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Peaceful  作者: 石丸優一
10/24

Justice

 

 

室内に響く大音量のハードロック。

それに負けじと大声で叫ぶように会話している仲間達。

 

スティーブはメンソールを口にくわえたまま、リーダー用の柔らかいカウチで静かに目を閉じていた。

時折、じりじりと音を立てて燃えたタバコの灰がレザーのパンツに落ちるが、それでも目は開けない。

 

バン!

 

「ひゅー!楽勝楽勝!」

 

「ははは!何が楽勝だ!」

 

扉が開き、仲間の帰還を知らせる。

声はジャックとタカヒロのものだ。警察から逃げ切ったのだろう。

まだスティーブは目を開けない。

 

縛り上げて捕虜のような形になっているアイアンローチのメンバー達数人は、すべてアンディのエコノラインの中に放り込んでいる。

 

「よう、スティーブ!無事に戻ったぜ!」

 

そばに上機嫌なジャックがやってきたようだ。


「…おう」

 

それだけ答え、鼻から煙を出す。

再び、灰が膝に落ちた。

 

「あー?何ふてくされてんだよ」

 

「クラッチロケッツの二人は逃げ切れたか?」

 

スティーブがわずかに目を開けた。

 

「あ?」

 

「おめーらが止めた奴らだ。

アイツらが帰ってきて、初めて喜ぼうかと思ってな。ペインがまだ顔を出さねーからよ」

 

「ったく、てめーがやらせておいてよ…

さすがに俺もタカも自分らが逃げる事に集中してたからな。どうなったとはわからねー」

 

「そうか」

 

 

およそ十分後。

 

 

ウォン!ウォン!

 

「スティーブ、来なすったぞ。

申し開きの準備でもしておけ」

 

「抜かせ、ボケなすが。

ラファエル、ジャック、行くぞ」

 

アンディに呼ばれ、スティーブら幹部四人が表に出た。


「スティーブ…ごたごたになってたからあの場は退いたが、どういうつもりだ!」

 

早速の怒号。

ビッグ・ペインはカンカンで、珍しくスティーブに詰め寄った。

 

「捕まったって事かよ?」

 

「そういう問題じゃねーだろ!」

 

メンバーの事を第一に考える彼は、無理に減速させられて二人の仲間を危険な目に合わされたのを怒っているのだ。

今にもスティーブに殴りかかってきそうな勢いである。

 

「だったらよー。あのままジーッと街を流して、複数台のポリスカーに全員包囲されちまうのがお望みだったわけか?」

 

「そうなるとも限らんだろうが!

アイアンローチの奴はすでに戦意を喪失していた!止まるのも時間の問題だったんだぞ!」

 

「うるせー!知るか!

むしろ後ろのポリスカーを引きつけたウチの連中に感謝してもらいたいぐらいだぜ!」


ドン!とビッグ・ペインを突き飛ばし、スティーブは睨み返す。

 

「落ち着け、スティーブ」

 

アンディがスティーブの肩に手を置いた。

 

「バーカ。別にアツくなってなんかねーよ。

カッカしてんのはこの木偶の坊の方だぜ」

 

「貴様…!」

 

「倒しちゃいねーんだ。ちゃんと逃げたんだろ?

だったらそれでイイじゃねーか。この場で詫び入れさせようってんなら、俺らが黙ってられるわけねーよな」

 

当事者の一人であるジャックがスティーブを援護する。

指を鳴らすラファエルは話自体をよく分かっていないが、ケンカになるのならさっさと始めてほしい、といった様子だ。

 

「てめーらへの土産ならバンの中だ。

終わりにするぞ」

 

スティーブがそう言って、エコノラインのリアハッチを開け放つ。


 

「クソッ!どういうつもりだ!」

 

「お前達、ただじゃ済まないぞ!」

 

中で縛られていたアイアンローチの連中がお決まりの遠吠えを吐き捨てる。

 

「始めからいた奴もいれて三人か。大量だな、アンディ」

 

「さっさとこんな産廃は棄てさせて欲しいところだ」

 

「よし、降ろせ」

 

スティーブの号令でアンディ、ラファエル、ジャックが人質を地面に引きずり降ろす。

 

「アイアンローチってのは、あの場にいた人間で全員か?」

 

スティーブが誰に訊いているとでもなく、そう口にする。

 

「だったらどうなんだ」

 

一人が応えた。

 

「もしまだ仲間がいるのなら呼び出せ。

いないのならお前達は用済みだ。二度とちょっかい出さねーように、たこ殴りにして解放してやるよ」


「ファントムズ…噂通りだな」

 

同じ男が言う。

 

「どんな噂か知らねーが、さっさと答えろ。仲間はまだいるのか」

 

「イかれてるって噂だよ」

 

バキッ!

 

スティーブがその男の顎に拳を叩き込む。

 

「ぐぅ…!」

 

「チッ!舌でも噛んで死ねば良かったのにな。運のイイ野郎だ。

で?コイツはしゃべれねーから…お前、答えろ」

 

口から血を流す男を尻目に、スティーブは残る二人の内の一人を指差した。

 

「てめー…ウチのリーダーをよくも!」

 

どうやら、たった今スティーブが顎を砕いた男がアイアンローチのリーダーだったらしい。

 

「はぁ…ペイン、情報が出てこねーぞ。どうする?」

 

「やむを得ん。ここまでとしよう」

 

「そうか。じゃあ後は任せるぞ」


スティーブらがホームベース内に戻ろうとするのをビッグ・ペインが引き止める。

 

「任せる?どうしろってんだ?」

 

「どうしろもこうしろも、ボコるなり殺すなり、好きにしたらイイじゃねーか。とりあえずあらかたのメンバーはブッ潰したんだ。

俺達はもうソイツらに興味ねー」

 

「そうか」

 

「そこそこ楽しいケンカだったぜ」

 

ビッグ・ペインが頷き、敵の縄をほどき始めた。

数人いるクラッチロケッツのメンバーもそれに習う。

 

「おい、何してんだ?逃がすんじゃねーだろうな」

 

「もう用済みだろ」

 

ペインの言葉を聞き、スティーブの顔色がみるみるうちに変わっていく。

だが、彼が動く前に凄まじい勢いでラファエルがクラッチロケッツのメンバー達に殴りかかっていった。

 

バキッ!

