Broken
2010年5月。
ニューヨーク州オシニング。
シンシン刑務所構内。
…
「762…763…764」
ガンガン!ガン!
「出ろ」
「…」
看守に促され、オレンジ色のつなぎを着たスティーブが立ち上がる。
日課の腕立て伏せが残り200回程度残っているが、仕方のない中断だ。
ガチャン。
「よう、スティーブ!お出かけかぁ?俺も連れてけよ」
隣の独房から両手をだらしなく出したコロンビア人が言った。
手錠がかかった手を挙げて軽くそれに応えると、看守の前を歩いて進む。
…
面会室に通されると、ラルフが待っていた。
受話器を上げる。
「ブラザー」
「あぁ、久しぶりに顔を拝みに来たぜ」
ラルフはこれが数度目のスティーブとの面会だ。
彼の他にはスティーブの姉や母が来たくらいで、特に客はいない。
「迷惑かけたな」
「あと、一ヶ月くらいか?」
「そうだ。メンバーのみんなはどうしてる?」
「…元気だよ」
いつもニヤニヤと笑っていたラルフだが、この日は違った。
「どうした?」
「…いや」
気になり尋ねるが、ラルフは何でもないと首を振る。
「そうか。トムはどうだ」
スティーブ自身も筋トレが出来る程に回復したが、リル・トムも一命を取り留めたと聞いていた。
銃弾は腹と肩に当たって致命的だったが、死んではいないと。
「ううむ。二年間黙っててすまなかった」
「何を?」
「トミーの話だ」
緊張が走る。
「トムが何だ?ここを出たら奴に謝るつもりだ。
別の刑務所にいるんだろう?刑期は俺の方が短いだろうからな。すぐに面会に行く」
「スティーブ」
「…?」
ラルフはスティーブの言葉を遮ると、うつむいた。
その金網越しの表情はスティーブからは見えない。
「死んでるんだ」
…
時が止まった気がした。
…
…
ドルン!ドルン!
スティーブ出所当日。
刑務所の周りに集まってくるPMCの面々。
扉から彼が現れると、仲間達から指笛や笑い声が響いた。
いつものようにニヤニヤと笑うラルフが出迎える。
素直に仲間の帰還が嬉しいのだ。
「よく戻った」
「ラルフ…」
「まあ話は後でゆっくり聞くぜ。
おい、クソ共!ファントムズいちの命知らずのホーミーの帰還だ!派手にホームベースまで流すぞ!」
「おう!」と仲間達から声が上がる。
新しく増えたのか、スティーブが知らない奴らもいたが、時折「おかえり!」「待ってたぜ!」と、よく知るメンバーからの言葉もあった。
ちなみにラルフが言った「ホーミー」とは仲間を表す代名詞だ。
トムの死を知って深く落ちていたスティーブの心が、少し上がる。
「ジャック!俺と来い、二台で先導するぞ!」
「おうよ!」
ジャックと呼ばれた男がバイクで躍り出た。
ピカピカの新型レボリューションエンジンを積んだVロッドだ。
ジャックはスティーブとはこの時が初見の新規メンバーだが、わずか18歳にしてこのPMCのサブリーダーを務めている白人の天才児だ。バイクへの知識と執着心が尋常ではなく、彼のVロッドはパッと見でもハイテクなカスタマイズが施されているのが分かる。
エアサスペンションやフルオーディオ、GPSナビゲーションシステム。警察無線の傍受をもこなす彼のサブリーダー就任は、他の古参達を納得させるには充分だった。
どんな世界でも敬遠されがちなニュースクール世代だが、ジャックは特別だ。
…
ドルン!
