたスティーブは、ガリガリとサイドステップから火花を散らしながら急旋回し、それを追った。



「おい!」


停車すると、ショベルヘッドを乱暴に倒して跪き、タカヒロのヘルメットを脱がして顔色を確認する。

シャツにデニムという軽装の身体はすり傷だらけである。


「うぅ…やられたぜ…」


「良かった…くたばっちゃいねーな!救急車を呼んでやる!」


「自分で出来る…それより、行け…!」


彼はしっかりと握りしめていた日本刀の柄をスティーブに向けた。


「任せろ!ぶった斬ってきてやる!」


「頼んだ…ぜ…」


ドルン!ドルン!


ドドドド…!


タカヒロが震える声で救急に電話を入れるのを確認し、スティーブはその場を去った。




チャイナタウンの市街地を走っているので、すでに敵の姿は見えない。


ドンッ!


「…!」


しかし、断続的に響き渡る爆発音が居場所を示していた。

皮肉なものである。

発砲音は聞こえないので、敵の手持ちも手榴弾だけのようだ。


ショベルヘッドにアクセルという鞭を入れ、これでもかと車体をバンクさせながら音のする方角へと急行する。


「どこだぁ!」


そう叫んだ時、ひらけた視界にカーチェイスを繰り広げる一団を確認した。

偶然、スティーブは敵車両の左側、つまり運転席側から回り込む事に成功している。


ドルン!


車体を一気に左に傾け、タイヤを滑らせる。


ギャギャギャ!


トライアドの乗るクライスラーと横腹同士で接触しながらも、スティーブのバイクは強引に併走を始めた。

衝撃を受けても転倒しないあたり、彼のライディングスキルの高さとタフさがうかがえる。



そして、目をパチクリさせるドライバーの男を目掛けて、刀を突き刺す。


ガシャン!


閉まっていたサイドガラスを突き破り、それは深々と男の左腕に突き刺さった。


「あがぁぁぁっ!!」


パニックに陥った男はステアリング操作を誤り、車は道を逸れて建物に衝突して止まった。



「ざまぁみやがれ!」


「スティーブ!」


「大したもんだ!」


仲間の後続車が追いつき、動かなくなった敵を取り囲む。


こうなってしまっては自爆でも考えない限り手榴弾を使おうともしてはこないだろう。



「くくく…はっはっは!」


ガン!


高笑いを響かせながら、扉を蹴り開ける。

スーツ姿にサングラスをかけた中国人が後部座席から出てきた。おそらくこの男が頭目だ。

さらに別の二人が降車する。運転席で悶絶しているドライバーを含めて、四人が乗車していたらしい。


「…何を笑ってやがる!」


ラファエルが歯を剥き出しで威圧する。


だが、相手は笑うのをやめない。事故の衝撃で頭がおかしくなったのか、いよいよ追い詰められて開き直ったのかは分からない。


「くくく…これが笑わずにいられるか?なぁ、リベラ」


「なっ!?てめぇ、何者だ!?」


ファミリーネームを呼ばれたラファエルが、警戒を強めた。

単にスリーキングスの情報を持っているからというわけではなさそうだ。


「…くくく」


ゆっくりと、その男は仰々しくサングラスを外した。


見覚えのある顔。

ラファエルだけではない。スティーブもこの顔を知っていた。


「チャン…か?」


「覚えててくれたか、死神のボス」


男は以前、亜羅漢の事務所まで案内させたチャンだった。

地下闘技場のファイターで、ラファエルとは同業者である。


「チャン!?どうしてお前が!

