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Peaceful  作者: 石丸優一
11/24

Kick

 

ドルン!ドルン!

 

「ま、待ちなさい!」

 

「急げ!ずらかれ!」

 

発砲事件現場。

 

すでに集まりはじめていた警官の制止を無視して、二台のバイクを救出する。

 

 

「まったく!大事な愛馬を引っ張られてたまるか!」

 

「あのガキ…こんな乗りづらいモンに跨がってんのかよ…!

重たくて仕方ねー!」

 

スコットは自らの、そしてスティーブがジャックのバイクを運転して併走していく。

 

ウー!ウー!

 

「ボス!犬が追ってきてやがるぞ!」

 

「一旦別れて合流だ!

しっかり撒いたら俺の家まで来い!」

 

「わかった、任せとけ!

慣れないからってコケんなよ!」

 

「てめーに心配されるまでもねーんだよ、スコット!」

 

ドドドドド…!!


ウー!ウー!

 

「止まれ!そこのバイク!」

 

「しつけーな!」

 

追っ手の数台のポリスカーのうち二台がスティーブを狙う。

 

「このバイクじゃ狭い道へ逃げ込むのは自殺行為だな…」

 

さすがに乗り慣れたショベルのようにひょいひょいとは操れない。

スティーブはあえて直線の多い大通りへと進んでいった。

 

ドドドド!!

 

ウー!ウー!

 

セルスイッチの近くに増設されたミサイルスイッチ型のボタン。

カバーを指ではじいて、力強くプッシュした。

 

カチッ。

 

「お、お、おぉ?」

 

キューン、と甲高い音がしたと思うと、すぐにエンジンがレッドゾーンまで跳ね上がる高回転と化し、爆発的な加速を生んだ。

 

そう、スティーブが押したのはジャックお手製のNOS噴射スイッチだったのである。


通常では有り得ない加速での風圧に、スティーブのむき出しの眼からは涙がこぼれては渇く。

視界は前方一点に狭まり、景色は焦点とは合わない。

 

「うぉぉぉ!」

 

ドルルル!!

 

サイレンは一気に後方へと消し去られ、最高速度を保ったまま大通りを一気に駆け抜けた。

先を走る一般車を左右にギリギリでかわし、赤色灯がまったく見えなくなったところで、ようやくスピードをゆるめる。

 

「ふざけんな!反則だ反則!」

 

誰にとでもなく、ジャックのVロッドへの文句を吐くと、路地裏へと入って家路につくのであった。

 

 

 

ドルン!ドルン!

 

「おう、大将!おせーぞ!」

 

先に到着していたスコットと合流する。

 

「うっせーな。ちょっと遊んでたんだよ」


ピリリ…ピリリ…

 

「おう」

 

「スティーブ。こちらマーカスだぜ、兄弟」

 

「誰が兄弟だ、ボケ」

 

ちょうどマーカスからの着信。

先ほどはケンカ別れのような状況だったにも関わらず、兄弟呼ばわりされては調子が狂う。

 

「ウチのボス達が話せる状態まで回復した。

ファントムズに落ち度はねーと証明してくれた。メンバーにも通達してる。

なんつーか…すまなかったな」

 

「おう、気がついたか。実はウチも別件で仲間が二人撃たれてな。

おめーらをやった奴と同じかは知らねーが、そっちで手一杯だ」

 

クラッチ・ロケッツとは仲違いにならなくて済みそうだ。


 

「なに!撃たれた!?どういうこった!?」

 

「おー、相手はよくわかんねー。

そして残念だが、ウチのバカ共はくたばっちゃいねーがな。

もう切るぞ」


iPhoneを下ろした瞬間、すぐに再着信が鳴り響く。

 

「何もたもたしてんだ?行かねーのかよ?」

 

スコットが急かす。

スティーブが画面に視線を落とすと、マーカスではなくタカヒロの名前が表示されていたので舌打ちを一つ。

スコットに手の平を向けて制しながら画面を親指でタッチした。

 

「俺だ」

 

「ジャックはまだだが、アンディが起きた。

代わるぞ」

 

グッドニュースだ。

 

「…ボス」

 

「インディアンは銃弾じゃ死なねーってのは伝説や映画だけの話じゃ無かったか」

 

嬉しくて冗談がこぼれる。

スティーブを睨みつけて待機しているスコットの顔もゆるんだ。

 

「…これぞ大地のご加護だな。ジャックの事も心配は要らない。

…お前のことだ。顔も分からん敵を捜しているんだろう?」

 

「あー?」


ゴホッゴホッという数回の咳と、タカヒロの「大丈夫か」という声が聞こえた。

 

「…ジャックの取引相手。名前は知らんがアジア系の連中だ。

俺達と顔を合わせるなり弾いてきやがった」

 

「それだけでもターゲットを大分絞れるな。

だが逆にそれだけじゃ該当者が多すぎる。

クラッチ・ロケッツを襲った連中とは?」

 

「…別だろうが、完全には言いきれん」

 

またアンディが咳き込む。

スティーブはそれが止むのを待った。

 

「撃たれた理由は?

