足りない
「自殺しろっていうなら断る。だが、死ぬかもしれない危険な任務というのであれば、喜んでやってやる。兵隊なんだ、命を懸けるのは当たり前だろ」
真面目な顔で、イングは答えた。私も
「前からひとつ、お前にききたかったんだがいいか」イングがうなずく。「なんで、お前は私のようなつまらない人間の為に、命を懸けようなんていってくれるんだ。確かにお前との勝負に私は勝った。負けたお前は部下になるという約束だったが、それだって普通の兵士として部下になるということだろう。なぜだ」
イングは急に相好を崩した。
「頭がいいと思っていたんだが、親父も案外バカなんだな。俺たちは、俺もジンベジもシルヴィオもツベヒも、みんなあんたに賭けてるんだ。ライドスという奴のことはわからないが、俺たちは支払いの多いほうに自分自身を賭けてる。俺たちもバカじゃない。支払いが多い側が、負ける確率も高いということはわかってる。賭博というのはそういうもんだ。だが、うまくいえないが、親父に賭けるのは悪くない選択だとも思ってる。理屈じゃなく直感的にな。あいつらと違って俺は若くない。このまま、下っ端の兵隊で終わると思ってたんだ。あんたのことばは胸に突き刺さったよ。成功したい、士官になりたいと思っていたが、なんの努力もしていなかった。十年前の俺は跳ね返りものだったが、強くなるためにはどうすればいいか、いつも考えていた。だが、ここ何年かは同じことを繰り返して、花札で勝ったり負けたりすることに熱くなっていただけだ。夢なんてものもどこかにいっちまった。そこに、親父が現れたんだ。あんたの前では、俺は三十手前のオッサンじゃなく、二十にもなっていない鼻たれ小僧だ。鏡の中の自分はオッサンだが、あんたの前だと俺は尖った鼻たれ小僧にもどれるんだ」
そこまで一気にはなすと、イングは恥ずかしくなったのか顔を伏せてしまった。
「なるほど、お前の気持ちはわかった。もうひとつ、教えてもらいたいことがあるんだ」イングからの返事はない。「私がチュナム集落に配属され初めて鬼角族と戦ったとき、貧相な陣地では敵を防ぐことができず、敵の騎兵が目の前まで迫ってきたんだ。私は体がすくんで動けなかった。その時、ほとんど顔も見たこともない、それどころか名前も知らない一人の兵士が、私の身代わりになって死んだ。鬼角族の大太刀の前に体を躍らせて斬られたんだ。なぜ、ロクに知らない私の為に身代わりになったんだろう」
こちらを見ずに、イングはつぶやいた。
「鞘から短剣が滑り落ちた時、掴むとケガをすることが分かっているはずなのに、皆が短剣を掴もうとしてしまう。その男も、考えるよりも先に体が動いたのに違いない。それだけのことだよ」
「マヌエレだ」
イングが首をかしげた。
「その男の名前だ。マヌエレというんだ」
「だったら、マヌエレのおかげで俺たちは、こうしてこの場所にいるわけだ。マヌエレに感謝しないとだめだな」
笑うイングを見て、少し気が軽くなった。
「私は、このルスラトガを強襲し馬を盗む計画を立てた。櫓の兵士は二人ずつ合計四人。まずは、シルヴィオの弓で東側の一人を倒す。もう一人は、西側の櫓の下から弩で矢をよけるための盾を射貫く。弩にはそれだけの威力があるはずだ。弩から撃ち出された矢には縄が結び付けられていて、その端は馬の鞍につないであるから、そのまま馬を走らせると盾は吹っ飛ぶはずだ。盾がなくなれば、シルヴィオの矢を遮るものはなくなるから、西側の櫓は一掃できる。残った東側の櫓の兵士は、弓で援護された身の軽い兵士が上まで登って仕留めることになる。例えばお前だな、イング」
「やれといわれれば、やって見せるぜ。矢を射られてもいいように、せめて兜くらい用紙してもらいたいが」
私はため息をついた。
「お前の決心で、はっきりわかった。こんな糞みたいな作戦で、お前達を失うわけにはいかない。この城塞都市を攻撃するには、あまりにも時間や道具が足りない。馬を痩せさせてでも、まっすぐウォルシーを攻撃するべきなんだ。明日の朝一番に、できる限りの買い物をして、この町を立ち去る」