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指揮官の業

 その日は解散し、次の日は朝日がのぼるとともにヤビツをテントによんだ。

 昨晩のうちに、ストルコムからこのチュナム集落の状況は確認していた。

 鬼角族は百名程度で、三十日前後で襲撃を繰り返しているらしい。

 これほどひどい状況でも脱走者がほとんどいないのは、ここより西には鬼角族しかおらず、西に逃げるのは自殺行為だからだ。鬼角族にとって人間は家畜にすぎないから、亡命などありえない。東には集落がほとんどないので、けっきょくターボルを通過せざるをえず、そうすればそこで捕まる可能性が高い。北と南には荒涼たる荒れ地が続いているだけで、踏破することはきわめて困難である。つまり、ここから逃げ出すのは、踏みとどまること以上に命の危険があるのだ。

 そして一番衝撃的だったのは、防御陣地を構築するにも、周辺に木や岩がほとんどないということだった。柵や逆茂木のような障害物を用意することができず、穴を掘るくらいが関の山だ。

 鬼角族の兵士は巧みに馬を操り、馬上で大太刀を軽々と振り回すという。

 個人の武と数で劣り、堅固な拠点を準備できないのであれば、戦闘に勝ち目はないだろう。

 自分が死ぬことはかまわないが、信頼して慕ってくれる部下たちを死なすわけないはいかない。

 相手の予想しないような方法で、相手の急所を叩くような作戦が必要だ。そんな方法があるのだろうか。

 「おはようごじゃいます。お呼びだというので来ましぃた。ヤビツでしゅ」

 悩んでいると、もこもこした羊人がきたので天幕に入ってもらう。

 「おはよう、ヤビツ君。今日は少し相談があってきてもらったんだ。少し話をしてもいいかな」

 ボタンのような目でこちらを見つめている黒鼻族は、うなずいて同意した。

 「私たちは君たちを守るためにここにいるが、残念ながら兵士も武器も足りない。これはお願いなんだが、君たちも戦いに参加してもらうことはできないだろうか」

 「しょれはできましぇん」即答だ。「私ぃたちは戦えないのでしゅ」

 「自分たちの命を守るために、戦うことは恥ずべきことではないよ」

 ヤビツはかぶりを振った。

 「戦いたくないわけではなく、戦えないのでしゅ」

 そういって、その両手をこちらに向ける。先端が黒い蹄になった、二又の指が見えた。

 「私ぃたちの指は、重いものをしゃしゃえたり、にぎったりできないのでしゅ。武器をもってたたかうことができれば、私ぃたちもぢぶんの身を守るために戦いましゅ。チュナムどくの男は勇敢でしゅ」

 なるほど、たしかに指が二本では物を強く握ることは困難だし、細々とした作業もできないだろう。

 「そういうことだったのか。ちなみに、チュナム族同士では戦わないのか」

 「戦いましゅ。チュナムどく同士ぃの戦いでは、これをぶつけあいましゅ」

 そういって、ヤビツは右手でおでこのあたりを叩いた。カツンという固い音が鳴り、頭がかなり固いことをうかがわせた。おそらく、頭と頭をぶつけあって、優劣を決めるのであろう。殺し合いのない、平和な戦い方だ。

 ただ、鬼角族相手に頭突きなど狙えば、大太刀に切り伏せられてしまうだけであろう。せめて槍を持てれば戦いようもあるのだろうが、ハサミのような手先では、それも期待できない。

