未知
予想は常に裏切られる。
私なら、二度の族長の交代で生まれた混乱に乗じて攻撃をしかけるが、エルムントという族長には別の考えがあったようだ。ひと月ほど過ぎてもハーラントからはなんの連絡もなく、ユリアンカの侍女を伝令に走らせても特に異常はないという答えがかえってきただけだった。
まずい。
この地域で戦闘がなければ、チュナム集落防衛隊は完全に撤退することになるだろう。羊たちには予備も含めた十分な数の投槍器を渡しているし、投槍さえ供給すればある程度の戦闘力を持ち続け
ることができる。黒鼻族は頑健な肉体を持ち、恐れを知らない戦士であることを証明したが、私には黒鼻族が鬼角族に勝つ姿を思い浮かべることができなかった。
ユリアンカに鍛えられた兵士たちの腕前はかなり上達したが、ジンベジのように武術家を目指しているわけではないので、そろそろみな飽きてきていることも事実だ。なにか行動しなければ、ここを去らなければならない。いつのまにか、このチュナム集落での生活が気に入っていたことに、改めて気がついた。なにか軍に有用なことができれば、役に立てればここでの生活を続けられるかもしれない。ある計画が頭の中で形作られていった。
「ツベヒ君、これから少しターボルにいってくる。君をこの隊の指揮官代理に任命する。二日後には戻るから、訓練はこのまま続けてくれ。もしハーラントから応援要請があった場合、私の帰りを待ってくれ。この集落が襲撃された場合、可能な限り防御して、無理なら撤退することも許可する」
「隊長、ターボルに用があるのであれば、私が伝令になりますよ」
任務の説明が難しいため、書面にしたり、ツベヒに伝言を頼んだりすることは問題を複雑にしてしまう。
「いや、今回は私が直接ワビ大隊長に話をする。許可が得られれば、君にも詳しい説明をするが、許可が得られない可能性もあるので、いま詳しい話はできない。ユリアンカさんをよんできてくれないか」
ツベヒが天幕を去り、しばらくするとユリアンカが入ってきた。
「爺、なにか用事があるんだって?」
「ジジイじゃなくて、ローハンさんだろ。まあいい。これから、私はターボルの町にいってくる。二日ほどは戻らないので、これは二日分のご褒美を先に渡しておく。私がいなくても、訓練を続けてくれよ」
飴を六つほど手渡すと、ユリアンカはすべて飴を口に放り込み、幸せそうな顔をしていた。
「全部の飴を今食べるのは勝手だが、訓練はサボらないようにしてほしい」
「甘ーい」
私の話を真剣にきいているのかどうかわからなかったが、留守にするのはたった二日のことだから大丈夫だろう。ターボルで、ユリアンカの喜びそうなお土産でも手に入れられればいいが、あくまでも今回は自分の計画を大隊長に売り込むために出かけるわけなので、お土産は二の次だ。
「じゃあ、今日も訓練を頼むよ」
口に頬張った飴に夢中なユリアンカを置いて、私は天幕を出た。馬はいるが鞍はないので、ターボルまでは徒歩で向かうことになる。戦車は荷物が載せられないので、帰りは馬車を用意してもらうつもりだ。
大隊長は許可を与えてくれるだろうか。人間として初めて、バウセン山の鍛冶屋とよばれる、高度な技術を持った種族と接触をすることを。私たちの知らない技術が手に入るのであれば、この守備隊の存続理由になるかもしれない。個人的にも、未知の武器や技術に興味がある。命をかける価値があるかどうかはわからないが、世界には私の知らないものや、人がたくさんいるということがうれしかった。
訓練という贈物のためには、未知の知識こそ必要なのだ。




