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やんちゃ坊主

 荷馬車を壁に円陣を組んだ敵からは、なんの返事もなかった。

 罠なのか、こちらの出方をうかがっているだけなのか。

 この状態では判断がつきかねるが、あまり時間をかけると、敵の軽騎兵部隊がこないとも限らない。

 私の体に震えがこないということは、相手側に戦意はないのだろう。ならば罠ではない。

 「草木でなければ、返事くらいできるだろう。黙っているなら、戦う覚悟だと判断する」ひと呼吸おいて、続ける。「だが、鬼角族は捕虜は取らないから、そのつもりでいて欲しい。戦う前なら、私がなんとかとりなしてやるが、一度戦いが始まると絶対に止めることはできないから、恨まないでくれよ」

 周囲が静けさに包まれ、時折(いなな)く馬の声だけが響いていた。

 「あんたは、訓練所の教官だったローハン・ザロフか」

 円陣の中から、突然、低くよく通る声が飛び出した。

 「そうだ、あなたは私のことを知っているのか」

 唐突に笑い声が響き渡り、あざけるような口調で男は予想外のことを口走る。

 「また俺が、あんたをぶちのめしてやるよ」

 その瞬間、私には声の主が誰だかわかった。

 いままで、教官トレーナーという贈物ギフトにより、千人をこえる兵士達を鍛え上げた。訓練をしているときはそうでもないのだが、訓練が終わるや否や、私は新兵たちの名前を忘れてしまう。薄情なようだが、新兵にとっては一生に一度の体験でも、私にとっては繰り返された日常の仕事でなのだ。印象深い新兵もいたが、顔は覚えていても、名前まで覚えていることはほとんどない。しかし、今の口調とセリフで、間違いなく声の主が誰だかを理解した。

 「ああ、私も君のことを思い出したよ、ロイミュー・イング。たしかに、あれから現在まで君の拳以上の一撃をくらったことはない」

 わざわざ兵士になろうという若者は、それなりに腕に自信があるものが多い。昔の私は、訓練の第一歩として、そういった天狗の鼻をへし折ることからはじめていた。若い腕自慢を軍隊仕込みの技術でぎゃふんといわせると、新兵たちは従順となり、尊敬を勝ち取ることができるのだ。

 十年ほど前のことになるが、いつものように挑みかかってきた若者を懲らしめようとしたところ、見事に一撃をくらって失神するという失態を演じたことがある。後になって、その若者には拳闘ボクシング贈物ギフトがあるということを伝えきいたが、なんの慰めにもならなかった。その若者こそ、ロイミュー・イングだった。

 「だったら、俺に一発くらわせられる前に逃げるんだな。教官殿」

 十年の年月は、人を変えるのに十分な長さだと思うが、やんちゃ坊主はやんちゃ坊主のままのようだ。

 「イング君、たしかに君は強い。神に与えられた贈物ギフトの持ち主なんだからな。だが、鬼角族は恐るべき相手だぞ。それに、こちらにも贈物ギフトの持ち主はいる」

 そこまでいうと、隣のシルヴィオへ小声ではなしかける。

 「風魔術を使った弓で、あの馬車まで届くように矢を射ることはできるかな」

 円陣を組む馬車までおおよそ百五十歩くらいはある。曲射なら届くかもしれないが、まっすぐに弓を射て、この距離で命中させられる射手はほとんどいない。

 「かまわない。鏑矢かぶらやを一本、あの馬車へ向かって頼む」そういうと、ハーラントのほうへ向き直る。「ハーラント、今から鏑矢を射るが、戦闘開始の合図ではないと皆に伝えてくれ。この鏑矢は無視してもらうように、キンネク族の戦士に伝えてほしい」

 うなずいたハーラントは、包囲している全員にきこえるような大声で命令を発する。

 「詠唱が終われば、いつでも自分の判断でやってくれ。こころもち高めの軌道で頼む」

 詠唱をはじめたシルヴィオは、弓を強く強く引き絞り、詠唱を終えるとともに限界まで張りつめた弦から指を離した。

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