それにクラシカルなソフテイルを駆るリーダー、ラルフが並んだ。
「スティーブ、あいにくだがタンデムシートなんか積んでるお人好しはいなくてな」
ラルフが笑った。
タンデムシートとは二人乗りのシート。硬派で生粋のバイカーはわざわざ一人乗りのシングルシートに交換している事が多い。
「あぁ、わかってるよ」
スティーブが頷く。
「エコノラインに乗れよ。よう、アンディ!」
「おー。了解だぜ、ボス。そら、早く乗れ、大統領。
パッセンジャーシートを予約しといたぞ」
ゆるい返事。
バイクの群れに、一台だけデンと鎮座している大型のバンがあった。
PMC内唯一の四輪乗り、アンディの愛車だ。
フォード・エコノライン。
言わずとしれたフルサイズバン。
6800ccの大排気量の鉄のかたまりは、元々は九人乗りであるはずのリアシートをすべて取っ払っており、味方のバイクを四台まで搭載して走る事が可能だ。
黒いボディー全体には真っ赤なフレイムパターンのペイント。リアハッチにはでかでかとファントムズのロゴが描いてある。
…
スティーブがその助手席に乗り込んでネイティブアメリカン出身のアンディと握手すると、車列が出発した。
「久しぶりだな、スティーブ。元気にしてたか?」
訛りのある英語で話すアンディ。
車内にはSlipknotの曲が流れている。
「見ての通りだ。後遺症もなく手足が動くようになって良かった」
「そうだな。大地の神に感謝するんだ。
俺達には常にアメリカの大地の加護がついている」
「…トムには?」
少し意地悪な事を言ってみる。
「トミーは男の中の男だった。
彼の最期にあったのは大地から授かった誇り高き勇気だ。そうだろう?」
「間違いねーな。奴はイイ奴だった。
俺は今でも自分の行動を悔やんでるぜ」
「それで充分だ、ホーミー。
彼自身と彼のスポーツスターが流した血は大地に根づいた。そしてお前の身体を治した。無駄にはなっていない」
いつの間にか、ぼたぼたとスティーブの目から涙がこぼれ始めた。
「おぉそうだ」
スティーブが泣いているのを知ってか知らずか、アンディは彼に一つの鍵を投げてよこした。
「…?」
「トミーのスポーツスターのキーだ。彼が命がけで助けたお前が持っておけ」
「…派手に吹き飛んだ俺のショベルヘッドは分かるが、奴のスポーツスターはなぜ廃車に?」
「警官隊から銃弾を浴びるように受けた。タンクには当たらず爆発は無かったが、もう走れなかった。
お前を銃撃戦から守るように横に倒れていたと聞く」
「…うぅっ!うぁぁー!
トム!すまねぇぇー!」
スティーブは狂ったように泣き始めた。
「お前は二人の命を預かる勇者だ。
みんな言っていたぞ。『奴はマンハッタンに渡る時、火花を散らしながら見たこともないスピードでクイーンズボロー橋に突っ込んで行った』とな。
二度目では転んだかもしれないが、お前にはセンスがある。
高速ターンを極めろ。お前にはコーナーで他者を圧倒できる度胸と技術があるはずだ」
「けっ!四輪を転がしてる奴が偉そうに…」
気に食わないスティーブはアンディに精一杯言い返してやるが、見苦しいのは自分でも分かっていた。
「俺は常にこの牛で馬のケツを見てきたんだ。
誰がどんな走りをするかはPMC内で一番分かっているつもりだ。ケツを見れば前を走っているのが誰か分かる」
アンディが鼻を鳴らした。
『牛』はこの車、エコノライン。『馬』は仲間達のバイクを表している。
「ゲイかよ、てめー」
「じゃあお前は調教をまともに受けれないバカ馬か?
フランス向けの食用がお似合いだな」
「言いやがる!コーナーが何だって!」
「カッカするなよ、大統領。
俺は誉めてるんだぞ。俺も何度か見たが、お前は上手く体重移動してバイクをギリギリまで倒して曲がれるんだ。ショベルヘッドであんな真似されちゃ、バレンティーノ・ロッシも顔真っ青だな」
「クソ笑えるぜ、それ」
車列がホームベースに入った。
…
…
「よーし、みんなついたな!」
ラルフが一同を見回した。
半円形にバイクが停車され、その中心に彼とスティーブが立っているという状況だ。
全員の右手にはビール瓶。
今まさにスティーブ出所祝いの打ち上げが始まろうとしていた。
「あらためて紹介するとしよう。奴と初めて会う奴もいるだろうからな!
