武装解除
ツベヒが大きな天幕用の布を持ってきたので、二人で地面に大きく広げる。
「それでは、この布の上に武器を置いてください」
ハーラントが何事かを部下にはなすのがきこえたが、その命令に納得いかないのか何人かの鬼角族との間に口論がおきていた。鬼角族のことばはわからないが、声色で怒っていることは理解できる。しばらく口論が続いた後、しぶしぶ鬼角族の兵士たちは大太刀と短剣を布の上に置いていった。
ユリアンカや女たちが腰に短剣を帯びているのが見えるが、そのことについては不問にする。
「自分たちの天幕はあるかな。それともこちらが準備しようか」
「星空が俺たちの屋根だ。もちろん天幕はあるが」ハーラントはチラリとこちらを見ていった。「それより、なにか食べるものをもらえないか。お前たちが食べているものでよい」
「わかった。ツベヒ君。麓をぐるっと回って、丘の反対側にある大岩のところまでこの人たちを連れていってくれ。そのあとで水と食料の手配を頼む。人のことばが話せるのは、この方の妹さんだけだから、通訳してもらって欲しい。大事なお客様だから、なにかいわれても我慢してくれよ」
頭の回転がはやいツベヒなら、猛犬のようなあの妹の罵詈雑言も受け流してくれるだろう。ツベヒに導かれ、三十名の馬乗りたちは陣地を迂回するように離れていった。
「じゃあ、私たちは降伏の条件について話しあうとしようか。そこに落ちているあなたの武器は、自分で運んでくれ」
ハーラントは一瞬ためらうような表情をみせたが、特になにをいうでもなく大太刀と短剣を身につける。
本部の天幕へ歩みを進めはじめたとき、ヤビツと数人の羊が投槍をかまえて私たちの進路をさえぎった。
「隊長、私ぃたちはしょの鬼角どくをゆるしゃないでしゅ。しょこをどいてくだしゃい」
私は、黒鼻族たちのもつ、長年の鬼角族への恨みの感情を甘くみていたようだ。
「ヤビツ君待ってほしい。相手は降伏している。これは、チュナム村を守るためにも必要なんだ。私を信じて欲しい」
目は血走り、よだれを口からたらすモコモコ達は、ある意味でハーラントよりも恐ろしかった。鬼角族には表情があるが、羊たちの表情は人間にはわからない。両手をひろげ、自分の体でハーラントをできるだけかばって偶発的な事故が起きないようにするが、大男を守ることができているとは思えなかった。
「いま怒りにまかせて、この鬼角族を殺すと、もっと大きな災厄がこの村を襲うぞ。近いうちにもっとたくさんの鬼角族が、この前の報復でこの村を攻撃してくる。この男は私たちの切札になる」
ヤビツがどう判断したのかはわからないが、短くメエと一声鳴くと後ろの黒鼻族は下がっていった。
「いまは隊長をしぃんぢましゅ。私ぃたちはみな、しょの鬼角どくを殺しぃたいと思っていることをわしゅれないでくだしゃい」
このままハーラントと羊たちの村に入ると、間違いなく一悶着おきそうなので大声でディスタンをよぶ。
「すまない、ディスタン君。槍兵で方陣を組んでくれ。このまま、この人を連れていくと事故がおきそうなので、周りを兵士で囲んで欲しい。それ以外の兵士は見張り以外は解散し、少し休むように伝えてくれ。あと、何名かはあそこの武器も集めて本部まで運んでくれ。今回はネコババなしで頼むぞ」
三つの命令を同時に出されたディスタンは、どれを優先するべきか少し悩んでいた。要領が悪いのは、誰かに命令する経験が不足しているからなのだろう。
あえて口出しせずに見守っていると、ディスタンは近くの兵士二名に武器を集めるように命じ、大声で左翼の補充兵たちに見張りを残して解散するよう怒鳴った。
「残った一班は前列、二班は左列、三班は後列、四班は右列で方陣を組め!」
方陣というにはお粗末だが、私たち二人を囲む人の壁ができる。
「槍を立てろ! 全体本部に向かって進め」
前列最右翼のディスタンの命令で、方陣は粛々と進んでいく。
ハーラントと私は、方陣から外れないように丘を登っていった。