 

乗じてスティーブとジャックも続き、アンディは腕を組んで建物の入り口にある階段に座った。


「ファントムズ!?お前らムチャクチャだ!」

 

「やめろ…ぐはっ!」

 

「はっはっは!やっぱそうこなくっちゃな!」

 

突然の事に慌てふためくクラッチロケッツを、嬉々として殴り倒していくラファエル。

 

「スティーブ!」

 

「おう!てめーは俺が相手してやるよ!来い!」

 

完全にブチ切れたビッグ・ペインがスティーブに襲いかかる。

だが、頭に血が上って突進してきただけでは簡単に横へとかわされて腕を取られてしまう。

そのままスティーブは体重をかけてビッグ・ペインを突っ伏させ、右腕の関節を外した。

 

ゴキッ!

 

「ぐっ!?」

 

「へっ!チョロい奴だ!

一撃くらい入れてこいよ、ゴミが!」

 

 

アッと言う間に全滅させ、辺りにはビッグ・ペインを含めたクラッチロケッツの面々のうめき声だけが聞こえる。


「てめー…同盟だから多少は甘く見てだが、まさかここまで俺をコケにするとはな。少しは頭冷やしたかよ?」

 

「くっ!まったくワケが分からん!貴様らは裏切り者だ!」

 

ギリギリとビッグ・ペインが歯を噛み締める。

 

「その言い草じゃ、やられる理由が分からねー様子だな!自分らがやられておいて『手を貸せ』と言ってきたんだろ!

それがどうだ!ビビって誰一人倒せやしねーし、挙げ句の果てには俺たちがクラッチロケッツの為に捕らえておいた連中を逃がすだ!?

大概にしろ!最後の最後まで世話をやかせておいて、自分のケツも拭けねーってのかよ!ダダ漏らしの赤ん坊と何も変わりゃしねー!

俺たちはこんな雑魚なゴキブリ共や、チンカスみたいな根性なしのてめーらのケンカに興味なんかねーんだよ!みんな死ね!」


言いたい放題なスティーブではあるが、確かに協力をさせられて、結果クラッチロケッツは何も手を汚していない。

言わば代理戦争と表しても大げさではないのである。

 

「…」

 

さすがに分が悪いビッグ・ペインは黙り込んでしまった。 

 

「俺達が責められるとすれば、てめーらの仲間二人を無理やり止めた程度だろ?それも無事だったんなら何ひとつ問題ねー。

最後のケジメだって、自分らでつけさせてやろうって好意すらてめーはシカトした。

それでもウチのやり方が間違ってると思うんなら、もう行けよ。ただし、同盟は終わりだ。次にツラ拝むときは叩き潰す」

 

「…」

 

ビッグ・ペインは動かない。

 

「チッ…なんだか身体が冷えるな」

 

スティーブはそう言ってホームベース内に姿を消す。

ジャックはわざと自分の銃を地面に投げ捨てて続き、ラファエルとアンディも室内に入った。


 

再び大音量が響くホームベース内。

 

四人の幹部がそれぞれくつろごうとした時。

 

パァン…パァン…

 

微かに銃声が聞こえた気がした。

 

「…やったと思うか?」

 

スティーブの隣に控えているアンディが訊く。

 

「さぁな。俺はどっちでもイイ」

 

もしジャックの銃でクラッチロケッツがアイアンローチを撃っていればセーフ。

そうでなければアウトだ。

 

「もたもたしているクラッチロケッツの代わりに、アイアンローチの連中が隙をついてブッ放したって話なら一番おもしれーぞ」

 

ラファエルが近くにやってきて楽しそうに話す。

 

「おぉ、確かにそりゃクソおもしれーじゃねーか。

おい、スコット!おめーちょっと外を見てこい。銃声がしたぞ」

 

スティーブが適当に命令を出す。


「あー?銃声だぁ?…ったく、そんなもん聞こえやしなかったぞ」

 

ヤクでもやったのか、スコットは目が虚ろである。

 

「ちょうど見張りもいねーぞ。さっさと行け」

 

「クソが!」

 

ブツブツと文句を垂れながらスコットは扉から出て行った。

 

 

だが、すぐに血相を変えてとんぼ返りして来る。

 

「お、おい!やべーぞ、みんな!」

 

室内は騒がしいが、それに負けないように声を張り上げるスコット。

 

「死体が!死体がある!」

 

「チッ、やりやがったのか。つまんねー」

 

これはラファエルだ。

 

「スコット、誰の死体だ?」

 

アンディが訊いた。

 

「名前なんか知らねーよ!クラッチロケッツの連中だ!

早く早く!」

 

「な!?本当か…!?」

 

「ははは!筋金入りの腰抜けだったか!行こうぜ!」

 

我先にとラファエルが躍り出る。


 

 

ガチャン!

