必勝の誓い
羊が痩せると食料が不足するというよりは、羊毛が悪くなるというほうがマシだろうという私の説明に、オステオ・ギュッヒンはわかったようなわからないような顔をする。
「そんな理由で戦いをやめるのか、鬼角族は」
オステオ・ギュッヒンの問いかけに、私は自分自身も第三者のようなふりをして答えた。
「私には理解できませんが、羊の毛並みが悪くなるということは、鬼角族間の序列にも関わる重大な事柄のようです。それがハーラント王には面白くない」
納得するかどうかは関係ない。異民族の習慣なのだから仕方ないだろうと思ってもらえればよいのだ。
「二つ目は、私がキンネク族とあなたたちを戦わせたくないからです」
「いままでさんざん嫌がらせをしておいて、戦いたくないとはどういうことだ。ふざけているのか」
副官の偉丈夫が怒鳴った。
「ふざけてなんていませんよ。鬼角族の首で正銀貨一枚などという、ふざけたことをするから、キンネク族は怒っているのです。誇り高い戦士の首に賞金を懸けるなら、狩人も猛獣に殺される覚悟が必要になるのではありませんか」
オステオ・ギュッヒンの顔に羞恥の色がさした。敵に賞金を懸けるという無礼な行為を恥じるとは、思ったより見どころがある若者なのかもしれない。
「鬼角族たちは、みな勇敢な戦士です。戦いを好み、その優劣を死者の数で競うのがならいです。勝つから戦う、負けるから戦わないという考えはありません。あなたたちを殺しつくすか、全滅するまで戦うでしょう。それは長所であり欠点でもあります。この交渉が決裂すれば、鬼角族はどちらかが全滅するまで戦うでしょう」
ハーラントは戦いを好むが、そこまで愚かではない。全滅するくらいなら逃げ出すだけの分別はある。ただ、相手の兵力を軽く見すぎるきらいはあるが。
「あんな小勢で、この陣地を崩せると思っているのか。役にも立たん羊人を入れても、一千もおらんだろうに」
いちいち副官のナザツォワという男がからんでくるということは、実質的な作戦はすべてこの男が立てているのだろう。
「それも大きな間違いです。私はあの羊たち――黒鼻族を率いて鬼角族を打ちのめしましたし、ギュッヒン侯の精華である重騎兵二十騎を倒したのも他ならぬ黒鼻族ですよ」
殺すということばは、あえて避ける。オステオ・ギュッヒンの後ろに控える、胸甲をつけた騎士たちの同輩であることは疑いないだろうから。
これでモフモフ羊たちは、ギュッヒン侯の恨みを買うことになったかもしれないが仕方がない。
「あの黒鼻族たちは恐怖を知りません。隣の仲間が死んでも、まったく気にしない。私たちの考える戦士とは違いますが、全滅するまで戦い続けるでしょう。そちらの生き残りの騎兵に確認すれば、黒鼻族が優れた兵士であることはご理解頂けると思います」
戦場から逃げ出した軽騎兵の何人かは、間違いなくここに戻っているだろうし、黒鼻族が重騎兵を殺したことは伝わっているに違いない。現実には、四百五十人の黒鼻族のうち投槍器を持った羊は四十人ほどだし、投槍も折れたり曲がったりして五十本ほどしか残っていない。投槍器のない羊たちは、ただの烏合の衆なのだが。
副官のナザツォワは、こちらをにらみつけながら、頭の中で彼我の戦力の差、戦うことと休戦条約を結ぶことの損得を考えているようだ。死を恐れない敵との戦いは、信じられないほどの死傷者を生むことがある。
「ローハン・ザロフ君だったかな。あなたのはなしは興味深くて面白い」
若造に君付けされて呼ばれることに抵抗がないわけではないが、軍隊では年下の上官は珍しくはない。
「だが、それが本当かどうかはわからないし、なにより私たちには休戦条約を受け入れられない理由があるんだ」
オステオ・ギュッヒンは申し訳なさそうにいった。
「私は父に、かならず鬼角族との戦いに勝利するよういわれている。勝利を得ずに、休戦することなどでないんだ」




