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肉屋の勘定書き

 こちらの基本的な作戦は簡単だ。

 左右を2列横隊の槍隊が、中央には盾を持った超モコモコ羊部隊を先頭にした投槍隊が前進。

 回りこんでくる騎兵の攻撃には、槍隊の機動で対抗する。

 たった二列であっても騎兵は槍衾を嫌うから、鬼角族は組しやすい中央の羊へ攻撃をしかけるはずだ。

 その攻撃を超モコモコ羊で受け止め、後方の投槍隊で敵騎兵を仕留める。

 「並足進め!」

 ストルコムの怒鳴り声と、ヤビツの鳴き声で、百人を超える兵士が隊列を維持したまま全身をはじめた。

 「よし、我らもいくか」

 馬上のハーラントが、私に声をかけるが、実戦への恐怖で私の足は前に進むことができなかった。

 異常な緊張は、前より悪化しているのではないか。

 不審な目でこちらをみるハーラントに、私はなにもいい返すことができなかった。

 「教官殿、ひょっとしてまたおこりの発作ですか」

 突然ストルコムが大声で叫んだ。

 「おい、鬼角族。教官殿は南方で瘧にかかり、時々発作をおこすことがあるんだ。すべての指示は俺が受けているから、俺たちはこのまま作戦を続けるぞ」

 機転をきかしたのだろうが、そんないいわけで鬼角族が納得するとは思えなかった。不機嫌な顔をしたハーラントは、一瞬だけ私の顔をみて、ハーラントをにらみつける。

 「まあどうでもいい。だが二度と鬼角族と呼ぶな、人間」

 ストルコムは軽くウインクをし、部隊と一緒に前進していく。

 派手派手な兜をかぶり、周りには誰もいない状態で立ちつくす私の姿は異様だが、いっしょに前進しても、特別なにかができるわけではなかった。

 数百の兵士が対陣する戦場の中で、私の周辺だけ時が止まっている。

 次の瞬間、鬼角族の両翼が動いた。

 それぞれ数十の騎兵がこちらの右翼よりさらに右に、左翼よりさらに左へ駿馬を駆って槍隊を側面から攻撃しようとする動きを見せる。

 作戦その一は失敗した。その場合、作戦はその二に移行することになる。

 私がそう思ったのとほぼ同時に、ストルコムがわめいた。

 「投槍隊突撃!」

 すぐに、ヤビツの悲鳴のような鳴き声が響く。

 超モコモコ羊を先頭に、横列など一切無視して黒鼻族たちが敵に向かって駆け出した。

 先ほどまで槍隊と組んでいた、一糸乱れぬ横列は瞬く間に姿を消し、訓練など忘れた烏合の衆が口々にメエメエ叫びながら突っ込んでいく。

 なにより慌てたのは、ハーラントの弟だろう。

 別動隊に三十、左右にそれぞれ三十ずつ騎兵を送ったのであれば、本隊の人数は百五十にすぎない。数の上では羊たちの方が優位である。

 しかし、鬼角族の逡巡も一瞬であった。腰の大太刀を抜くと、羊の群れに騎兵が突き進む。

 悪鬼のような叫び声をあげながら、巨大な体躯の馬に乗り真っすぐ向かってくる兵士をみれば、人間なら震えあがる。私たちの槍隊も、貧弱な二列横隊ではとても騎兵突撃を防ぐことはできなかっただろう。

 しかし、羊たちは恐れない。私がそのことに気がついたのは、前回の戦いのときだった。

 本来、羊は臆病な動物であり、黒鼻族も一人一人では怯弱きょうじゃくな性質を持つ。ところが、群れになると臆病さは影を潜め、興奮すると狂乱状態におちいる。もともと戦うことに適していない種族であることが関係しているのかどうかはわからないが、私はそれを利用することにしたのだ。


 鬼角族の騎兵が大太刀を手に羊たちの群れに飛びこむが、羊たちはひるまない。

 至近距離での投槍は、面白いように鬼角族たちを貫いていく。

 馬に踏みつぶされる黒鼻族もいるが、その体に馬がつまずいて、そのまま横倒しになるものもいる。

 特に活躍しているのは超モコモコ羊たちで、木の板の盾しか持っていないが、何度切りつけられても倒れずに鬼角族の足止めをしていた。

 黒鼻族の毛は太くて密度が濃く、脂で守られているので、かなり切れ味の良い刃物でない限り、その肌まで切り裂くのは難しい。もちろん黒鼻族一人の毛なら、鬼角族の大太刀から身を守ることはできなかっただろう。そこで、数人分の羊毛を一人の黒鼻族に着こませて、羊毛製の鎧に仕立てたのだ。

 その羊毛の鎧も槍や弓であれば貫けたかもしれないが、鬼角族が馬上で使う湾曲した大太刀は斬ることに特化しているため、超モコモコ羊を斬り殺すことができないのだ。

 そのことに気がつき羊の頭に切りつけるものもいるが、黒鼻族の頭蓋骨は異常に固く、致命的な一撃を与えられなかった。

 戦局は私たちに有利に見えたが、今度はこちらが肉屋の勘定書きをもらう番だった。

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