事前説明
「次に私とイングが、この弩を使って櫓の大盾に矢を撃ちこむ。この矢は至近距離なら大盾を射貫くことができるかもしれないし、できなくとも大盾に十分突き刺さるはずだ。矢の後ろには縄をつけておき、あらかじめ馬につないでおく。その上で馬を全力で走らせると、矢を避けるための大盾くらいは引きちぎることができるだろう。大盾がなくなれば、さらにシルヴィオ君は櫓の上にいる兵士を矢で攻撃して沈黙させることができる」
シルヴィオが手を上げて発言の許可を求めたので、うなずいて許可を与える。
「その作戦だと、隊長とイングさんが危険すぎませんか。油を使っても、生木を燃やすくらいで姿が隠れるほどの煙が出るとは思えません。俺がうまく櫓の上にいる兵士に矢を当てても、その段階では少なくとも三人は残っているわけですよね。門のところで隊長がハリネズミになる姿は見たくありません」
「もちろん、そのことは考えている。アコスタ君たちに渡していたが、全然使っていない重騎兵用の鎧を使う。全身に鎧をまとっていれば、普通の弓くらいならなんとかなるはずだ」
「鎧を着て馬車の御者として近づくんですか。それも二人で」
あまり細かくは考えていなかったが、その程度のことであればなんとかなる。
「上から外套を着込むよ。戦いがはじまるまで兜はかぶらない。イングには荷台に隠れてもらおう。煙で櫓からの攻撃が難しくなったところで、アコスタ君たちが厩舎から馬を奪い取る。馬を手土産に、そのまま西方に向かうことにしたい」
沈黙があたりを支配した。
誰も口に出さなかったが、作戦というにはあまりにもお粗末で、成功の確率が高いとはとても思えないことは、みなが理解していただろう。
「そもそも、ルスラトガを攻撃する必要があるのですか。ここまで無事に進んできたんですから、敵に遭遇しないように西方へ向かう方がいいんじゃないですか」
ツベヒが心配そうな声でいう。たしかに、それも選択肢の一つであることは事実だ。
「ツベヒ君、その通りかもしれない。だが、私たちは敵の騎兵を引きつける任務を帯びている。鬼角族の支援を今後は期待できない中で、このまま西方へ逃げることは本来の任務を果たせないことになってしまう」
敵の注意を引かなければならないことは事実である。しかし、命を賭けてまで馬を盗む必要があるのかといわれると、甚だ疑問であった。実のところ、以前、準備不足でルスラトガへの攻撃ができなかったことへの、個人的な意趣晴らしなのではないかとも思わないでもない。つまらない意地で、自分を含めた人の命を危険に晒してしまってもいいのかと考えたこともある。
危険と成果を天秤にかけても、この作戦には命を賭ける意味がある。都市の周囲を百かそこらの騎兵が駆け回っても敵には痛くも痒くもないが、侵入されて馬を盗まれたとなれば、私たちの部隊を無視することの危険がより現実的なものになるはずだ。特に危険なのは自分とイングであり、ツベヒやシルヴィオが攻撃される可能性は低いはずだ。
「男には意地というもんがあるんだよ、ツベヒ。このまま逃げてしまうと、二度と相手に立ち向かうことができないんだ。男が廃るんだ」
そういって、イングは笑った。イングには私の気持ちが伝わっているのかも知れない。
指揮官として、男の意地というくだらないものを認めるわけにはいかないが、危険は承知だ。
「もし、私に何かあれば、すべての指揮はツベヒ君に任せる。鬼角族を西方に送り届け、一人あたり羊を五頭渡すという契約を実現してくれ。まあ、タルカ将軍側が負けていれば無理かも知れないがね。以上だ。今日はゆっくりと眠り、明日に備えて欲しい」
作戦の事前説明は終わった。