こいつが今日の主役、スティーブだ!」
長い拍手が起こった。
「数年前、奴が捕まった時。尊い仲間の命が失われた。
リル・トムだ。奴はこのスティーブと並ぶくらいの命知らずの大馬鹿だった。
だが、俺達ファントムズMCはその悲しみと同じくらい、こいつの帰りを喜ばなければいけねー!分かったか、クソ共!」
全員から何度もPMCコールが沸き起こる。
「ファントムズMCに乾杯!」
宴が始まった。
…
次々と仲間がスティーブのもとにやってきては瓶をぶつけ、杯を交わしていく。
気分も悪くないスティーブはきちんとそれに応じて談笑した。
「スティーブ」
「ん?よう、ジャックだったか」
「あぁ、覚えてくれたか?出所おめでとう」
二人の瓶がカチンと鳴る。
「みんなから聞いたぜ、今はお前がサブリーダーなんだってな。
ラルフはいつもニヤニヤしててバカだから大変だろう」
「ははは!伝えておくよ」
「バカ!やめろ!」
ラルフの体重を乗せたラリアットが飛んできたらあの世行きだ。
「スティーブ、もう聞いたか?アンタのショベルヘッド。ちゃんと生きてるよ」
「は?」
「ラルフやアンディは言わなかったか?
俺は当時の事は知らねーけど、大して壊れてなかったらしくてよ。直してホームベースの中に飾ってあるぜ」
「マジかよ」
彼らは屋外で飲んで騒いでいるので、スティーブはビル内をまだ見ていなかった。
「ずっと置いてあるけど走ってる姿は見た事なくてさ。
あれに乗ってた男とゆっくり話してみたかったんだ」
ジャックは少年のような幼い顔立ちでにこやかに笑う。女を虜にするベビーフェイスとは彼の事に違いない、とスティーブは確信した。
「俺と?何で?
あのショベルヘッドだって改造はそんなにやってないぜ。ウチには他にもショベル乗りはいるし、お前のVロッドの方が手間も金もかかってんだろ」
「いやいや、そういうわけじゃなくてさ。
スティーブ、アンタあのショベルヘッド、どれだけ倒して走ってたんだよ」
「!!」
ドキリとした。ジャックの目は本物だ。
「外装はキレイになっちゃってたけどな。…タイヤがさ、気になるんだよね。真ん中の溝が残ってるからって、修理の時に交換しなかったメンバーに感謝だよ」
ジャックがケラケラと笑う。
「てめー…」
「自分で言うのもなんだけどさ、俺はどっちかといったらメカニック担当なわけだ。レーサーじゃねえ。
もちろん人並みには走れるつもりではいるし、ドッグファイトもこなしたけどよ」
「そりゃあ、ウチの登竜門だからな」
「タイヤにあんな削れ方をさせるにはバイクを極限まで倒して走るしかない。
それもかなりのスピードでな。スティーブ、膝を見せてくれないか?」
「おいおい、その辺にしとけよ。あぁ、降参だ」
膝を見せる前にスティーブが両手を上げた。
ジャックの見解通り、スティーブの両膝には死ぬまで治らないであろう擦り傷があるのだ。
「俺の勝ちか?五ドルな」
「ねぇよ!今さっき出てきたんだぞ!」
「ははは!じゃあ今度メシおごれよな!」
ジャックが手をひらひらさせながらビルに消えていった。
「よう!ヒーロー!」
「あー?さっさと神輿でも用意しろよ」
続いてスティーブのもとにやってきたラルフと拳をぶつける。
ガシッ!
「ん!?」
瓶をぶつけて乾杯しようとしたスティーブだったが、ラルフは瓶を投げ捨てて彼をきつく抱きしめた。
「おおぁん!スティーブ!よく戻ったな!寂しかったぞ!」
「げっ!やめろよ、ブタ!汗くせぇんだよ!」
「スティーブぅ!愛してるぞぉ!」
ラルフの巨体がスティーブにまとわりつく。
周りのみんなは大爆笑だ。
「なんだてめー!酔ってんのか!?
