United
「クソがぁぁぁ…!ふざけんじゃねぇぞぉ!!」
ダッ!
一目散に走り出すスティーブ。
「おい!」
しかし、ビッグ・ペインが渾身の力を込めたタックルでそれを停止させる。
大柄な身体のせいで、まるでアメフトの選手のようだ。
「離せ!ローチの連中を見捨てんのか、あぁ!?」
「どう見ても、もう間に合わん…!」
彼らがいたのは二十三階。
確実にフロアもろとも吹き飛んでしまっていた。
ガラガラと、ビル上層部の残骸が地面に降ってきているのが分かる。
まだ近くを歩いていたら、スティーブ達もただでは済まなかったはずだ。
「派手にやりがって…トライアドだと思うか」
これはジャックだ。
少し声が震えている。
可能性の一つとして、彼らがスリーキングスを狙っての犯行が考えられるからだ。
「間違いねーだろ!俺達が集まってるのをどこからか見張ってやがったんだ!」
ビッグ・ペインからアスファルトの地面に押さえつけられた状態のまま、スティーブが吠える。
「まずいな…マーカスが出勤日だ。彼を呼ぼう」
「あぁ?」
「そこに停めてある俺達のアシだって、信用ならんぞ」
確かにそうだ。
ビルごと吹き飛ばしてしまう過激派である。
スリーキングスを狙っているのならば、バイクや車を爆破する程度の事をやらないはずがない。
「マジかよ!俺のコルベットがぁ!」
ジャックは涙声である。
「…リチャードは…電話に出ねーな。
クソ…ペイン、マーカスを頼む」
「あぁ」
ビッグ・ペインがマーカスに連絡を取って十分後。
渋滞や混乱に巻き込まれたはずだが、意外にも早く黄色のクラウン・ビクトリアがやってきた。
「おいおい!何の騒ぎだよ、こりゃあ!
ビルの上半分がぶっ壊れてやがる!」
当然、警察や消防も出動しており、ポリスカーや梯子車、救急車に救助ヘリ、しまいにはマスコミの車両やヘリも入り乱れての大混乱となっている。
「とにかく急いでこの場を離れてくれ!」
「わ、わかった!」
ブロロ…!
逆走や路側帯に乗り上げるめちゃくちゃな運転に加え、裏道を知り尽くしたスティーブのナビゲートで、マンハッタン島を素早く脱出する。
…
ブルックリン。クラッチロケッツの溜まり場。
先にビッグ・ペインだけをそこに下ろし、タクシーはホームベースへと向かう。
「おかしいな」
「あぁ?」
「ウチの連中、誰も電話に出ねーんだ」
ジャックが携帯電話を睨みつけながらそう言った。
…
…
ホームベース前。
タクシーから降り立ったスティーブ、ジャック。そして運転席からあんぐりと口を開けるマーカス。
「急げ急げ!」
「中は!?誰か逃げ遅れちゃいねーか!?」
ファントムズのメンバー達が大慌てでバケツリレーを行っている。
…
ホームベースは、轟々と音を立てて燃え上がっていた。
無論、そこに寄せて駐輪してあったバイク、そして、アンディのエコノラインにも炎が燃え移り、爆発を引き起こす。
熱気が到着したばかりの三人の肌にまで届く。
「嘘だろ…」
ジャックがガックリと肩を落としている。
これが、誰とも連絡がつかなかった理由だ。
消防には通報がいっているはずだが、今のところメンバー達の無意味とも言える必死の消火活動だけである。
「おい!どうなってる!
何で燃えてるんだよ!あぁ!?」
仲間達に指示を出していたマイクをつかまえて、スティーブが怒鳴り散らす。
「ボス!どこに行ってたんだよ!
何で燃えてるのかなんて俺が知るか!アンタも手伝えよ!」
大多数のメンバーの顔は見えるが、全員ではない。
もし中に誰かいるのならば大惨事だ。
ウォン!ウォン!