なんかトラブったのかよ?」

 

「いや…不明だ」

 

「そこが引っかかる。普段から恨み買ってたのか何なのか、ジャックに訊いてもわかんねーだろうけどな」

 

「…さぁな。

奴らは赤いタホで逃げた」

 

これは有力だ。

 

「それを早く言えよ!まだ何かないか?」


「ううむ…その場にいた人間は二人だった。

両方の男がジャケットにデニム姿。一人はひどく太っていたな。

こちらには英語を使ったが、奴らだけで話すのは中国語だったんじゃなかろうか。

あとは…無いな。それくらいだ」

 

「任せとけ。悪くない情報だ。

ジャックが起きたら教えてくれ」

 

「わかった」

 

ピッ。

 

ツー…ツー…

 

ピンと閃いたスティーブ。

スコットが待っていることなど無視して次の行動に移る。

 

「中国語か…」

 

液晶パネルをいじると、また電話かよ、とスコットから睨みつけられた。

 

「もしもし、どうしたのかね?」

 

やわらかい、壮年の男の声が入ってくる。

 

「社長、ちょっと教えてくんねーか?」

 

スティーブが連絡したのは、リー社長であった。


「ふむ?珍しく連絡が来たと思えば、何かただ事ではなさそうだね」

 

当然何か感じ取る。

 

「仲間が中国系の人間とトラブっててよ。

アンタなら何か知らねーかと思ってな」

 

実に単純明快である。

リーに中国人の知り合いが多い事を覚えていた。そこを頼ろうというわけだ。

 

「どういう事だろうか?」

 

「そうだな…半端な話し方じゃ通じねーだろうから、包み隠さず言うぜ。

仲間が中国系の武器商から銃を買おうとして、突然撃たれた。そっち方面の知り合いはいねーか?」

 

「それは…本当かね?穏やかな話じゃないな」

 

昨今のニューヨークの治安の良さは世界でも指折りだ。

大半の人間からしてみれば信じがたい事実であるのは間違いない。

 

「とんでもねー話だと思うだろうが、本当だ。

撃たれたダチはケガを負って病院にいる」


「うーむ。あまり大きな声では言えないが…他人様に顔向け出来ないような仕事をしている知人はいる」

 

「マジかよ。詳しく訊いてもイイか?」

 

見事にスティーブの読みは的中だ。

中国系に限った事ではないが、移民の多くがよからぬビジネスに関わっている事例はどの国でも決して珍しい話ではない。

 

「覚えているだろうか?

君が何度かタクシーに乗せた私の友人の事」

 

「あ?あー、覚えてるぜ。ガキを連れてたおっさんだよな」

 

まだまだ記憶に新しい。

忘れているはずは無かった。

 

「彼には裏の顔があってね。普段は真面目なビジネスマンの皮をかぶっているが、いわゆるマフィアの人間と交友関係がある」

 

「構成員とは違うって言い方だな。ま、別に驚きゃしねーよ」


「直接連絡先を教えるわけにはいかんが、何か知っているか訊いてやる事くらいは出来るよ」

 

「…めんどくせーなぁ。

教えてくれてもイイじゃねーか」

 

自分から言い出しておいて何という言葉だろうか。

それも上司に向かってだが、礼儀をわきまえないあたりスティーブらしいとも言える。

 

「少し待てるかね?

して、そのトラブルの相手は中国人の武器商という以外に何かヒントは無いだろうか」

 

「ん?あー、服装や車くらいしか分からねーな。

意味あるか?」

 

「ううむ、車は足がかりになるかもしれんが…一応教えてくれ」

 

「赤いタホだとよ。シボレー製のSUVだ。ミドルサイズってところだな。

ソイツの電話番号を知ってる仲間がまだケガから起きてねーんだ。話せるようになったら番号もアンタに伝えるぜ」


スティーブのセリフを聞いたスコットは、言われる前にすぐさま仲間達へと連絡を回し始めた。

普段はぼんやりとヤクをくゆらせているが、案外と機転はきく。

 

「パーシーか!?少しばかり敵の情報が出た!

赤いタホだ!アジアンが乗った赤いタホを探せ!」

 

 

「ではまたな、スティーブ」

 

「あぁ、恩に着るぜ。ありがとな、社長」

 

スティーブはリーに短く礼を告げ、電話を切った。

 

「もしもし!ラファエル!

敵の情報が分かったぞ!」

 

「俺たちも探しに行くぞ、チンたらしてんじゃねーよ」

 

「え!?お、おい!スティーブ!待てって!」

 

せっかく仕事をしているスコットを置き去りにし、スティーブはホームベースへと戻った。


Vロッドからショベルに乗り換えるためである。


ちょうど、エンジンをかけて出発しようとしていたところでスコットが戻ってきた。

 

ドルン!ドルン!

 

「おい!置いてきぼりにすんじゃねーよ、バカが!」

 

「うるせー!他人に合わせるって事を覚えやがれ!」

 

「そっくりそのままお前に言い返してやるよ!」

 

ホームベースには仲間が珍しく一人もいないせいでガランとしている。

 

ショベルヘッドのエンジンが機嫌よく回り、今まさに出ようという時、車のヘッドライトがスティーブ達に向かって近づいてきた。

 

「…?」

 

「なんだ?」

 

二人がそれを訝しんで見つめる。

 

目の前で停車し、暗がりの中だがその姿が確認できた。

 

…赤いタホだ。

 

「…っ!?スコット!伏せろ!」

 

ガチャ!

 

パァン!パァン!