あーくせぇ!汗と酒で便所みたいな臭いだぞ!おえぇっ…吐きそうだ!
おい!こら、離せ!」
刑務所で鍛えた腕力は伊達ではない。スティーブは力の限りラルフを引き剥がした。
地響きと共にラルフが土の上に仰向けになる。
「スティーブ…トムは戻らねー」
「…?なんだよ」
スティーブは手を貸し、ラルフを立たせた。
「お前、ずっと気にしてるだろ。
バイクを降りるつもりでいる。そうだな」
「…」
言い当てられた。
そう。
スティーブはファントムズを抜けるつもりなのだ。
「仲間が死んで、それに自分が関わったとなりゃ、誰だって同じ事を考えるだろうからな」
「その通りだ。ラルフ、すまねー。
俺は…ファントムズを辞める…お前らとつるむのも今日が最後だ」
「気持ちは変わらないか」
「あぁ」
笑っていた仲間達も、スティーブの意志を知って近寄ってきた。
「マジか?」
「トムの死を無駄にすんな!」
「やめんなよ、スティーブ」
それらの声を押し切り、スティーブは叫ぶ。
「俺は!もうバイクには乗らねー!
ファントムズともお別れだ!」
バキッ!
右の頬に大きな拳がぶち当たり、スティーブは吹き飛んだ。
「知るか!ボケ!」
やはりラルフだ。
殴られるくらいの事は予想していたので、スティーブは無言で立ち上がった。
「スティーブ、これを見ても同じ事が言えるか!
ちょっと待ってろ!」
ドスドスとラルフがホームベースに走っていく。
「ショベルヘッドだろ!もう俺には関係ねぇよ!」
ラルフが振り向いた。
「そうだぞ!お前のショベルヘッドは生きて…えぇ!?
何で知ってんだ、バカやろー!」
「ジャックに聞いたからな!」
「あぁ!?おい、ジャック!
おい!あれ、なんで居ねー!」
ラルフはカンカンだ。
「とにかく…本当にすまねーみんな!
俺は自分のヘマで仲間を見殺しにした!
バイクには乗れないんだ」
「ショベルヘッドは…どうすんだ。
あぁ!?仲間が一生懸命直してくれた、あのショベルヘッドは!」
ラルフがまたスティーブの目の前にやってきて唾を飛ばした。
「好きにしろ」
バキッ!
やはりまた殴られた。
「…」
「お前の為を思ってみんなが直したんだぞ!」
「トムの為じゃないのか?」
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ!おらぁ!」
ドッ!
スティーブがラルフの腹に蹴りを叩き込む。
仲間達から怒号が起きた。
ラルフは片膝をついたままスティーブを睨む。
「俺は行くぞ。これ以上誰かを殺すのはごめんだからな!
俺はファントムズの死神になりたくなんかねぇんだよ!」
ついにスティーブは革ジャンを脱ぎ捨て、歩き始めた。
「待て」
「あー?」
「歩いて家に帰るのか?」
この声はアンディだ。
だが、それを無視して歩く。
もう他には誰もスティーブを引き止めはしない。
…
数分後、横にエコノラインが走ってきた。
「乗れ」
「気にすんなよ。後でラルフにどやされんぞ」
「なに、友達を家に送るだけだ。MCとは関係ない」
ガチャン。
「礼は言わねーぞ」
「必要ない」
ゆるやかにエコノラインが発車した。
…
しばらく続く沈黙。
アンディもスティーブも、タバコをくわえて煙を吐いている。
エコノラインが橋に乗った。
「あ?誘拐かよ」
スティーブの家はブルックリン内だ。
マンハッタンに向かう必要はない。
「気晴らしだ。時間がないのか?」
「ふん…」
橋が終わると同時に、車が止まる。
「出て行くなら、トムにも顔みせてけ」
そこはスティーブが久々に訪れる、例の事故現場だった。
交差点の角にいくつかの花が添えられている。
…
二人は車を降りた。
「…」
顔の前で十字を切り、胸で両手を組んで祈った。
「他にも寄り道なんて言うなよ」
「分かってる。お前の家に行こう」
その後は橋を引き返し、しばらくするとスティーブの家が見えてきた。
小さな一軒家だ。部屋の電気はついている。
「ついたぞ」
「じゃあな」
「あー、スティーブ?」
「なんだよ。部屋に上げろなんて言うなよ、気持ちわりー」
アンディが運転席から降りてリアハッチを開けた。
「忘れ物だ」
「あ!?お前、積んで来てたのか!」
紛れもない、スティーブの愛車であるショベルヘッドだ。
はしごをリアハッチから道路に渡し、アンディは勝手にそれを下ろし始めた。
「おいおい!どういうつもりだよ!」
「自分で『好きにしろ』と言っただろう。俺は勝手に、このバイクをここに置いていく。
お前のもんじゃないから触るんじゃないぞ」
「畜生め!」
スティーブが地団駄を踏んだ。
「さて、ホームベースに戻る。お袋さんと姉さんによろしくな」
ブロロ…
エコノラインが見えなくなった。
「アンディのクソったれが!」
ガチャガチャ。
「ん?閉まってら」
ジリリリ!
