乗馬
「罪は贖われた。それでは解散」
兵士たちは、みな満足したように天幕の前を去っていく。ホエテテとジンベジは、押さえつけていたユリアンカを離して、こちらに指示を求める視線を送ってきたので、首を横に振って立ち去るようにうながした。
テーブルに伏しているユリアンカの、後ろ手に縛った紐を引っ張って体を起こす。
ユリアンカの顔は赤く上気し、目には涙が浮かんでいたが、なにもいわなかった。
「腹が立つなら、兄のハーラントに告げればいい。もしハーラントが私を殺すというのなら、それに従おう。だが、あなたが私を殺すと人間とキンネク族のあいだで戦争が起きる。ナユーム族を相手にするだけでも大変なのに、君たちは挟み撃ちにされることになるぞ」
私が殺されたからといって、ワビ大隊長が鬼角族を攻撃するとは思えないが、この嘘がユリアンカに私の殺害を思いとどまらせる効果があるかもしれない。
「明日朝いちばんに、ここを出てハーラントに会いにいく。ここに残しておくわけにもいかないので、三人の侍女も一緒に来てもらいたい。今晩のうちに準備をしておいてくれ」
そういい残し、ユリアンカを置いて本部天幕に戻る。メチャクチャに壊された収納箱の書類を、とりあえず鍵のかかる箱に移さなければならない。馬の準備も必要だ。今晩は眠れそうになかった。
翌朝、起床の鐘が鳴る前に、天幕の前でホエテテとジンベジが旅の荷物を準備して待っていた。
ツベヒが馬に乗れることは知っていたが、この守備隊の指揮を任せるつもりだったので選ぶわけにはいかなかった。ジンベジは三十名の中で一番の腕利きだし、ホエテテはその体格が鬼角族と遜色ないので、今回の旅には最適だと判断したのだ。問題は二人とも馬に乗ったことがないことだが、習うより慣れろとのことばもあるので、それほど心配はしていなかった。指示通り、ホエテテもジンベジも皮鎧とマントだけを身につけ、腰には鬼角族の大太刀を佩いていた。
「よし、馬に鞍と鐙はつけてある。まずは、馬に慣れるために手綱を引いてついてきて欲しい。その後で乗り方を教える」
ジンベジは楽しそうに馬の手綱を引いて進むが、大男のホエテテは、おっかなびっくりで手綱を持ち、馬がなかなか動かないので苦労していた。私は鐙に左足をかけ、右足を大きく揺らし、その反動で華麗に鞍の上に体を乗せる。ホエテテがみせる尊敬の眼差しが面映ゆいが、乗馬はとにかく慣れることなので、旅の終わりには二人とも立派な騎手になっているだろう。
そのままユリアンカたちの天幕に向かうと、ユリアンカと侍女たちも、すでに旅の支度を終えていた。
昨日まであった大きな天幕は影も形もなくなっており、天幕がどこにどう収納されているのかわからないが、侍女たちの乗る馬にはいくつかの大きな袋が結わえつけられている。
「おはよう。お兄さんのところまで行ける食料はあるかな」
「大丈夫」
ユリアンカはそれだけしかいわず、こちらを見ることもなかった。
「それでは出発する。道案内は君たちに頼む。ハーラントにとても大切な話があるんだ。これはお互いにとってとても大切なことだから、私を殺すのはその後にしてもらいたい」
返事もせず、ユリアンカは馬を並足で進めた。待女達もついていく。
私は馬を降り、ジンベジとホエテテに馬に乗ることを試すように指示する。
ジンベジは軽々と鞍の上に腰を落ち着けたが、ホエテテはどうやっても一人では馬に乗れないようだった。ホエテテの尻を押し、鞍の上まで押し上げてやっと騎乗の人にする。
「ジンベジ君とホエテテ君は、しばらくは馬に慣れるため、そのままついてきてくれ」
すばやく馬に乗ると、二人のあいだに割り込み、二頭の馬の尻を手で軽く叩く。やっと馬が動き出したのを確認してから、今度は二頭の前に出て、その先導者となった。