とっさにバイクの陰に隠れ、銃弾を避ける二人。

 

 

探していたはずの敵が真っ向から攻めてきた。

 

しかもわざわざご丁寧に本拠地であるホームベースにわずかな人数で。

 

確認出来たのは車が一台だけ。どう多く見積もっても四、五人であるのは間違いない。

普段なら待機しているメンバー達の報復が考えられる為、ファントムズの動きを知った上での奇襲である可能性が高い。

 

「ボス!中へ!やられるぞ!」

 

スコットが叫ぶ。

彼等は共に丸腰である。このままでは太刀打ち出来ない。

 

「クソやろう!俺のバイクが!」

 

「急げ!」

 

吠えるスティーブを引っ張り、銃声が止むと同時にスコットは駆け出した。

 

パァン!パァン!

 

すぐにそれを銃弾が追うが、命中する事なく二人は建物内に退避できた。


「はぁっ…はぁっ…」

 

「チッ!あっちからおいでなすったか!」

 

スコットがそこら中を漁る。

 

「ボス!これを使え!」

 

カウチの下に忍ばせていたショットガンをつかみ、スティーブに投げた。

 

「すまねーな!スコット!全員呼び戻せ!」

 

「分かった!」

 

バン!

 

ドアを蹴り開ける。

 

パァン!パァン!

 

が、すぐに相手からの銃撃。

 

距離が近い。

スティーブとスコットが中にいる内に、車をホームベースのすぐそばまでつけてきたのだ。

 

中まで追いかけてくるつもりだったのだろう。

 

「畜生!」

 

顔をのぞかせるが、すぐに撃たれて引っ込める。

ピストルならば物陰から片手持ちで反撃できようが、銃身も反動も大きいショットガンではそれは難しい。


パァン!パァン!

 

「この野郎…」

 

この至近距離ならば、飛び出してショットガンを放てばひとたまりもないはず。

だが、出ようとする度に攻撃を受けてはさすがのスティーブも尻込みしてしまう。

 

「スティーブ!」

 

「あぁ!?」

 

ホームベース内からスコットの声。

 

「生きてたか!渡した銃がおとなしいから、やられたかと思ったぜ!

とりあえず、仲間が向かってる!」

 

「ドアから出れねーんだよ!」

 

「だったら二階や三階の窓から撃ったらどうだ!?」

 

「アホか!俺はスナイパーじゃねーんだぞ!

ライフルもなしに遠くから撃てるか!」

 

銃声が止んだ。

 

「…?リロードか?」

 

聞こえていた銃声は確かにひとつ。

リロード中はわずかな隙が生まれる。


「っらぁ!」

 

ドン!!

 

開け放たれた扉の中央。そこに堂々と立ち、スティーブは引き金をひいた。

 

パリンと音が聞こえ、ヘッドライトが片目になる。

当たるには当たったが、敵自体に命中したわけではなさそうである。

 

すぐにクルリと横移動し、元の位置に戻る。

 

「…?」

 

だが反撃がない。

スコットが拳銃を見つけたらしく、ようやくスティーブの側にやってきた。

 

ブロロロ…

 

エンジン音。

 

「くっ!?下がってやがる!

ビビったな!」

 

「逃がすかよ!ボス!アンディのバンで追うぞ!」

 

バックで遠ざかっていくSUVを確認した二人は、被弾した自分達のバイクではなく、先に帰還していたアンディの車を選択した。

 

 

「急げ、スコット!見失うなよ!」

 

「任せろ!ブッ放してやれよ!」


ドルン!ドルン!

 

追跡を開始した直後、ホームベースに集結しようとしていたファントムズMCのメンバー達がエコノラインに気づいて併走してきた。

助手席に座るスティーブの真横にラファエルがバイクを寄せる。

 

「おい!あれがやっこさんか!?」

 

「そうだ!しとめるぞ!」

 

「なら俺が行く!」

 

ドドドド…!!

 

ラファエルが勢いよく前に飛び出す。

 

「待て!むやみに近づくと撃たれるぞ!」

 

スティーブの声はラファエルには届かず、彼を先頭に次々と敵への距離を詰めていく。

 

パァン!パァン!

 

だが、先に発砲したのはスコットだった。

運転席から左手を出し、拳銃が煙を吐いている。

敵を直接撃ち倒すつもりというよりは、仲間達への警告の意味が強い。


仲間の内、数人がそれにハッとした。

スコットが発砲しているということは確実に敵からも撃たれる、少なくとも銃を持っているということだ。

 

「あのバカ野郎が…」

 

だが、ただ一人。

そんな事はものともせずに突っ込んでいく阿呆がいた。

 

もちろんスラッガーのラファエルである。

SUVの右後ろからボディに蹴りを叩き込んでいる。

 

「あんな事してたら撃たれなくても、ハンドルを切られたら巻き込まれるぞ」

 

「バイク相手とはわけが違うんだよ!スコット、一気に右側に寄せてラファエルが倒されないようにカバーしろ!」

 

「無茶言いやがる!」

 

悪態をつきながらも、スコットは車を加速させる。

しかしその口元にはニヤリと笑みが浮かんでおり、楽しんでいるようにしか見えない。


ギャギャ!

