一等陸尉
徐々に意識が覚醒する。
五感のほとんどはあやふやだけど、聴覚は働き始めた。
医療機器の電子音と人の声が分かる。
人が亡くなるとき最後まで残る感覚は聴覚だと聞いた。
亡くなる瞬間まで声をかけてあげるのはとても良いことだと。
あれは本当なんだな。
「先生。立花二尉の意識が回復しました」
「お、よく頑張ったな。立花。挿管されているから今はずしてやる」
ズボッ!麻酔で感覚が鈍っていても、苦しいことは分かった。
「どうだ、立花。これで話せるだろう」
あの、女の子は・・・
「彼女は助かった。あの状態でよく頑張ったな。立花。上層部は自衛隊唯一の男性医官である君の活躍にすっかりご満悦だ」
そうか。あの子、助かったのか。良かった。
僕は命をつなぐことができたんだ。
うれしくて涙が出そうになる。
・・・ところで、この人は僕を知っているのか?
ここはどこなのだろう?
「おいおい、しっかりしろ、立花二尉。ここは君がつい最近まで研修医として研鑽を積んだ(自衛隊)中央病院だ。私は君の指導医だった沼田二佐だ。忘れたのか?あんなに可愛がってあげたのに」
は?・・・・
沼田さん・・・・
いつから女性になったんですか?
*****
事故直後、僕が自分の体を確認したとき、下半身は見る影もなかった。でも現実はそれほどでもなかった。大腿部の裂傷による出血量はひどかったけどそれ以外の損傷はほとんどなかったらしい。ライフラインを確保された(挿管された)ということは、命の危険はあったのだろう。
後日、看護師の女性が顔を赤くしながら僕の生殖機能にはなんら問題ないことを教えてくれた。
結局、全治は三週間ほどと、驚くほど軽いけがで済んだ。太ももの筋肉の損傷が後遺症として残ったけどあの女の子が助かったなら安いものだ。
問題は僕の体ではなく、環境だ。
以前の職場である自衛隊中央病院の建物も、窓から見える周囲の景色も全く変わらない。年も日付も記憶通りだ。唯一、変わったのは其処にいる人たち。
結論から言えば、僕の知る殆どの人が女性となり男性は数えるほどしかいないということだ。
しかも、彼女たち、見た目は美しいが、何故か身長も腕力もともに男性をはるかに超える。
加えて、男性が少ないためか、強く異性を求めるというおまけつきだ。
女性となってしまった僕の知人は概ね僕と同じ記憶を共有している。だから不具合は生じない。でも知り合いに色目を使われるのはいまいちだ。相手にしなければいいんだけど。
退院するまでの二週間は、この状況を理解し受け入れることに費やす時間となった。
*****
退院前日。
僕は重傷を負いながらも少女を助けた手柄から、消防庁から表彰をうけるとともに一等陸尉の辞令を受けた。
自衛隊で出世するつもりなら医官にはならない。(ほぼ“将”にはなれない。)だからもとから階級にはあまり興味はなかった。でも空気を読む小心者の僕は「ありがとうございます」とありがたく拝命した。
そしていよいよ今日、退院して本来の帰任先である陸上自衛隊、西部方面普通科連隊、またの名を日本版海兵隊に衛生医官(軍医)として改めて帰任することとなった。
僕は、この国で唯一の男性医官(天使)として、脳筋娘の巣窟である勇猛果敢な水陸機動団の真っただ中に、ほぼほぼ戦闘能力ゼロのまま飛び込んでいくことになったのである。