マーカスが連絡を回したらしく、クラッチロケッツのメンバーが数人駆けつけてきた。
その後ろから、待望の消防車がサイレンをまき散らして近寄ってくるのも見える。
…
「どいてどいて!放水します!」
「こりゃひどいな!応援の車両を!」
防火服とヘルメットを被った隊員たちが、ホームベースに向けて放水を開始する。
ファントムズの面々は、それと入れ替わりで後ろに下がり、疲れ果てた様子で地面に座り込んだ。
「誰がいねー!?」
ぜぇぜぇと息を切らすタカヒロに訊いた。
「シド、イギー、ローランド兄弟、イザベラ。そして、アンディだ…」
「クソッ!クソッがぁ!ふざけんなぁぁ!!」
「アンディは一度出てきたんだ…それが、逃げ遅れた奴らを連れてくるって」
「クソぉぉぉ!!」
スティーブの悲痛な叫びが、虚しく木霊した。
…
…
幸か不幸か、運び出されたアンディはホームベースの入り口付近で発見されたらしく、全身に大火傷を負って意識不明の重体という状況だった。
だが、それ以外で中に取り残されていた人間はすべて死亡。
そしてアイアンローチは、あの爆破事件の時ビルに詰めていた人間は全員助からなかった。
…
現段階で、報道や警察は犯人を突き止めていない。
しかし、スリーキングスのアジトが同時に破壊されている事から、スティーブ達にとっては疑いのない確信があった。
トライアドがやったのだと。
…
…
明くる日。
建物がなかったおかげで唯一、難を逃れたクラッチロケッツの溜まり場。
悲しみに暮れる暇もなく、彼らは集結していた。
スティーブ率いるファントムズM.C、ビッグ・ペインのクラッチロケッツ、そして、たまたまビルにいなかったアイアンローチの新メンバー、ステファンを含めた数人の生き残りである。
「もう、終いにした方が…いいんじゃないか」
そう切り出したのは温厚で知られるビッグ・ペインである。
これ以上の被害を出すくらいならば、潔く身を引くべきだとの見解だ。
「お前のところは大した被害も出ていない。
だからそんな呑気な事が言えるんじゃないのか」
対して、スカルマスクのステファンがそう返した。
アイアンローチはチームがほぼ壊滅し、彼が暫定的なリーダーとなっている。
「しかしやり返すにしても、俺達以外のメンツはビビって使い物にならないんだぞ?
太刀打ち出来ると思うのか?」
情報は、思いのほか早く流れていく。特に、悪い情報は尚更だ。
スリーキングスの傘下に収まっていた二次団体は、次々に脱退を表明。
そこまでは言わなかったわずかな者達も、過激派の香港マフィアの相手をするのには断固反対との意見であった。
「スティーブ、お前はどう思う?
勝ち目が薄くても立ち向かうか?」
ビッグ・ペインがスティーブに考えを尋ねてきた。
先程から彼が腕を組んだまま押し黙っているからだろう。
「…先に一つ、お前にも訊きたい。ペイン」
「ん?」
「お前の言う終いってのは、スリーキングスの解散だけじゃない。
俺達全員、ファントムズもアイアンローチもクラッチロケッツも、きれいさっぱり姿を消して、一人一人がバイクを降りるって事になる。
それを望んでるって事なのか?」
「…望んではいない。今でもここにいる仲間とバカやって生きていきたいって考えは変わらない。
だが、トライアドの宣戦布告があった以上、看板を背負ってたらすぐに攻撃されてしまうだろう。
次は建物じゃなく、人間そのものを狙ってな」
言うまでもなく、かなり厳しい状況である。
「そうか」
咎めるでもなく、それだけ返す。
「だからどうするんだ?」
「スリーキングスは解散だろうな。どっちにしても」
仲間達からどよめきが起こった。
もちろん、主にファントムズとアイアンローチの面々からである。
「そして、ファントムズも解散だ」
「はぁ!?ボス、何を言ってやがる!」
