転生者、幼馴染みに現状で与えることを拒否する
少し短いですがよろしくお願いします。
先ほど戦闘のあった場所から30分ほど歩いた場所で3人は野宿の準備を始めていた。
ミランダとアッペンは保存食を取り出しているのに対して、リヒトは8つの鏢を指の間に挟み、目を閉じて集中していた。
その鏢は今までの赤い珠ついていたものとは違い、白い珠がついており、珠の中にはそれぞれに『乾』『兌』『離』『震』『巽』『坎』『艮』『坤』の文字が浮かんでいた。
そして、リヒトが目を開くと8つの鏢を上空に投げると一瞬上空で停止した後に八卦陣を描くために八方向に飛んでいった。
そして、リヒトは額に右手の人差し指をあて何かを確かめるようにしていると飛んでいった鏢が正しく八卦陣を描き、八卦陣内の情報を彼の脳に直接伝える。
そのことにリヒトは満足し、同じタイプの新たな鏢を取り出した。
「感覚の接続完了『周知陣』の設置はこれでいい。次は『守護八卦陣』を設置するか」
そう言って今度は設置したテントの周りに8本の鏢を自らの手で刺していった。
そして、リヒトが8本目のを刺すと八卦陣が描かれて結界となった。
『周知陣』と『守護八卦陣』共に『仙陣』で『周知陣』はレーダーの役目を担う陣で陣内のあらゆる情報収集し、『守護八卦陣』は最上級クラスの攻撃を4回ほど防ぐことができる最高位に位置する結界だ。
リヒトは本来ならば、大量にある低位の鏢とは違い割とコストがかかり、現在製作することのできない鏢の中で貴重な『八卦鏢』は使用を控えるつもりだった。
鏢を製作するには拠点の地脈を利用した八卦炉が必要であり、最高位の鏢である『八卦鏢』は地脈のレベルも高位である必要があった。
だから、リヒトはできる限り、高位に位置する鏢は使用したくなかった。
だが、同行者がいる以上どうしても安全面を考慮した際に『八卦鏢』はどうしても必要だった。
リヒトはこれからのことを考えて溜め息を吐くしかなかった。
いくらステータスが底上げされたとしても『神仙』は後衛でしかない。
当然、最も戦闘を優位に運ぶには鏢や符を使用する必要がある。
ただし、鏢や符は消耗品であり、符はともかく鏢は補給の目処が立たない。
こんな状況で強敵には当たりたくないなとリヒトは祈るしかなかった。
「リヒト!準備終わったんでしょ!夕食の準備ができたよ!」
その言葉に何を節約するか考えていたリヒトは予定を立てても上手くいくはずのないこと考えるのはやめて夕食をとることにした。
「リヒト様すいませんが、火をつけていただけませんか」
アッペンは悪気なく火をつけて欲しいと願ったのだが、先ほどの戦闘で自身が練習不足とスキルのせいで術関係では加減が効かないことをよく知っているために一瞬で嫌な表情になった。
「お父さん、さっきの戦闘で信じられない火柱になったでしょう。リヒトは多分加減ができないわ」
リヒトの顔の変化によって加減できないことを察したミランダはアッペンに暴露した。
「そうなると困りました。木が湿っていて火がつきません」
「火が必要なら何とかしよう」
そうリヒトが言うと赤い石を取り出し地面に置き、その上に木を積み上げていくと勝手に火がついた。
「これは火付けに便利な道具のようですが、どのような原理なのか気になりますな?」
「五行思想というのは知っているか?」
「六属性のことではないのですか?」、
アッペンの言った六属性というワードに対してリヒトは首を横にふって否定した。
「違う、六属性はこの世界の物質を構成している火、水、土、風の四大元素に光、闇を加えたモノだが、五行思想は違う。前世の私の故郷に古くからある考え方で、五行とは火、水、木、金、土の五つから成り立ち、この五つが互いに影響を与え合い、生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環するという考え方だ」
「あっさりと転生者であるとお認めになられましたが、よかったのでしょうか」
「仕方ないだろう。天使と会話した以上誤魔化しが効かん。なら正直に話すしかない。信頼もしてるから前世のは話くらいなら聞かれたら話したさ」
リヒトのセリフにアッペンは黙って頭を下げ、ミランダはさっきまでの自分の様子を鑑みて気まずそうに明後日の方向を向いた。
