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誓 い


尖閣諸島の実効支配の喪失から、国連の緊急安全保障理事会の開催までの猶予として政府が獲得した時間は4日間。


これだけの時間が確保できた理由のひとつは、今回の行動が軍(東部戦区)単独の判断であった為、共和国政府の初動が遅れたこと。もうひとつは、外交努力にある。


実効支配を失ったまま安全保障理事会が開かれれば、共和国の要求は明らかだ。

過去にわが国政府が諸外国に示してきた方針 ”力による現状の変更の反対” である。


*****


今回の事態を受け、米国は即座に日本を全面的に支持することを表明した。

さらに、尖閣諸島を取り戻す軍事的オプションに協力することも約束した。


合衆国は、自国民の安全の為、共和国原子力潜水艦の自由な自国海岸線への接近を拒否する必要がある。そのためには、第1列島線を守る必要があり、今回の事態は容認できなかった。

日米安全保障条約は、むしろ後付の道義である。


合衆国協力の下、東アジアに展開していた2個空母打撃群が台湾付近で哨戒活動を開始し共和国海軍を足止めする。

その結果、尖閣周辺に展開された共和国海軍は、限定的な戦力となった。


これを受け、自衛隊最高司令官である首相は命じた。


「国連緊急安全保障理事会までに、尖閣諸島の実効支配を取り戻す」


*****


佐伯小隊長が緊急呼び出しを受けた午後。


立花一尉は、相浦駐屯地で開催された<西部方面普通科連隊 派遣部隊 結団式>に参加している。

このあと、派遣部隊は佐世保港から護衛艦「いせ」に乗艦する。


参加するのは西部方面普通科連隊 第1中隊と衛生隊を含むその支援隊である。

衛生隊は医官2名(臼杵隊長、立花一尉)、看護師 4名で結成された。

結団式が終了し、臼杵隊長の指示で衛生装備品の確認作業を始めたとき、佐伯小隊長が硬い表情で彼の元に現れる。

周囲では衛生隊と第1小隊の隊員たちが二人の様子を伺っている。


若い医官は小隊長に尋ねる。


「教子さん、どうされました?」


佐伯小隊長は冷静さを保った声で言い放つ。


「道雪、あなたは部隊配備1年も満たない男性医官よ。もともとここへの配属も、1年間の期間限定の訓練課程のようなもの。今回の作戦からは降りなさい」


彼女の意図を即座に理解した立花一尉は同じく硬い表情で応じる。


「僕は研修医期間を修了したこの部隊の正式な医官です。ここに配属された経緯は関係ありません。僕も作戦に参加します」


「だめよ。あなたは十分な部隊経験がないわ。連れて行くことはできません。ここに残って、残りの期間、部隊勤務に励みなさい!」


二人のやり取りは徐々に激しくなる。互いに一歩も引く気はない。


「いいえ!僕は作戦に参加します。僕の専門はプライマリケア(救命救急)です。僕こそ、今回の作戦に必要な医官です。僕は下りるつもりはありません!」


「わからないの?あなたみたいな半人前の男性医官にうろつかれたら迷惑なの。降りなさい!!」


その厳しさに一条三尉が二人の仲裁に入ろうとする。


「隊長、道雪君。落ち着いて」


「絶対、降りません!僕は作戦に参加します!」


どうしても納得しない医官に対し、とうとう佐伯小隊長は激しく言い放った。


「あなたは電車事故の後遺症で、まともに走ることもできないのよ。足手まといで邪魔よ。部隊の足を引っ張るようなら、すぐに自衛官などやめてしまいなさい!」


「!!!・・・・・」


思わぬ身体的な指摘を受け、立花一尉は返す言葉を見つけられなくなる。一条三尉が応じる。


「隊長、そんな言い方しなくても。道雪君は立派な医官よ」


「いいえ。彼の存在は部隊の足を引っ張ります。連隊長に、彼をこの作戦から降ろすよう具申します!」


そう言い放った小隊長は、彼に背中を向け連隊本部に向かおうとする。医官は分かっていた。彼に言葉を浴びせた彼女のほうが、心が痛んだことを。医官は考える。どうしたら、自分を連れて行ってもらえるか。


とっさに彼は大きな声で叫び始める。

自衛官に任官した日に誓った言葉を。


「私は!!! わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し!!」


それを聞いた小隊長の足が止まる。

彼は宣誓を続ける。


「日本国憲法及び法令を遵守し!!一致団結、厳正な規律を保持し!!」


振り返った小隊長は彼の宣誓を止めようとする。


「やめなさい!!」


彼はかまわず続ける。


「常に徳操を養い!!人格を尊重し!!心身をきたえ!!技能をみがき!!強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり!!」


もはや彼女にその神聖な行為を止める手立てはなかった。


「事に臨んでは危険を顧みず!!身をもつて責務の完遂に務め!!もつて国民の負託にこたえることを誓います!!」


「「「・・・・・」」」


居合わせたものに言葉は無かった。

全員分かっていた。

組織ではない、部隊でもない。

一人一人の自衛官の、かくも切なく、崇高な自己犠牲の覚悟こそが、この国の安全を守ることを。


彼女は彼の元に歩み寄り強くその体を抱きしめる。その目からは大粒の涙が零れ落ちている。


「道雪、戦闘が始まったら、必ず救命具を着るのよ。目の前にあるからって、後回しにしては駄目」


「はい」


「乗艦したら、あなたのいる場所からの避難経路を良く確認して。

必ず、艦首側と艦尾側で複数の経路を把握しておくのよ」


「はい。分かりました」


「道雪・・・・あなたを死なせたくない・・・・」


彼も涙を流しながら言葉を返す。


「僕はこの部隊の天使なんですよ。僕がみんなを守ります。だから置いて行かないでください」


「道雪・・・・」


*****


抱き合ったままの二人に、一条三尉が泣きながら言葉をかける。


「うう。隊長お~。道雪君はみんなの道雪君だからあ~、私たちみんなで守るわあ」


頼りになる曹長も泣きながら声をかける。


「隊長もご存知でしょう。私が薩摩のトビウオと呼ばれるほど泳ぎが得意なこと。

もし、いせが沈むようなことがあれば、私が彼を背負って近くの島まで泳ぎますから」


この言葉に一条三尉が突っ込んだ。


「ううう。曹長~!あなたどうして陸自にはいったのよお!!」








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