ためいき
捕虜のゼキタノを拷問でもすれば、敵の規模や編成を知ることができるかもしれないが、その情報が本当のものかどうか確認する方法はない。不確定な情報をもとに作戦は立てられないのだ。
ふと横を見ると、横倒しになって荒い呼吸をしているゼキタノが乗っていた馬の姿があった。脇腹に開いた小さな穴からジュクジュクと血が流れだしている。矢は見えないので、完全に体の中に入っているか貫通してしまったのだろう。人間も内臓に傷がついた場合は助からない。苦しそうな馬の姿をみると、これ以上放置しておくのは残酷だと思い、短剣を抜いて首の動脈に突き立てた。噴水のように血が吹き出すが、すぐにそれもおさまり、馬の目はうつろになる。
「そうやって、俺も殺すのか」
ゼキタノが、真っ青な顔をしてわめいた。
「だから殺さないといっているじゃないか。どのみち、もうすぐ戦いがはじまるんだ。だが、短剣以外の武器は預からせてもらう。君が私たちの仲間を傷つけると困るからな。本来なら死者を埋葬してあげたいが、その時間がない。そのことだけはお詫びする」
怪訝そうな顔をした捕虜は、今度は静かに問いかけてきた。
「俺から部隊の情報をきき出したりしないのか。なにか大切な情報を握っているかもしれないぞ」
できるだけ平静を装った声で返事をする。
「何かを教えてくれるなら、ありがたく教えてもらう。だが、それが本当のことかどうかわからないし、信用もできない。だったら意味がないと思わないか」
そこまでいうと、精一杯不敵な笑顔を浮かべた。歴戦の勇士なら浮かべそうな笑顔を。
「俺たちの指揮官は、麒麟児として誉れ高いオステオ・ギュッヒン様だ。鬼角族が千人いようと、俺たちが必ず勝つ」
オステオ・ギュッヒンはギュッヒン侯の末子で、軍人たちからは次代の大将軍になるのではと期待されている存在だ。歳は二十を少し超えたくらいで、外見は若いころの父親に生き写し。ただ、軍人としての素質は、ここ十数年戦争らしい戦争が起きていないのでわからないはずだ。
「正しいものにはヴィーネ神の加護がある。夜は狼がでるかもしれないから、気をつけてくれ」
四頭の馬をあつめ、死んだ兵士たちの武器を戦車にのせる。
「それでは幸運を祈る、ゼキタノ君。また会うこともあるだろう」
そういい残すと、東に馬を向けた。そう遠くない先に、敵の本隊がいるだろう。
「隊長、あの男を殺さなくてよかったんですか。こちらの情報が漏れる可能性がありますよ」
シルヴィオの考えが手に取るようにわかる。ゼキタノを攻撃したのはシルヴィオで、もしあの男が無事に部隊へもどれば、自分を攻撃した戦車に乗った弓使いのことが伝わるだろう。そうなれば、シルヴィオはギュッヒン侯の配下と知りながら攻撃したことが広く知られてしまう。いざという時には、何事もなかったかのように敵側に寝返るつもりだったのかもしれないが、それでは困るのだ。
「あの男には、あることないこと吹きこんでおいた。どれだけ信じたかはわからないが、間違った情報が相手に伝われば都合がいい」不安げなシルヴィオを、少しは安心させておこう。「それに、あのゼキタノは大切な情報を教えてくれた。王とギュッヒン侯の戦いは、まだ終わっていない。終わっているなら、ギュッヒン侯は必ず勝つなんていわないはずだろ。もともと君は、勝算は低いが掛け金の大きい賭博に、自分の命を張るためにここへ来たはずだ。だったら、私という大穴に賭けるのも悪くないと思うぞ」
一つ大きなため息をついた後、シルヴィオはこちらを見て微笑んだ。腹が決まったようだ。
「教官殿、あそこに少し小高い岩場があります。敵が近づいているなら、あの場所からなら一望できるかもしれませんよ」
私たちは、岩場へ向かった。