新しく入ったトライアドは、本国から来た組なんじゃねーのかよ!」


確かにリチャードからの情報ではそういう事になっていた。

後にチャンが加入した程度ならば分からないでもないが、敵の頭目がハナから彼だったとは考えられない。状況が錯綜とし過ぎていてラファエルは混乱状態だ。


「そんなことが訊きたいわけじゃないだろ、リベラ」


「あぁ!?」


「なぜ俺がここにいるかなんてどうだっていいはずだ。

問題は、スリーキングスを次々と潰して回ったのが俺達なのかどうか、だろ?」


挑発的に煽ってくるチャン。

人数的には三対五なので相手が不利なはずだが、涼しい顔である。


「聞くまでもねぇ!犯人はてめぇらトライアドだろうが!」


「なんだ、少しは盛り上げるって事を考えてくれてもイイじゃないか。

…そうさ。俺はここまでのし上がり、爆弾を扱う連中を集めて計画に及んだ。動機はあの時、お前達にコケにされた腹癒せだと思うよな…?」


「てめぇ!これでも食らいな!」


我慢ならずに拳を振り上げて突っ込んだのは、ラファエルでもスティーブでもアイアンローチの二人でもない。

ジェシカだった。


親友を殺された恨みが彼女を奮い立たせてしまったのである。


しかし…



「おっと!積極的な女は嫌いじゃないぜ?」


ガッ!


闘技場で鍛えたチャンの動きは本物だ。

ジェシカの攻撃をかわし、がら空きになった背中に肘を落とし込んで簡単に地面へ倒した。


「ぐっ…!げほっ!げほっ!」


うつぶせで咳き込むジェシカに、チャンが右足を乗せた。


「金だよ。仇討ちをすりゃ報酬が出る。本家からそう連絡があった。それだけだ」


「おらぁぁぁぁ!!」


ついにラファエルが完全にキレてしまう。


ジェシカ同様に拳に力を込めて、チャンの顔面目掛けてそれが飛んでいく。


しかし少し距離があったせいで、横にいたトライアド組員の一人が腕でそれを阻んだ。

さすがにラファエルとやり合うとなれば、チャンも無事では済まないと判断したからだろう。

二人の組員も手練れのようで、ラファエルの攻撃を防いだ男は身じろぎ一つしない。


「チッ…!邪魔しやがって!」


「リベラ、あまりはしゃぐな。

この女の背骨をへし折って欲しいのか?」


「…きたねぇぞ!」


もちろんジェシカはチャンの足元である。

これでは迂闊に手が出せない。


「それ以上ジェシカに手を出したら…俺が三人とも斬り捨てるぞ」


スティーブの手にはタカヒロから受け取った日本刀。

敵に手榴弾の残りがあるのかは分からないが、接近戦ではスティーブ以外の全員が丸腰だと言える。


「くくく…お前達はどちらにせよお終いなんだよ。わざわざそんなことをする理由は無い」


「どういう意味だ…?」


鈍く光る刀身を見てもなお、チャンが余裕の表情を崩す事はない。


「まだ分からないか?

少しは俺たちのやり方に理解があるのかと思ってたんだけどな」


「興味ねーな。さっさとジェシカを放せ。

これは朗報だが、俺は気が長くない」


「ふん。単細胞な奴め。

そこにいるのはアイアンローチ、だったか?

あれほどのデカいビルの頭を吹き飛ばしたのにも関わらず、俺たちがこうしてここにいる事実。お利口なお前らになら理解できるよな」



ウー!ウー!


ポリスカーが撒き散らすサイレン。


近い。ようやくご登場というわけだ。


「チッ、サツが来る!早くジェシカを渡せ!」


「やれやれ…何を焦ってるんだ?

警察は、俺が呼んだんだよ」


ようやくチャンの自信の後ろ盾が明らかになる。

彼の組というより、本家やこちらにいる別の組の力だろうが、警察とつながっていたのだ。


自分たちの武器が底をつき、丸腰になったところで救援を呼ぶ。

そんなところだろう。


「…!」


「どうした?斬らないのか?

先に女が再起不能になるだろうがな。それに…そんなおもちゃ一本で俺達は倒せないぞ」


それならばこのまま大人しく捕まるのが賢明だとでも言いたげだ。


「どうする…?スティーブ、ジェシカに手ぇ出される前に二人斬れるか…?

