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出 航


「すごい!集中治療室もある」


ここは佐世保港を母港とする第2護衛隊群 旗艦「いせ」の医療区画。

病床は8床、集中治療室や手術室もある。

僕が今所属する相浦駐屯地の医務室など、比べるまでもない。

施設の充実ぶりに驚いていると、突然、背後から抱きしめられる。


「久しぶりだな。立花一尉。傷の具合はどうだ?どれ、執刀医の私が見てやろう」


「沼田二佐?!ちょっ、ちょっと!何やってるんですか?!」


この人は、僕の指導医であり、電車事故の時に治療してくれた恩人だ。

昔の記憶ではイケメンプレイボーイ医師だった。いまは男子大好き美魔女系セクハラ女医になってしまっているが。

僕の体を拘束した状態で、事故の後遺症が残る太ももから鼠径部に右手を這わせてくる。


「って、そこはだめでしょっ!沼田二佐!勘弁してください!あ!」


力いっぱい抵抗するも、まったく歯が立たない。

助けを求めようとした時、背後で沼田二佐の頭が誰かにはたかれる音がして解放される。


「沼田!うちの大切な救命医にセクハラしないでくれる?」


僕の上司、臼杵衛生長が助けてくれたようだ。さすが、衛生長、頼りになる。


「臼杵!久しぶりだね。そちらこそ私の大切な弟子に、手を出してないだろうね」


「出すはずないでしょうが!貴女じゃあるまいし。さっさと衛生隊の打ち合わせをやるわよ!」


今回の派遣部隊の衛生班は、臼杵二等陸佐率いる西部方面隊衛生隊と、沼田二等海佐率いる自衛隊中央病院医師チームの混成部隊となる。

この二人は防衛医科大学時代の同期だったらしく、意思疎通にも問題なさそうだ。


*****


「麻酔科医の方もいるのですか!それは助かります!」


僕は、陸自・海自の混成衛生班の陣容に、感嘆の声を出す。

沼田二佐がウインクしながら応える。


「私が連れてきたんだ。

ただでさえ混乱する現場での手術。患者の生命維持管理を安心して任せられる麻酔科医がいるのといないとでは、執刀医の負担は全く変わる。

これで、皆が全力で力を発揮できるはずだ」


衛生班のミーティングは順調だ。全員、自衛隊中央病院で研修時代を過ごした医官・衛生士であり、連携もうまくいきそうだ。終了間際、僕は気になっていたことを沼田二佐に質問する。


「沼田さん、乗艦時に格納庫の後方で白い大きなヘリを見たんですが、あれは何ですか?」


そう。格納庫の後方、一際、真っ白くて大きめの機体のヘリがいたのだ。

沼田さんは、僕の意図にすぐに気づき、にやりとして返してくれる。

昔、指導医として指導してもらっていた時を思い出す。


「ほほう。さすがは私の弟子だ。あれはMCH-101、救難・輸送ヘリコプターだ。

あの白い機体、救命医としては期待してしまうだろう?私も考えていたよ」


やはりこの人も気付いていたのか?


「はい。あれなら、側面に赤十字マークを示せば医療ヘリとして認識されるのではないでしょうか」


臼杵衛生長が、僕たちの会話に口をはさむ。


「何?どういうこと?医療ヘリって」


僕と沼田さんは、中央病院時代、よく議論していた。

救命医(軍医)は、戦場でもっと前線の近くで活動すべきではないかと。

軍医の立場は、国によって異なる。日本のように、部隊の指揮系統に組み込まれる場合もあれば、非戦闘員に近い位置づけとして扱われる場合もある。

どの軍隊にも共通するのは、病院船など赤十字を掲げる存在に対して、攻撃を行わないこと。

であれば、民間のドクターヘリのように、戦場でも赤十字を掲げた医療ヘリが救命医を伴い前線近くに進出すれば、負傷兵に早期に措置が行える。一人でも多くの負傷兵を助けたい、僕たち医師の悲願だ。


