転生者、旅の供を連れて勇者の追っ手に囲まれる
よろしくお願いします。
リヒトは不思議でならなかった。
自身の『穏行の術』が目の前の二人にあっさりと破られたことが。
それゆえに、リヒトは勇者というこの国で最高戦力に近いはずの存在を確認したことにより、自身の能力の高さによって慢心を抱いていたことを悟った。
この時、リヒトが考えたことはやはりこの手の自分の力で得たモノでないものは注意しなければ、自身の身が危ないと思った。
(これではあの勇者のことを笑うことができない)
自嘲の笑みを浮かべたリヒトにアッペンは微笑みを浮かべながら声をかけた。
「いかがなさいました。反省なされた表情を浮かべられて」
その言葉にリヒトはこの執事が全てわかっていながらされるささやかな気遣いに苦笑しながら答えた。
「いや、私はまだまだと思っただけだ。それにしてもよく気がついたな。完全に気が付かれないようにしたはずだが」
それに対してアッペンは何でもないように答えた。
「そうですな。確かにこのアッペンもリヒト様が術を解かれるまで関知することがいっさいできませんでした」
リヒトはアッペンが動揺のせいで解かれたことがわかっていながら自分の娘がいるので恥をかかせないように気遣われることの頬を引きつかせて聞いた。
リヒト本人は失敗を気遣われて隠された方が恥ずかしく思えて仕方ないのだが、アッペンはその事がわかっていながら隠したのだ。
もっともこれはアッペンによる教育である。
本人にとってより恥ずかしい方向に持っていき、リヒトが同じ状態になっても動揺によって術などを解かないようにするためである。
その事がわかっているリヒトは顔をひきつらせながら更に聞いた。
「ならどうやって気がついたんだ」
「それは簡単なことにございます。娘に街の外に連れていかれたと聞き、慌てて向かいましたが、何処にも見当たらず、気配を探りましてもこのアッペンの探知範囲におられない。どうしたものかと思案しておりましたところ大通りの人混みの中、何故から人一人分の空白地が移動するのを感知しまして、これだと思いました。後は普段のリヒト様の行動、人間関係などからきっと東門から出てこられ、お隣のリンドベルク侯爵領に向かわれる思いました。ここへの到着時間ですが、だいたい予測できました。ですから、これくらいだろうと声をかけた次第にございます」
リヒトはアッペンの説明を聞いて、簡単なはずなど無いだろうと叫びたい気持ちを何とか抑えた。
確かにリヒトの交友関係を考えたら東門から出て、リンドベルク公爵領に向かうことは予想できるが、だいたい気配察知範囲が広すぎる。
リヒトも詳しくは知らないが、街の外から大通り全体の距離はかなりあるはずだ。
しかも、はっきり言って人混みの中の小さな違和感など感知するなどどう考えても簡単にはできない。
更にリヒトがこの場所に到着する時間を逆算するにはリヒトという人物のことを知り尽くしていたとしても運の要素も関わり困難なことなのだが、アッペンはリヒトが油断していたとしても見えないリヒトの背後を取って見せたのだ。
はっきり言って、この男は人間とは思えない事をしているのだが、このアッペンという男にとっては執事の嗜みでしかない。
リヒトがアッペンやったことを理解して唖然としているとミランダが我慢できなくなったか、興奮して叫んだ。
「父さんが人間としておかしいのはわかってるでしょう!!サッサと行くわよ!!」
普段かぶっているメイドとしての無表情な仮面を外し、勝ち気な表情を見せていた。
そんな幼馴染みの様子にリヒトは苦笑し、アッペンは額に手をあてて首を振った。
「まったく、だいたいリヒト!何であんなやつにいいようにされちゃうの!」
そんな幼馴染みの様子にリヒトは懐かしさを感じていた。
彼女とは義妹であるミリアとの関係が冷え込んでから彼女のミリア専属のメイドという立場を鑑みてリヒトから関係を絶っていたからだ。
もっとも、その事で目の前の幼馴染みには良く睨まれており、その事がミランダに対するミリアの信頼を増大することになった。
しかし、彼女自体は父親であるアッペンに命に従い、リヒトの母親であり、マクシミリアン伯爵の夫人であるアメリアにミリアの情報を流していた。
元々、彼女は彼女の父親がリヒトの母親の専属執事であることからリヒト専属メイドになるはずだった。