 

タイヤが無理を強いられて鳴く。

 

なかなか追いつく事が出来ないが、ラファエルは平然と敵に食らいついている。

スポーツカーでも無い限りは、やはり二輪と四輪では馬と牛ほどに差があるのだ。

 

 

やっとの思いで先頭のラファエルに追いついた。

 

未だに蹴りを入れてボディをへこまし、テールレンズを破壊しているが、それで車が止まるはずもない。

 

「おらぁ!とっとと降りてこい、カスがぁ!」

 

「なにやってんだ、ラファエル!死にてーのか、お前!」

 

スコットの声でラファエルが一瞬振り返る。

 

「スコット!ピストルあるか!?」

 

「あぁ!?なんでだよ!」

 

「貸せ!」

 

運転席の窓から出ているスコットの左腕。

ラファエルはそこから拳銃をもぎ取って、敵に向けた。


パァン!パァン!

 

至近距離の為、狙いも荒いままで乱射する。

 

外れるはずもなく、銃弾はリアタイヤとボディにヒットした。

 

ボン!

 

タイヤが破裂する音が起こり、ガタガタとホイールが直接地面を捉える。

 

火花が散り、ハンドル操作が上手く取れなくなったタホは、ふらふらと右往左往しながら走っていく。

 

「ラファエル!いい加減に離れろ!」

 

スティーブの怒号。

 

「うるせーぞ!早く停車させやがれ!」

 

ラファエルは中指を立てて少しばかり反抗したが、あっさりと指示に従った。

 

「スティーブ!どうする!」

 

「逆につけろ!俺がコイツを撃ち込む!」

 

続けてスコットにそう言うと、スティーブはショットガンのポンプをコッキングして構えた。


ドン!

 

これまた至近距離からの散弾銃での銃撃。

派手に窓ガラスが割れ、ついに敵の車はビルの壁面に衝突した。

 

ガシャン!

 

立て続けにあまりの音や衝撃があったせいで、スティーブの目はチカチカと眩み、キンと耳鳴りを感じる。

 

 

「囲め!」

 

致命的なダメージを与えたファントムズMCは、車を囲んで素早く中にいる人間を引きずり出した。

 

「一人…?おい、一人しかいねーぞ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

確かにスティーブからも重傷を負ってぐったりとしている一人のアジア系の男しか確認出来ない。

アンディの話では二人組だったはずだが、ホームベースにやってくる途中で別れたと考えるしかないだろう。

 

「とりあえずエコノラインに積め!ずらかるぞ!」


 

 

バキッ!

 

「がっは…!」

 

「おいおい、まだ寝るには早いぜ?」

 

ホームベース内。

 

仲間達が戻ったその場所は、活気と興奮に満ち溢れていた。

 

拉致したアジアンを壁際に縛り、殴りつけているのはもちろんスティーブである。

 

「うぅ…あぁぅ…」

 

意識朦朧な男は、まともに話すことも出来ない。

 

「スティーブ、あんまりやると死んじまうぞー。

訊きたい事聞けなきゃ意味無いだろ」

 

古参のパーシーが言った。

 

「は!年食うとそんな腰抜けになるのか!?

コイツが死んだら死んだで他の奴を探すまでだぜ!」

 

「じゃあ好きにしろよ、ボウズ」

 

パーシーが鼻をほじる。

もちろんスティーブも、この男を無惨に殺したりするつもりはない。


「うぐっ…」

 

「目的と仲間の居場所さえ話せばいいものを…簡単じゃねーか」

 

「それが一番難しいんだろ」

 

スティーブのとぼけたセリフに軽くつっこむのはスコットだ。

今回の件は彼の活躍によるところが非常に大きい。

 

しがないドアマンでパシり扱いされていたのが可哀想なくらいである。

もっとも、スティーブをはじめとするファントムズMCの連中がスコットへの対応を変えるとは考え難いが。

 

「舌噛んででも口は割らねーって腹積もりだな?

これだから外国人は嫌いなんだよ」

 

アジアンの首を掴んで、スティーブが乱暴に前後に揺らす。

 

「タカが聞いたら何て言うだろうな」

 

「ぶっ飛ばすぞ、てめー」

 

「ボコボコにしすぎて話せねーんだろ?もう殺せよ」

 

これはラファエルだ。

こんな具合だから困ったものである。


ピリリ…ピリリ…

 

「よく鳴る電話だな」

 

「友達が多くて羨ましいだろ。

…俺だ」

 

返り血で真っ赤な手で電話を取る。

 

「スティーブ、ジャックのクソガキも起きたぞ」

 

相手は病院で待機していたタカヒロだ。

 

「おー、そりゃ残念だな」

 

「同じ事を本人に伝えたところだぜ」

 

「アンディはいるか?」

 

「代わるよ」

 

しばらくあって、アンディが出る。

 

「ジャックが死ななくて嘆き悲しんでた」

 

「同じ冗談繰り返されて笑うと思ったのかよ、インディアン」

 

「用件はなんだ。医者の眼が鷹よりも鋭いんだが」

 

ムッとした声になるアンディ。

 

「奴らを一人捕まえたぜ。

今色々と聞き出そうとしてるところだ」

 

「ほう、よく見つけたな」


「次に会うときはおめーらの奢りだからな」

 

「たらふく飲ませて潰してやるよ。だが、もう一人は?」

 

アンディの声は少し小さい。

医者に睨まれているのは嘘では無いようだ。タカヒロも気を揉んでいることだろう。

 

「これが一向に喋ろうとしなくてな。

どこか、コイツらのたむろしてる場所をジャックが知らないかと思ってよ」

 

「なるほど。クソガキはまだ話せないらしくてな。

あいにくだが、その情報を落としてやるには時間がかかりそうだ」

 