臼杵二佐は、僕たちの説明に理解を示すも、懸念もあるようだ。


「つまり、今回の上陸作戦後、あのヘリに乗って、衛生班の一部も上陸しようってこと?話としては良さそうだけど、リスクを上が認めるかしら?」


「臼杵、これを戦術としてとらえると、そういう話になる。まあ、見てな。この後、合同ブリーフィングで、私が提案する。きっと、上層部は認めざる負えないよ」


そう。昔から沼田二佐は、口が達者だったんだよな。女性を口説くときも。


*****


「いせ」艦内、多目的区画。陸・海・空 合同ブリーフィング。


全士官が集まるブリーフィング。僕は衛生隊士官として沼田二佐の後ろで席についている。

最初の会敵時の攻撃手段に関して、海・空幕僚の間で激しい議論があった。

現在は陸自の派遣部隊長である我らが西部方面普通科連隊の大友麟子おおともりんこ連隊長が上陸作戦の概要を説明している。特に海・空作戦士官からの反論はない。これは地上軍の仕事であり、彼女らとしては口をはさむこともないのだろう。


大友連隊長の近くに、教子さんと定子さんもいる。僕と目が合うと、教子さんはわずかに表情が柔らかくなり、定子さんは笑顔で手を振ってくれる。


上陸作戦の説明後、会議の調整役である海上自衛隊の作戦士官が、衛生班責任者の沼田二佐に尋ねる。


「衛生班からは何か報告することはありますか?」


「衛生班からお願いがあります」


沼田二佐の説明が始まる。


*****


「島の制圧直後に、救命医が医療ヘリで島に上陸ですって?

”いせ” の医療区画への負傷者収容後の治療ではだめなの?危険でしょう!」


海上自衛隊佐世保基地、群司令の斎藤海将補が訪ねる。沼田二等海佐は応える。


「群司令、今回の政府の要求は、”実効支配の回復”です。共和国は、自国民の救助活動を実施することで、自国の施政権が及んでいることをアピールしました。

これに対し、単に正面火力でそれを排除したところで、それは力の支配、つまり侵略行為と捉えられるリスクがあります」


「・・・・・続けて」


「共和国の主張を封じ込めるには、我々の施政権が及んでいる証拠として、単に軍事的に島を占領するだけでなく、当方も負傷者の救助活動を行うことで、共和国の救助活動を”上書き”してしまうのが有効だと考えます」


「・・・・・それで、MCH-101の出番ね。なるほど。緊急安全保障理事会のことを考えると、貴女の提案は少なくとも政府には魅力的に映るでしょうね。分かりました。検討します」


再び教子さんと目が合う。あ!・・・・・物凄く、にらんでる・・・・・


*****


20:00 「いせ」便乗士官待機室

尖閣諸島付近の海域まであと10時間程度。今はまだ総員配置(哨戒配備態勢)ではない。

この後、少しだけ休憩が取れる予定だ。

僕は教子さんに会いに第1小隊のいる部屋に来た。

彼女を見つけ声をかける。


「教子さん」


「・・・・・」


教子さんは気づいているくせに、後片付けするふりをして、口をきいてくれない。

やっぱり怒ってる。僕たち救命医の上陸のことかな。そうだよね。

横では、定子さんが心配そうに僕たちの様子をうかがっている。

僕はもう一度声をかける。


「教子さん。どうして、返事してくれないの?」


「・・・・・あれは、道雪の提案なの?」


「救命医の上陸のこと?そうだよ。みんなを助ける一番いい方法だと思ったから」


「・・・・道雪は、制圧後の島は即座に安全が確保されるって考えてるの?」


「そうは思わない。でも、僕たち医療班は、味方の負傷兵の治療後は、敵の負傷者も治療するつもりだよ。だから、僕たちに攻撃はしないと思う」


「・・・・思い通りにいくかしら」


「・・・・ねえ教子さん。ケンカはよそうよ。

・・・・こんな気持ちでは、悲しいよ」


僕は俯いて黙り込む。

ようやく教子さんがこちらに向いてくれたと思うと、いきなり抱きしめられる。


「・・・・そうね。ごめんなさい。道雪。

あなたは覚悟して、医官として正しいと信じることをするのよね。私が悪かったわ」


「うん」


「でも、島では私の指示に従って。相手は死を賭してこの作戦に参加している工作員たちよ。簡単に信用しては危険だわ」


「うん。分かった」


それ以上、互いに言葉はない。ただ、抱き合い、互いの体温を感じる。

こうしていると、心が落ち着く。

しばらく抱き合った後、教子さんは僕を離し、肩に手を置いて僕の顔をのぞき込む。


「さ。そろそろ戻って、休んだほうがいいわ。私たち上陸班の出番は最後だけど、艦隊戦が始まったら道雪はもっと早く出番が来るかもしれない。

お互い、休めるうちに休んだほうがいいわ」


「うん。おやすみ。教子さん」

「おやすみ。道雪」


この日のキスは少しだけ切ない感じがした。




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