それを当主であるマクシミリアン伯爵が優秀であった為にミリア専属のメイドにした。
彼女はその事を受け入れたが、裏ではアメリア夫人の命で彼女の人となりを調べていた。
最初の内は問題なかったのだが、勇者セントシャインが現れてからは貴族にあるまじき行い、時期後継者であるリヒトに対する仕打ちなどにより最終的にミリアに対するミランダの好感度は最低になった。
また、勇者セントシャインのミランダに対する自分の女だと言わんばかりの行動は心の底から嫌悪と過去のトラウマを刺激して特定の男性以外は嫌悪対象でしかないミランダにストレスを与え続けた。
それでも、ミランダは我慢し続けたのはリヒトが最終的に自分の集めた情報で当主であるマクシミリアン伯爵を蹴落として、ミリアとあの忌々しい勇者セントシャインを追放してくれると信じていたからだが、心の底では上に立ちたくない人間であり、親を蹴落としてまで当主になりたいとかけらも思っていない男なので追放されるだろうなとも思っていた。
そのために、彼女はあの断罪劇を見ながら思ったことは仕方ないという思いだけだった。
何よりミランダにとっては昔のただの幼馴染みに戻れる方が嬉しかったのだ。
故にその後の行動は早かった。
あの断罪劇が終了後にアメリア夫人の手紙をマクシミリアン伯爵に渡し、夫人が外遊を切り上げて実家であるデルマイユ子爵家に戻ることを告げ、自分達もデルマイユ子爵家に戻ることを話して飛び出した。
その後、父親であるアッペンに予想通りになったことを話まとめていた荷物を持って街を飛び出したが、リヒトの位置がわからず、慌て始めたところでアッペンにまだ外に出ていないことを知らされて内心、父親を疑いながら待ったが、リヒトが現れて胸をなで下ろした。
ただ、安堵した瞬間にミランダは簡単に追い出された怒りがこみ上げてきて、今の台詞につながったが、それはリヒトを本当に心配してのことだった。
ミランダは勘当された貴族の悲惨な結末をよく知っていたからだ。
それに対してリヒトはミランダを安心させるように言った。
「そうだな。親を蹴落としてまで貴族であることに意義を見いだせなかっただけだ」
「だけど、これからどうやって生きっていくつもりよ!」
「取りあえず、リンドベルク侯爵領についてから考えるとしてミランダにアッペン、今まで世話になったありがとう。母にはよろしく言っといてくれ」
その言葉にミランダは髪を掻き毟り、地団駄を踏みながら言った。
「そんな甘い考えでどうすんのよ!勘当されて追放されるって事がどういう意味かわかってんの!」
リヒトはは少し考えて答えた。
「貴族じゃなくなって気楽になった」
「このお気楽男ガァ~~~~~~~~!!!!!!!!」
更に激しい動きで地団駄をミランダは踏み始めた。
その様子にリヒトは嬉しそうに笑い、アッペンは深いため息を吐いた。
「娘をからかうのはそれぐらいにして貰いたいのですが、リヒト様」
「ああ、すまない。だけど、久しぶりだったから。嬉しくてな。それと勘当された身だ。もう様はつけなくていいぞ」
「わたくしめの主人はアメリア様に御座います。アメリア様は今回の件の裏側を知っておいでに御座います。そのアメリア様の願いに御座います。近くで支えることができないアメリア様の代わりにわたくしが支えることを望まれています。ご理解くださいませ」
その言葉にリヒトは自身の母親に感謝すると共に気楽な一人旅はできないと嘆いた。
そして、この男を連れていくことリヒトは不安を感じた。
ただ、母親の執事であるこの男に対する不安の原因を特定することができずにリヒトは同行を許可するしかなかった。
「わかった。許可する。ただ、生活が安定したら戻ってくれ」
その言葉を聞いたアッペンは深々と頭を下げた。
その様子を見てリヒトはこんな時のために集めていた金貨の詰まった袋をアッペンに放り投げた。
「当座の資金だ。預かっておいてくれ」
「少々不用心すぎますな。わたくしめが持ち逃げしないか心配ではありませんか?」
その言葉にリヒトは苦笑しながら信頼した瞳を向け答えた。
「母が信頼している執事だ。それに付き合いも長い。心配してはいないよ。それに持ち逃げされたら私の見る目がなかったということだ」
