Operation, "Save The Prince"
04:40 合衆国強襲揚陸艦「ワスプ」艦上。
F-35Bによる近接航空支援の下、僕は第1小隊の搭乗するMV-22Bの中で発艦を待っている。右隣に座る定子さんが、僕のシートベルトを締めながら声をかけてくれる。
「道雪君、リラックス。今から緊張してたら持たないよ?これは輸送機。座っていれば着くんだから。」
今回、僕が帯同できるのは、この上陸がオスプレイによるためだ。普段の演習では強襲偵察用ラバーボートもしくはCH-47チヌークからの海上ヘリボーンで、僕には出来ない。
普段は水泳斥候用装備の第1小隊も、今回は通常装備だ。ちなみに僕は、迷彩服にヘルメットと水筒だけ。教子さんの指示で、防弾チョッキすら着ていない。
「道雪君は運がいいよ。いつもの演習なら、君はよくてLCAC(エアクッション上陸艇)、最悪AAV-7(水陸両用装甲車)に乗ることになるもの。慣れてない道雪君なら、酔っちゃうかもね。
でも、これ(オスプレイ)は快適よお。」
定子さんが話しかけてくれるけど、僕は緊張から何もしゃべれない。
すると、左に座る教子さんが、僕の左手を握って、声をかけてくれた。
「道雪。私の眼を見て。大丈夫。今回の演習は道雪でもついてこれる。安心して。」
教子さんは優しい笑顔をくれる。
赤色灯下でも彼女の美しさに見とれる。・・・安心できる。
「うん。ありがとう、教子さん。」
教子さん率いる水陸起動団レンジャー小隊とアマンダさん率いる海兵隊武装偵察小隊を載せた2機のMV-22Bは、相次いでワスプを発艦した。
僕が初めて同行する演習がいよいよ始まる。
*****
06:00 暗かった空が明るくなり始める。
現在、上陸地点では一艇目のLCACから増援部隊が上陸中だ。教子さんは海兵隊との無線連絡をしながら忙しく現場を指揮しており、他の第1小隊の隊員も、それぞれ役割を黙々とこなしている。
僕は上陸任務の邪魔にならない位置で、作業を観察する。
海岸には上陸部隊の車両が並び始める。二艇目のLCACが上陸したら、車両はさらに増えるだろう。
僕は邪魔にならないよう、ゆっくり後退する。
すると、背中が、何か柔らかいものにぶつかる。
!!!?
突然、口をふさがれ、体を拘束される。
(ハイ!セツコ!ごめんね、驚かせて。これは訓練だから、少しだけ静かにしててくれる?)
(アマンダさん?!)
驚いていると、あっという間にアマンダさんに脇とひざ下から抱えあげられてしまう。
(ここからは、事前通告に無い訓練よ。
発案者は自衛隊幹部だから。私のことを恨まないでね?
じゃあ、移動するから、しっかりつかまって!)
アマンダさんは、僕を抱えているとは思えない速度で走り始める。
さらに余裕の笑顔で話しかけてくる。
(こんな風に男の子を攫えるなんて、今までで最高の訓練よ!しっかりつかまって!セツコ!)
抱えられた僕は、あまりの速度にアマンダさんの首に必死で捕まることしかできなかった。
*****
06:15 上陸演習終盤、副長の一条三尉から信じられない報告が上った。
「道雪がいない?どういうこと?」
「わからない。周りの隊員にも聞いてみたけど、誰も見ていないのよ。」
心配で周囲を見渡すも、彼の姿は見えない。
彼が私たちに迷惑をかけるようなことをするとは思えない。
私は手の空いた隊員に彼を探すよう指示する。
具合が悪くなって、どこかで休んでいたりはしないだろうか。
その時、これまで英語の通信しか入ってこなかった無線機から、聞き覚えのある声で日本語の通信が入る。
<上陸訓練は終了した。
続いて、有人島への敵上陸により民間人が人質に取られたとの想定で訓練を続行する。
繰り返す。引き続き非戦闘員の人質奪還訓練を開始する。
訓練名は“Save The Prince”、訓練名は”Save The Prince“。復唱せよ。>
無線を聞いた私と副長は、驚いて顔を見合わせる。
確か、昨日のブリーフィングで、今後は無人島ではなく有人島を占領された場合の訓練も必要だと、連隊長がスピーチしていた。その訓示の理由が、今はっきりと分かった。
私は湧き上がる怒りを抑え、無線機を手に復唱した。
「”Save The Prince“、了解。第1小隊はこれより人質救出訓練を開始する。」
今回の彼の帯同が、上層部の別の意向であることを、私はようやく理解した。
幸いこの島は、私たち水陸起動団がいつも訓練をする島。
どこに何があるかすべて把握している。
彼をかくまう場所の見当はついている。
私は第1小隊の隊員を集め、あえて冷静さを保った声で命令した。
「道雪はおそらく島中央の訓練監視棟にいる。
レンジャー小隊の力を見せる。最速で彼のもとに行く。
ついてこれない者は、水陸両用基本訓練課程からやり直しよ!」
「おお!」
私たち第1小隊は、全速で島の中央部に移動を開始した。
道雪。待ってて。すぐ行くから。