「話を戻すが、この石は火行石というんだが、五行の火を司る」
そう言ってリヒトは手のひらに先ほどと同じ赤い石を出してアッペンに手渡した。
恐る恐る手にしたアッペンは色が赤い以外、そこら辺に落ちている石とかわりない火行石になぜ湿った木に火がついたのか不思議に思った。
「火を司るという話でございますが、まったく熱を持っていないようなのですが・・・・・・・」
「それ単体で火はつかなし、熱を持っているわけではない。五行には相生という考えがあり、この場合は木生火が当たる。すなわち、木は燃えて火を産み出す。だから、周りの木に火がついたと言うことだ」
リヒトの説明にアッペンはこの石の危険性に気がつき、そっとリヒトに手渡した。
「このような物を持って、森のなかは歩けませんな」
その言葉にリヒトは説明を付け足した。
「大丈夫だ。それぞれの行を司る石は特殊な方法で安定しているよほど近づけない限り火はつかない」
「それはようございました。森を通らないルートを必死になって考えておりました」
「安定性の無いものなど親しき者達には使わん。危険は出来る限りの避けたいからな。だから、最初に言っておく、ミランダによく知りもしない上級職の宝玉を使うつもりなど無い」
リヒトのその言葉にミランダは猛然と反論した。
「それって、私のために他人を実験台にするってことでしょう!ハッキリ、言うけど冗談じゃないわ!他人を犠牲にする気はないわ!初めから私に使いなさいよ!」
ミランダの意見をリヒトは拒絶した。
「元々、私の得た能力は私にあったように調整されている。それ故に他者にどのような影響があるのかもわからない。だからこそ、例え人に責められようとも他人で確かめない限り、ミランダには使用しない」
そう言いきったリヒトの頭のなかに浮かぶのは元の世界で西ドイツで行われていたドーピングにより健康障害を引き起こしてしまい、性転換しなければ生きていくことができなかった女性、大量の薬を飲み続けないと生きていくことができなくなった人々など様々な不幸を量産した。
リヒトもこれが非現実なゲームでなら何のためらいもなくキャラの育成に使用しただろう。
これが妄想の類いの物語の中ならば、リヒトもドーピングなどの副作用による悲劇も物語のスパイスとして楽しんだはずだ。
しかし、魔法があり、魔物いるので夢物語のようにリヒトもとらえてしまいそうになるが、紛れもない現実である以上取り返しが効かないのに親しい幼馴染を実験台にすることなどリヒトは認めることなどできなかった。
例え、他人を犠牲にすることになっても絶対にリヒトは認めないだろう。
それ故にリヒトはこの面倒な状況に追い込んだ天使に対して後できてくれればと思うしかなかった。
最も天使は誤魔化しが利かない状況に追い込み、他人に上級職の宝珠を使用させることが目的だったからだ。
そうでもしないとリヒトは上級職の宝珠を秘匿し続けたことだろう。
「ふざけないでよ!私は認めないから!」
ミランダは自分のテントの中に走り去った。
その様子をじっと見ていたアッペンは走り去った娘を見送った後にリヒトに対して頭を下げて言った。
「リヒト様、父親として娘のことをこれほど思って頂けていることに感謝の言葉が見当たりません。ですが、リヒト様もご存じな様に娘は身代わりを求めるような性格ではありません。しかも、リヒト様にそのような罪を犯させるようなことになれば、なおのこと娘は自分を責め苛むことになります。どうかお願いします。最初に娘に使用して頂きたい。娘のあの性格では止まりません。不都合なことが起きても娘は後悔しないでしょう」
「不都合なことが起きたら私が後悔する。それもわかっているんだろう」
その言葉にアッペンは頷いた。
「確かにわかっております。本来ならば、執事としてリヒト様の気持ちをおもんばかれば娘を止めることが筋なのでしょう。ですが、私が如何に止めようとも止める自信がございません。それに最終的にリヒト様も押しきられてしまいましょう。ならば、娘の好きなようにさせることが良いと思いましたが、リヒト様に娘を止める方法がありましょうか?」
その言葉にリヒトは黙る他なかった。
リヒト自身も最終的に押しきられる未来がありありと思い浮かんだからだ。
今は感情的になり、一方的な言い分を言うだけになっているが、お互いに性格を知り尽くした幼馴染みである。
