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落とし穴

 私たちの三十歩前方には、馬の足を止めるための落とし穴がある。

 はじめの計画では、手薄な正面陣地へ攻め込んでくる敵の騎兵を落とし穴で足止めし、そこへ攻撃をしかけることになっていた。

 前回と同じように、また単騎でこちらに敵の指揮官がちょっかいをかけてくるなら、弓矢で追い返して、敵の突撃を誘引する予定だった。

 このまま敵の指揮官が落とし穴に落ちてしまうと、敵の騎兵が落とし穴を迂回して攻撃をしかけてくる可能性があって非常にまずい。すぐれた士官なら臨機応変に対応できるのだろうが、私は声を出すのも精一杯な状態でなにもできず立ちつくしていた。

 「おい、そこには落とし穴があって危ないぞ!」

 矢が外れた瞬間、ストルコムが地面を指さして叫ぶ。

 相手にそのことばが届いたとは思えないし、我々の言葉を理解した素振りもなかったが、なぜか敵の指揮官は馬の速度を緩めた。ひょっとすると、地表の色が少し違うことに違和感があったのかもしれない。しかし、それだけでは馬が段差に落ちることを防ぐことはできなかった。

 馬の前膝が折れ曲がり、大きく馬体が前に倒れると、指揮官はきれいな姿勢で宙を舞う。

 戦場は静まりかえり、全員の目が半回転し地面に叩きつけられる指揮官に集まった。

 落とし穴と私たちのちょうど中間の場所に仰向けになって、ピクリとも動かない敵の指揮官をこの場にいる全員が見守っている。

 右手が痙攣するように動く。続いて左手も。

 鬼角族は上半身を起こし、キョロキョロとあたりを見回す。

 「ホエテテ、防げ」囁くような声で命令する。「あいつをこちらに近づけないでくれ。私が伏せろといったら、どんな状況でもその場で伏せるんだぞ」

 逃げていいなどといっておきながら、最後の最後で鬼角族の指揮官と戦えという命令を出す自分がなさけなかったが、今はホエテテとストルコムに頼るしかない。

 次の瞬間、敵の中央から怒声があがった。

 止まっていた時が動き出す。

 敵の騎兵は真っすぐに私たちのほうへ向かって突撃してくる。

 隣にいたホエテテが、叫びながら数歩前に出てフラフラと立ち上がった敵の指揮官に槍を突き出した。

 足もとをふらつかせていたのは嘘だったのか、鬼角族はホエテテの槍の螻蛄首けらくびをつかむと、逆にホエテテを引っぱり込もうと力を入れた。

 あと八十歩。

 敵はどうやって落とし穴を越えるつもりなのだろう。馬の跳躍で飛び越えるのか。それとも直前で下馬するのだろうか。

 あと六十歩。

 並の人間なら、鬼角族の指揮官に引きこまれ、槍を奪い取られていただろうが、ホエテテの強力ごうりきはそれを許さなかった。しかし、力比べではホエテテも勝てないだろうな。

 あと四十歩。

 先頭の騎兵は速度を落とすことなく、そのまま落とし穴のところまで突き進んでくる。どうするのかと思う間もなく、また馬が落とし穴に落ちて騎手が空を飛んだ。

 他にも騎兵が四人ほど空中遊泳をおこなうのをみかけるが、ほとんどの騎兵は五十歩くらいの距離で下馬し、大太刀を手に口々になにかを叫びながらこちらへ向かってくる。

 騎兵なのだから、障害物を避けて側面か背後から攻撃すればこんな部隊はイチコロだろうが、指揮官を救えみたいな感じで突撃してきてるいるのだろう。だったら、結果的に指揮官が落とし穴にはまったことはよかったのか。

 あと少しで私の命を狙う敵兵がこの場所に殺到するというのに、まるで他人事のように戦場をながめているのはなぜだ。膝はブルブル震えて、喉はカラカラでまともに声も出せないというのに、なぜ心はこれほどに冷静なのだろうか。ひょっとするとこれは夢で、目がさめると隣にアストが眠っているのではないか。

 徒歩になった兵士たちが、落とし穴を越えてこちらに近づいてきた。もうはっきりと相手の目が見える。

 ホエテテは、鬼角族の指揮官に力負けしはじめ、右に左に体制を崩されはじめた。

 これが夢であっても、指揮官として命令を下さなければならない。

 「ストルコム君、今だ」そういって、私は体を地面に伏せる。

 「投槍隊やれ!」ストルコムも一声怒鳴って身を伏した。

 ホエテテは槍を捨て、地面に体を投げ出す。

 「メエェェェ」

 羊の鳴き声とともに、ビュンとなにかを振る音と、風を切る飛翔物の音がきこえた。

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