砂蛇
「ユリアンカさん、これはいったいなんなんだ」
この四人の中で、唯一この現象について知っている可能性のある鬼角族は、無数に穿たれた穴を唖然として見つめていた。
なんどか声をかけると、我にかえったユリアンカがこちらに顔を向けた。
「砂蛇、だと思う。あたしも実物を見たのははじめてだ。地面の中にデカイ蛇みたいなのがいて、ああいう穴を掘って獲物が落ちるのを待ちかまえてるらしい」
モグラのような蛇がいるということか。地面の中で、獲物が来るのをじっと待ち続ける巨大な蛇が、この場所に何匹いるのであろうか。
「砂蛇はゆっくりしか動かないから、十分な距離をとれば危険はないはず。ただ、あの穴に落ちれば、馬もあたしたちも終わり。遠回りになるけれど、もう少し北に迂回する」
もちろん、全員が同意した。
二本足で歩く羊である黒鼻族も、頭に角が生えている鬼角族も、奇異ではあるが、ある意味で常識の範疇内であった。しかし、馬を飲み込むような巨大な蛇が存在するというのは、理解を超えてしまう。人間が次々と世界を征服し、かつて存在した魔物や怪物はどんどん数を減らしているという。竜は伝説であり、人とよく似た姿をした異種族は、世界の果てに追い払われた。だが、このように人の世界を離れれば、まだまだ巨大な蛇が闊歩する魔境なのだ。
その夜の野営は、いつになく緊張した雰囲気が漂っていた。
いまにも地面の下から、巨大な蛇が飛び出してくることを全員が恐れていた。
ユリアンカが兄のハーラントから、耳をすませば砂蛇の地面を掘る音がきこえるといわれていたのを知り、火を囲んでも誰もはなしをせずに耳をそばだてていた。
沈黙に耐えられなくなった私が、はなしの口火を切る。
「狼に襲われたのは、あの砂蛇と関係があるんじゃないかな」
ユリアンカが火を見つめながら、「なぜ」とつぶやいた。
「狼の獲物が砂蛇に奪われ、食べるものが無くなったのかもしれない。あるいは、自分たちの身の危険を感じて、東に逃げてきたのかも」
「そうかもしんないし、そうじゃないかもしんない。難しいことはわからない」
もっともな答えだ。ユリアンカにもわからないだろうが、可能性はある。
ひょっとして、鬼角族のナユーム部族が攻めてこないのには、砂蛇が関係あるのではないだろうか。
「ユリアンカさんも見たことがなかった砂蛇が、なんであんなにたくさん現れたんでしょうか。なにか思い当たることはありませんか」
ユリアンカがなにかをいおうとしたとき、ジンベジが突然口を開いた。
「そういえば、ターボルに戻ったディスタンさんと話をしていた時に、地震のはなしをきいたことがあります、教官殿」
地震のことは初耳だった。
「ちょうど半年ほど前、チュナム集落もかなり揺れるような大きな地震があったそうです。天幕が倒れて、何人かケガ人が出たらしいです」
半年前なら、私はまだ西方へ来ていなかった。
「そういえば、前に地面がものすごくグラグラ揺れたことがあるよ。馬が暴れてえらくめんどくさかったのを覚えてる」
地震でなにかが変わり、この西方の地に大きな変化が生まれたのかもしれない。
だが、砂蛇は私の担当外だ。兵士を鍛えることならできるが、怪物を倒す方法は軍の蔵書にはなかった。
その後、誰もなにもはなさず、夜は暮れていった。
ほかの三人が心地よい夢の世界を漂っているあいだ、私はバウセン山から切ってきた背の高い緑の植物を調べていた。茎の表皮は、加工すれば麻のような繊維が取れそうだ。あの粗雑な布の原料はこれだろう。茎は指三本あわせたより太いが軽い。この長さなら、乾燥させて先端に穂先をつければ投槍としても使えるかもしれない。この植物が、木材の不足を補う手段となれば、面白いことができるかもしれない。




