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初勝利

 守備隊の兵士たちには二百名の黒鼻族を兵士にするといったものの、現実には六十名程度の投槍部隊を準備できただけだった。投槍器の精度が低いことも原因であるが、思ったより使いこなせるモコモコ達がいなかったのだ。

 三十名を二列に分け陣地の中に待機し、ストルコムの合図とともに槍を投げる手はずになっていたが、私たちはその威力をまざまざと見せつけられることになった。

 矢とは違う、遅いが重い風切り音とともに三十本の槍が飛翔する。

 三十歩の距離なら、四回に三回は標的に的中させる腕前の羊たちだ。その槍は落とし穴を越えた鬼角族の兵士たちに次々と吸い込まれるように突き刺さっていった。

 ホエテテの槍を奪い取ったかたちになっていた敵の指揮官は、その槍で飛んでくる一本の投槍を払い落としたが、ほとんど同時に投げられた他の投槍に次々と貫かれていった。

 「メェエエエエ」

 羊の鳴き声がきこえ、再び何かを振る音と、風切り音。そしてうめくような声とともに倒れる鬼角族たちの姿がみえた。

 「うわぁ、あれひどいですね。もう少しばらけて投げるように指示しておけばよかったですね、教官殿」

 ストルコムの指さした先には、五、六本の投槍が突きたったまま仰向けに倒れる、敵の指揮官の姿があった。下馬して徒歩かちで落とし穴を乗り越えた鬼角族もあちらこちらに倒れている。

 「メエェェェェ」

 また槍が投げられ、後続の鬼角族を次々と倒していく。あと一射。それ以上は効果が少ない。

 「メェエエエエエ」

 再び槍が飛翔し、数人の鬼角族の兵士を貫いた。

 「ストルコム、投擲とうてきをとめさせろ。左右の槍隊に前進の指示を」

 「投擲やめろ!投擲やめろ!」

 ストルコムの必死の叫び声もむなしく、また羊の声がきこえ、投槍が飛んだ。

 「おい、投擲やめろっていうのがわからないのか、投槍やめろ!」

 また羊の声、風切り音。興奮した毛むくじゃら達にはストルコムの声は届かない。

 戦場は怖かった。贈物ギフトが与えた仮初めの勇気しか持たない私は、ブルブルと体を震わせながら地面に突っ伏しているだけだった。このままでいいのか。指揮官が責任を果たさずどうする。良き夫であろうとして裏切られ、私に残されているのは軍隊だけだ。その軍を裏切るのか。恐怖を、義務を果たす気持ちが上回った。

 私は膝が笑うのを無視して、その場に立ち上がった。

 振り返り、大きく手を広げる。声はでない。

 「メ――」

 羊の鳴き声が途中で止まり、慌て者の投げた槍が一本空を飛んだが、投槍は止まった。

 「投擲やめ!投擲やめ! 敵の将軍は討ち取った! 敵の将軍は討ち取った! 左右の槍隊は前進!」

 ストルコムの声にドッと歓声がわき、左右の槍隊が土塁を乗り越え、横列を維持しながら前進をはじめる。ところで、敵の将軍ってなんのことだ。

 「ヤビツ! 仲間を連れて、陣地からでて隊列を組め」

 「わかりましぃた」

 ヤビツの返事がきこえ、戦場を完全に制御できていることがわかりホッとした。

 その時、落とし穴の中に伏せていたと思われる鬼角族の兵士が大太刀を手にこちらへ飛び出してきた。

 投槍隊は期待できず、槍隊もまだ遠い。私の体はガクガク震えている。これはまずい状況じゃないのか。

 そう思ったとき、後ろから飛んできた矢が鬼角族の兵士の足を射抜き、隣のホエテテが、手に持った棍棒で鬼角族の頭を砕いた。

 「教官。大丈夫です。私がお守りします」

 返り血で血まみれになったホエテテは、巨体に似合わない子どものような笑顔で私に話しかけてきた。

 「隊列しょろいましぃた!」

 振り返ると、手に槍を持った黒鼻族が二列の横隊をつくっていた。

 ストルコムが嬉しそうに号令をかける。

 「そのまま前進! 生き残りがいればとどめを刺せ。落とし穴に伏せているかもしれないから気をつけろよ」

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