血の盟約
「条件というのはなんだ」大太刀に手を伸ばそうとしていたハーラントは、その手を止めていった。「我になにを求める」
「私が望むのは、このチュナム集落と私たちの安全だ。君の弟は間違いなくこの族長の証を奪いにくるだろう。現状では私たちに勝ち目はないが、君が私たちと一緒に戦ってくれるなら勝てるかもしれない。私たちが勝ち、君がキンネクの族長となれば、このあたり一帯は平和になるんじゃないかな」
負けてしまえば、どのような約束も意味がない。もし私たちが勝ってハーラントが族長となっても、約束を違えて私たちを攻撃する可能性はある。それでも、次の戦いで同士討ちをさせ鬼角族の戦士の数を減らせば、ハーラントが裏切ってもチュナムを守り切れる可能性は高まるはずだ。
「わかった。しかし、お前が我を裏切って、この首をミゼンラントに差し出さないという保証はどこにあるのだ」
鬼角族同士で殺し合いをさせようと考えていた私は、ハーラントのつぶやきにギクリとする。つとめて表情を隠しながら、ハーラントを生贄として差し出すことで私たちが生き残る確率を計算するが、やはり無理だと結論づけた。仮にハーラントを差し出しても鬼角族が圧倒的優勢であることには間違いないし、優位な立場の鬼角族がこちらに情けをかけるとは思えない。
「なんで私が君を差し出すんだ。君を差し出せば、弟は私たちを見逃してくれるのか?」
「絶対に無理だろうな。しかし、お前はいま裏切ることの損得を考えていただろ、小賢しい人間め」
ハーラントは大声で笑う。酒を飲んでも、頭の回転は鈍くなるわけではないようだ。
「正直にいうと、少し考えた」ニヤリと笑い返す。「私はここの人間たちや、羊たちに対して責任がある。だから、私が一番に考えるのは仲間のことだ。それは君もそうじゃないのか」
「そうだな。一番にキンネクのことを考えるのは当然だ。我も同じように考える。だが、お互いにいつ相手が裏切るかと心配しながら戦うわけにはいかんだろう。我とお前たちは一蓮托生だが、心の中では互いに信用していない。この問題を解決しないと、我らは戦いに必ず負けるぞ」
確かにその通りだが、お互いに利害のみでつながっているほうがわかりやすいのも事実だ。過剰な期待や、無駄な信頼などが戦闘を敗北へ導くこともある。
「だったら、起請文でも書こう。お互いの神に誓えば信用できるんじゃないか」
「破れば終わりの紙の約束などあてにならん。どうだ、我と血の盟約を結ばんか」
血の盟約というのは、双方の血を葡萄酒などに入れて飲むことだろう。起請文より効果があるとは思えないが、ハーラントが納得するならかまわない。ひょっとすると、鬼角族の血液には特別な効能があるのかもしれないが、そのような話はきいたことがないので問題ないだろう。
「どうしても君が望むなら、血の盟約を結んでもかまわないよ。葡萄酒でも持ってこようか」
返事をきくと、ハーラントが突然立ち上がって私を抱きしめてきた。
まさか、男同士でそういうことをするのが、血の盟約というわけではないだろうな。深く考えず、血の盟約を結ぶなどと答えたことはマズかったのかもしれない。
「あれは貧相な体をしておるが、勇気と知恵に関しては我より優れておる。お前の方が年上かもしれんが、これでお前は我の弟になるのだから、これからは兄のいうことを尊重しろよ」
あまりに強く抱きしめられ、身動きが取れなくなってしまったので、ハーラントの肘関節を締め上げて抱擁からやっと逃れることに成功した。
「ちょっとなにをいっているのかわからないんだが、説明してもらえるかな」
「お前は、我の妹ユリアンカと結婚するのだろう? 血の盟約を結べば我らは家族だ!」




