転生者、姉妹を助ける。
姉妹は必死になって走っていた。
後ろから来る黒い虎から必死になって逃げていた。
その日の夜、姉妹が住む村は地獄になった。
辺りが暗くなり、村の人々が休もうとしていた時に突然、村の様々な場所から悲鳴が上がった。
姉妹は何が起きたのかもわからず、部屋で震えていると彼女達の両親がやって来て、裏口から逃げるように姉妹達に言って、正面から出て行った。
姉であるマーサは両親の意図を読み取り、両親を心配する妹であるリスティルの手を無理矢理引いて裏口から外に出た。
そして、誰にも見つからないように慎重に村から出て行こうとした時に不幸にも姉妹はそれを見てしまった。
虎タイプと狼タイプの魔物に喰われている両親だったモノを。
姉のマーサは叫びそうになる妹のリスティルの口を慌てて押さえたが、そのわずかな物音に魔物が気がついてしまい、虎タイプの魔物がこちらに向かってきた。
マーサは両親だったモノに必死に叫ぶリスティルの手を引っ張り走り出した。
マーサとリスティルの姉妹は気がつかなかったが、虎タイプの魔物は弱い姉妹が必死になって逃げる姿に悦を覚えてその姿を楽しんでいた。
この魔物の最初の失敗はわざわざ姉妹と追いかけっこなどしてしまったことだろう。
さっさと決めていれば、リヒトの結界に入ることもなかったのだから。
そして、虎タイプの魔物は姉妹との追いかけっこに飽きて、加速して姉妹に飛びかかった。
魔物が飛びかかってきたことに気がついたマーサは咄嗟に妹のリスティルを突き飛ばした。
その結果、妹のリスティルは魔物に押しつぶされることは無かったが、マーサの両足は魔物によって押しつぶされることになった。
マーサはもはや自分が助かることは無いことを自覚して妹のリスティルだけでも逃がそうと両足を失った苦痛を押し殺し叫ぶ。
「リ、リスティル!は、早く逃げて!あなただけでも助かって!ギャァァァァァーーーー!」
姉のマーサの必死な叫び声を聞き、慌てて顔を上げたリスティルは無惨に両足を押しつぶされた姉の姿に呆然とした。
だが、マーサの左手に爪を立てられたことによりマーサは悲鳴を上げてしまいリスティルは姉の危機に魔物の元に走って行き必死になって足を両手で叩く。
「姉さんを離せ!!姉さんを離せ!!」
しかし、魔物はリスティルにとっては精一杯の力で殴っているのだが、魔物にとっては弱々しい攻撃に暗い喜びを覚えていた。
弱者の弱々しい足掻きに魔物は自身が強者である充足感を感じており、その充足感に浸っていた。
捉えた獲物の悲鳴とその獲物を助けようとする弱い者の必死な様子にただ浸っていたことがこの魔物の次の失敗だった。
リヒトが如何に行動するのかを考える時間を与えてしまったからだ。
そして、魔物は獲物にとどめを刺そうとした瞬間に魔物の感覚に何かの気配を感じた。
その感覚に従い、魔物は辺りを見渡したが、辺りは姉妹しか確認することはできず、気配もすぐに無くなったので勘違いだと判断した魔物は獲物にとどめを刺すべく大口を開けた。
次の瞬間、大きく開けた口の中に何かが放り込まれた。
そして、口の中で何かが爆発した。
口の中で何かが爆発したことにより大きく体勢を崩し、苦しむ魔物に次は腹に衝撃が走った。
これは転移したリヒトが『隠行の術』を使用して姿と気配を隠し、大口を開けて隙だらけになったこの魔物の口の中に下にいるマーサのことを考えて威力の弱い消費アイテムであるボムを放り込み、怯んだところに『武道家』のスキルである『剛掌』を魔物の腹に叩き込んだ。
魔物は大きく吹き飛ばされてマーサから離された。
そして、無惨な姿になった姉に妹のリスティルは駆けより抱きついた。
かすれる視界に妹を捉えたマーサは自分の血で染まりながら心配する妹の未来が心配でならなかった。
両親は村で魔物の餌になり、自分の命もここで尽きてしまう。
そうなれば、妹であるリスティルは天涯孤独になってしまう。
マーサは妹であるリスティルのこれからの幸せを祈るしか無かった。
そんなことをマーサが考えている時、魔物は混乱の中にあった。
何が起きているのか全くわからなかった。
ただ、口の中がヒリヒリ痛み、それを遙かに凌駕する今まで味わったことの無い腹の激痛だけが理解できることだった。
故に魔物は逃げることを選択した。
