大勢
敵があらわれるまでの三日のあいだ、私たちは遊んでいたわけではなかった。
ハーラントたちは、敵とひと当たりした後に、どの経路を通って集落に戻ってくるかという演習を何度かおこなっていたし、モフモフ達も投槍器の感触と、不揃いな投槍を使っての投擲を練習していた。シルヴィオは弓と乗馬の練習、ツベヒはジンベジと戦闘訓練だ。三日も余裕があるのがわかっていたなら、壕を広げて防御陣地を拡大したのだが、すぐにも敵があらわれると想定していたので兵士たちを疲れさせるわけにはいかなかった。
手の空いた私は、ヤビツから手甲鉤を預かり、人間のイングでも使えるように加工していた。蹄に挟むような形状なので、布を挟み込んで手に握りやすいようにして、イングに握ったまま戦えるかどうかを確認する。次に、刀や剣の一撃をどこまで受け止められるかを、いろいろな角度で試す。拳闘には、手のひらで敵の一撃を受け止めたり流したりする技術があるが、今使っている手甲鉤では手のひらの部分に覆いがなく、剣で斬りつけられたときには拳を覆う鉄の部分を当てなければならなかった。槍のような刺突攻撃にも弱く、小さな盾でも手甲鉤に組み込むことが必要だ。結局、まる一日以上の時間をイングと戦闘訓練に費やしていた。
イングの手甲鉤は、刀の斬撃を受け止められる唯一の部分、つまり拳で軍刀の攻撃を受け止めていた。殴るという技術を防御に使ったのがわかる。頭部と胸部のみとはいえ板金の鎧で覆われ、そのうえ全身を鎖帷子で包んだ騎士は、馬上でこそ真価を発揮するものであり、徒歩になると鈍重な動きがいい的になってしまう。
力を込めた一撃を受け止められた騎士は、再び軍刀を振り上げるが、イングは軽々と後ろに回り込み、膝の裏を強く蹴り飛ばす。
がくりと膝を折って騎士が跪くと、今度は側面から手甲鉤で右手の甲あたりを強く叩き、軍刀を地面に叩き落した。イングは、そのまま騎士の後ろに回り込むと兜を持ち上げ、隙間に手甲鉤を突き刺す。
兜の隙間から血が噴き出すと、イングは騎士の背中を蹴り、地面に転がした。
まるで動物を殺すように、なんのためらいもなく人を殺すイングへ大きな衝撃を受けるが、つとめて表情に出さないように努力する。
徹底的にやるわけだから、敵にとどめを刺しておくことは正しい。暴力の中で生きてきたイングは、その任務を果たしているにすぎない。しょせん、訓練の贈物は直接的な暴力とは無縁なものなので、現実の暴力を目の当たりにすると、途端に意気地を失ってしまうのだ。
「よし、イング君。私たちも敵の軽騎兵の方へ向かう。ついてきて欲しい」
この場所に、一時的に意識を失っているだけかもしれない敵を残していくことには気が引けるし、イングに命じれば全騎士の頸動脈を切り裂いて確実に殺してくれるだろうが、自分にできないことを部下に命じるつもりもなかった。
少なくとも、ここに倒れている騎士から殺意が流れてこないことは間違いない。つないでいた馬のところまで戻り、馬に乗って南の斜面の方向へ向かう。イングは馬に乗らず、そのまま後ろから追いかけてきた。
倒れているのは人間の軽騎兵たちばかりで、鬼角族はほとんどいない。つまり、鬼角族は優勢であったということがわかる。見晴らしのいい場所までくると、戦場を一望することができた。
黒っぽい皮鎧を着る鬼角族たちが、そこここで敵の軽騎兵を追撃しているのが見える。
数の劣勢は、質の優越でおぎなうことができたようだ。
勝敗は決した。
だが、敵の一部は戦場を離脱しているのが見えるので、羊たちがギュッヒン侯に反旗を翻したことはすぐに伝わることになるだろう。