「片割れはピンピンしてやがるのにか?」

 

「ほめ言葉だと思っておくとしよう」

 

「正解だよ、バカ野郎」

 

ジャックがひ弱だと言うより、アンディの回復の早さが突飛しているだけなのだろうが。

 

「タカヒロに代わる。

せっかく助かった命が医者に奪われる前にな」


「ボス、他に怪我人は出てやしねーだろうな?」

 

タカヒロの声と足音が向こうから聞こえる。

 

歩いて病室から出ているのだろう。

 

「お客様がわざわざホームベースまで襲撃にいらっしゃってな。

俺とスコットは死ぬ思いをしたぜ。もちろん返り討ちにして今に至るわけだがよ」

 

「はぁ…」

 

タカが大きく息を吐いた。

ため息なのかタバコを吸っているだけなのかは分からない。

 

「あとはラファエルが無茶してたくらいか。

ま、誰もやられちゃいねーから心配すんなよ」

 

「ジャックも起きたし、アンディも医者さえいなけりゃ話せる。

俺も合流しようと思うんだが」

 

「あー…そうだな。好きにしろ」

 

「ん?ちょっと待て…おい、誰だてめー」

 

タカヒロが何やら誰かとやり取りを始める。


ガタン!ガタン!

 

何かがぶつかるような騒音。思わず受話器を耳から離すスティーブ。

だがすぐにそれを戻す。

 

「よう!どうしたんだ、兄弟?」

 

「…っざけんな!待てこらぁ!

ぐはっ!」

 

ガタン!

 

ツー…ツー…

 

そこで通話が切れる。

 

スティーブは眉間にしわを寄せた。

タカがトラブルに巻き込まれたのは間違いない。

 

「ラファエル!」

 

「あー?」

 

「急用が出来た。コイツのイジメ役を代わってやるよ」

 

「んだよ、それ」

 

バイクのキーを握りしめ、スティーブがホームベースから駆け出していく。

 

「…なんだ、アイツ」

 

「俺が知るか」

 

メンバー達は目を見合わせるが、スティーブが自分勝手に動き回るのは珍しくもないと納得した。


 

 

ドドド…ドドド…

 

ショベルヘッドをエンジンも切らずに停め、スティーブは病院の中へと走っていく。

 

「タカ!どこだ!」

 

タカヒロがどこにいたのかは定かではない。

仕方なくあちこちと走り回る。

 

一角に人だかりがあった。

 

患者や看護師、医師が殺到している。

 

「おい!俺の仲間を見てねーか!」

 

叫びながら人ごみに突っ込む。

 

その輪の中心に倒れている男。

着ているのは…ファントムズMCのレザージャケット。

 

「タカ!どうした!てめー何で倒れてやがる!」

 

先ほどまで院内にいたので、周りもスティーブとタカヒロが仲間であることは分かっている。

ストレッチャーが運ばれてきて、医師等が「道をあけて!」とタカヒロを運び始めた。

スティーブはそれに並んでついていく。

 

「スティーブ…か」

 

「おう!」


「すまねぇな…妙な中国人がアンディ達の方へ向かおうとしてたからよ…」

 

怪我はひどいがタカヒロの意識はハッキリしている。

 

「中国人?例の片割れの可能性大だな」

 

「警棒みたいなもんで殴られてよ、このザマさ…

すぐに病院の関係者が来てくれたから、奴はそれ以上何かをするわけでもなく尻尾巻いて逃げて行きやがった」

 

「アンディ達にトドメをさしに?」

 

目的はおそらくそれだ。

殺し損ねていたとは思わなかったのだろう。

 

「あぁ。俺の前を素通りしようとしたのは謎だがな…」

 

ストレッチャーが停止した。

 

「検査と手当てをしますので、ご友人の方はお待ちください」

 

「病院周辺は警察も動く…

スティーブ、逃げ出した奴の身柄とアイツらの目的の調査を頼んだぜ…」

 

ガチャン。


 

行ったり来たりと忙しいが、逃げ出した奴を追うよりはホームベースに捕まえている男と話すことにする。

 

 

だが、スティーブが到着したときには、男はぐったりとしてかろうじてか細い呼吸をしているといった状況であった。

どうやらラファエルがサンドバッグ代わりに少々張り切りすぎてしまったようである。

 

「水かけても起きねーぞ」

 

「なにやってんだ、バカ野郎」

 

なんとか目を覚まさせようとしているスティーブにラファエルが声をかける。

 

「何を焦ってる?」

 

「もう一人にタカがやられたぞ。

アンディ達ほど大した怪我じゃねーが、さっさとコイツを起こさねーと」

 

「あぁ!?」

 

ドスッ!

 

ラファエルの右フックが、気を失った男の腹にめり込む。


短く呼吸が途切れたが、軽く咳き込んだきり、またぐったりだ。

 

「どいつもこいつも使えねーな」

 

「てめーが代われって言ったんだろうが!」

 

「うっせー!

