敵襲
「黒鼻族を兵士にするっていいましたか」ストルコムは驚いたような声でいった。「あいつら、二本足で歩く羊ですよ。指も二本しかないから、武器も持てないし、穴を掘ることもできない。槍も満足に――」
「だからこそ、投槍器なんだ」
ストルコムの目が丸くなった。
「すでにヤビツで、黒鼻族がものを投擲できる体の構造をしていることを確認している。二つに分かれた蹄でも、投槍器の先端にある下向きのかぎをその間にひっかけるようにすれば、使えるはずだ。これで黒鼻族を必殺必中の投槍兵とする。集落から動員できるのは二百名程度だと考えているが、おそらく用意できる槍の数から考えると五十名を選び、一人四射までおこなうことで鬼角族の攻撃部隊に大打撃を与えられるはずだ」
「だったら、なんで黒鼻族にこの投槍器を渡さないんですか。もう十日もすれば、鬼角族はこの集落を襲いに来ますよ!」
ストルコムのことばはもっともだ。しかし、私にも考えがあった。
「もし、いま黒鼻族に投槍器の使い方を教えたらどうなると思う? 間違いなく次の襲撃の時に、モフモフたちは鬼角族に投槍器を使うだろう。あれは強力な兵器だから、何人か鬼角族を殺せるかもしれないが、それだけだ。次から鬼角族は、投槍器を持った相手と戦うために、散開した陣形で攻めてくるだろう。騎馬の機動力をいかして、こちらの陣地など無視して集落を襲うかもしれない。そうなってしまうと、秘密兵器の効果がなくなってしまうんだ。槍と考えれば投槍器の射程は長いが、騎兵相手だとその使用方法は限定されたものになる。次の襲撃では、こちらが無様に負けなければならない。相手に油断させ、必中の槍をお見舞いするのはそのあとだ」
しばらく視線を地面に向けていたストルコムは、こちらの目を正面から見つめていった。
「教官にそこまでの考えがあったとは、気がつきませんでした。それにしても、こういう武器や戦法はどこで知ったんですか」
実戦に参加できなかった私は、古い書物や軍記ものを手当たり次第に読み、少しでも訓練に役に立てようと必死だった。戦場で戦うだけが戦争ではない、そう教えてくれたのは、私と同じ教官の贈物を持つローラール教官だった。その教えは今こうして役に立っている。
「こう見えても、訓練のために武芸百般、古今東西のありとあらゆる武器と戦い方を知っているぞ」
そういって、ニヤリと笑う。
軽い冗談のつもりだったが、ストルコムは冗談と思わなかったようだ。
「そうだったんですね、教官。これからも私たちに、いろいろご教授願います」
予想外の真剣な反応にどう答えてよいのかわからず、あいまいに返事する。
嘘であっても、士気があがるなら今はそれでいいだろう。
敵の襲撃までに、丘の上にある黒鼻族の集落の周辺にも壕と土塁をある程度つくらなければならない。次の襲撃の時には意味がないが、いずれ必要になる。私たちは見張り数名をここに残し、完全武装で残りの日数を壕を掘ることに費やした。
丘の中腹に陣地を完成させて十日後、正午をすぎたくらいの時間にそれは来た。
皮と板でできた胸当てをつけた、マヌエレが大声で叫びながら集落に飛び込んでくる。
「敵襲! 敵襲! 百騎前後の敵が西からこちらへ向かってきています。鬼角族ですよ。来ました!」
時期、時間、方向、すべて予想通りだ。こちらの不意をつこうともしないのは、絶対的な自信のあらわれだろう。
「よし、みんな予定通り配置につくんだ」
壕を掘る作業をしていた兵士たちは、なぜか私のほうをじっと見つめていた。
「この前、練習をしたように陣地の前に展開してくれ」
いつもは自信に満ち、よく通る声で指示を出す私は、今回に限って蚊の鳴くような小声しかだすことができなかったからだ。それを見かねたストルコムが、代わりに指示を出す。
「お前らきこえなかったのか。陣地の前に槍をもって展開だ。さっさとケツを動かせ」
その怒鳴り声に、兵士たちは一斉に動き出す。ストルコムは心配そうな顔で、私を見つめた。
