ハーラント
予想よりかなり早く、その時はおとずれた。
「教官、敵の騎兵を確認しました。数は不明ですが、こちらに向かってきます」
あわてて天幕に駆け込んでくるジンベジの声をきき、即座にディスタンへ全員集合の命令を出す。
けたたましく鐘が鳴り、穴を掘っていた兵士たちが槍を手に集まってくる。
鐘の音をきいてきたヤビツにも、投槍器をもって黒鼻族も集合するように伝えた。
「一斑から八班までは、六人の班が集まりしだい所定の壕へ向かえ。残りはここに集合」
前回の戦いからまだ三日しか過ぎていない。
いくら腰の軽い遊牧民でも、あまりにも早すぎだ。
ろくに陣地もできていないから、いま攻撃されると我々はもちろん、チュナム村そのものが壊滅してしまう。どんなに早くとも、再攻撃までに十日はかかると思っていた自分の見通しの甘さに絶望する。
ヤビツの指示を受けたのであろうモフモフたちも投槍を手にあつまってくるが、その数は二十名にも満たない。黒鼻族は、原始的な農法で自分たちが食べる草を育てており、昼間は丘陵の周辺に散っているから、戦えるオスの数も少ないのだろう。すべてが裏目だ。
当初計画していた、集落を小さな要塞として騎兵の突撃を防ぎ、黒鼻族の投槍で鬼角族を撃退するという作戦は取れない。兵士たちが入るための壕はあるが、簡単に背後へ回り込めるため騎兵に各個撃破されるだろう。それでも、鬼角族の騎兵と正面からぶつかるよりは生き延びる可能性は高まると判断したが、間違っている可能性もある。
なによりも痛いのはストルコムがいないことだ。まだターボルにいる副官がいなければ、戦場で指示をできるものがいない。戦闘がはじまると私は役に立たないし、ディスタンは古株だが人望がない。
「教官、一班から八班まで配置につきました。我々はどうしますか」
状況をみて、適切に報告できるツベヒはなかなかできる軍人だ。ストルコムのかわりが務められるのは、この男だろう。
「では、私たちは敵の様子を見にいこう。ヤビツも仲間を連れて、私たちの後に続いてくれ」
槍兵十八名に投槍兵二十名では、数百名の騎兵には到底対抗できないだろうが、状況を確認するためにはしかたない。集落を出て西に向かう。
しばらく進むと私たちを見つけた見張り台のジンベジが、不思議と落ち着いた声で話しかけてきた。
「教官、敵の騎兵は思ったより少ないですよ。数は三十くらいですかね。偵察しているのか、こちらに向かってくる様子はありません」
見張り台といっても、丘陵の少し高くなったところに掘った穴なのだが、この場所からならチュナム集落の西方が一望できた。たしかに見える範囲に鬼角族の数は少なく、その数は三十騎前後に見えた。距離はまだまだあるので、これなら丘の中腹にある防御陣地に入ることが可能かもしれない。
「ディスタン君、一班から八班までの兵士をこちらにつれてきてもらえないか。敵に動くつもりがないのであれば、中腹の陣地に入った方が有利に戦えるからな。前回と同じ配置で左右に展開させてくれ」
うなずいたディスタンは、すぐに兵士達をよびにいった。
「私たちは速やかに移動して、中央の防御陣地に入る。それを確認したら、ヤビツ達も陣地の中にきて欲しい」
すぐに了解の返事があると思ったのだが、意外な答えがかえってきた。
「私ぃたちがいなくなれば、村はどうなるのでしゅか」
今までは守られるだけの立場だった羊たちにとって、自分の身を守ることができる武器を持ったことは、自分たちの生存を真剣に考える大きな転機だったのかもしれない。しかし、その判断は間違いだ。
「気持ちはわかる。だが投槍は、走る騎兵に対して使う間合いが難しいし、守ってくれる槍兵がいないと威力を発揮できない。私たちと一緒に戦うことが、全員にとって最適な方法なんだ」
真実はいつでも最良の武器だ。ヤビツはねじれた角を上下に振り、うなずいた。
「前進」
命令とともに、私たちは中腹の防御拠点まで無事に移動する。
すぐにヤビツたちも陣地に入ってきた。
あいかわらす敵兵は、こちらに近づいてこない。
しばらくすると、集落の壕に配備されていた兵士たちも左右の壕に入りはじめ、羊たち以外は以前の戦闘の時と同じ陣形になった。
「教官、あいつら騎兵の長所を生かしてさっさと攻撃してくればいいものを、こちらが陣地に入るまでななぜボケっとみているんですかね」
ツベヒの疑問はもっともだ。貴族の三男坊だけあって、兵法についても造作が深いのかもしれない。
状況を見て攻撃に切り替える、威力偵察のたぐいかと思ったとき、突然、騎兵はこちらにゆっくりと近づいてくる。
相手の数は少ないから、戦ってもこちらが勝てる可能性はある。逆に、敵がうまく騎兵の利点を生かせば、こちらの村に大損害を与えることもできる。
騎兵は、また百歩離れた地点で止まった。
一人の鬼角族の兵士が、馬を少し前に出して大声で叫んだ。
「我は、偉大なる族長であったルネラントの息子ハーラント。我が父を殺したものは姿を見せよ」
それは、はっきりとした人間の言葉だった。