 

ラファエルのタックルが激しくドアを開け放ち、ゾロゾロとメンバー達もそこから出て来た。

 

「おらぁ!俺の相手はどいつだ!…あん?」

 

「うわ、マジでやられてやがる。だが、他には誰もいねーな」

 

ジャックが言った。

残念ながらラファエルが殴り倒すべき敵は見当たらない。

 

「確かにクラッチロケッツの若い奴だな。

だが見ろ、スティーブ」

 

アンディが跪き、ヒョイと拾い上げたのはジャックの銃だ。

 

「あ?」

 

「冷たい」

 

スティーブはその銃を受け取り、カチャリとマガジンを取り外して残弾を確認する。

 

「んん?マジで使われてねーぞ。

銃声はしたはずだが」

 

「アイアンローチの連中は丸腰だった。それに手負いでクラッチロケッツを襲ったとは考えづらいな。

誰かが助けに来てコイツを撃ち、ゴキブリを積んでとんずら、それをペイン達が追ってる。そんなとこだろう」


もちろん推測にすぎないが、かなり濃厚な線ではある。

 

「クソ!こんなところに死体を置いていくなよな!」

 

「どうする?面倒な事になったようだが」

 

スコットが騒いでいるが、タカヒロは冷静にスティーブに指示を求めた。

 

「ほっとこうぜ、スティーブ!もう虫には飽きてたところだ!

それよりも酒が飲み足りねー!」

 

「いや、加勢してやろうぜ!

躊躇なく人を撃ち殺す連中の顔を見てみようじゃねーか!」

 

早速ジャックとラファエルの間で意見が割れている。

 

「まず死体を隠せ。サツに見つかると面倒だ。

それから考えるからよ。

アンディ!」

 

「また俺か…霊柩車じゃないんだぞ」

 

アンディがよっこらせ、と死体を持ち上げ、バンの中に乱暴に放り込んだ。


「スコット、てめーはアンディと一緒に行け」

 

「わかった」

 

メンバー全員がそれを見送る。

 

 

「ラファエル、出るぞ。ビッグ・ペイン達かアイアンローチを連れ出した連中を探す。

他にも来たい奴はついて来い!」

 

「おう!」と数人が名乗り出た。

 

「ジャック、てめーは残りの連中とホームベースに残れ。

アンディとスコットが戻ったら俺達が出てる事を伝えておいてくれ」

 

「ご立派なリーダーシップだぜ。

おい、野郎ども!酒の準備だ!遠慮なく騒がしてもらおうじゃねーか」

 

それぞれが動き出す。

 

ドルン!ドルン!

 

「っしゃぁ!行くぞ!

ホームベース内で人殺しなんかしやがった奴は容赦なくブッ潰して、俺達ファントムズの力を思い知らせてやれ!」


だが、結果としてはその日は何の手がかりも掴めず、仕方なく夜遅くに捜索を打ち切って解散する事となってしまった。

 

 

 

次の日。

 

ピリリ…

 

珍しく体調不良を理由に休みを取っていたスティーブの携帯が鳴る。

もちろん、病気ではなく単なる疲労であるが。

 

「もしもーし。寝てたかしらぁ?」

 

「ミリアか。ちょうど、おめーの乳に顔をうずめてる夢を見てたとこだぜ」

 

「アタシは安くないよー?

あ、そうそう。マーカスが仕事帰りに寄るから家にいろってぇ」

 

「マーカス?何で直接言ってこねー?」

 

いつもならば自分で電話してくるはずだ。

 

「さぁ?なんか深刻そうだったよ?

とにかく伝えたからね!アタシも差し入れにプリンを彼に持たせておくからさ!」

 

「いらねーっつーの」


 

夕刻。

 

宣言通りにマーカスがスティーブの家にやってきた。

 

ウォン!ウォン!

 

「ったく…」

 

家の真ん前でわざとらしくエンジンをふかされては、出ないわけにはいかない。

 

ガチャン。

 

「…よう。何の用だよ」

 

スティーブの顔を見るなり、マーカスは走り寄ってきて突然彼を殴り飛ばした。

 

バキッ!

 

「…!?」

 

マーカスの重い拳は、スティーブに尻餅をつかせた。

 

「立て」

 

「あぁ!?なんだいきなり、てめー!

ブッ殺す!」

 

スティーブも頭に血が上り、反撃に出る。

 

「死ぬのはてめーだ!

ファントムズは皆殺しにしてやるからな!」

 

「はぁ!?上等だよ!

てめーの仲間の首は死神の大鎌で全部刈り取ってやる!」


もみくちゃになりながら、殴り合い、庭の芝生の上をゴロゴロと転がる二人。

 

「ぐはっ!」

 

「どうした、そんなもんか!

俺にケンカを売るなんて早かったんじゃねーのかぁ!?」

 

「うるせー!てめーこそ、そんなパンチじゃいつまで経っても俺には勝てねーぞ、スティーブぅ!」

 

「ぬかせ!おらぁ!」

 

スティーブがマウントを取り、マーカスの防戦が始まるかと思われた。

その時。

 

「うるさぁぁぁぁい!」

 

ガツン!ガツン!

 

二振りの拳骨が放たれ、スティーブとマーカスの脳天を直撃した。

 

「痛っ…!?」

 

「…ってぇぇ!何しやがんだ、クソアマぁ!」

 

顔を真っ赤にしたレベッカが、仁王立ちをして二人の目の前に立ちはだかっていたのである。


「まだ言うかぁ!!」

 

ガツン!ガツン!

 

二発目。

 

 

 

「アンタ、どこの誰か知らないけど、どういうつもりだい!

近所迷惑ったらありゃしないよ!

それから、スティーブ!」

 

立ち上がって横に整列させられた二人が、レベッカから説教をされている。

妙に縮こまってしまう彼らが何とも可笑しい。

 

「い、いや…麗しいお姉さま。俺はただ…」

 

「黙れ、ガキんちょ!

おい、スティーブ!聞いてるのか!」

 

「聞いてねーよ、アホ」

 

ガツン!ガツン!