「教官、どうされたんですか。なにか体調に問題でも?」
さきほどまで、すべて問題なかった。私は状況を完全に支配していた。
それがどうだ。敵襲の声をきくとともに、胸の動悸が早まり、頭にぼんやりと霞がかかったようになってしまった。膝はガクガクと震え、前に進むことを拒否している。
「教官、大丈夫ですか。具合が悪いのであれば、肩を貸しますよ」
軍隊では、いつでも簡潔で率直なことが望まれる。
「ストルコム君、恥ずかしいことだが、私はこれからはじまる戦いに恐怖しているんだ。教官の贈物は訓練に関しては無類のものだが、実戦はその限りではない。正直なところ、実戦ははじめてだし、戦いが怖くて怖くて仕方ないんだ」
はじめは驚いた顔をしていたストルコムだが、すぐに満面の笑顔になった。
「なるほど、それはありがたい」
意味がわからなかった私は、ストルコムをみつめる。
「だってそうでしょ。教官が完璧な人間なら、私が出世することはできないじゃないですか。戦場では私が教官の喇叭になりますから、教官は指示だけ出してください。急いで陣地へむかいましょう」
すこし気が楽になったが、あいかわらず膝に力が入らなかった。
いつも訓練で兵士たちに教えていたことばを思い出す。
戦場で怖気づいたときは、とにかく大声をだせばいい。そうすれば、体も動く。
「うわー」叫んだつもりだが、ほとんど声が出ていなかった。「うおーっ」少し体に力が入った気がする。「グワーーーッ!」膝の震えは止まった。
自分自身が情けない新兵であることは、この際考えないことにする。指揮官は戦場で兵士たちとともに戦う必要があるのだ。
丘を駆け下り、壕の外側に展開している兵士たちの真ん中に滑りこむ。
すでに鬼角族の騎兵は、その顔が見分けられる距離にいた。
陣地の前に横一列に並んだ二十八名の兵士は、みな槍を手に命令を待っている。
小声でストルコムに命令を伝えると、低くよく通る声で命令が伝えられた。
「隊列を維持。石突を地面に突き立てて、騎兵の突撃に備えろ!」
兵士たちは、みな石突を地面に突き立てて、足で体重をかけて固定する。
槍の前に身をさらせば、いかに騎兵といえども無事にはすまないだろう。
たった二十八人の貧弱な横列である。こちらの陣立てなど意に介さず、鬼角族は騎乗のままゆっくり近づいてきた。
百騎以上はいるだろう。近づいてみると、鬼角族の体格が大きいので馬ではなく驢馬に乗っているように見えた。遠い距離から突撃してこないのは、体格に対して、馬が貧相だからではないだろうか。
こちらの隊列から百歩ほど離れた場所で敵の騎馬は止まり、ひときわ体格の大きい、美しい装飾が施された鎧を着た男がゆっくりと前に出てきた。
おそらく、攻撃隊の指揮官か、部族の指導者なのだろう。
指揮官風の男は、わけのわからないことばで何かをいった後、大声で笑ってから騎乗している馬の頭を自分たちの隊列に向けた。
「いま相手が、なにをいったかわかるものはいるか」
ストルコムの問いに返事はない。鬼角族のことばがわかるものは、こちらには一人もいないようだ。
「隊長!」
誰かの叫び声に驚き正面をみると、さきほど隊列に戻るそぶりを見せていた敵の指揮官が、馬首をめぐらして真っすぐこちらに突き進んでくるではないか。
左手に手綱を持ち、右手の大太刀を真っすぐこちらに突き付けて馬を駆る様は、まさに王者の風格であった。
その咆哮に兵士たちは凍りついたように動きを止め、前に槍衾のない私は、圧倒的な暴力に直接さらされた。
敵は、瞬きする間に目の前まで近づき、その大太刀が私の胸を貫こうとした瞬間、私は左側から誰かに突き飛ばされた。
私が最後に見たのは、大太刀に貫かれる兵士の姿と、丸太のような足であった。
暗く、深い場所に落ちていく意識の中で、どうやって鬼角族は鐙もなしに、あれほど馬を乗りこなせるのかということばかり気になっていた。




