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借り

 夜が明けるまでもう少し時間がある。今度は羊のヤビツを探さなければならない。

 黒鼻族の助けがなければ、この作戦は成功しないのだ。神官がいたという事実に浮かれている場合ではなかった。

 毛むくじゃらの塊に向かって、大きな声で叫ぶ。

 「ヤビツ君、ヤビツ君はいるか。ヤビツ君」

 モコモコと毛玉が動きはじめ、何人かの羊たちがこちらを見つめる。

 「ヤビツ君、ヤビツ君はどこだ」

 私の呼びかけに、遠くの毛玉からききなれた声がきこえた。

 「ローハンしゃん、なんでしゅか」

 声のする毛玉の方へ向かうと、立ち上がる羊の姿がみえた。突き出た右角、ヤビツだ。

 「君に、いや君たち全員に頼みたいことがある。話をきいてもらってもいいかな」

 月明かりの中では、黒鼻族は瞳孔が開いて目が真っ黒に見える。明るくなると黒鼻族の瞳孔は四角に開き、不気味な容貌になるのだが、いまはぬいぐるみにつけられたボタンの目のようだ。

 「ヤビツ君、君たちに頼みたいことがあるんだ。これから私たちは、全力で人間の兵隊を攻撃する。攻撃するといったが、本当は攻撃しない」

 首を何度か捻ったヤビツは、意味がわからないというような顔をした。顔をしたといっても、表情が変わったわけではないので、そう感じただけだ。

 「鬼角族にも同じことを頼んだ。女も子どもも年寄りも、武器を持って全員で人間の兵隊を威嚇する。君たちにも協力をしてもらいたいんだ。戦う必要はない」

 敵が戦闘を選ぶ可能性がないわけではない。戦いになると、非戦闘員が圧倒的に多いこちらは分が悪いのだが、そのことを正直にヤビツに伝えると作戦に参加してもらえなくなる可能性がある。

 このおとなしい羊たちを騙すのか。

 前回は勝算があったし、同族を探すという交換条件も約束した。

 だが、今回はなにもない。

 人は一度嘘をつくと、その嘘をごまかすために別の嘘をつかなくてはならなくなる。

 「いや、本当のことをいうと、戦いになる可能性がないわけではないんだ、ヤビツ君。だが、君たちの協力がなければ、この作戦は失敗する。私にはお願いすることしかできない」

 そういうと、ヤビツに深々と頭を下げる。

 羊たちに、頭を下げるという行為が理解できるのかどうかはわからないが、頭を下げることくらいしかできないのだ。

 「しぇん闘になる可能しぇいは、どのくらいでしゅか」

 戦闘になるかどうかは、すべてオステオ・ギュッヒンという人物の性格による。ところが、私を含めて誰一人ギュッヒン侯の末っ子のことを知らないのだった。どれくらいの可能性があるかなど、誰にもわからない。

 「相手が理性的な判断をするなら、戦いはおきないはずだ。猪武者なら戦闘になる可能性もある。だが、秀才の誉れ高いオステオ・ギュッヒンは、間違いなくこちらの条件を受け入れると信じている」

 「みんなに、はなしぃてみましゅ。もし私ぃたちが手伝うなら、これはローハンしゃんへの貸しぃにしましゅ」

 「ああ、大きな借りだ。この借りは必ず返すことを約束する」

 戦いになれば返せなくなるが、その時には私も死んでいるだろう。私の命をもって、借りを返したことにしてもらうしかない。

 ヤビツが大きな声で、メェメェ鳴きはじめた。これから仲間にはなしをするのだろう。

 説得はヤビツに任せることにして、イングやツベヒたちのところに戻ることにする。

 イングとツベヒだけでなく、シルヴィオやジンベジも目を覚ましていた。ジンベジは、お湯を沸かすために火を起こし、土でつくったかまどにに火を移していた。

 「おはようございます、教官殿。いったいどういうことになってるのか、教えてもらえませんかね」

 眠いのか、自分が蚊帳の外に置かれたことを不満に思っているのか、不機嫌そうな顔で問いかけてくるジンベジに挨拶をかえし、それから作戦のあらましを四人にはなすことになった。

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