実家の呼び鈴を鳴らす。
「こんな遅くに…誰?」
姉の声がドアの向こうから聞こえた。
「スティーブだ。帰ったぜ、レベッカ」
「スティーブ!?」
ガチャ!
「よう」
パチン!
挨拶代わりに頬を平手で打たれる。
今日はよく殴られる日だな、とスティーブは自嘲した。
「アンタは私達に心配ばかりかけて!いい加減落ち着いたらどうなの!」
「あーうるせえ。近所迷惑だろうが。通してくれ」
「アンタのバイクの音ほどじゃないよ!こら、待ちなさい!」
二階の自室に上がろうとするスティーブの腕を掴むレベッカ。
「出所早々疲れてんだ。話なら明日にしてくれよ」
「そうはいかないよ!私とママがどれだけ苦労したか!アンタがいつも…」
「チームを抜けたんだ!」
「…え?」
乱暴に腕を振りほどき、スティーブは部屋に入ってしまった。
翌朝。
怒り心頭だった姉とは対照的に、キッチンから母親は穏やかな表情で息子を迎えた。
「スティーブ、おかえり。
無事でよかったよ。事故直後は気が気じゃなかったからねえ」
「おはよう」
それだけ返し、スティーブは食卓についた。
バターが塗られたトーストとコーンフレークが置いてある。
スティーブはトーストには手をつけず、ボウルに入ったコーンフレークだけを食べた。
続いて姉が起きてくる。
スティーブの対面に座り、彼が残したトーストを手に取る。
「あら、レベッカ。おはよう」
「おはよう、ママ。
おはよう、スティーブ」
「おう、早起き大会は俺の勝ちだ」
「なにそれ」
ツンとして見せるが、姉からは昨日のような怒りは感じられない。
「さて」
スティーブが立ち上がる。
「アンタ、ちゃんと仕事探しなさいよ。あと、バイクを退けて。私の車が出れないじゃない」
「うるせーぞ。
早くどこぞのデブ社長でも捕まえて嫁に行けよ。もう32だろ?お袋もそうすりゃ安泰だ」
そう言いながら家を出るスティーブ。
姉は再びムッとしたが、母親はクスクスと笑っているのが見えた。
「よっ、と」
仲間達にはあれほど要らないと言っていたバイクだが、他に移動手段を持たないスティーブはやむを得ずそれに跨がった。
案外と抵抗は無く、キックダウンしてエンジンを始動させる。
ドルン!ドルン!
感覚が冴え渡っていく。
懐かしい感覚だ。
バイカーとしての、男としての魂が奮い立つ。
「ただいま…」
仲間や家族にさえ言えなかった言葉が、愛車にだけは自然とこぼれ出た。
ドドド…ドドド…
しばらく放置していたはずだが不具合は無い。
ようやくスティーブは直してくれた仲間達に感謝した。
ドルン!
ギャギャギャ!
ドドドドド…!!