チャンには俺が行く」


ラファエルが耳打ちをしてくる。


「ジェシカが無事でいれるほどのスピードじゃ無理だ」


刀を振り回すのと、足を踏み下ろすのではかかる時間が違いすぎる。


「ふん…来ないのか?お前ら、やれ」


チャンの指示で、二人のトライアド組員がにじり寄ってきた。


「我々が」


アイアンローチの二人がそれに対峙する。


「ふん…犬が主人に噛みつくのは哀れだな」


トライアドの一人、先ほどラファエルの攻撃を腕で防いだ男が言った。

昔、アイアンローチがトライアドに付き従っていた過去の事を指しているのだ。


「かつての主人がやられてしまう方が何倍も哀れだ。かかってこい」


勇ましく挑発を返すアイアンローチ。


攻撃を指示したチャンは、警察が到着するまでに余興を楽しみたいと思っているようで、アイアンローチが動いた時点ではジェシカに危害を加えてはいない。

もちろん万が一、味方が不利な状況になれば人質を理由に抵抗を止めさせる可能性は高いが。


「はぁっ!」


「ぬんっ!」


トライアド組員が襲いかかる。


拳法を会得しているのか、速く、鋭い。


「ぐはっ!」


「うぁっ!」


一方、下馬したアイアンローチの戦士達はお世辞にも強いとは言えなかった。

銃による、それもオフ車の機動力を生かしたものでなければ、彼らの力は発揮されない。

それも、格闘の手練れが相手。直接の打ち合いではあっという間に倒されてしまう。


「くっ!おい、大丈夫か!?」


倒れた二人にスティーブとラファエルが駆け寄る。


「う…」


「くそ…」


激しいパンチを何度も食らい、彼らはボロ雑巾のようにのされてしまった。

まるで歯が立っていない。


「犬は犬でしかないな」


「次はお前たちか?早くしろ。不戦敗を望まないならばな」


トライアド組員が残されたスティーブ達を指名する。


「…てめぇら」


日本刀をひとまず後方に放る。

使ってしまったら、ジェシカの身が保証されないからだ。


「ラファエル、油断すんな」


「バーカ、油断する隙も必要ねぇ…ぜっ!」


ビュッ!


拳で風を切る音を生じさせる。

キレのあるラファエルのパンチが敵に飛ぶ。


向かって右手にいたラファエルの相手は辛うじてそれをガードしたが、力負けして後ろに半歩下がった。


「むっ!やるな!」


倒したばかりのアイアンローチの二人とは違う。

そう判断したトライアド組員はさらに半歩。しかし、この一瞬の逃げ腰が命取りとなる。


「おらぁ!」


鍛え上げたフットワークを生かし、ラファエルはさらに瞬間的に相手との距離を詰めた。

ファントムズのスラッガー、喧嘩番長の名に恥じない勇猛なケンカっぷりである。


かわすにもガードを組み直すにも間に合わず、ラファエルの拳は深々と相手の顎に突き刺さった。


強制的に脳震盪を引き起こし、ブラックアウトさせられた相手は、顔から地面に崩れ落ちていく。


もう一人の敵とやり合うのは当然スティーブである。


ラファエルが親指を立ててサムズアップしたのがゴングの代わりになった。


「まずは貴様を始末して、同朋の無念を晴らす!」


その次はラファエルだ、という意味を含む言葉と共に、トライアド組員は高い位置を狙った蹴りを放ってきた。


やはり速い。スティーブは両手をクロスしてそれを食い止めると、敵の足を掴んで引き倒そうとした。


だが、相手は軸足一本で跳躍し、空中で身体を横に捻りながらそれを脱する。

まるで新体操の選手がマット上で行う超人的な動きだ。


「…チィッ!」


低く腰を落とし、次の攻撃を見定めようとする。

確実にトリッキーで読み辛い動きをしてくるはずだ。


「スティーブ、加勢は?」


「すっこんでろ!」


「へいへい」


すでに勝利を収めたラファエルには少しばかり余裕がある。


スティーブの戦況は気になるところだろうが、チャンと、それに捉えられたジェシカからも目は離せない。


大きく息を吐き、トライアド組員は地を蹴って接近してきた。

スティーブの体勢に合わせたのか、姿勢が限り無く低い。

脚による攻撃を狙っているように見える。


「させるかぁ!」


スティーブはスッと背筋を伸ばし、やはり繰り出された脚払いをジャンプで避ける。


「なにっ!?」


着地と同時に敵へと飛びかかり、地面に押し倒してマウントを取った。

拳法家にはあまり経験のないだろう、ケンカスタイルの完成である。


「おらぁっ!」


ゴッ!