真っ先に、スティーブの後ろに控えていたラファエルが反応した。
彼の頭の中には報復以外なかったからだ。
「賢明だな。クラッチロケッツもそれに従おう」
「話は最後まで聞け、ペイン」
「…?」
話を切り上げようとしたビッグ・ペインが目を細める。
「ファントムズは解散させる。だが、俺はトライアドとの戦いに向かう。
個人的にだ」
「そういうことか…ははっ!だったら、個人的に俺も付き合うだけだぜ!」
ラファエルは理解できたようだ。
足を洗うメンバーの事を考え、チームとしてではなく、看板を捨てて立ち向かう、と。
「アイアンローチもそれで構わねーか、ステファン?」
「…わかった」
ステファンが了承するが、彼らにとっては無意味な取り決めかもしれない。
残る全員は間違いなくこの戦争を望んでいるからだ。
「クラッチロケッツは?」
「もちろん問題ないぞ。
志半ばで残念だが、俺達はここで退かせてもらう」
「わかった」
これで、スリーキングスと、それを支える三つのバイカーギャングの解散が受理された。
…
「出撃は今夜だ。半日あるから、みんなよく考えてくれ。
俺はたとえ一人でも奴らの根城に突っ込む。
…ペイン、集合にこの場所を使わせろ」
「もちろんだ。幸運を祈ってる。
今まで楽しかったぞ、スティーブ」
ウォン!ウォン!
まず、最も頭数の多いスポーツバイクの集団が姿を消した。
…
…
そして、その日の夜。
ファントムズのジャケットを脱ぎ、代わりに黒と青のチェック柄のボタンシャツを着たスティーブは、長年の愛車であるショベルヘッドと共に集合場所に佇んでいた。
バルン!バルン!
シングルの軽くふけあがるエンジン音。
やはり、と言うべきか、アイアンローチのステファン達がやってくる。
数は四。
チームの看板代わりだったスカルマスクは、被られていなかった。
…
「待たせたな」
「よく来たじゃねーか、ボウズ」
誇り高い彼らの決断に、スティーブは大きく頷く。
…
それから数分。
ドルン!ドルン!
V型二気筒の重低音。ハーレーサウンドだ。
次はファントムズの面々が姿を現す。
サブリーダーのジャック、スラッガーのラファエル、日本人のタカヒロ、男勝りな女性メンバーのジェシカ、荒っぽく歴戦の古参であるマイク。
合計五人。
「揃ったな」
スティーブを含めたファントムズとアイアンローチを合わせて、十人の勇者達がここに集結した。
…
約三十人程度だという敵を倒す手を考える為、まずは集まってくれた彼ら全員の状態を一人一人じっくり観察する。
アイアンローチは相変わらず四人すべてがサブマシンガンで武装している。
壁をも利用して走る彼らのオフロードバイクの機動力を利用して、軽快で意表をつくようなケンカが出来そうだ。
…
続いてファントムズ。
アイアンローチのようにお揃いで腰に銃を下げているわけではない。
「おめーら、何か道具を持ってきたか?」
もちろん、無いなら無いで仕方ない。
スティーブ自身も、拳銃を準備しているだけである。
ジャック、ラファエル、ジェシカはベルトに拳銃を仕込んでいた。
タカヒロはどこから持ってきたのか、日本刀を一振り。
マイクは大きなバックパックを背負っていて、中にはゴロゴロと火炎瓶が眠っていた。
「俺といえば爆弾魔だろうが?」
そう言って笑う。
…
「奴らは一カ所の事務所を利用しているようだ。
出払ってる奴がいなければ、この人数でも囲んでしまえる」
円になり、スティーブが状況を説明し始めた。
あれやこれやと各々の意見が飛び交う。
「こっちに盾がない。車両をちょうだいしたらどうだ」
「いや、兵隊が欲しいな」
「武器をまともにできねーのか?」
現状での決行に不安を抱くものばかりだ。
もちろんスティーブも満足しているわけではない。