 ならば、手に槍を縛り付けるというのはどうか。いや、両手を槍に縛り付ければ、転倒しても起き上がれないし、片手では力が足りないだろう。

 しかし、我々が勝つためには、黒鼻族を戦力化するしかない。

 「ヤビツ君、君たちは弓は使えないのか。弓が無理なら石を投げたりはできないだろうか」

 ヤビツは少し悲しそうな顔をした。

 「弓はつかえないでしゅ。石は投げられないわけではありましぇんが、指ではしゃむ力が弱いのであまり遠くまでとばないでしゅ」

 その時、ひらめくものがあった。

 「失礼かもしれないが、君の腕はどこまで回るのかな」

 自分の腕を、伸ばしたまま後ろに引き、そのまま石を投げるときの要領で前方に振りぬいて見せる。

 「こんなふうにできるかな」

 ヤビツは、私とほとんど同じ動きをまねてみせた、十分な速度で。

 なるほど、あの武器ならば使えるわけか。

 「じゃあ、私と力比べしてもらってもいいかな」

 そういいながら、ヤビツの手をつかんで力を入れるが、ビクともしない。

 これだけの膂力りょりょくがあれば、左手に固定する盾を、右手に手鉤のようなもの装備すれば接近戦で十分戦えるだろう。

 「どうかしぃましぃたか」

 きょとんとしたヤビツに笑顔をかえし、礼をのべる。顔を洗う水の準備を頼むと、ヤビツは天幕を出ていった。

 あとで伝令を送って、装備の補充を依頼をしよう。

 ワビ大隊長は私のために装備を送ってくれるだろうか。

 補充兵がくるまでどれくらいの時間がかかるのだろうか。

 黒鼻族を兵士にする訓練は間にあうのか。

 あと二十日もすれば、鬼角族が襲撃してくることは間違いないのに、絶対的に時間が足りない。


 ヤビツが持ってきた水で顔を洗い、召集の鐘を鳴らすと、二十八名の兵士たちが本部天幕の前に集まってきた。整列するのを待ち、今日の任務を命令する。

 「おはよう、みんな。今日からは、私たちが生き延びるための陣地をつくってもらう。歩幅で一辺四十歩の方陣を構築する。これは他の誰のためでもなく、自分たちの命を守るためのものだ。溝を掘り、その土を内側に壁として積み上げるだけだが、馬での突撃を防ぐ効果はあるはずだ。鬼角族の襲撃にそなえ、丘陵の東側、集落の入り口の外まで来てくれ。腹が減っては戦はできない。今日はたっぷり朝飯を食ってくるんだぞ」

 兵士たちから笑いがもれた。笑えるということは、まだまだ士気が旺盛だといえる。

 単純な土木作業だが、無駄なことを考えなくてよいというのは大切だ。

 食事のあと、ここに再集合することを命じていったん解散し、ストルコムをよぶ。

 「ストルコム君、重要な任務があるので頼まれてもらいたい」私のことばに、ストルコムが緊張した表情をみせたので、すぐに続ける。「それほど大したことではないよ。ターボルまで伝令を頼みたいだけだ。手紙をワビ隊長に届けてもらいたい。そして、補充兵が到着するのがいつなのかも確認してもらいたい」

 「なんだ、それだけのことですか」

 ホッとした表情のストルコムに、声をひそめて秘密の命令を伝える。

 「これは個人的な依頼なんだが、ターボルの町で大きめのやじりを、できるだけたくさん買ってきてほしい。なければどんな矢じりでもいい。正銀貨を五枚渡しておく。釣りはなんでも好きなものを買っていいぞ」

 ストルコムはニヤリとして、伝令の準備をするために天幕へ戻っていった。


 兵士たちは私のことを信頼し、命令に従ってくれるだろう。訓練トレーナー贈物ギフトは、平時でこそその力を発揮する。

 戦いになる前に、どれだけ準備ができるのか。我々の生死は、その一点にかかっていた。

 約束された敗北と、必要な犠牲のことを考えると気が重くなる。

 この守備隊が鬼角族を撃退するためには、黒鼻族を兵士として戦わせるしかない。それは二十日後には絶対に間にあわない。もし、われわれが完全に黒鼻族のことを見捨ててしまえば、それ以降黒鼻族の支援は受けられなくなるだろう。つまり、次の襲撃に対して、全体に勝てない戦いを、最小限の犠牲で敗北する必要があるわけだ。

 黒鼻族を味方につけるために仲間の命を奪い、その命を代償に黒鼻族を戦闘に参加させて、その命を奪う。指揮官というのは、これほどまでにごうが深いものなのだろうか。

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