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脂肪

 イングとシルヴィオに連れられて、ヤビツ達が眠っているという小屋に向かった。黒鼻族に冬眠するという習慣があるとはきいていないにも関わらず、ほとんどの羊たちは小屋の中から出てこないというのだ。

 シルヴィオにきいたところ、最盛期でルビアレナ村には五百人以上の村民がいたため、廃屋となっていた小屋に黒鼻族はわかれて暮らしているという。

 日干し煉瓦れんがでつくられた一軒の古びた小屋は、窓がふさがれ、入口は粘土でつくられた扉でふさがれていた。

 小屋の外から大きな声で、ヤビツを呼ぶ。

 返事がない。

 再び大きな声で呼びかけると、なにかが動く音がして、のそのそと中でなにかが扉の方へ近づいてくるのがわかる。

 「ヤビツさん、私だ、ローハン・ザロフだ。少しはなしをしたい」

 同意なのか否定なのか、くぐもった返事がきこえ、扉が開かれた。

 黒鼻族の表情から、その感情を読み取るのは困難で、出てきたヤビツがどのような心持ちなのかは全くわからない。

 「久しぶりだな、ヤビツ君。どうした。ひょっとして、布草は口にあわなかったか」

 以前、黒鼻族をルビアレナ村に連れてきたとき、周囲に生えている布草を黒鼻族が食べることができないのかどうかを確認していた。その時は、布草の固い皮でも切り刻めば、なんとか食べられるということであったのだ。

 「ローハンしゃん。あれは食べられましぇん。食べられないことはないのでしゅが、食べても力がでないでしゅ」

 特別に痩せたというような様子は見えないが、食べても栄養にならないということなのだろうか。

 「お腹を壊すという事なのか、それとも体調が悪くなるということなのか」

 「お腹はいっぱいになりましゅ。しぃかしぃ、体がだるくなって、動きが鈍くなるのでしゅ。食べるものがないとき、私ぃたちは眠るのでしゅ」

 ルビアレナ村の人々の身長があまり伸びないことの原因が、バウセン山近辺の水や土の影響ではないかと思っていたのだが、同じように黒鼻族たちにも影響を与えているのかもしれない。

 「そうなのか。それは申し訳なかった。しかし、眠ることで食料の不足は補えるのか」

 「もともと私ぃたちは、冬のためにたくしゃんの食べ物を食べて、体に蓄えるのでしゅ。旅をしぃたので、痩せてしぃまった私ぃ達は、力を蓄えることができないのでしゅ」

 草食の黒鼻族は、もともと冬に何かをする必要がほとんどなかったはずだ。それでも、チュナム集落では雪を取り除いたりする雑務があったはずで、その雑務をおこなうために、秋のうちに脂肪を蓄えておいたのだろう。旅で蓄えた脂肪を使い果たし、布草が思ったより栄養がないのであれば、少しでも力の消費を抑えるのは合理的な選択になる。

 「わかった。もし、必要なものがあれば村長に伝えて欲しい。できるだけ便宜をはかるように伝えておく」

 もともと、今回の作戦には黒鼻族に協力を得る予定はなかった。しかし、なにが起きるかわからない状況で、予備の兵力として期待していたのだ。羊たちは、いつでも敵に対して期待以上の成果を上げてきた。その黒鼻族が使えないという事は、使える駒が一つ減ったということを意味している。

 「わかりましぃた。仲間たちの見回りをしゅるために、力を借りるかもしぃれましぇん」

 ヤビツはそういい残すと、小屋の中に戻っていく。その動きは鈍く、疲れ切った兵士のようであった。私は隣のイングの方をみる。

 「イング、すまなかったな。黒鼻族たちなら、優秀な生徒になっただろうに」

 「そうだな、親父。だが、俺も遊んでいたわけじゃないんだぜ。このルビアレナ村の連中に、拳闘ボクシングを教えてやっていたんだ」

 自分のできることをやる。イングも変わりつつあるようだ。

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