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些末なこと

 仲間の羊たちになんと説明したのかは知らないが、ヤビツの説得で黒鼻族も作戦に参加することとなった。

 子どもの羊たちと、その世話をするもの若干名を残し、黒鼻族総勢四百五十名が夜明けとともに秋営地へ向かう。四十本ほどの投槍に、敵の騎兵から奪った槍を加工してつくった二十本ほどの投槍を追加して、六十名の武装モフモフ羊の用意ができたことになる。羊たちのひづめは、強くものが握れないので、投槍器アトラトルをもつ三十名以外は実際の戦闘では役に立たないが、戦いになることは考えないことにする。

 丸腰のものが圧倒的に多いとはいえ、四百五十名の羊たちにはかなりの威圧感がある。一個中隊規模の兵士なのだ。数は力になる。

 子羊たちの保護は大男のホエテテに頼み、残りの鬼角族にはハーラントからの命令を伝えた。

 「コン・ハーラント・アレ・ワテ」

 意味はわからないが、ハーラントにそういえと教わった。

 私の発音が悪いのか、鬼角族達はみな笑っていたが、追いかけてこないことから意味は通じているようだ。

 足の遅い子羊がいないことから進む速度はかなり上がり、この調子なら間違いなく三日で秋営地に到着できるだろう。

 「隊長、命令はどうするんですか」

 轡を並べて進むシルヴィオが、おずおずと問いかけてくる。ビグロフ軍団長からの()()()命令では、鬼角族を組織して後方からギュッヒン侯を攻撃しろということであった。私の一存で降伏するなどということが許されるのか、ということをききたいのであろう。

 「すまない、シルヴィオ君。我々の戦力では敵部隊を一掃することができないし、たった百の騎兵では後方かく乱もできない。降伏はあくまでも方便だが、これが最善の作戦なんだ」

 もう少し補給路を妨害し続ければ、西方に派遣された部隊をもう少し痛めつけることができるだろう。そういう意味で、敵を撤退させてしまうことは、命令に違反することになるのかもしれない。

 はっきりいえば、今回の作戦はユリアンカを助けたいという、私とハーラントの極めて個人的理由による計画なのだ。軍人としての本分を逸脱していることは間違いない。いくらことばを飾ろうとも、ただの私事にすぎない。

 しかし、シルヴィオは大功を成すために私とともに戦っているのだ。降伏するということは、大成果をあげて故郷に錦を飾ることができないということになる。軍人にもいろいろあるが、功成り名遂げるために兵士となったシルヴィオのような青年には、重要な裏切りと思われても仕方ないだろう。裏切りには裏切りで応じると考える可能性もある。ここは、シルヴィオの心をつなぎ留めておかなくてはならない。

 馬をシルヴィオの横に近づけて、声を低くする。

 「これは秘密にしておいてほしいのだが、一年に一度、年明けに鬼角族の族長が集まる会議がある。そこで物資の交換と、族長同士での交流がおこなわれる」

 シルヴィオが驚いたような顔で、こちらを見た。

 「知っているか、シルヴィオ。鬼角族には二十の部族があるんだ。ひとつの部族から百人の騎兵を集めることができれば、二千騎になる。あの騎兵が二千だぞ、二千。ギュッヒン侯相手でも、鬼角族の二千騎が味方なら戦局を左右することができるはずだ」

 シルヴィオの顔に、パッと花が咲いたような笑顔が広がった。

 悪だくみを共有するもの同士の、悪い笑顔だ。

 若者を騙し、モフモフ羊を騙し、自分自身を騙す。

 そこまでして、ユリアンカが助けたいのか。

 そう、すべてを失っても、世界を敵にしてでも私はあの乱暴な女を助けたいのだ。

 戦争なんてどうでもいい。

 王が勝とうが、ギュッヒン侯が勝とうが、それはユリアンカの命に比べれば些末なことにすぎない。

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