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少女


「道雪君!・・・・道雪君!・・・・しっかりして!」


僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。感覚は靄がかかったようにあやふやだ。

前にもこんなことがあった。あの時は、視界が真っ白だったけど、今回は暗闇だ。

頭が痛い。割れるようだ。僕はいったいどうしたんだ?


「ごめんね!道雪君!私たちがしっかり調べていればこんなことには・・・・」


定子さんが泣いている?なぜ?


「立花一尉!しっかりしろ!目が開いているからわかりにくいな。意識レベル”30”といったところか?」


僕の意識レベルが”30”?僕は気を失っていたのか?何故?何があったんだっけ?


「立花一尉!気が付いているか?私の声が分かるなら、二度、瞬きをしてみろ!」


沼田さんが、僕に瞬きをしろと言っている。僕は瞬きをする。


「よし!私の言うことがわかるな?よく聞け、いまから君の状態を伝える。余計なことは考えず、医学のことだけ考えろ。君は両側頭部を銃口と銃底で殴打された。両方の眉の上、こめかみあたりに創が認められる。先ほど、両目の光反射を見たが反応がない。これがどういう事か分かるか?」


眉の上に創・・・光反射に反応がない? ・・・ええと、それは確か・・・

外傷性視神経管骨折による視神経損傷ですね。確か、頭部外傷の5%位に見られる症状です。だから真っ暗なんですね?


「正解だ。落ち着いたな。流石は私の弟子だ。だが、確定は早い。うっ血により視神経が圧迫され一時的に機能していないだけやもしれぬ。むしろ、心配なのは硬膜やくも膜下出血だが、ここでは分からない」


・・・・第一小隊の皆は?


「負傷者2名は私が処置した。あと、君が小隊長の治療をしただろう?覚えてないのか?」


そうだ! 教子さん、左肩を跳弾で負傷してました。沼田さんの言う通り、怪我人は他にもいました。


「そうだな。君が見つけ治療した。よくやったぞ。立花一尉。彼女たち3名は現在、ヘリで搬送中だ。頭は痛むか?今、鎮静剤を入れる。ヘリが戻るまで、君は暫くここで休め」


「ごめんね!道雪君!ごめん・・・・」


泣かないで、定子さん。


でも、なぜこうなったんだろう。


何か大切なことを忘れている気がする。


そうだ!あの女の子!あの子は?


「前にもこんなやり取りをしたな。安心しろ。君が救おうとした不法侵入者は、海上保安庁が拘束した。彼女は無事だ。まったく、君も難儀な奴だな。どうしてあそこまでして・・・・・・」


そうか、あの子は助かったのか。

よかった。


僕は不思議と自分の視力が失なわれていることを悔やむ気持ちにはならなかった。



*****



尖閣諸島、魚釣島。


山がちな島に平地は少ない。自然の岩礁を掘り込まれて設けられた古い船着き場の奥、海上保安庁が設置した簡素な灯台がある。その先の森には、昔、この地で漁業を生業とした方が残したカツオ工場の跡地もある。


機体側面に赤十字をシーリングしたMCH-101は、船着き場近くの僅かに残る平地で高度を下げる。


着陸寸前、沼田二佐は自らドアを開き飛び降りて駆け出す。衛生士達も続く。僕も吉弘中隊長に続いて降りようとすると、中隊長が気遣ってくれる。


「一尉は足に後遺症があるのでしょう?降ろしてあげましょうか?」


「大丈夫です。一人で降りれますから」


飛び降りて、後続の海上保安庁職員の方の邪魔にならない場所に移動し、周囲を見渡す。第1小隊のみんなはどこか。


最初に目についたのは、灯台脇で投降したと思しき不法侵入者の周りで警戒する定子さんと隊員達。

応急処置のセットを入れたツールボックスをわきに抱え、定子さんに近づき、声をかける。


「定子さん、大丈夫ですか?」


「道雪君!来たのね。私は大丈夫」


僕は定子さんや近くにいる隊員たちの状態をくまなく確認する。大丈夫そうだ。曹長さんや他の隊員たちは・・・


「曹長は部下を連れ、不法侵入者が隠れていないか工場跡のほうを調べているわ。私たちのことはいいから、怪我した子を見てあげて」


「二人は別の救命医が見ていますから大丈夫です。ぼくは、残りの隊員の状態を確認する必要があります。教子さんは?」


「隊長はあちら」


定子さんの指さすほうを見る。教子さんが中隊長と話をしている。


「定子さん、ありがとう!」


僕は定子さんにお礼を言い、教子さんのところに駆け寄る。


*****


「教子さん!大丈夫ですか?」


「道雪!」


声を掛け合うことで安心する。教子さんも少し表情が和らぐ。

互いに出撃前の最後のことは意識しつつ、今は仕事に意識を向ける。


「私は大丈夫。負傷した2名は?」


「今、別の救命医が見ています。教子さん顔をよく見せてください」


僕は彼女の頬に手を当て、顔をこちらに向ける。こんなふうに僕が触れるのは彼女だけだ。彼女も戸惑いつつ僕に触れられることを嫌がりはしない。


だけど、そんな気持ちはすぐに吹き飛ぶ。


!!おかしい!!