…チッ、頼りは社長のお友達だけかよ」

 

リーからの連絡は未だ無い。彼の友人と連絡がつかないか、今詳しく訊いているかのどちらかだ。

 

リーの性格上、たとえ情報が得られなかったとしても、その事を連絡してくるのは間違いないからである。

 

「クラッチロケッツはどうなってる?」

 

「どうって?奴らが探してるのは仲間を撃った奴らだろう。

一緒の目的かどうかもわからねーまんまじゃ、誰も協力しようとは思わねーな」

 

ラファエルの意見はもっともだが、お互いのメンバー同士で連絡先を交換している者も少なくない。

つまりスティーブとマーカスやペインだけが近いというわけではない。


その矢先だった。

スティーブに待望の着信が入る。

 

ピリリ…ピリリ…

 

「俺だ」

 

「私だよ、スティーブ。

先ほどの件だが、少しばかり分かったよ」

 

「頼りにしてたぜ」

 

メンソールに火をつけ、カウチで一旦落ち着く。

 

「君の友人がトラブルに巻き込まれているのは三合会…こちらではトライアドと称される組織の末端の連中である可能性が高い」

 

「トライアド?香港マフィアお抱えのチンピラ共かよ」

 

「その通りだ。阿羅漢と名乗るギャング組織がある。

私の友人の話では、彼らが発砲した事が分かっている。相手が君の友人だったかどうかは定かではないが、おそらくそうだと見て良いだろう?」

 

「根城は分かるか?」

 

「…首を突っ込むのはよしてほしい。

君はウチの大事な従業員なんだからな」


トラブルとだけ聞いていたリーも、マフィア相手ならばとスティーブを止めにかかる。

 

「今更何言ってんだよ。撃たれたとこまで知られたんじゃ、俺が奴らにどうしてやりたいかくらい分かるだろ!」

 

「だからこそだ。私も君のその真っ直ぐな姿勢に惹かれた一人だからね。

相手が誰であろうと無鉄砲な事を言い出すのは分かっていたが、行かせたくない気持ちも分かってくれ」

 

「あー!石頭が!

ま、名前だけでも教えてくれた事に感謝するぜ」

 

別の道から探ろうと、ひとまずリーとの会話を終わらせようとする。

 

「…スティーブ、死ぬんじゃないぞ。死んだらクビだ」

 

「は!上等だ!」

 

最後に粋な言葉をもらい、スティーブは電話を切った。

 

「おい、トライアドって?」

 

ラファエルが訊いてくる。


「コイツらの正体がそうだとよ」

 

「はーん。そりゃ風向きがこっちに来てるみたいだな」

 

「どういう意味だよ。連中の知り合いでもいるってか」

 

上機嫌なラファエルに今度はスティーブがたずねた。

 

「試合の出場者の中に三合会の組員がいてな。

若いがなかなか骨のあるケンカをする中国人だ」

 

「そりゃイイ!連絡先が分かるのか?」

 

「さーな。リングの関係者に訊くしかねーだろ」

 

 

 

そういうわけで、スティーブとラファエルの二人は地下闘技場へと走った。

 

「あ?なんだ、リベラか。今日はもう終わったはずだが」

 

頑丈な鉄扉の前。

 

とあるマンションの地下室にそれは存在していた。

 

腕を組んだ巨漢が二人、仁王立ちして行く手を阻んでいる。


「ひひひ。今日の試合は散々だったな、リベラ」

 

「うるせーぞ。入ってイイか?ツレがいるんだ」

 

男達にラファエルが訊いた。

 

「観戦か?金なんかねぇくせに生意気な野郎だ」

 

「見ねぇ面だ。強いのか?

選手登録ならいつでも受付中だぜ」

 

それぞれから答えが返ってくる。

 

「門番なんかにいちいち話すかよ。

通るぞ?」

 

「おうおう。選手以外は入場料を払ってもらわねーとな。

200ドルだ」

 

部外者のスティーブは当然観客扱いになる。

 

「何ケチくせー事言ってやがる。

融通が利かねーからそうやって門番なんかやらされてんだろ、てめーら」

 

これはラファエルではなくスティーブだ。

その言葉と同時に巨漢が睨みをきかすが、スティーブは二人の肩を両手で押しのけた。


「なんだコイツ!叩きのめして欲しいのか!」

 

「構いやしねーよ!殺さない程度にやっちまえ!」

 

もちろんそれで黙って通してくれるはずもなく、押しのけた手を振り払われる。

 

ドカッ!

 

スティーブは蹴飛ばされ、尻餅をついた。

 

「ボス!」

 

先に扉に進んでいたラファエルが駆けつける。

 

「クソ豚どもが…!」

 

「大丈夫か!おい、お前ら誰に手ぇ出したか分かってんだろうな?」

 

スティーブに手を貸して引き起こし、ラファエルはファントムズMCのジャケットを床に放った。

 

「あー?金払わねー奴は誰だろうがゴミだろ」

 

「ルールは守らねーとな、お客様?」

 

巨漢達が意地悪く笑いながら言う。

 

「家畜の分際で言葉なんか話してんじゃねーぞ!

鳴け、豚ぁ!」

 

スティーブが吠えた。


 

「おっ?なんだよ、揉め事か?」

 

彼らがぶつかる寸前で扉が内側から開き、ぞろぞろと人々が出てきた。

まだ閉館とはいかないが、ちょうど一つの試合がお開きとなったようである。

 

四人はピタリと動きを止めた。

 

「なにやってんだアンタら?

外でこんな騒ぎを起こしてたらサツが嗅ぎつけちまうだろうが」

 

ギャラリーに紛れて選手達も出てきているようで、顔に真新しい傷を作った一人の男がそう言った。

 

よく見るとその男、アジア系で若い。

スティーブがまさかと思うのと同時にラファエルが口を開いた。

 

「あ!お前!チャン!