 

三発目。

 

「いでででっ…!何で俺まで!?

関係ねーのに!」

 

頭をおさえながら、マーカスが抗議する。

 

「何を殴られてニヤニヤしてんだキモ男が」

 

すかさずスティーブが毒を吐く。


「ニヤニヤなんてしてねーだろ!てめーこそ叱られてるのに何つう態度だ!

お姉さまに失礼だろうが!」

 

「まずそれがキモいんだよ、カス!

よりによってこんな年増女をよぉ!」

 

マーカスにとっては、意中の女性と会えた事が嬉しいらしい。

『叱られている状態』は形こそ良くはないが、少しばかり彼の顔がニヤけているのは事実である。

 

「まだ食らいたいのかい!?アンタら揃いも揃って何の話をしてるんだ!

アタシの話をちゃんと聞きな!」

 

「あぁ!?てめーの脳みそは原人クラスかよ、レベッカ!

このアホ面がてめーに惚れてるってんだよ!」

 

「…え?」

 

レベッカが固まる。

 

「あ…どうも。スティーブ君の大親友のマーカスです」

 

「…え?は、はぁ」

 

「誰が大親友だ!死ね!」


レベッカが何を思うのかは定かでは無いが、怒りは静まったようである。

目を白黒させて、マーカスとスティーブを交互に見やる。

 

「ていうか…誰?」

 

「だから…僕はマーカス、スティーブ君の大親…ぐほぁ!!」

 

スティーブから肘打ちを受け、マーカスの顔が歪む。

 

「大親…ぐは?どこかで会ったっけ?」

 

「コイツはマーカスだ。俺の会社の同僚で、見ての通りのアホ面でバカでゴミだよ」

 

「おいおいおいおい!スティーブ…っ君!」

 

「気色わりぃ。変なキャラ作り上げてんじゃねーよ」

 

レベッカに対して爽やかな好青年を演じようとしているのだろうが、マーカスの策はスティーブが軽く打ち砕いてやった。

 

「ひ…一目見た時から、あなたの事が好きでした!」

 

「おめーは一体何をしに来たんだ…」


「んなもん、麗しきレベッカお姉さまに告白しに来たに決まってんだろ!」

 

絶対違う。

 

「なんでそれで俺が殴られなきゃいけねーんだ!?

適当な事言ってると、てめーの玉引きちぎってケツの穴に詰め込むぞ、ボケ!」

 

「あぁ!?レディの前で何て事言いやがる!

血のつながりがあるとは思えないくらい腐れきった男だな!

美人のお姉さまに謝れ!つーか、死ね!死んで詫びろ!」

 

完全において行かれたのはレベッカだ。

汚い言葉遣いは気にしていないようだが、突如現れたスティーブの親友を名乗る見知らぬ黒人にどう対応していいものか分からない。

 

「お…おーい」

 

「レベッカ。さっさとフッて終わらせろよ。

こんなウジ虫みたいな奴に家の前をうろつかれちゃかなわねーだろ」


とうとうマーカスが最初に怒っていた理由にすら興味が無くなったスティーブは、手をヒラヒラと振りながら玄関へと戻り始めた。

 

だがさすがにこれはマーカスが阻止する。

 

「あ!ちょっと待て、スティーブ!

お姉さま、この話はまた後日ゆっくりと…おい!待てって言ってるだろうが!」

 

小走りでマーカスがスティーブを追い越し、玄関の扉が開く前に立ちふさがった。

 

「…話は終わりだろ」

 

「ビッグ・ペインが昨夜パクられた。他にファントムズの所に行った連中もほとんどだ。

一人は行方が分からねー。てめーら、ウチの仲間に何しやがった!」

 

「ペインが…?どうなってる…?

チッ、ちょっと上がっていけ」

 

スティーブがマーカスを部屋に招き入れる。

レベッカが目の前にいるまま話せる内容ではなさそうだからだ。


 

スティーブがメンソールに火をつけて椅子にかけると、マーカスは無遠慮にスティーブの部屋の窓を全開にした。

 

「さみぃだろ」

 

「煙いんだよ」

 

「俺の部屋だぞ」

 

「俺は客だぜ?」

 

「いきなり押しかけて殴りつけてくるのは敵だけだと思ってたがな」

 

スティーブが指でタバコを弾いて窓の外に捨てる。

 

「単刀直入に言うと、残されたクラッチ・ロケッツのメンバーは一人の例外もなく、ファントムズは黒だと思ってる。

もちろん俺もだ」

 

「一言、俺たちはビッグ・ペイン達がパクられた件には一切関わってねーとだけ言っておく。

信じないのはお前らの勝手だ。ウチとやり合うなら好きにしろ」

 

「他の誰かの仕業だと証明できるか?」

 

「出来ねー。昨日のアイアンローチ潰しの話、詳しく聞いたか?」

 

「いや」

 

「じゃあ、まずはそっからだ」


マーカスはベッドに寝ころんで天井を仰いでいる。

ファントムズM.C.の写真をぼんやりと眺めているようだ。

 

「アイアンローチは壊滅状態だ。残りがいるのかいないのかは分からなかったが、俺達とペイン達とで叩き潰した」

 

「マジか?そんな大それた事やっておいて、リーダーが連絡を寄越さないはずがねー!」

 

バッ、とマーカスが起き上がった。

 

「ただ、俺達が手を貸したのは途中までだ。そうは言ってもほとんどウチがやったんだけどな。

最後の詰めはペイン達に任せる事にして、俺達は引っ込んだ」

 

「詰め?トドメか?」

 