「ぶはっ!」


顔面に強烈な拳を食らい、鼻血が噴き出す。

顔面を守ろうとする腕ごと執拗に殴りつけ、ついに相手は動かなくなった。


「泥臭いケンカだぜ」


「うるせー」


ラファエルの手を取って立ち上がり、スティーブはチャンを睨みつけた。


「さすがだな、お前ら。ウチの連中はその道のプロだというのに」


まったく情けない、とチャンは肩をすくめた。


「てめーもだ。さっさとかかってきやがれ!」


「それは無理だろう。タイムリミットだ」


ウー!ウー!


確かにサイレンは間近だ。


だが、それに混じって何かが聞こえる。


ウォン!ウォン!


ブォォ…!


「…?」


「四発…だな」


ニッ、と歯を見せるラファエル。


「チャン。どうやら天はお前にゃ味方をしてくれなかったみたいだぜ」


「サイレンが…遠ざかって…!?どういうことだ!?」


「ははは!俺達にはまだまだどうしようもねーバカなお友達がたくさんいるもんでな!」


エンジン音から察するに、間違いなくスポーツバイクが走り回って警察を攪乱している。


犯人は、彼らだろう。


「クラッチロケッツ…か…クソっ!」


「観念しろ、チャン。てめーはおしまいだよ」


バキバキと指を鳴らすラファエル。


「くっ…本家の為にもタダでやられるわけにはいかねーんだよ!」


ガッ!とジェシカの背中にかかとを下ろすチャン。


「…うっ!」


彼女はびくりと反応したが、気を失ってそのまま沈黙した。


「てめぇ!スティーブ、コイツは俺がやる!」


「あぁ!?俺にやらせろ!」


「まとめてかかってきて構わないぞ。

どうせサツは来ないんだ。全員死体にしちまってもイイって事だからなぁぁ!」


軽く握った拳でチャンがファイティングポーズを取る。

他の組員も強敵だったが、彼はラファエルと同じ地下闘技場の現役だ。下手をすれば二人がかりでも負けてしまうだろう。


対峙したまま、数十秒が経った。


遠ざかるサイレンとバイクのエンジン音は未だ届いている。


「…」


「来る…!」


ラファエルが短く発したのと同時に、チャンの右手がスティーブの眼前に迫っていた。


速いなどと言うレベルではない。先ほどの組員達と比べても、桁違いのスピードである。


「な…っ!?」


スティーブはそれに反応してというより、本能的に危険を察知して後ろに飛び退いていた。

チャンの攻撃を見て避けていたら、確実に間に合わなかった。


「ほう、かわしたか」


「チッ…コイツ…!」


「エラくレベルアップしたな、チャン!

ウチの大将の首は取り損ねたみたいだが、一体どうしたんだ!?」


ラファエルも、チャンの変わりように驚いている。


「当たり前だ。のし上がる為には肉体の力も必要だったからな。

野望は人を強くする。ふぬけのお前とは違ってな!」


「そのふぬけに負けるてめーは、とんだ間抜け野郎って事だなっ…!」


ビュンと勢いよくラファエルが回し蹴りを繰り出した。


スティーブへの攻撃のせいで、反応が遅れて綺麗に入ると見たのだが、チャンは左脚を上げて腿でそれを受けた。ダメージは皆無では無いが軽微だ。


仕返しにその上げた脚を突き出し、つま先蹴りをラファエルの腹部にめり込ませる。


「ぐほっ…!」


「ぬるいな。格闘技の世界で、数多の拳法を生み出してきた中国人に勝てるはずねーだろ!リベラ!」


「おい、チャン。まだ寝言を言ってるのか…?バカがよ」


悶絶して距離をとるラファエルに代わり、スティーブがチャンを罵った。


「道具使った殺しは仕事。拳を使ったケンカは格闘技か?

