羊たちの新兵器
「どうしましたか、教官殿」
ストルコムの声で我に返った。
「ストルコム君、ひとつきいてもいいかな」ストルコムが肯定の返事をしたので続ける。「前にもきいたと思うが、チュナムを守る戦いに、自分の命をかける価値があると思うか」
「前にも答えたと思いますが、ここにいる連中は世の中に不要な人間ばかりなんです。みんな戦場で一旗あげて、誰かを見返してやろうと思って入隊した。ただ毎日飯を食うためにここにいる奴もいますが、命が惜しいなら兵隊なんてしてませんよ」
ストルコムの答えは、やはり以前と同じだった。
「そういえば昇進への口添え、ありがとうございます。おかげで副小隊長へ正式に任命されました」
副小隊長の証である腰の杖を嬉しそうに私に見せびらかすストルコムは、ついに士官への第一歩を歩みだしたわけだ。そういう意味では、ストルコムにとって先の戦いに大きな意義があった。しかし、他の兵士たちにはなにか意味があったのだろうか。戦利品の売却権は得たが、馬も大太刀もまだここにあるから、約束の分配もしていない。それどころか、ハーラントを味方につけるために馬や大太刀を鬼角族に返却することも考えているので、戦利品の分配そのものがなくなってしまう可能性もある。それでも――。
「教官殿、この後どうしますか。命令をください」
軽く深呼吸する。負ける戦いならためらわず撤退するが、増援があるなら勝ち目はある。
「鬼角族と羊たちが、絶対に接触しないように見張りを手配してくれ。どちらも重要な戦力だ。ハーラントからの情報で、鬼角族はあと二十日ほどで攻撃をしかけてくることが予想される。兵士たちには、また穴掘りをしてもらうが、今回は馬防柵をつくって敵の攻撃に備えることにする。あと、ここにツベヒをよんできて欲しい。伝令としてターボルから増援をよんできてもらう。ここで敵を撃退するぞ」
一気に命令をくだすと、ストルコムは勢いよく天幕からでていった。
ワビ大隊長への手紙に封蠟してツベヒへ渡す。資材を載せてきた帰りの馬車に同乗し、援軍を依頼させるためだ。ツベヒの姿が見えなくなると、黒鼻族のヤビツを呼び出す。すぐにヤビツは天幕に入ってきた。
「隊長、なにか御用でしゅか」
あいかわらず羊の表情は読めないが、ヤビツを説得できるかどうかにこの戦いはかかっている。
「ヤビツ君、そこに座ってくれ。少し話をしたいんだがいいかな」モコモコした頭を何度も上下に振るのをみて、話をつづける。「いま、この丘陵の麓にいる鬼角族のことだが、頼みたいことがある」
「鬼角どくはチュナムの敵でしゅ。あいつらを殺しゃしぇてくだしゃい」
それまでは獲物であった黒鼻族は、武器を手にしたことで、二度と自分たちが被害者にならないよう決意したようだった。だが、戦い方を知らない羊毛の衆だけでは、二十騎の鬼角族にすら勝てないだろう。ヤビツ達が本当の強者になるには、まだまだ学ばなければならないことがたくさんある。
「この前もいったが、投槍は強力な武器だが、それだけでは戦いに勝てないよ」
「勝てるか勝てないかではなく、私ぃたちは鬼角どくを許しぇないのでしゅ」
長年、同胞たちを殺された恨みは理解できないわけではないが、今はその時ではない。
「人間以上の膂力を持つチュナムたちは、武器の選択と鍛えようによっては、いつの日か鬼角族と互角に戦えるようになるかもしれないと私は考えている。これを見て欲しい」
ストルコムに頼んでいた、鍛冶屋の特注品をテーブルの上に置く。
「これはなんでしゅか」ヤビツはそれを興味深く見つめていた。「鉄でできた人間の使う手袋のように見えましゅが、これは?」
「これは手甲鉤といわれる武器だ。敵地に潜入する暗殺者が使ったとされるものだが、君たちの手に固定する金具がつけてある。右手を出してみてくれ」