「そうだ。奴は散々俺達の力を借りておきながら、最後に捕らえていた敵を逃がそうとしやがったんだ。

だから銃を渡し、ケジメをつけるように言い渡して俺達は去った。だからその後はマジでどうなったのか知らねーんだよ」


マーカスが人差し指を額に当て、唸る。

 

「そりゃあ、ウチはアイアンローチが黙ればそれで良かったわけだからな。

殺せ、って言われりゃ退くだろう」

 

「そこまでは言わなかったぞ。ただ、逃がすなんて、俺達を使ってちょいとママゴトしましたってのに納得できるか?」

 

「さぁな…何せ立場が違う。理解するつもりなんかねー。

だが、それがリーダーがパクられた原因かもしれねーだろ!」

 

つかみかかりはしないが、やはりマーカスはスティーブに敵意むき出しだ。

 

「それは辻褄が合わねー。

俺達はホームベース内に入った直後、銃声を聞いた。

すぐに外に出てみたら、アイアンローチの連中も丸ごと消えてた。

その場でサツにパクられたとも、追いかけられたとも考えられねーだろ。サイレンや喧騒は一切無かったからな」


「そんでどうしたんだ?」

 

「すぐに捜したさ。アジトに残る連中もいたが、銃声聞いて消えられちゃ気色わりぃだろーが。

だが、見つからなかった。まんまとアイアンローチは攫われて、クラッチ・ロケッツは豚箱行きだとは夢にも思わなかったがよ」

 

「…」

 

マーカスの不信感は拭えないが、スティーブの言うことには嘘が感じられない。彼が真実を知ろうにも、今はファントムズの人間の証言くらいしかない。

ビッグ・ペイン達との面会が出来ればすべて分かると、一旦は怒りを抑える事にした。

 

「消えた虫も行方不明か?」

 

「あぁ。誰がやったか知らねーが、そっちはパクられてんのか?」

 

「そんな情報知るわけねーだろ!ゴキブリが消えたのも、その前に追い込みかけてたのも知らねーんだからな!」


カチャ…

 

「まーだ、騒いでんのかい…?」

 

わずかに部屋の扉が開き、レベッカの顔が半分だけ見える。

 

「げっ!覗いてんじゃねーよ」

 

スティーブがアルミの灰皿を投げるが、レベッカは瞬時に扉を閉めてそれを避け、再び少しだけ開ける。

 

「あ…!お、お姉さま。俺達は仲が良すぎて少々盛り上がってしまっただけですから!

な、スティーブ君!」

 

いつの間にかマーカスはスティーブの肩に手を回している。

 

「…うぜー」

 

「だから何も心配いりませんよ!

そうだ!後で連絡先を教えてもらえませんか!」

 

「え…?う、うん…」

 

パタン。

 

そっと、扉は閉まった。

 

「何だアイツ、顔なんか赤らめやがって。

純愛なんてガラじゃねーだろうに」

 

「てめーが俺を『お兄さん』と呼ぶ日が来るぜ」

 

「死ね」


長年の男日照りで免疫が無くなったのか、我が姉を乱心扱いするスティーブ。

 

ちょうど、アンディから着信が鳴る。

 

ピリリ。ピリリ。

 

「俺だ」

 

「ボス、昨日消えたクラッチ・ロケッツの連中が豚箱で確認されたぞ」

 

「あぁ。俺も今、クラッチ・ロケッツの奴から聞いたところだ」

 

マーカスを見る。

 

「早いな。ゴキブリを連れて行ったのはサツじゃないか、ってジャックやラファエルは騒いでる。

どう思う?」

 

「サツじゃねー」

 

「お前が言うならそうなんだろう。

どうする、手を引くか?」

 

一応、ペインにジャックが銃を投げた時点で、ファントムズは手を引いている。

ただ、トドメをささずに敵を逃がしているとも見れるので、同盟を破棄する事も出来ないことはない。


「決まってんだろ。クラッチ・ロケッツはどうでもイイが、途中でちゃちゃ入れてきやがった奴は探して殺す」

 

「賛成だ」

 

「それから朗報だ。クラッチ・ロケッツは、全部俺達のせいだと思ってるらしい。

今、俺の家にも一人いるが、いちゃもんつけてくるようならクラッチ・ロケッツも殺せ」

 

「同盟は?」

 

「切れるんなら、それは完璧にECCRのせいだろ。

構いやしねーよ。一人残らず再起不能にしてやる」

 

目の前にいるマーカスの顔が曇る。

確かに、ファントムズの話が真実ならば、クラッチ・ロケッツはとんだたわけ者である。

 

「敵味方も見えない連中だとはな。遅かれ早かれ滅びゆく運命だったか…

このケンカ、大地のご加護は完全に俺達のものだ」

 

「後で行く」

 

iPhoneをポケットに押し込んだ。


「ふん…」

 

「おい、野暮用で出るからよ。てめーは帰ってさっさと寝ろ。

汗くせーんだよ」

 

革ジャンを羽織りながら、スティーブがマーカスを睨みつける。

 

「なーにが野暮用だ。ウチ絡みもイイとこじゃねーか」

 

「関係ねーんだよ」

 

行方不明のクラッチ・ロケッツのメンバーが殺されていた事は、スティーブは話す気は無い。

余計な混乱を生む可能性がある事と、単純に話すのが面倒だという理由である。

 

 

「あ、そうだ。ちとイイか」

 

二人がバイクに跨がったところで、スティーブがマーカスを止めた。

フルフェイスのヘルメットを被って、マーカスが彼を見る。

 

「あ?」

 

「メンバー達を動かすなとは言わねーが、邪魔だけはすんなよ。

てめーの死に面は見たくねー」

 

「…チッ」

 

ウォン!ウォン!


「かーっ!くせぇくせぇ!我ながらくさすぎるぜ。

ま、アイツが死んで余計な仕事が増えるのはごめんだがな…」

 

ドドドドド…!!