殺しは殺し、ケンカはケンカだろうが!形にとらわれたキレイごと並べるのがトライアド流かよ!」


「ふん、何が言いたいのかまるで分からんな」


「…クソだせぇ、って意味だよ!おらぁ!」


スティーブがウォレットチェーンをベルトから引きちぎり、チャンの腕に巻きつけて片腕を封じにかかった。


「しまった!」


鎖が絡みついて左手の自由を奪われたチャンが初めて焦りを見せる。


間髪入れずにスティーブは強くそれを引き寄せ、チャンの体勢を崩した。僅かに前のめりになった程度だが、それで充分である。

予想外の動きをした身体のせいで、一瞬だけ隙を生み出したことにより、スティーブはチャンとの距離をゼロまで持っていく。


ガンッ!


スティーブの頭が、チャンの顔面にぶつかる。

強烈な頭突きである。


「がはっ!」


鼻が折れてしまったチャンは、ボタボタと滝のように鼻血を流しながら一歩退いた。

しかしスティーブがすぐに身体を寄せて距離を取らせない。反撃をさせない為だ。


ガンッ!


そして、さらに一発。もちろん腕を入れて防ぐことはかなわず、チャンはもろにそれを食らった。


崩れ落ちるチャンの服を掴んで引き起こし、さらに頭突きを何回も打ちつける。

鼻は粉々にくだけ、スティーブの顔も返り血でチャンと変わらないくらいに真っ赤に染め上がっていく。


「スティーブ」


「ふん!」


ラファエルに肩を叩かれ、スティーブはガクガクと痙攣するチャンの身体をようやく地面に投げ捨てた。


「終わったのか…?どう思う、ボス?」


「もう繰り返しはしない。俺たちは、チームを解散させたんだからな。

スリーキングスは存在しない。たとえ別のトライアドが介入してきても、俺たちはもういないんだ」


眠っているジェシカを担ぎ上げ、スティーブはチャンと、自らのバイクに背を向けて歩き始めた。

ラファエルも黙ってそれに続く。


「そ…れで…済むと思うのかぁぁぁ!」


「チャン!?スティーブ、危ねぇっ!」


倒したはずのチャンが立ち上がり、落ちていた日本刀を手にして再度襲いかかってきた。


ザクリと肉の断たれる嫌な音が響き、スティーブを庇おうとしたラファエルの背中から血潮が舞う。


「かっ…!はっ…!」


「ラファエル!」


「ひ…ひひひ…てめーらは…皆殺しだ…!」


チャンは汚らしい笑い声を上げながらラファエルを蹴り倒し、ふらつく足取りで次なる狙いをスティーブに合わせた。


「てめぇ…」


ジェシカを寝せ、スティーブは先ほど活躍したウォレットチェーンを取り出した。


「ひはぁっ!」


上段からの振り下ろし。

唯一スティーブが防げる攻撃である。


チャンの意識がまともであれば、突きや足元へのなぎ払いでやられていただろう。


ガッ!


両手に持ち、ピンと張った鎖が刃を受ける。ガリガリと火花を散らしながらスライドし、柄を持つチャンの腕に到達した。


「むっ!?」


力づくで日本刀をもぎ取り、横に一閃させる。


チャンの手首が一つ、飛んだ。


「あ…?手が…」


「そのままくたばれ!」


ゴッ!


自らの身に何が起きたのか理解出来ていないチャンの腹に、スティーブの蹴りが入る。


あたふたとするばかりで無防備だったチャンは、大きく吹き飛んで背中からクライスラーにぶつかり、ついにぐったりとして動かなくなった。

彼は血を出しすぎている。数分と保たずにあの世逝きだろう。


「ラファエル…!」


「ふぅ…ふぅ…」


ラファエルも危険な状態であるのは同じだ。


携帯を取り出して、唯一自由に動けると思われる仲間に連絡を取った。



「お電話ありがとうございまぁす。配車のご用命ですか?」


「助けてくれ…ミリア…」


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