再襲撃
すべての準備が終わったのは、その十五日後だった。
それ以降、チュナム集落守備隊は毎日朝から丘陵の西側の拠点で配置につき、正午を一刻ほど過ぎた頃に、集落に戻って訓練をするという日々を過ごしていた。
鬼角族がこちらを侮り、決まった時期、決まった時間に攻撃をしてくるという前提での配置に疑問を持つものもいたが、その配置をはじめてから五日目に私の目論見は正しかったことが証明された。
「隊長、西方に多数の騎兵が見えます」
見張りの兵士が声をあげたのが、正午を少し過ぎた頃だった。
「全員訓練どおりに配置につけ!」
まだ敵の姿がはっきり見えないこともあり、それほど緊張することなく大声で指示を出す。
前回は緊張のあまり声が出なくなり、ストルコムに途中から命令の指示をかわってもらったが、今回はどうだろう。極度の緊張が贈物由来のものであれば、今回も同じ状況が生まれるかもしれない。
準備していた兜をかぶると、ストルコムが思わずふきだした。
「教官殿、なんですかその兜は。頭の横から真っ赤な羽が生えてますよ」
後ろの弓手たちからも笑い声がおきる。
「そう笑ってくれるな。これをかぶっていれば、いかにも指揮官らしいだろ。敵さんには真っすぐ私のほうに向かってきてもらわないとこの計画はうまくいかないからな」
防御陣地の前には、私とストルコム、新兵のホエテテだけが立っていた。
陣地の内側には、補充兵とともに送られてきた五張りの弓を持った兵士が準備をしている。
左翼にはツベヒが指揮する補充兵の部隊が、右翼には守備隊の生き残りたちがこれ見よがしに槍を土塁の上から突き出していた。
どうみても真ん中が異常に手薄なので、少し考えれば罠の可能性について気がつくだろう。
今回の作戦は、鬼角族を挑発し、真ん中の防御陣地へ敵を導けるかどうかにすべてがかかっている。
敵の騎兵が少しづつ近づくにしたがい、また膝がガクガクと震えはじめた。
「すまないな、ホエテテ君。君は見るからに強そうだから、司令官を守る護衛っぽく見えるはずだ。土壇場で後方の陣地に駆け込んでもかまわないから、敵が近づくまでここに踏みとどまってくれ」
つぶやくような小声になってしまったが、すぐ隣にいるホエテテにはきこえているだろう。
前回と同じように、百歩ほどの距離で鬼角族の騎兵達は止まる。冷静になってみると、弓の有効射程に入らないための用心であることがわかる。
そしてまた、ひときわ体格のいい男が、馬を前に進めてなにか大声で怒鳴りはじめた。なにをいっているのかはわからないが、こちらを罵倒しているのであろうことはわかる。
恐れから体に力が入らず、震えているがここで黙っているわけにはいかない。
「うわーっ」
大声を出そうとするが、蚊の鳴くような音しか出ない。
「ギャーッ、ハッハッハ」
なんとか笑おうとするが、まだまだ声がでていない。
「グワーッ、ハッハッハッハッ」
すこし声が出てきたように思う。敵の指揮官を指さし、大声で笑う。
「君たちも笑うんだ」小声でストルコムとホエテテだけにきこえるように囁く。
「ハッハッハッハッハッ」
歴戦の兵士であるストルコムも、さすがに敵を前にして笑うことはできないようだ。ホエテテは引きつった顔で、笑い声すら出せない。
「ほら、あいつの顔を見ろよ。マヌケな顔をしているぞ、ストルコムもホエテテも笑え。ハッハッハッハ」
本当に笑う必要はない。相手に笑っていると思わせればいいのだ。
「ハハハハハハ」
ストルコムも、敵の指揮官を指をさして笑いはじめた。
隣りのホエテテも、笑っているのか泣いているのかわからないような大声で何事かを叫んでいる。
明らかな侮辱に鬼角族のリーダーは馬の腹を蹴り、体を低くして剣を真っすぐに突き出し、こちらに駆けはじめた。
そしてあたりを凍り付かせるような咆哮。
私は笑いを止め、ストルコムに合図をだす。
「弓手は攻撃はじめ!」
ストルコムの号令一下、五名の弓兵が防御陣地から弓を射はじめる。
私たちまで九十歩、まだこちらの弓は届かない。
八十歩、矢があらぬ方向へ飛んでいく。
六十五歩、疾走する馬は、矢を後ろに置いてけぼりにした。
四十五歩、これがおそらく最後のチャンスだ。弓の音がきこえ、矢が騎兵に向かっていく。
そのうちの一本が騎乗者の体をかすめたように見えたが、馬の速度が遅くなることはない。
つまり作戦その1は失敗したわけだ。




