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布草

 地震が砂蛇をよび、地下の川をらせた。

 二百年続いた草原の平和は、地震により終わりをむかえるのかもしれない。

 話がまとまり、宴を開くという村長の申し出を断るかわりに、いくつかの疑問に答えてもらった。

 ルビアレナ村の人口は、二百を少しこえるくらいとのことだ。

 バウセン山の周辺で農業をすることはできないのかという問いには、西方の土は塩分を含んでおり、普通の作物は育たないという答えを得た。農業が可能なら小麦の種もみなどを持ってくることも考えたが、難しそうだ。

 塩分を含む土壌にもかかわらず、青々とバウセン山を取り囲んでいる背の高い草は、布草とよばれている。どんなところにでも根を張り成長するが、土の力を根こそぎ奪うため、一度布草が生えた土地には雑草でさえ育たなくなるらしい。羊や馬は、絶対に布草を食べないらしいので、飼料にすることもできない。布や、おそらく茶色い紙の原料にはなるのだろうが、食料生産にはつながらない。

 つまり、この村は今までのように完全自給自足生活を営むことができなくなり、外部から食料を供給しなければ生きていくことができないわけだ。現地勢力の調略という意味では、私たちに食料を依存させることは成功だともいえる。売るものがない相手ならともかく、ルビアレナ村は武器という代償を支払うことができるわけなので、交易はお互いの利益になるはずだ。


 話が終わり、村長が出ていくとユリアンカが不機嫌そうな声を出した。

 「なんで宴会を断ってんの。同じものばっかりて、たまにはうまいもの食いたいじゃん」

 口をとがらせるユリアンカに、諭すような口調でいった。

 「今回持ってきた食料は、兵士なら一個大隊の一日分の食料にすぎない。この村の人口が二百人なら、せいぜいが三日分だ。現在、白茸しらたけがどの程度取れるのかわからないが、食料が不足しているのは間違いないだろうし、宴を断る方が恩を売れるんだ。それに、魚の干物が出てくるかもしれないぞ」

 魚ということばをきくと、吐く真似をしてユリアンカは奥の寝室へ向かった。前回寝ていた部屋の前で立ち止まるが、思い直したように別の部屋に姿を消す。

 少人数での野営は、かなり緊張を強いられるので、安心して眠ることができるのはありがたかった。食事の用意ができれば、誰かがくるだろう。私も寝室の一つに入り、ベッドに横になる。

 交渉で欲をかきすぎていれば、これほど安心して昼寝はできなかったかもしれない。法の及ばないこの場所では、食料欲しさに命を奪われることもあるだろう。ユリアンカはかなりの手練れだが、二百人の村民を相手にはできないはずだ。弓を注文しても断らなかったということは、弓で武装した村民がいる可能性もある。命のやり取りで、私が役に立たないことをユリアンカに伝えるべきだろうか。いろいろと考えているうちに、意識が遠のいていった。


 「爺、起きろよ。メシの準備ができたらしいぞ」

 ユリアンカの声に目がさめる。

 外は暗くなっており、思ったより長く眠っていたようだ。

 居間のテーブルには、すでに食事が容易されていた。

 料理は小麦粉で作った無発酵のパン、白茸のスープといった簡単なものだったが、心配した干した魚は入っていなかった。

 「ユリアンカ、明日の朝いちばんで出発する。お兄さんのハーラントに頼んで、羊を融通してもらおうと思う。おそらく、羊が余るはずだから――」

 そこまでいって、あわててはなしを止める。越冬する羊のために残された、牧草地の草の量は決まっているはずだ。一定の数の羊以外は人々の冬の食料になるが、戦士を百名以上失ったキンネク族なら、百名が四か月暮らすだけの食料が余る計算になる。ただ、その戦士たちを殺したのが私たちなのだ。

 ユリアンカの表情には、特に変化はなかった。ほっと胸をなでおろしながら、食事を平らげ、ふたたび寝室に戻る。いくらでも眠れそうだ。

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