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ブラシ

 「隊長、俺たちはいつまでここで羊の世話をしてるんですか。俺たちはギュッヒン侯を倒すために、ここまで来たはずです」

 もともとチュナム集落にいた、アコスタという男がまくしたてる。よほど腹に据えかねていたのだろう。やはり、アコスタは不平屋だ。兵士たちの士気を下げる要注意人物として、今後も気を配らなければならないだろう。

 「アコスタ君、君のいう事はもっともだ。だが、ここには食料を運んでくる輜重しちょう隊もいないし、私たちはキンネク族に対して居候いそうろうの代金を支払っているわけでもない。仕事を手伝うことで、ここに住まわせてもらっているんだ。そこを勘違いしてはいかんぞ」

 アコスタを軽くたしなめる。

 「だが、私が戻ったからには、諸君を再び兵士として鍛え直すことになる。諸君は訓練よりも羊の世話をさせてくださいと、私に頼むようになるぞ」

 兵士達から笑いがおこった。笑いは良い兆候だ。

 「まずはじめに、頭に叩き込んでおいて欲しいことがある。この西方では、騎兵のみが本当の意味での戦力といえるんだ。徒歩かちの兵士では役に立たない」

 ことばの意味がしみこむのを待つ。

 「諸君の中には、何度も戦いを経験したものもいるだろう。だが、騎兵として戦いに参加したものはいないはずだ。春になる頃には、靴を履くように馬に乗れるようになってもらう。本当の騎兵は、馬の上で眠り、馬の上で戦う。羊の世話を馬でできるようになるのが、その第一歩だ。今日はゆっくり休んで欲しい。なにか質問はあるかな」

 質問の声はあがらなかった。


 馬を乗りこなす四人を、装備回収のためにチュナム集落へ送り出したため、兵士たちの仕事はいつもより大変なものになっている。すばしっこい羊たちを徒歩かちで追い回す姿は、真剣であるがゆえに滑稽こっけいだった。私は鞍をつけていない馬を五頭つれ、鬼角族たちが陽の当たる斜面に羊を放した後で兵士達を一か所に集めた。

 「雪というのは、落馬の衝撃を弱めてくれるという意味で訓練に最適だ。ツベヒには乗馬の訓練をおこなうように頼んだが、どれくらいまで進んでいるんだ」

 兵士たちが首を横に振った。羊の放牧に忙しく、ほとんど訓練ができなかったのかもしれない。

 「では、基本的なことから教えよう。馬は道具ではない。当たり前だが生きている。君たちが馬を大切にするなら、馬もそれにこたえてくれるし、粗末に扱えばそのむくいがある。まずは馬の世話の方法から教えるぞ」

 乗馬の訓練をはじめる前に、馬の世話についての説明を受けるとは思っていなかった兵士たちの中には、退屈そうにしているものもいた。しかし、自分の乗馬を世話することは騎兵の基本的な心得で、長期間の行動には必ず必要なことであった。鬼角族たちにとって馬はとても貴重な財産であり、なかなか馬に触る機会のなかった兵士たちにとっても、世話をするということで馬との距離を近づけるという意味でも重要だ。

 「馬の目は顔の横についているから、後ろもしっかり見えている。不用意に後ろから近づくと、蹴られるかもしれないから、慣れるまでは必ず前から近づくようにするんだ。だが、真正面もいけない。ちょうど真正面は馬の死角になるから、斜め前から近づくんだ」

 そういいながら、近くにいる五人に馬用のブラシを手渡す。

 「首筋あたりを、優しくブラシで撫でてやると喜ぶぞ。馬は気に入らないと噛むが、牙はないから痛いだけで怪我はしないはずだ。驚きすぎると、興奮して蹴られるから注意するんだ」

 おっかなびっくりで、兵士たちが馬に近づいていく。

 作戦まで三か月はあるが、一人前の騎兵になれるよう、この二十人を鍛えあげることができるだろうか。

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