その言葉に先ほどよりも大きくアッペンはリヒトに頭を下げた。
その様子を落ち着いたミランダはじっと見ていたが、慌てて声をあげた。
「そんなに落ち着いてないでさっさとリンドベルク領に行くわよ!あの王子のことだから追っ手を放つわ!」
その言葉にリヒトは落ち着いた声でミランダに声をかけた。
「落ち着いてミランダ。リカルド王子なら仕掛けるとしたらリンドベルク領についてからだ。あの王子が迂闊なことはしない」
これもリヒトがリカルド王子に対する信頼と言えるだろう。
現在の状況を鑑みてリカルド王子がリヒトを暗殺する可能性は低いと見ていた。
リヒトが無罪であることはリカルド王子も知っている。
そして、リカルド王子は何もかも自分の思った通りに行動できると思うほど愚かではない。
確かに、隠れて王家の権力を利用して非道な行いをしているが、それでも、問題が大きくなりすぎないように注意している。
つまり、リカルド王子の非道な行いの犠牲になるのは貴族の反感がほとんど無い者達に限られていた。
リカルド王子にとって貴族に反感を持たれることが何より恐ろしいのだ。
そして、無罪であるリヒトを自らの指示で暗殺させることは彼と友好関係を築いている貴族にかなりの反感を買うことになり、それらの貴族の力は馬鹿にできないほど持っており、口うるさい存在であったがそれらの貴族の反感をかってまでも殺したいと思うほどでリカルド王子にとっては自分の周りに近づけなくなるだけで良かった。
そこまで読んだリヒトにとってこの様な状態で動きそうなのは愚か者は一人だった。
「心配すべきは別の人物ですよ」
そう言ってリンドベルク侯爵領に続く道をリヒトは睨むように見た。
リヒトside
この状況下で動くであろう勇者セントシャインを頭に浮かべた。
あいつは己という存在が特別であることをうたがっていない。
だからこそ、他人の評価を鑑みることなく行動することができる。
迷惑極まりない男だと思った。
「別の人物って誰?」
「勇者様だ」
心配そうに聞いてきたミランダに答えた。
「アレって、動かすことのできる駒ってあるの」
「金さえ払えばどうとでもなりますよ」
そう答えた私はスキル『千里眼』を行使するとここからしばらく行ったところに森があり、その森の中に二十数人の男達が隠れていた。
その男達の格好から盗賊であろう事が見て取れた。
もっとも、盗賊であることを偽装した裏組織の者達の可能性もあり、絶対に盗賊であるとはいえないが、裏の者達であることはわかった。
逆方向を確認のために見ると同等も規模の盗賊であろう者達が街道をふさぐようにいた。
その様子に私はため息をついた。
そんなため息をついた私にミランダはせかすように話しかけてきた。
「まあ、いいわ。どちらにしろ早く行くわよ」
「そうだな。どちらにしろ進むしかないか」
そう言って歩き始めた私は安全を確保するためにアッペンとミランダにバレても仕方ないと覚悟を決めステータス画面を出して装備を調えることにした。
今まで着ていて服から背中に陰陽魚太極図が描かれた黒服である黒皇龍の鬚で編み上げられた黒皇龍鬚服に代わり、左手には相生の腕輪、右手には相克の腕輪をつけ、左右の腰には古ぼけた剣を一本ずつつけた姿になった。
そのことで後を歩いていたアッペンがいつの間にか服装が変わったことにしきりに目をこすっていた。
その様子を見て私はどんなことがあっても動じることはないと思っていたこの男がしきりにに目をこすっていることに可笑しくなってしまい大声で笑った。
すると前を歩いていたミランダが振り向いた。
「何ゆっくり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ハァ~~~~~~~~~~~!!!!」
ミランダは私の服が変わっていることに驚愕し、大口を開けて私を指さして固まった。
その様子が更におかしくて私は更に大声で笑い始めた。
「ち、ちょっと、お父さん!いつの間にか着替えさしたのよ!こんなださい服に!」
「すまない、娘よ。いつの間にか変わっていた」
「ハァ~!そんなはずないでしょう!」
絶叫を上げる彼女は間違いなくかつての日常を象徴する存在だった。
その言いたいことがお互いに言えなくなってどれくらい過ぎたを感傷に浸っていると『千里眼』で監視していた盗賊らしき男達が動き始めた。