冷静になれば、リヒトがミランダに甘いことはミランダ自身がよく知っている。
そうなれば、後はじっくりと交渉していけば問題なく、最終的にはリヒトは折れることは間違いない。
ただ、問題はリヒトが自身で考えた条件を満たす者が折れる前に現れた場合だが、条件が難しいことはリヒト自身がよく知っている。
リヒトは自身の不利な状況に溜め息をつくしか無かった。
一方、アッペンはあまり心配はしてはいなかった。
人生経験の長いアッペンは体に悪影響を与える能力増強のための薬、魔法、スキルのことをよく知っていたが、この場合は前提条件としてリヒト自身が使用することが確定している。
それなのにあれほど、リヒトのことを慕っていた天使がそんなモノを使用させるはずはない。
だが、リヒトに悪影響を与えないだけで、その他の者達には有害な場合があるが、その場合もリヒトの性格を鑑みれば、リヒトがひどく傷つくことは容易にわかることだ。
故に天使は留意すべき点として説明することがアッペンには予測することができた。
何よりも天使が上級職の宝珠自体が無理な強化を施すモノで無いことを娘のミランダとの会話から容易にわかることだった。
アッペンの心配は上級職の宝珠ではなく、天使がミランダに渡したと思われる光る何かの方が心配でならなかった。
そこは天使とミランダの会話を聞くことができなかったリヒトとアッペンとの違いでもあるのだが、最大の違いは神というモノが遠くなった世界から転生した如何に神というモノが傍迷惑な存在であるのかを知っている信用することができないリヒトと神というモノが身近なファンタジー世界で生まれ神の恩恵を受けてきたアッペンとでは判断に違いが出てくるのは仕方なかった。
そこまで理解することができたリヒトは味方のいない現状に嘆くしかなかった。
「悪いがアッペン。私にはそこまで神を信じることはできない。だから、足掻くだけ足掻かせて貰う」
「それはリヒト様の選択にございます。私めに強要することはできません。お好きなようになさって下さいませ。私めは少々娘の様子を見てまいります。少しの間、この場を離れることをお許し下さい」
「そのまま朝までミランダと一緒にいてもいいぞ。私は確認したいことがあるから寝るつもりはないからな」
「それはさすがに心苦しいのですが」
「一人になってゆっくりと考えたい。だから、これは私の我が儘だ。気にする必要は無い」
その言葉にアッペンは深々と頭を下げて感謝の言葉を言った。
「それでは娘の元に行かさせて頂きます」
「それとこれも持って行け」
そう言ってランタンを何もないところからリヒトは出した。
「先ほどから何もないところから物を出されていますが、これは空間魔法の一種でしょうか?」
「ああ、そんなモノじゃ無いさ。ただのアイテムボックスの能力だよ」
「リヒト様、本当に隠し事が多い方だ。早めに娘に隠し事を話されることをお勧めします」
その言葉にリヒトは先ほどの騒動を思い出し、少しげんなりとした表情になり早めにミランダに自分の前世のことを話すことに決めた。
「それとリヒト様、後悔のないよう選択されることを私めは祈っております」
リヒトはその言葉に対してすでに後悔だらけになっている現状にいくらチートな能力を貰っても前世と同じように儘ならぬ人生に何でこうなるのか疑問を感じずにはいられなかった。
だが、少し考えるとこのチートな能力のせいで問題が増えているのだと考えを改めるしか無かった。
「仕方ないか。大きな力というのはその分、大きな問題も増えるのモノだな。力が大きければ、力が大きい故に問題が発生し、力が少なければ、少ない故に問題が出る。後悔しないように選択したとしてもいつかは過去の選択に思いを寄せてあの時の選択に後悔するかもしれない。生きてる限り心配の種は尽きることは無い。人生とは儘ならぬモノだな」
そう言って星を見上げるリヒトの哀愁漂う表情にアッペンは何も言うことができず、その場を去るしか無かった。
リヒトはアッペンがミランダのいるテントに向かうの感じながら、ただ、前世では見ることのできなかった澄んだ空を見上げ続けるしかなかった。
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