もっとも、この状況で使役されているだろう手負いの魔物を逃がすような間抜けではリヒトはなかった。
リヒトが転移してから魔物は狩る側から狩られる側に変わったのだから。
魔物はリヒトが転移した時の違和感に注意するべきだった。
野生で生活している時ならば注意していただろうが、この魔物は飼い慣らされ過ぎた。
集団戦闘の仕方など群れでの生活に慣れすぎていたのだ。
よってこの結末は当然のことだった。
リヒトはこの魔物以外の魔物の存在を考慮して容赦なく止めを指すために動いた。
魔物タイラントタイガーを確実に命を奪うために前に回り込み逃げる方向に移動してタイラントタイガーの眉間を狙い『金牙』という金行により貫通力と速力を増大された鏢を投げつけた。
『金牙』はリヒトの手から離れた瞬間に雷を纏い加速し寸分の狙いをはずさず、タイラントタイガーの眉間を貫き頭を貫通して夜の暗闇の中に消えた。
『金牙』により脳に致命的な損傷をおったタイラントタイガーは大きな音をたて倒れ絶命した。
リヒトはタイラントタイガーが絶命したことを見届けて姉妹に視線移した。
リヒトは姉のマーサの状態と妹であるリスティルの泣きじゃくる様子を見て、すぐに助けに行かなかったことにより良心の呵責を感じたが、それを振り払いマーサを助けるべく姉妹に近づいた。
泣きじゃくるリスティルは気がつかなかったが、マーサはリヒトが近づいてきた事に気が付き、かすれるような小さな声で必死にリヒトに懇願した。
「お、おねがいします。い、いもうとを、あ、あんぜ、ぜんなところまで」
「い、いや!!姉さんも一緒!!」
離れるのを嫌がる妹を優しく撫でるマーサには確かに死相が浮かんでいるのを察知したリヒトはこのままでは後味が悪すぎると感じ必死になって打開策を考え始めたが、時間が残されていないことを考慮すれば本体の元で治療するしか無いと考え、何の確認もせずに二人と共に転移した。
リヒトside
状況が一刻の猶予も無いので慌てて分身に二人を連れてこちらに転移させた私は少女を助けるべくアイテムボックスから回復系の仙符を取り出そうとしたが、ただ、怪我の治療をしただけでは助けたことにはならないと思い直した。
彼女の両足はタイラントタイガーにより押しつぶされ、左手はタイラントタイガーの爪により辛うじて繋がっているだでしかなく、何かの拍子でもげてしまいそうな状態だった。
果たして回復系の仙符でこのレベルの損壊を元に戻すことができるかが心配でならなかった。
そもそも、この世界で生きた記憶の中で手や足などの損壊を元に戻すことができたという話は伝説級のアイテムでもなければ不可能だった。
確かに伝説級のアイテムは手持ちにあったが、できれば温存したい。
しかし、この世界であのような障害を負ってしまっては生きていくことは不可能だろう。
助けるというならば、これからも普通に生活できるように体の損壊を治さなければならない。
そんなことを考えていると私の分身と二人の少女が転移してきた。
(もう考える時間もないか)
突然の状況の変化についていくことができなかったのであろう14才くらいの少女がキョロキョロ辺りを見渡しているが、16才くらいの少女は意識がもうろうとしているようで残り時間が残されていないことをを否応も無しに理解した。
故に仙術において最高位の回復系の術である『快癒仙氣生命転換』を使用する事を決めた。
この術は仙氣を生命力に転換してHPを回復させる術だとフレーバーテキストでは書かれていた。
この術で手や足の損壊を治すことができるのか不明だが、エリクサーなどの伝説級の薬を飲まそうにも飲み込むことが彼女にはできそうに無い。
だからこそ、術しか選択しに残っていなかった。
分身の操作を放棄し、立ち上がった私は瀕死の状態であることを鑑みて、仙氣を練り上げれるだけ練り上げて生命力に転換してして少女達に近づいていった。
「姉さんに近づかないで!」
私に向かって14才くらいの少女が叫び声を上げて近づくことを拒絶する。
少女が何か勘違いしたようだが、もはや、説得している時間など残されていない。
そして、縋り付いている少女を引き離すためにミランダとアッペンを呼ぶ時間も残されていない。
「やめてーーーーーーーー!」
縋り付いている少女を無視して瀕死の少女に両手を押しつけるようにして『快癒仙氣生命転換』を使用してありったけの生命力に転換した仙氣を送った。