 

自虐と唾を吐いて、スティーブも発進する。

 

途中、信号無視をしたところで追尾してきたポリスカーを裏路地でパスし、ホームベースに到着した。

 

「よう、下っ端」

 

「おいスティーブ、酒を寄越せよ。

寒すぎて死んじまう」

 

「そりゃ良いニュースだな。

ヤクでラリった奴が一人、チームの食い扶持から消えるわけだ」

 

「クソが!明日の朝に、てめーの首が胴体につながってる事を願うぜ」

 

「吠えてろ」

 

見張りのスコットと軽く話し、扉に手をかける。

 

「ボス」

 

「待たせたな、インディアン」

 

テーブルを囲んでポーカーに興じていたアンディがスティーブに気付いた。


「なんだ、下りるのかアンディ?てめーの取り分はチャラな」

 

席を立つアンディにメンバーが軽口を飛ばす。

中指を立ててそれに返答すると、アンディとスティーブはいつもの定位置である、リーダー用のカウチに腰を下ろした。

 

「さぁて、どう動こうか。

みんなは状況を分かってるのか?」

 

「あぁ、すでに伝えてあるぞ」

 

「それなのに、あぁやって遊んでるのか?

気楽なもんだな、ウチの連中は」

 

「いつもの事だ。命令を出せばきちんと動くだろう」

 

それもそうだな、とスティーブはメンソールに火をつけて目を瞑った。

 

「念のため、まずは得物の手配だな。

銃が無いやつにも配ってやろう」

 

「了解だ。ジャックにやらせよう。

あのガキは顔が利く」

 

「任せる」


 

数分後にジャックがボサボサの頭を掻きながらスティーブの前にやってきた。

 

「ふぁー…あんだよ…?」

 

大きなあくび。

ホームベース内の二階、三階あたりで寝ていたのだろう。

一階部分はMCのメンバー達やその友人が集う憩いの場となっているが、二階から上は汚いベッドを備えた個室が連なっており、身体を休めたい時や女を連れ込むのに誰もが使っている。

 

「ジャック、銃が要る。揃えろ」

 

「金は?」

 

「ねーのか?」

 

「ねーよ」

 

スティーブが舌打ちをして腰を上げた。

 

「タカならビルの裏手でバイクをいじってたぞ」

 

アンディが助言する。

タカヒロは、チームの金の管理を任されていた。

いわば金庫番である。真面目で勤勉なのは日本人だという偏見からのご指名だが、事実、彼は金をくすねたりはしなかった。


 

カチャカチャ。

 

ガキン!

 

金属音を立てながら、タカヒロはバイクのメンテナンスを行っていた。

お相手はラファエルの愛車のようである。

 

「よう」

 

「おう」

 

スティーブは地べたに腰掛け、しばらくその様子を見つめていた。

 

「…?」

 

タカヒロも特に何も訊かず、作業が黙々と進む。

 

五分程経ったところでタカヒロがよし、と言い、エンジンをかけてアイドリングを確認する。

 

ドドド…ドドド…

 

「終わりか?」

 

「そうだな。お前のも看るか?」

 

「いや、大丈夫だ。もし調子が悪くなりゃ、ヒゲダルマのとこまで行くつもりだからな」

 

「そうか。なら、どうした?金か?」

 

バイクの事じゃなければ金の話だろうと、タカヒロが笑う。


「ご名答」

 

「なんだよ、大将。

ホームベースならピカピカじゃねぇか」

 

皮肉の混じった自らの軽い冗談でタカヒロがまた笑った。

ホームベースが綺麗だなど、ドブ川を飲み水と間違うようなものである。

 

「は、当たり前だ。三つ星ホテルのロイヤルスイートだからな」

 

「いくら必要だ?いくらお前が相手でも、そんなに出せねーぞ」

 

話を戻す。

 

「1000ドル欲しい。丸腰のアホたれ共に、簡単な武器の補充だ。

昨日ゴキブリを連れ去った連中は、引き金がゆるいみてーだからよ」

 

「なるほどな。そりゃ必要になるかもしれん。

そんじゃ、500でやってくれ」

 

「あー?なめてんのか、てめー?

1000だ。少なくともな」

 

「500だ。足んねーならかっぱらうなりしろよ、大将」

 

よほど財政難なのか、お大臣様は石頭だ。


「チッ…」

 

「このゴタゴタが終わったら、いっちょデカいヤマでもこなしてみねぇか?」

 

「でけーヤマ?なんだよ」

 

二人でホームベース内に歩く。

 

「なんだってイイじゃねぇか。例えば、現金輸送車を襲うとか、高級車をパクってマフィアに流すとかよ。

ラルフの代は時々面白い仕事持ってきてただろうが。

…ここまで金が無いんじゃ、チームに何かあっても対処出来ない」

 

「るせー」

 

ビルの二階に上がり、金庫がある角部屋に入った。

 

「それによ、何かのデカいヤマをみんなで乗り越えるってのは、なんて言うか…俺達は全員で一つなんだ、生きてんだなって感じれそうじゃねぇか?」

 

「ケッ、学級委員長が。そういう能書きたれるのはアンディだけで充分なんだよ。

日本で高校出たからって調子こいてんじゃねーぞ」

 

「お前も出てるだろうが。

まさに都市伝説並みの謎だな」


金庫は部屋の真ん中に堂々と置かれていた。

 

小型で鉄製だが、運び出すにしても数人は必要であろう。

とはいえ、盗られても大した額は入っていないようだが。

 

「さてと、500な」

 

タカヒロが屈み、金庫の上に置かれている帳簿に日にちや金額、名前を書き込んでいく。

 