「ビルか?しかし、チャイナタウンだ。高さはなさそうだが」
タカヒロがそう言った。チャイナタウンは下町のようなイメージが強い。
「低い建物だったはずだ。狙いやすい反面、見つかりやすいな」
アイアンローチのステファンが返す。
「低くて小さな建物なら、それごと潰すのも手だな。
奴らにやられた事をやり返せる」
「タカ、そりゃ面白いが、どうやって?」
「そこまでは考えてねーよ。また、マイクの火炎瓶であぶり出してもイイんじゃないか?」
「任せとけ!だがもう一手ほしいな。こないだは上手くいったが、消火器を持ち出されちゃ終いだ」
マイク本人が言った。
意外と冷静に頭を働かせてくれている。
「決定打か…」
「とにかく何でもいいから、やってやろうじゃないか!あたしゃはらわたが煮えくり返って仕方がないよ!」
ジェシカが吠える。
親友のイザベラがやられてしまい、怒りが抑えきれないのだ。
「ステファン、何かないか?」
ファントムズだけで戦いに挑むわけではない。
アイアンローチの意見も貴重である。
「何か必要ならば用意できなくもない。
我々は弾薬を武器商から調達しているんだからな。
ただし、その相手は華僑だ。トライアドとの関係があるかまでは分からないが」
「だったら爆弾だ。丸ごと吹き飛ばせる」
一同もそうだ、それがいい!と声を上げる。
「ウチのアジトを吹き飛ばしたようにか…?
あれくらいの規模は無理だろうが」
資金的にも時間的にも、というわけだ。
さらに一言付け加えるなら、信頼の面もあるのかもしれない。日頃はたかだかサブマシンガンの弾薬を買っていくばかりの細い客だ。
それが突然、大量の爆薬を寄越せと頼んでくれば、警戒するなと言うのも無理な話である。
「簡単なものでも、ひと部屋くらい吹き飛ばせるだろう?
デリバリーしてやろうじゃねぇか」
「ピザを届けるように爆弾が届いたら傑作だな」
スティーブのジョークに、タカヒロが笑った。
「では、連絡を取ってみよう。どう使うか、考えておけよ」
ステファンが少し離れ、電話をかけ始めた。
時限式のプラスチック爆弾ならばすぐに用意できるとの回答。
威力は申し訳程度で、車両一台が関の山だという。
もちろんここにいる一同からは異論なしで、アイアンローチのメンバー二人がすぐさま爆弾を受け取りに走った。
…
「文字通り、爆弾の宅配便ってのはどうだ?」
それを待つ間、ジャックがそんな意見を述べた。
皆が首を傾げて先を促す。
「作業員になりすまして、奴らの事務所にソイツを届けてやるのさ。
ドカンと鳴ったら、泡吹いてる奴らの根城に全員で踏み込んで一網打尽だぜ!」
「悪くないな。カモフラージュ用の作業服と車くらいなら適当に準備すりゃいい」
ステファンが頷いた。
「だがそれだと一番危険なお届け役はローチからになるぞ?大丈夫なのかよ?」
スティーブが訊く。
奴らに顔が割れていては、その場で撃たれて終わりだからだ。今までスカルマスクを被っていたアイアンローチの誰かに運ばせるのが最も安全だと言える。
「そうだな、では俺が行く」
なんと、そう言って挙手したのはステファン本人である。
暗めの長い茶髪に、うっすらとあごヒゲを生やした若者。ファントムズはおろか、アイアンローチのメンバーでさえも互いの素顔は知らなかったのだという。まるでブラインドでの付き合いが当たり前のインターネット上の付き合いだ。
「おもしれぇ。俺はお前の漢気を高く買うぜ」
スティーブはそう返答し、ファントムズからは賞賛の声も上がる。
だが、残されるアイアンローチの連中はやはり渋い表情である。
「大丈夫だ。
必ず成功させ、リチャードや他の仲間達の無念を晴らしてやろう」
「よく言ったな。それじゃ移動すっぞ!
全員乗車!」
多くを奪われ、誇りを傷つけられた戦士達が、スティーブの号令に力強く頷いた。