ちょっと用があんだよ!面貸せ!」

 

「は?…リベラじゃないか」

 

「イイからちょっと来いって!」

 

とにかく男を連れてその場を離れる。


 

「なんだよいきなり!離せ!」

 

案外と素直についてきたチャンは未だにラファエルから掴まれていた腕を振りほどく。

 

「てめー、トライアドのメンバーか?」

 

残念ながらすぐにスティーブがチャンの襟首を掴み、彼が解放されることは無い。

 

「そちらさんはどこのどいつだよ?」

 

用があるなら先に名乗れ、とでも言わんばかりにチャンはスティーブを睨んだ。

 

なるほど、二対一でも怖じ気づかない。なかなか骨があるというラファエルの言葉は、試合中だけのことではなさそうだ。

 

「ファントムズMCのスティーブだ」

 

「リベラのところのバイカーギャング?

やっぱさっぱりだぜ。嫌がらせのつもりか」

 

「阿羅漢ってのはてめーの組織か?」

 

当然、三合会にも派閥や組の違いはある。


「阿羅漢が何だって?まさかてめーんとこと揉めてるから面通しでも俺に求めてんのかよ?

よその面倒持ち込んでくるんじゃねーよ!」

 

はっきりと『よそ』だと言い放ったチャン。

どうやら組の仲間というわけではないようだ。これでまた一つ、手がかりが潰える。

 

「別にてめーにどうこうしてもらおうって話じゃねーよ。

事務所なり店なり、奴らの居場所になってそうな場所が知りたいだけなんだ」

 

スティーブが腕を離してチャンの肩を叩く。

彼は諦めていない。

 

「よそとはいえ、同じ三合会だ。

同志を売るような真似が出来るはずねーだろ」

 

「チッ…じゃあ、これでどうだ。

大した額じゃねーが」

 

脅しが利く相手ではないと読んだスティーブは、ポケットからあり金を全部出した。

およそ500ドル程度である。


ピタリと動きが止まるチャン。

 

日本人を動かすには信頼を、中国人を動かすには現金を、とはよく言ったものである。

 

「チッ…仕方ねーな。

そこまでやられちゃぁ、断ったら男がすたるってもんよ」

 

同じ組だったならばこうまではいかないだろうが、阿羅漢の連中とチャンはたった500ドルで居場所を教えられるほどの関係らしい。

 

おまけに彼は若い。地下闘技場で稼ぎを求めるくらい金には困っているに違いない。

事実、同じように選手であるラファエルも裕福とは言えない。

 

「助かる。話がわかるお利口さんで良かったぜ」

 

「世の中は金だぜ。金じゃねーなんてのはどっかの貧乏人の言い訳だ」

 

チャンが金に手を伸ばすが、スティーブはサッと手を引き、すぐには渡さない。


「おい。なめてんのか、白人」

 

「ったりめーだろ!先にその場所まで連れていけ!」

 

「連れていけだぁ!?

もし奴らの誰かが外に立ってたら俺の顔が割れるだろうが!消されちまう!小銭の為に死ねるか!」

 

チャンが必死で抗議する。

 

「今更ビビってんのか?

その場所が本当に阿羅漢の奴らのアジトだとわかるまでは同行してもらうぜ。

車の中にいりゃてめーのツラなんて見えやしねーよ」

 

「クソ…」

 

「金のために腹くくれ。距離は?遠いか?」

 

「事務所がチャイナタウンの一角にある」

 

「わかった。

おい、ラファエル。適当に何か車を盗んでこい」

 

ブルックリンではしばしば鍵をつけたまま駐車されている車も見られる。

特に苦労する仕事でもないだろう。


 

 

数分後、三人はラファエルが盗んできた青いボルボ製のSUVに乗り込んだ。

 

ブオオ…

 

地下闘技場の近くにスティーブとラファエルのバイクが置き去りだが、あのあたりは案外と盗難の心配が少ないらしい。ファントムズMCのスラッガーとリーダーの車両ならばなおさらだとラファエルは言う。

それはチームの息がかかっているからか、ラファエルの武勇伝が轟いてでもいるからなのかは分からないが。

 

 

クイーンズボロー橋を渡っていく。

 

「チャン、てめーの帰りはタクシーだ。

それが嫌なら、ことが済むまでお利口さんに車の中で待ってるんだぞ。

勝手に帰らねーように鍵は抜いていくからな」

 

「構わねーよ。他人のケンカに興味はねーが、たった二人で組に突っ込もうってんだ。

骨は拾ってやる」

 

つまりお利口さんに観戦というわけだ。


二人で突っ込むかどうかは阿羅漢の連中の人数次第だが。

ホームベースにいる仲間に加勢を頼むくらいの考えはスティーブにもラファエルにも思い浮かんでいる。

 

「停めろ。そのビルだ。

三階と四階に阿羅漢のアジトがある」

 

チャンがラファエルの肩を叩いて車を停止させた。

 

「正面はまずくないか?裏手に回すぞ」

 

ビル下に見張りもいないために一度は従ったラファエルだったが、そう提案してくる。

チャンの身元が割れることを心配してというよりは、帰りの足に被害が及ぶのを懸念しているだけに違いないが。

 

「あ、あぁ。そっちの方が確かにいいかもしれん」

 

 

ポツポツと雨が降り始めた。

 

