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衛生班、離陸


工作員であっても、命は惜しいはずだ。


投降してくれれば武力制圧の必要はない。

そうすれば、みんな無事に戻ってこれる。

僕は飛行甲板上で発艦を待つ救難ヘリコプターの中、手を合わせ祈っていた。


「心配するな。立花一尉。アパッチの対人戦闘能力は絶大なのだろ?第1小隊はすぐに制圧するよ」


沼田二佐が声をかけてくれる。昔から、僕が落ち込んでいるときは元気づけてくれた。だけど、僕の気持ちは晴れない。


前にもこうやって搭乗する輸送機で艦船からの発艦を待った記憶がある。そう、あれは初めて演習に帯同した時だ。


あの時、僕は教子さんと初めてキスをした。


彼女のことを思い始めると、不安で胸が張り裂けそうになる。


「立花一尉、佐伯二尉には優秀な部下がいる。陸曹長は、貴方の泣き顔を見たくないだろうから、きっと彼女のことを守るわ」


僕の隣に座る吉弘中隊長が声をかけてくれる。


MCH-101には、上陸する衛生隊6名、不法侵入者拘束のための海上保安庁職員10名に加え、制圧後の現場指揮官として吉弘中隊長も搭乗している。彼女は僕を落ち着かせるためか、普段は見せない優しい声で、意外なことを語り始める。


「結団式の時の貴方の宣誓、あれは良かったです。立派な宣誓でした」


突然の会話の内容についていけない僕は茫然とする。


「連隊長以下、貴方の宣誓を聞いたものは、皆、目が覚めたと思う。自分が自衛官であることの誇りを思い出したと思うわ」


「・・・・・」


返す言葉が見つからずに黙っていると、操縦席に座る機長がこちらを振り向き叫ぶ。


「第1小隊から連絡!島の制圧に成功したそうです。直ちに発艦します!」


*****


「負傷者は?!!」


間髪を入れず沼田二佐が叫ぶ。

救難ヘリコプターはアイドリングをはじめ機内の騒音が激しくなる。

あわただしく機器を操作をする機長は大きな声で答える。


「まだ分かりません!!現在、確認中です!!」


僕は再び手を合わせ、強く祈る。


返信はなかなか得られない。答えが得られない時間がもどかしい。

永遠にも感じる数分が過ぎた後、再び機長が短く叫ぶ。


「第1小隊の負傷者は2名!!今のところ、両名とも意識はあるそうです!!」


席を立ち上がりそうな勢いで叫ぶ沼田二佐。


「負傷者の氏名と容態を確認してくれ!!」


再び長い時間。


MCHの前方、燃料の尽きる先行機に代わり交代で航空支援を提供するアパッチが早くも離陸する。遅れること数分、発艦準備が整ったMCH-101が機長が叫ぶ。


「離陸します!!」


まだ意識があるなら助ける見込みはあるはずだ。衛生士たちも隊員の血液型リストや輸血パック、緊急時の喉頭鏡や挿管セットの準備など、座席で出来ることをやり始める。


独特の上下動を繰り返しながら飛行するヘリの中、全員が固唾をのんで連絡を待つ。


「負傷者は、新藤一等陸曹、山内二等陸曹の2名!!」


小隊の元気印の明るい子たちだ。彼女たちの笑顔が思い出される。二人とも若い。僕たちが行くまで頑張ってほしい。彼女たちなら、頑張れるはずだ。絶対に助けるんだ!僕は自分の責任を強く自覚し、島への到着を待つ。


不安な時間が過ぎる中、突然、機長から信じられない報告が入る。


「制圧した不法侵入者は22名!内16名はすでに死亡!!6名は投降したそうです!!」


え?・・・


16名がすでに死亡?負傷者はいないのか?


僕は今聞いたことが信じられずに茫然となる。


巡視船からの上陸者を合わせ20名程度の不法上陸者がいるとの情報は知っていた。

だけど、16名もの方が亡くなったなんて・・・


僕は力なくうなだれる。

ほとんど助けられなかった・・・

もっと助けられると思ったのに・・・

ヘリコプターの揺れのせいか、気分まで悪くなり始める。


そんな僕の様子を見た沼田二佐が座席のベルトを外し僕の前に立つ。そして腕を広げたかと思うと、両手で強く頬をはたかれ、そのまま両手で顔を挟まれ持ち上げられる。


目の前に彼女の真剣な顔がある。


「しっかりしろ、立花一尉!君はあれだけの傷を負いながら少女を救ったのだろ?!なぜそんなことで落ち込む?私の眼を見ろ!!いいか、今から指示を与える!第1小隊の負傷者2名はいずれも私と衛生士達で診る。今の君に任せると医療事故になりかねない」


「え?・・・でも」


「黙って聞け!君は、島に着いたら第1小隊の残りの隊員全員の状態をその目で確認しろ!」


「・・・第1小隊の?」


「負傷者2名という情報を信じるな!けが人は必ずほかにもいる。今は大丈夫でも、10分後には様態が急変し、助からない可能性だってある。必ず、直接その目で確認するんだ。いいか?全員だぞ!!」


「はい。分かりました」


自分のふがいなさに悔しさがこみ上げる。そうだ。まだ何もわかっていない。自衛隊員は、自分のけがを過少に申告する。災害派遣時など、多くの隊員が救助作業中にケガをしてもほとんど報告しないことが問題となった。僕はみんなを守るためにここにいるんだ。今、出来ることをやらなければ後悔する。


機長が報告する。


「島が見えました。沼田二佐、着陸しますので着席願います!」


「私のことはどうでもいい!さっさと着陸しろ機長!急げ!!」


「機体を安定させるためです!着席ください二佐!」


機長と沼田二佐は自らを鼓舞するように声を出しあう。機内の緊張が高まる。


僕は自らの頬を叩いて気合を入れなおす。


雲に覆われた東の空からは薄明がさし始めている。


衛生隊の救助活動が、始まる。














読んで頂き、ありがとうございます。

予定では、後、5話で終了します。

お付き合い頂ければ幸いです。


ミルズ

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