それが終わると、扉の横にあるダイヤルを回し、四桁の暗証番号を入力した。

 

ガチャリ。

 

鈍い音がして、わずかに扉が手前に飛び出す。

ノブをひっつかんで、開け放たれた。

 

「ほらよ」

 

「助かるよ。しっかし、すっからかんじゃねーか」

 

「おかげさまでな。早いとこコイツの腹を満たしてやってくれ」

 

「ちげーねー」

 

スティーブが中を覗くが、ほとんど中身は空っぽの状態だった。


 

一階のフロアに戻り、リーダー用のカウチに残っていたアンディとジャックに合流する。

 

アンディはタバコをくゆらせていたが、ジャックは横になって眠りこけていた。

 

「おい起きろ、ボウズ」

 

蹴飛ばしてカウチから落としてやると、サブリーダーの若僧が飛び起きる。

 

「うわっ!な、なんだ!?」

 

状況把握に手間取っているようだが、スティーブはいちいちそんなことは説明しない。

 

「バーカ。これが仕入れ用の金だ、どのくらい揃う?」

 

「ん…何で床で寝てんだ俺?

…500ドル?粗悪なアジア製の拳銃でよけりゃ10丁前後は余裕だ。豆鉄砲みたいなもんだからよ、弾詰まりや暴発のクレームは受けつけねーからな」

 

「無いよりマシって程度かよ。ちゃんとしたヤツは?」

 

「二つ、三つってな話になるだろうな」


スティーブとアンディが同時にため息をついた。

 

「じゃあどうすんだ?いらねーなら戻すぞ」

 

金庫番は出資を抑えれるのではと期待している。

 

「躊躇なくクラッチ・ロケッツの奴が殺されてたからな。

無いよりマシな玩具でも揃えとくしかねーだろ」

 

「そうかよ」

 

「ジャック、早速行ってこい。

どのくらいで終わる?」

 

「知らねーよ。すぐに繋がりゃ、一時間そこそこじゃねーか?」

 

目線で『かけろ』と促す。

ジャックも言われるまでも無い、と電話を取り出した。

 

「あー、俺だ。ジャックだ。

…どこのジャックだと?

てめー、ブチ殺されてーのか!ファントムズMCのジャック様だよ!」

 

おふざけもそこそこに用件に入る。

 

「まったく…500ドルで安物を買えるだけ譲って欲しい。

いくつ頼める?」


売人の回答は10。

型式やメーカーはバラバラになるが、弾丸は共通のもので、ある程度分けてくれるそうだ。

 

「二十分後だ。ご丁寧に事務所までご招待だぜ」

 

「アンディ」

 

「分かった」

 

スティーブがアンディの名前を呼ぶと、彼は一足先にホームベースから出て行った。

さすがに物資を運ぶのにバイク乗りのジャックだけでは心許ない。

 

「んじゃ、すぐ戻るからよ」

 

ジャックもそれに続く。

彼のバイクの音が聞こえたので、アンディとジャックはそれぞれの愛車で取引先に向かったようである。

 

「俺達も動くか。ラファエルは?」

 

「今は仕事中だ」

 

「試合か…仕方ねーな。

タカ、俺はパトロールしてくるからよ。クラッチ・ロケッツも動いてる。どこかの網にかかりゃ良いが」

 

「パトロールね…ご苦労な事で」


 

 

宣言通り、警戒しながら街を単騎で流す。

ジャック達が戻るまで手持ち無沙汰ではいられなかっただけだが、クラッチ・ロケッツの様子も気になっていた。

 

実際、数回はクラッチ・ロケッツのメンバー達とすれ違いはしたが、お目当てのものが見つかって急いでいる様子は無く、慎重に慎重に行動しているように見えた。

 

 

 

四十分程度の時間が過ぎたところでスティーブはショベルヘッドの行き先をホームベースに向け、途中でメンソールを一箱購入して戻ってくる。

立ったまま居眠りしていたスコットの頭を小突いて中に入った。

 

「スティーブ」

 

早速、タカヒロが駆け寄ってきた。

どうにも様子が穏やかではない。

 

「何かあったか?」

 

「いや…アンディ達がまだ戻らねぇからよ」


なんだ、そんなことかとスティーブは腰掛けた。

 

「さっき出たばっかじゃねーか。

少しくらい大目に見てやれ」

 

「そうだぜ、タカ。きっとジャックの野郎がいちゃもんつけてちぃとばかりモメてんだろうよ」

 

ガハハと笑いながら会話に入ってきたのはパーシーである。

彼はチームの最古参であり、三代目のファントムズのオリジナルメンバーだ。齢は五十近い。前頭部からてっぺんまでは髪がなく、口元は白髪混じりのヒゲが延び放題だ。

 

だがその走りたるやまだまだパワフルで、現役をやっているのも頷ける。

特に巨大なボディを持つ愛車のFLHTをウィリー走行させる様は圧巻で、巡回中の警察官が拍手を送った事もあるそうだ。

昔は粋な時代だったと彼は笑うが、家庭を持っていない彼の青春は未だ続いており、無鉄砲な若僧達との喧嘩や暴走にも難なく食らいついていく。


他にも古参を抱えるファントムズMCではあるが、このパーシーだけは彼等と違って温厚とは程遠い性格であった。

 

「場所も分かってんだろ?気になるなら誰か迎えに出せよ」

 

スティーブがタカヒロに言う。

 

「誰を?」

 

「スコットでイイじゃねーか。いま居眠りしてやがったしな」

 

「居眠り?ガハハ!あのガキ、拳骨でも喰らわせてくれようか!」

 

チームいちのジャンキーであるスコットに対してのスティーブからの風当たりは強い。

軽いイジメのようであるが、それを見てもメンバー達は笑うばかりであるのは言うまでもないだろう。

 

「もう少し待ってみるよ。それでも戻らなきゃ行かせるさ」

 

これはタカヒロだ。彼も無意識の内に、スコットが選ばれた事を当然だと感じていた。


 

 

ガタン!

