第1小隊、出撃
島周辺の海上・航空優勢は海・空 自衛隊によって確保された。
残るは、我が国の領土・領海への不法侵入勢力の制圧と負傷者の救助。
上陸に先立ち、陸上自衛隊のAH-64Dが、接岸する2隻の共和国巡視船の武装を無力化する。
その後、AH-64Dの航空支援を受けた第1小隊が、チヌークからの夜間海上ヘリボーンにより水路潜入し、不法侵入勢力の制圧・武装解除を行う。
AH-64Dはすでに「いせ」を発艦。
ローター音が聞こえないほどの遠方から、暗視スコープを用いた精密射撃による巡視船の武装無力化に向け、島に向かって飛行中だ。
作戦に参加する第1小隊の隊員は装備を整え「いせ」の多目的区画に集結した。
*****
僕は第1小隊の出撃を見送る為、多目的区画の後方壁際で隊員たちの様子を見ている。
すると、僕の存在に気づいた定子さんが、笑顔で僕を手招きする。この人はどんな時でも優しい。
僕は第1小隊幹部の集まる場所に近づく。
「道雪君も、ここで一緒に話を聞いて」
「え?でも、僕は・・・」
頼りになる曹長も優しく言ってくれる。
「道雪さんは、私たちの天使ですから。そばにいてください。きっとそれが私たちに幸運を呼び込むはずです」
僕は、みんなと一緒にいられることを感謝し、小さくうなずく。
「うん、ありがとう」
大友 麟子派遣部隊長と中隊幹部、教子さんが部屋に入ってくる。
一際背の低い僕が第1小隊に混ざっていることは皆気づいているだろう。定子さんが号令をかけ、出撃前の最後の訓示が始まる。
*****
派遣部隊長の訓示はいつものように短く終わる。
代わって教子さんが訓示に立つ。
隊員達の雰囲気が変わる。
彼女たちの士気が上がるのを感じる。
「これよりわが領土への不法侵入者の拘束に向かう。侵入者は、訓練された工作員と考えられる。彼女らは死を賭して祖国の旗を守ろうとするだろう。抵抗する者は躊躇うことなく撃て」
「応!」
教子さんの表情に興奮は感じられない。
「市ヶ谷(統合幕僚監部)は、この作戦を特殊作戦群に命ずるか我々に命ずるか、最後まで悩んだらしい。今回の作戦を成功させ、我々が特殊作戦群の下位互換ではないことを証明する。作戦終了後、我々は実戦でその実力を証明した唯一の特殊部隊となる」
「応!!」
教子さんと目が合う。
ほんの少し、表情が和らいだ気がする。
「我々の作戦後、そこにいる道雪が衛生隊を率いて島に上陸する。我らが天使の降臨を邪魔する輩が現れぬよう、歯向かう意思のある者は一人たりとも見過ごすな!」
「おおお!!!」
隊員達は鬨の声を上げた。
*****
隊員達は「いせ」のヘリコプター搭乗員待機室を通り、飛行甲板に出ていく。僕は、飛行甲板に出る最後の扉で、海上自衛隊の甲板員の女性に止められる。
「医官殿、危険ですので、甲板に出るのはお控えください。こちらでお見送りを」
僕は甲板に出る扉から輸送ヘリに乗り込む隊員たちを見送る。
外は星一つない曇天の闇夜。
輸送ヘリの巨大なローター音が響く。
灯火管制によりわずかな赤色灯に照らされる甲板。
開口する後部ハッチからチヌークに乗り込む部下たちの前。背筋を伸ばして夜の闇を見据える彼女の立姿は、戦いに向かう女神のようだ。身にまとうは漆黒の水泳斥候用装備。凛々しいその横顔は、僕の中で、亡くなったパイロットの面影と重なる。
思いを彼女に伝えたい。後悔はしたくない。
僕は強い意志を込めて、女性甲板員を見上げる。彼女は僕の眼を見ると戸惑いわずかに逡巡する。突然、自らの甲板員ヘルメットを脱ぎ僕にかぶせた甲板員は教子さんのところに行く許可をくれる。
「医官殿、行ってください。急いで!」
「ありがとう!」
僕は、最後に乗り込む隊員を見守る教子さんのところに駆け寄り、彼女に抱き着く。
彼女は僕を抱きとめ最後の口づけを交わす。
僕は彼女の耳元で伝えたかった言葉を告げる。
「教子さん、初めて会った時から好きでした」
彼女は柔らかい笑顔で返してくれる。
「道雪、実は私、貴方と会う前から、道雪のことが大好きだったのよ」
「え?」
彼女は最後に僕の頬をなでると笑顔でチヌークに乗り込む。
後部ハッチが上がり彼女の顔が見えなくなる直前、彼女は僕に向かって何かを語る。ローター音の前に、その声は聞こえない。
第1小隊を載せたチヌークがゆっくりと浮上していく。
僕には彼女の意図が分かった。
彼女は最後、あえて聞こえない言葉を僕に残したのだ。その言葉を聞くために再び会うことを約束をしたのだ。
甲板員に支えられながら、僕は闇夜に消えゆくチヌークを見送った。
「神様、どうか彼女達を守って下さい・・・」