ガンディン北方軍団軍団長
「じゃあ、ウーリンデは……」
ホエテテには、妻にした鬼角族の女性がいた。遊牧民の戦では、降伏して支配下に入らない男と、役に立たない老人や子どもは殺され、女性は持ち物として分配される。ホエテテの妻であるウーリンデもきっと――。
「敵は油断しているはずだ。相手が予想しているより早く動く事以外に勝算はない。しっかり飯を食って、しっかり休んでおけ」
ホエテテの心配をやわらげることができるのは、命令だけだ。自分で考えず、人の命令に従う。責任は自分ではなく、命令を発した人間に委ねられる。結局、私も鬼角族のことより自分たちの戦争のことを優先し、体良く道具として使っていただけなのだ。この結果を予想できなかった、いや、しなかったのは私の責任であり、ハーラントやホエテテに罪はない。もし、ユリアンカがさらわれていたとすれば、これほど冷静でいられただろうか。
「これからタルカ将軍に報告してくる」
そういい残すと、私は部屋を出た。
タルカ将軍は自室におり、すぐに会ってくれるとのことだった。先日の士官に連れられ部屋に入ると、すでに先客がいるようだった。
「おお、ザロフ君。ちょうどいいところに来た。紹介しよう、こちらが北方軍団軍団長ガンディン君だ」
ガンディンは藁のように痩せこけてはいたが、その眼は人を射るような強い光を放っていた。北方軍団は、タルカ将軍の肝いりで再建される予定であり、将軍のお眼鏡にかなった人物であるということは、この男もさぞ有能なのだろう。
「ローハン・ザロフです。よろしくお願いいたします」
私の差し出した手を、ガンディンは細いが大きな掌で強く握りかえす。
「アニエレ・ガンディンです。西方での活躍はきいていますよ。お互い部隊の再編制で大変ですが、頑張りましょう」
真っすぐにこちらを見る瞳に嘘はなく、軍人としての本分を果たす好漢であるという印象だ。
「将軍にお伝えしたいことがあるんですが、よろしいですか」
そういいながら、チラリとガンディン軍団長の方に視線をはしらせる。
「個人的な事でなければ、軍団長に同席してもらっても問題ないと思うが、どうだろうか」
私はうなずき、はなしを続けた。
「まずは、キンネク族のハーラント族長への処置に感謝いたします。ハーラントは、西方軍団の為には必要不可欠な同盟者です。もし、ケガの為に命を失うようなことがあれば、西方軍団の再建計画はより多くの費用が必要になり、再編成も大きく遅れるところでした。今後も治療には最善を尽くしていただきたいと思います」
タルカ将軍は続けるよううながす。
「まず、今回の経緯について報告いたします。我が国の同盟者であるキンネク族と、ナユーム族のあいだには以前から確執がありました。キンネク族については、完全に私たちの同盟者ですが、ナユーム族については、報奨という利益につられて参戦した部分があります。ギュッヒン侯が敗北するまでは、ともに協力して反逆者の軍を攻撃していましたが、戦争が終わるやいなや、ナユーム族は私たちの同盟者であるキンネク族への攻撃をおこないました。戦争のどさくさにまぎれ、自分たちの権限を拡大するという目的だと思われます。ナユーム族の族長エルムントは、狷介な老人で私たちを軽んじています。このままだと、西方の町々はナユーム族の攻撃を受ける可能性があり、西方軍団と我が国の権威は大きく傷つけられるに違いありません」
「なるほど、経緯はある程度理解した。それで、私にどうしてもらいたいのか教えてくれ。だが、あらかじめいっておくぞ。兵は出せない、特に騎兵は無理だ」
タルカ将軍の言は、ある程度予測できたものだが、同時にひどく私を失望させた。残された取りうる手段はほとんどない。
「お願いしたいことは三つあります。まず、一つは、三百名の投槍部隊に最低限の装備を用意してもらえませんか。騎兵としての訓練をしている時間はありません。すぐに実戦を経験することになりますので」
テーブルの上を見つめたまま、将軍は黙っていた。
「二つ目のお願いは、用意できる限りの弩をお借りしたいということです。戦いが終われば返却いたします」
将軍は少し首を傾げる。
「最後のお願いは、ギュッヒン侯に加担したということで捕まっている兵士から、徴募することを許していただきたいということです。そして、徴募に応じた兵士は罪を一等減じ、西方軍団で戦うのであれば、その罪を免じていただきたい」
視線を上げたタルカ将軍は、今日はじめてニッコリと笑った。