 

「おい!みんな手ぇ貸せ!」

 

バタバタバタバタ!

 

ホームベースの扉が大きく開け放たれ、多くの足音が鳴り響く。

 

スティーブはすぐにそれに駆け寄り、タカヒロは呆然と立ちつくしていた。

 

「おい!一体何があったっつーんだよ!」

 

スコットにつかみかかるスティーブ。

その服は血でべっとりと濡れていた。

 

「俺が知るか!」

 

床には、運び込まれたジャックとアンディ。

腕や脚、腹などから出血している。

呼吸はあるが意識は無い。見るからに危険な状態だ。

 

 

スコットがジャック達を迎えに行った時、すでに二人は倒れていた。

周りには誰もおらず、スコットはすぐに仲間に連絡を入れつつ、自分のバイクを置いてアンディの車に二人を積んで帰ってきたというわけである。


「取引相手に違いねぇ!」

 

「いや!何か邪魔が入ったんじゃねーか!?」

 

「サツへのタレ込みか!」

 

他のチームメンバー達も口々に騒ぎ立てる。

 

「くっ…」

 

アンディが苦痛にうめいた。

ジャックも息がか細い。

 

スティーブは二人の上着を脱がして傷を見た。

どちらも銃で撃たれたようである。

 

「クソ!これでどうだ!」

 

スコットが酒瓶を傾けてアルコールを傷口に垂らしている。

ボロ布を患部に当て、傷の近くを縛って止血しようと試みるが、どうにも効果があるようには思えない。

 

「こりゃどうにもなんねーぞ!

病院だ!病院に連れて行く!

マジでコイツら死んじまうぞ!」

 

スティーブが吠える。

みんなで二人を担ぎ上げ、再びアンディのエコノラインに乗せる。


後部スペースは救急車さながらの状況である。

ハンドルをスコットが握り、他にも乗り込んだ仲間達が二人に声を掛けた。

 

「死ぬんじゃねーぞ!」

 

「どこのどいつだ!ホーミーをこんな目に合わせやがったのは!」

 

車に乗りきれなかった他の者達はバイクで車を先導し、交差点では車両止めをしてエコノラインを信号無視させながら進行させていく。

 

 

「着いたぞ!降ろせ!」

 

「急げ急げ!」

 

ハッチから勢いよく飛び出してきたガラの悪い男達に、看護士や患者達が目を奪われる。

 

「スティーブ!俺達は敵を探す!ソイツらの事頼んだぞ!」

 

これはパーシーだ。

 

「おう!見つけたらブチ殺せ!」

 

「誰が生かすかバカ野郎!」

 

ドドドド…!!

 

バイク組は一足先に病院から去っていった。


 

 

「おい、どうなってんだコラ」

 

「アンディとジャックのバカが死んだらてめーのせいだぞ。

分かってんのか?」

 

手術室の前。

 

扉からメンバー達が入ってしまわないように、一人の男性看護士が立っている。

もちろん彼にはファントムズの面々が群がり、取り囲んでしまっている状態だ。

 

「ちょ、ちょっと!押さないで下さい!

今、手術をしている最中ですので!もう少々お待ちを!」

 

看護士は恐怖心にとらわれながらも必死にメンバー達を押し返す。

 

「少々って何秒だ、てめー!」

 

「適当な事言ってると、お前にも銃弾撃ち込んでヤンキースタジアムのマウンドに埋めるぞ!あぁ!?」

 

「うっせーぞ!黙ってろ、カス共が!」

 

一人タバコをふかしながら椅子に座っているスティーブだが、イライラと脚の貧乏ゆすりが激しい。


「誰がカスだ、バカ野郎!」

 

「てめーも埋めるぞ、スティーブ!」

 

矛先が一瞬だけスティーブに向くが、手術室の扉が内側から開いて一同はすぐに沈黙した。

 

ゆっくりと黒人の外科医師が現れる。

 

「…手術は終了しました」

 

「んなこた分かってんだよ!容態は!?」

 

スコットが医師に唾を浴びせながらまくしたてた。

 

「急所は逸れていますので、おそらく命の心配はありません。

あとは回復を待つのみですが、絶対安静ですので、まだ皆さんにお会いいただくわけにはいきません」

 

「マジか…とりあえずひと安心して良いんだな?」

 

スティーブが一歩前に出て、医師の目を見る。

 

「はい。よほどの事が無い限りは大丈夫です。

しばらく休めば意識も戻るでしょう」


バタバタバタ!

 

ブーツを鳴らして走ってくる音がする。

 

「ジャック!アンディ!大丈夫か!」

 

ラファエルである。

顔が腫れているのは試合の直後だからであろう。大声と足音に人々が驚くが、彼の鬼の形相に、誰も諫める事が出来ずにいた。

 

「よう、嗅ぎつけたみたいだな。スラッガー」

 

「撃たれたって!?おい、スティーブ!アイツらくたばっちゃいねーだろうな!」

 

ガシッと両肩を掴まれて揺らされる。

外科医師は今一度問い詰められる前に手術室へと消えていってしまった。

 

「大丈夫だ。タカ、お前は病院に残れ。

スコット、車を出せ。お前とジャックのバイクを現場から移動して、ホームベースに戻る」

 

「報復は?」

 

ラファエルがスティーブを睨む。

 

バキッ!

 

なんと、スティーブはその顔を殴りつけた。

 

「誰がやらねーっつった?

俺は今、猛烈にブチ切れてんだよ」


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