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神への誓い

 「どうしますか、教官」

 実際に鬼角族の族長を殺したのは羊たちだ。だが、その方法を教えたのは私なので、間接的には私が殺したといってもよいだろう。チラリとヤビツを見るが、その瞳にはなんの感情も映っていなかった。

 ひとつ大きな咳ばらいをする。なぜか膝の震えも、緊張もなかった。贈物ギフトがこの状況を、戦闘だと認識していないのだろうか。腹をくくる。

 「私が君たちの族長を殺した、チュナム集落守備隊の隊長ローハン・ザロフだ」

 陣地の中なので、敵が突進してきても土塁に隠れることができることが心強かった。

 一騎だけ前に出てきている鬼角族の戦士が怒鳴った。

 「遠すぎて姿がよく見えん。お前に勇気があるなら、こちらまで来て顔を見せてみろ」

 いくら勇気があっても、指揮官がホイホイ敵の前まででていくわけがないだろうとも思ったが、鬼角族ではそれが普通なのかもしれないと気がついた。二度の襲撃の時、どちらも族長が先頭に立って攻撃してきたのは、鬼角族の文化的な背景があるのかもしれない。

 「君たちの考えでは、指揮官は先頭に立って戦うのかもしれないが、私たちはそうではない」

 高笑いがきこえ、嘲るような口調で騎兵はいった。

 「臆病者の人間め。こちらは顔を見たいだけなのに、巣穴でブルブル震えているのか」

 なぜか味方の兵士からの視線が痛い。

 いや、ここで出ていくわけないじゃないか。絶対に殺し合いでは勝てないのだ。

 「我が父を倒したのは、どれほどの勇者かと思えば、兎のような弱虫だったとは」

 そういうと、鬼角族は一騎でこちらの陣地との中間地点まで馬をすすめた。

 これくらいまで近づくと、はっきりと相手の姿が見える。鬼角族にしては身長が低いが、二の腕は筋肉で盛り上がり、いまにもはちきれそうだった。

 「どうだ、我だけでここまで近づいてやったぞ。まだ怖いか」

 すでに弓の射程には入っている。五張りの弓では、疾走する馬を止められないことは前回でわかっているので、やはり陣地から出るわけにはいかない。

 「教官、どうしましょう。弓で攻撃しますか。それとも、教官があいつを一捻りにしますか」

 思わずツベヒの顔をみつめてしまう。

 こいつなにをいってるんだ。ふざけているのか、と思ったが、ツベヒの顔は期待と尊敬にあふれ、私があの鬼角族など片手で倒してしまうと心の底から信じているようだ。

 たしかに、相手にはまだ命のやり取りをする気がないように思える。ある意味で、贈物ギフトがそれを保証している。ここで私が勇気をみせれば、部隊の士気は格段にあがるだろう。

 優れた士官は、力ではなく頭を使う。ローラール教官の受け売りだが、力ではなく頭を使うときだ。

 絶対に殺し合いにならないためにはどうすればいい。

 鬼角族について学んだことを思い出せ。

 あのムキムキの筋肉ダルマ達は、なにを信じていた。

 自分たちの強さをどういう方法ではかっているのか。

 一つの策が、頭の中でかたちを取りはじめる。


 「君たちは、本当に話し合いがしたいのか」味方の兵士たちが、ふたたび私に注目する。「君は戦闘をしないと、君たちのリーザべル神に誓えるか」

 この距離でも、敵が驚いた顔をしたのがはっきりわかった。

 「我々の神を知っているのか、人間よ」

 「ああ、人は鬼角族より力が弱い。そのかわりに、ヴィーネ神は人に知恵と贈物ギフトを与えたんだ。君がリーザベル神に誓うなら、私は君を信じよう」

 「我々はキンネクだ。鬼角族というのは人間が勝手につけた名前だから、二度とその名で呼ぶな」

 黒鼻族が自分たちをチュナムと呼ぶのと同じだろう。鬼角族の文化や習慣のことはほとんどわからなかったが、神の名前はわかっていた。リーザベルが男神なのか、女神なのかすら知らないが、体面を重んじる戦士なら、神に誓った約束を反故にはしないだろう。

 「よし、わかった」鬼角族の騎兵はいった。「殺し合いはなしだ。リーザベルに誓う」

 交渉成立だ。鬼角族はリーザベル神をなによりもたっとぶ。

 「ヤビツ君、絶対に攻撃するなよ。ツベヒもだ。私が一人でいく」

 そう言い残すと、私は陣地を後にした。

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