顔色が悪い!いつもの教子さんと違う!


僕は教子さんの体を見るけど、スカウトスイマーのせいで一見してよくわからない。


「教子さん!どこか怪我してませんか?顔色が悪い!」


「私は大丈夫よ。大したことはないわ」


「大丈夫かどうかは、僕が判断します。怪我の個所は?」


「左肩の後ろ、多分、跳弾が当たっただけよ。あとで処置すればよいわ」


僕は教子さんの横に回り、けがをした部分を確認する。確かに、銃創のような跡がある。分かりにくいが出血量も多そうだ。


「教子さん、ちょっと座って。直ぐ止血するから。衛生士さん!こちらにもけが人がいます!担架をお願いします!」


「道雪、私は大丈夫よ。歩けるわ」


「無理してはだめです。出血量が多い。医官ぼくの指示に従ってください!」


僕は教子さんの止血を行う。彼女は負傷者扱いされることを渋々受け入れる。


担架で運ばれる直前、僕に言葉を残す。


「道雪、気を付けて」


「うん。大丈夫」


*****


第1小隊の指揮は教子さんから吉弘中隊長に渡った。教子さんは負傷者として先の2名と共に救難ヘリで「いせ」に搬送される。処置が早かったおかげで3人とも命に触るようなことはないと思う。

警戒監視活動から戻ってきた曹長と部下の無事も確認された。


僕は次にやるべき大切な仕事に向かう。


亡くなったとされる不法侵入者の方々の遺体の確認だ。まだ助かる人がいるかもしれない。

危険があるので、数名の小隊の隊員が横で監視している。


確認の前、ヘルメットを脱ぎ手を合わせる。


遺体の損傷具合を見ると、大きく二つに分かれる。5.56mmにより致命傷を受けた損傷の少ないものと、損傷が非常に激しいもの。中には、身元の確認が難しいほどの遺体もある。おそらく、アパッチの30mmにやられたものだ。ガンナーは第1小隊を守るため、発砲する者は躊躇うことなく掃射したようだ。そのおかげで第1小隊に大きなけが人が出ずに済んだのだろう。


僕は一つ一つのご遺体を確認していく、


!!ん?何か違和感を感じる。


僕は目の前のご遺体を移動させる。ほとんど外傷が認められない遺体が見える。


あれ?これって・・・・


その時、遺体と思われた体を触ると、突然、目が開き、すばやく立ち上がる。その両手は小銃を握ってはいるが、僕を狙って構えているわけではない。僕を撃とうとしているようには見えない。


この子・・・怪我をしている。

でも、致命傷には見えない。


その目は恐怖で震えている。年齢はとても若そうだ。高校を出て数年、二十歳そこそこだろう。この子は望んでここにいるのか?こんなところでむざむざ命を落とすために、今まで生きてきたのか?


僕はとっさに、この子を救いたいと強く思う。この子にも、未来はあるはずだ!


僕は腕の赤十字の腕章をその子に見せながら、出来るだけ優しく英語で声をかける。


「I'm MEDIC. I'll take care of you. Get your GUN down, please.」

 (私は医者です。あなたを治療しますので、銃を下ろしてください。)


その子は、僕の眼を見てはいるが、体は硬直して震えているようだ。僕は優しく、ゆっくりとその子に近づく。その子の銃に手が届きそうになった時、僕の様子に気づいた第1小隊の隊員が声をかける。


「医官殿!危険です!下がって!!」


隊員は89式小銃を構え声をかける。

僕はとっさに叫ぶ。


「だめ!この子はけが人です。撃たないで!!」


僕の声に驚いたその子は、両手で握った小銃の銃底で、とっさに僕の右側頭部を殴りつける。


頭部を殴打された瞬間、視界の右側が急激に狭くなる。


「医官殿!!」


隊員が叫ぶと、さらにその子は興奮し、再び銃口で今度は僕の左側頭部を殴りつける。


瞬間、視野を完全に失った僕は、銃撃からその子を守るために、とっさにその子に抱き着き二人とも倒れ込む。


「医官殿!!・・・・!!」


僕の名前を呼びながら集まってくる隊員たちの気配を感じながら僕は意識を失う。


この子を救いたい。

救わなければならない。


そう強く願いながら。









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