次の瞬間、まばゆい光に辺りが包まれ、そして、光がおさまると手と足の損壊が治癒され、青白かった顔色が血行良さそうな赤みのかかった顔色になり、今まで死にかかっていたのが嘘のように思われる程健康的な状態にになった。
「ね、姉さんが!姉さん!良かった!ワァーーーーーーーーン!」
手や足の損壊も問題なく治癒することができた事に安堵したが、すぐに不味い事に気がついた。
「リヒト!何が起きたの!」
「リヒト様!どうなされました!」
あれだけの光と少女の鳴き声がしたら起きるよな。
思いながら如何にしてこの場納めようかと思案し初めてが、そのような時間を我が幼馴染みのミランダが取らせてくれるはずもなく少女達が視界に入った瞬間に聞いてきた。
「ねえ、リヒト。この子達どうしたの」
見る者を魅了するような奇麗な笑顔で私に虚偽は許さないという意図を持って尋ねてきた。
さて、どのようのように説明するかと思っていると怪我をしていた少女が目を覚ました。
「う~ん。あれ、私、足を潰されたはずなのにどうして足があるの?あれは夢だったの?それならどうしてこんな所にいるのかしら?」
「姉さん!ワァ~~~~~~~ン!」
「リスティル、あのことはやっぱり夢じゃなかったのね」
次の瞬間、怪我をしていた少女も泣き出した。
その様子を見ていたミランダは毒気が抜けたのか、静かに聞いてきた。
「本当にどうしたの?」
「左手と両足が損壊していた少女を助けただけだ」
その言葉を聞いたミランダは少女達の状態を良く確認した後、米神に指立てて頭痛に耐えるようにしてあきれた声で言った。
「この際、アンタがどんだけ馬鹿なのかいう気は無いけど、そんな伝説級の薬を他人に使うなんて何考えてるの」
十分、私のことを馬鹿にしていると思うのだが、我が幼なじみよ。
だが、誤解は解く必要があるので正直に話すことにした。
もっと、問題になりそうだが。
「確かに伝説級の薬は所持しているが使用していない。仙術で治療した」
その言葉を聞いたミランダは顔に手を当てて、首を数回横の降ると心底あきれた声で言った。
「ハァ~~、あの光はその術のせいか。でも、自分が何を言ってるかわかってるんでしょうね。はっきり言ってリヒトにとって危険すぎることよ。誰もがリヒトを欲しがるわ」
そんなことは私自身が良くわかっている。
教会は私を聖人として『快癒仙氣生命転換』を神の奇跡だと偽って勢力の拡大を考えそうだし、違法研究者は私をモルモットにしようと企むに決まっている。
国など考えることができる全ての存在にバレた場合、私にとって不愉快な未来が思い浮かぶ。
何とかして秘匿すべきことである事は間違いない。
その上で幼馴染みの目を見るとその目が訴えていた。
目の前の少女を始末すべきだと。
確かに秘密を秘匿するならば、それが一番なのはわかっている。
しかしながら、一度助けた命を奪うことを良しとすることは私の日本人として残った矜恃が許すことはできなかった。
だからこそ、幼馴染みの提案を首を振って否定した。
私が首を横に振るのを見てミランダはとても深い溜め息をついた。
「アッペン、ミランダ。彼女達をテントで休ませてやってくれ」
「わかった。任せて」
そう言ってミランダは泣きじゃくる少女達のを立たせるとテントの方へ連れて行った。
ただし、アッペンはミランダを手伝うことなく、私の方を鋭い視線を向けていた。
そして、アッペンはミランダと少女達がテントの中にはいったことを確認すると話し掛けてきた。
「何か異常でも見つかりましたかな、リヒト様」
その言葉に良く気がついたものだと感心しながらアッペンの言葉を肯定した。
「ああ、本来、この国にいないはずの魔物達がこちらに近づいてきている」
「さようでございますか。逃げる必要はございませんか」
「むしろ、危ないだろうな。あちらは鼻の利く魔物ばかりだ。しかも、速度のは速い。逃げても無駄だろうな」
「ではこの場所で迎撃されるのでございますか?」
ここで迎撃は欠けらもつもりなど欠けらも思わなかった。
そして、私は分身の再び制御しながら思ったことを口にした。
「そんなことはしない。ここでなど迎撃などするつもりはない」
そう言って私は分身を向かわせるために立ち上がらせた。
(何が出てくるんでしょうね)
読んでいただきありがとうございます。