その事に気がついたのか、アッペンが娘であるミランダを放置して真剣な表情で私に話しかけてきた。
「どうなさいますか、リヒト様」
「ここで戦うしかないだろう」
そう言った私は今まで意識的に押さえていた覚醒スキルである『太極』のスキルを解放する。
覚醒スキルとは『覚醒者』に至った者が得る特殊なスキルで強力な効果を有している。
そもそも、『覚醒者』の数は『ラストジェネシス』の数千万いると言われているプレイヤー人口に比べてわずか六十人しかいない。
年に春、夏、秋、冬にあるプレイヤー同士の対戦イベントで上位三位までにはいったプレイヤーのみに与えられるアイテムによって覚醒に至るからだ。
それ故にこのイベントは『覚醒者』に至ったプレイヤーは二度と参加する事ができない。
私は最も古いイベントで覚醒アイテムである『太極玉』を手に入れて『神仙』に至った。
そして、『神仙』に至った時に得た初めての覚醒スキルが『太極』だった。
このスキルの効果は『仙人』特有の術スキルである『仙術』の効果を十倍にし、『仙人』固有の装備である『宝具』の装備数を3から5に増やし、更に強力な『宝具』、武具、アイテムを製作する事ができるようになる。
更にステータスにも修正が入り、効果を発揮すると『ラストジェネシス』では三割高くなることになる。
もっとも、ゲームでの話なので実際にこの世界ではどれ程修正がはいるかわからないのだが、私を転生させた神はきっとスキルの効力を上昇させていると思われる。
私にとっては余計なことでしかないのだが・・・・・・。
そんなことを考えているとミランダが私たちの会話に心配になったのか、話しかけてきた。
「何があったのか、わからないけど急ごう」
「ミランダ、待ち伏せに遭いました。盗賊らしき者達がもう来ますよ」
「え、嘘!」
その言葉の後に馬に乗った盗賊らしき者達が現れた。
その数は三十人に増えており、斥候と合流したようだったが、私にはまったく脅威に感じることはなかった。
更に念のためにスキル『仙眼』を使用して相手のステータスを確認するが、ほとんどの者達が百前後のステータスしかなく、もっとも、高いステータスを持つ者で二百に届く程度だった。
ただし、それは私の主観でしかなくミランダは震えを隠そうとしていましたが、隠しきれずに腕が微かに震えているのを見逃しませんでした。
転移符でリンドベルク公爵領に転移することも考えましたが、久しぶり何の垣根もなく話すことができるようになった幼馴染を怖がらせている者達に苛立ちを持った私はこいつらを殲滅することにした。
ですが、そんな私にミランダは恐怖を押し殺していった。
「私とお父さんが食い止めるから逃げて!」
そう言って前に出るミランダの肩を叩いて安心させるように微笑んだ私は前に出た。
「私に任せて、後ろに下がって」
「何言ってるの!風水師でしかないあんたが土地の加護も無いのに勝てるわけ無いでしょう!速く行って!」
「ミランダ、リヒト様の邪魔になります。下がりましょう」
そう言って逃がそうとしてくれるミランダを後から抱えてアッペンが下げようとしました。
「お父さん!何考えてるの!ちょっとどうしたの!そんな青い顔して」
「早く来るんだ!本当にリヒト様の邪魔だ!お前にはわからんのか!リヒト様から放出され荒れ狂っている力が!」
アッペンの言葉で私は仙氣を放出していたことに気がついた。
この事で自身がいかに力のコントロールができていないことを自覚した私は制御の為の訓練をする事を誓いミランダに向かって声をかけた。
「実はミランダ。私の職業は風水師ではないんだ」
「どういうことよ!今すぐ説明しろ!」
「ハァハァハァハァハァハァ、こんな状況で説明できるわけないだろう」
「このばかやろーーーーー!!!!!!!」
一通りミランダをからかった私は右手で腰に差していた剣の一本引き抜き、意識することで出した結界の『仙術』である『陰陽天蓋領域』を封印した仙符を投げてアッペンとミランダを守る結界を発動させた後、
馬の勢いを殺さずに私に向かってくる盗賊らしき男達に私は神鉄如意と火、水、木、土、金の仙氣でそれぞれ満たされた仙石で製作された五行剣に仙氣を込めて振るうと剣が伸び、盗賊らしき者達に向かっていた。
読んで頂きありがとうございました。