ガチャ。

 

「様子を見てみるぞ、ラファエル。チャンの情報が確かかはまだ信じれねー」

 

スティーブとラファエルがそろりとビルに近寄った。


一階部分には中華料理屋のテナントが入っている。

閉店後のようで、店内には非常灯の淡い光だけが見えている。二階以降は事務所や販売店が軒を連ねているようだ。

 

「五階建てか。三階と四階は真っ暗だな」

 

スティーブの口からは言葉と同時にメンソールの煙が出てきた。

ラファエルはそれを迷惑そうに右手で払いながらビルを見上げた。

 

「階段はメインしかねーか。非常階段も無いなんて、いつの時代の建物だよこりゃ」

 

一階部分の中華料理屋だけは小綺麗だが、確かによく見るとビル全体はかなり老朽化しているように感じる。

華やかなチャイナタウンの一角とはいえ、少なからずこういったものが残っている。

 

「行くぜ」

 

「チッ、いい加減その煙を消せよ。

機関車かっつーの」


ラファエルから言われた通り、ビルに入る直前にタバコを投げ捨てるスティーブ。

 

もちろん敵地への潜入に煙やにおいは命取りになる可能性が高いからであるが。

 

 

まず二人は辺りを警戒しながら一階の店舗の横にある階段を上った。

 

ライダースブーツの音がかなり響く。

 

二階部分。

チャンの話ではこの階は無関係だが、すべて鵜呑みにするわけにもいかない為確認していく。

 

「三部屋あるな。開けるか?」

 

「いや、一通り見るだけだ」

 

今のところ廊下や階段に人影はない。

 

「クリアだ」

 

「どこぞの兵隊さんかよ?ラルフに応援でも頼むんだったな」

 

「おう。アメリカ人をなめてる奴らに一泡ふかせてやんねーとな」

 

階段に戻り、いよいよ三階へとたどり着いた。


廊下を覗き込むと、まだ人影はない。

だが何やら中国語でのやりとりが聞こえる。

三階のフロア内のいずれかの部屋の中に阿羅漢のメンバーがいる可能性が高い。

 

トン、とラファエルの肩を叩き、見張っているように伝える。

 

スティーブは携帯を取り出して階段を二階部分まで下った。

 

「よう、気まぐれリーダー。

面白いネタなら受付中だぜ」

 

不機嫌そうなスコットの声が入ってきた。

 

「全員をチャイナタウンに向かわせろ。奴らのアジトだ。ぶっ飛ばして火をつけてとんずらといこうじゃねーか」

 

「ひゃっほう!マジかよ、スティーブ!

お手製火炎瓶のプレゼントは三十分後だ!」

 

「わかった。遅れたらてめーも縛って炎に投げ込むからな」

 

「は!言ってろ!」


電話を切り、ラファエルのもとへ戻るスティーブ。

特に動きはないようで、彼は腕を組んで廊下を見つめていた。

 

「よう、ウチのバカ連中が火炎瓶持参でピクニックに参加希望だ」

 

「キャンプファイヤーで盛り上がろうってか?

記念撮影は丁重にお断りだぜ」

 

ケンカを前に冗談を飛ばし合えるほどに不思議とリラックスしている。

怒り心頭で飛び出してきた時とは対照的だ。

 

「撮影してアンディやタカ、それにジャックのクソガキに後から見せてやるってのもおもしれーんじゃねーか?」

 

「そんなもん見て喜ぶのはジャックくらいなもんだろうぜ。

アイツは見た目も中身も小僧のまんまだからな」

 

「おかげで楽しいケンカが出来るんだ。

退院したらひざ蹴りと一緒にビールもくれてやる」


 

二十分後。

 

予定より少し早めの時間だが、複数のバイクの排気音が遠くから聞こえ始めた。

 

「来たか。細かな場所は伝わってないだろうから俺がビル下で出迎える」

 

「すぐそこまで接近させるのか?連中が感づいて部屋から飛び出してくるぜ。

さすがに二、三人以上は俺も食い止めれねーぞ」

 

珍しく弱気に聞こえるラファエルの発言だが、単に事実を述べているだけに過ぎない。

 

「速攻で追い込んでやるから安心しろ、斬り込み隊長。

それに下にいるだろう、チャンが間違ってウチの奴らに殺されねーようにしないとな」

 

「あんな野郎なんか死んだら死んだで構わねーがよ。

じゃあ任せたぜ」

 

「俺もチーム内でこんな仕事を任せられるのはてめーくらいなもんだぜ。

後でな」


猛者揃いのMC内でも指折りの腕っぷしといえるラファエルにフロントマンを任せ、チームの頭は別行動に移った。

 

 

 

「…」

 

メンソールの煙を吐く。

バイクのエンジン音は聞こえているが、グルグルと周辺を回っているようだ。

 

チャンが車の中から様子を伺っているのが見えた。

スコットあたりに連絡を取って呼び寄せようとした時に、ちょうど着信が入る。

 

ピリリ…ピリリ…

 

「何遊んでんだ?マジでピクニック気分かよ、クソ野郎」

 

「ボス!チャイナタウンっつったって広いんだよ!どこだ!」

 

「出る前に聞かねーからだろうが!あ、今目の前の道を通過したぞ!戻ってきて左折しろ!」

 

 

ドルン!ドルン!

 

ようやく見慣れた顔ぶれがビル下に集結した。


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