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指揮官の尊厳

 敵を蹴散らし、そのまま私たちは街道を西へ向かう。石畳の道が続いているので、夜でも進む方向を見失うことはない。夜を徹して前進することも考えたが、先は長いのだ。

 日が暮れた後、一刻ほど過ぎてから街道の南側に林が見えたのでそこで野営をおこなうことにした。敵が街道沿いに追撃してくるのであれば、徹夜で追撃してくることも考えられるので今晩も天幕はなしだ。


 「隊長、明日からはどうするんですか。このまま街道に沿って進みますか」

 たき火を囲みながら、ツベヒが私に問いかける。

 「街道を進むつもりだったが、敵の小部隊と遭遇したことで方針を変更したいと思う。この林を北に抜けて、また人のいない地域を移動することにしたい」

 街道の南側は農地が広がっており、私たちの移動は農民たちに見られてしまうだろう。街道沿いに進んでも、途中でガビエという町があるので、そこを迂回しなければならない。敵に姿を見せるの城壁のあるルスラトガで十分だ。あの町より西は、ほとんど人が住んでいない地域になる。

 「こちらの大まかな場所は知られているわけですから、もう少し街道沿いに進んで距離を稼いでもいいんじゃないですか。この林は野営するにはいい場所ですが、朝になれば多数の馬が林に進んだ痕跡はわかるはずです。ならば、あえてガビエの町の近くを通過しても変わりはないのではありませんか」

 決断するというのは、指揮官に与えられた義務であり責任だ。その決断で多数の人が死に、生きる。その責任を他者に押しつけることはできないというのが、私の考えだった。しかし、いままでの決断がすべて正しかったとはいえないし、先ほども存在しないはずの敵と遭遇し、敵が逃げるのを祈っていたのも事実だ。

 「それも悪くないが、北に進む方が手堅い作戦だと思う――」

 この場にジンベジかライドスがいれば、どうするべきかきいてみたかった。だが、イングは戦うことしかできない武闘派だし、シルヴィオはまだまだ子どもだ。

 もう一度北に戻るということを決め、明日以降の行動とすることで、この話題を終えようとしたとき、こちらを見ながらなにかをいいたそうにしているシルヴィオの顔が目にとまった。

 「シルヴィオ君。なにかいいたいことがあれば、発言してもいいんだぞ」

 恥ずかしそうにしていたシルヴィオが、重い口を開く。

 「あの……隊長は以前、戦争には巧遅拙速ということがあるといってた記憶があるんです。北に逃げるのは安全な作戦かもしれませんが、俺たちの行動できる範囲、というか選択肢が狭まる気がするんです。うまくいえませんが、追い込まれるくらいなら西に移動して選択肢を広げる方がいいと思います」

 現在地の北側には、隣国との国境となっているデンハレ山脈がある。騎兵では行動が制限される山が障害物となることを考えているのかもしれない。

 「イングはどうだ。お前の意見もきかせて欲しい」

 麦粥をすすりながら、イングがつぶやいた。

 「親父が北にいけというなら、俺は北にいく。だけど、拳闘ボクシングでもそうなんだが、相手の攻撃を受けないようにと後ろに下がると、相手が調子に乗って強い一発を食らうことになる。守りたければ、一歩前に出て相手が動き出すところを押さえないとダメなんだ」

 私には人をみる目がなかったのかもしれない。兵士の特性を分類し、適切な任務を与えることは士官の仕事だ。だが、その分類が間違っていたとすればどうだろう。腕っぷしだけが強いからと、輸送部隊の護衛任務以外の仕事を与えなかったり、風魔術なら船乗りで、船に乗れないなら半端ものと扱われたりする。人が余っているのならば、それも一つの方法だろう。しかし、ここには私を含めて半端ものしかいない。だったら、その半端ものが知恵を出しあって最善を尽くす必要があるのではないか。

 「わかった、今晩じっくり考えてみよう。これからも、意見があれば遠慮なく発言して欲しい」

 私の心は決まっていたが、指揮官としての尊厳を守るために時間をもらうことにした。

 指揮官には尊敬されることも必要なのだ。

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