呼び出し音
50年前。
この国と共和国に二人の女傑指導者が現れた。二人はそれぞれの指導力を背景に、当時、国交のなかった両国間で平和条約を締結する。このとき、尖閣諸島の扱いは公式外交記録には何一つ記されていない。
やがて海洋権益の概念が広がると共に両国の指導者はこの島に関する二国間の取り決めが無いことについて、それぞれ異なる解釈を始める。
共和国は、”未解決領土問題の棚上げ” と捉え、
この国の指導者は、共和国内沈静目的に寄与するため、声高に”領土問題は存在しない”と主張しないことだと考えた。
このボタンの掛け違いは、その後、長い時間放置された。
その間、共和国の”海洋資源の獲得”という大きな欲望は膨らみ続け、もはやボタンをはずすことはできなくなっていた。
国交回復から40年、日本の首都に現れた女性首長は、この問題に再び光を当てる。彼女に後押しされる形で時の政権は公式見解を述べる。
その島は日本の実効支配下にあると。
掛け違えたボタンが内部からの圧力に耐え切れる時間が切れる、それは目前だった。
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第11管区 海上保安部。
いつものように彼女たちは共和国海警局の巡視船が接続水域に接近していることを把握していた。海警局の巡視船は、尖閣諸島が自らの実効支配下にあることを内外に示そうと、たびたび、その島の周囲12海里(領海)に侵入することを企図していた。
その日も海上保安部は2隻の巡視船を急派する。
だが、この日の海警局巡視船が帯びた任務は、単なる航行ではなかった。
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未明、その小さな漁船は、尖閣諸島までの距離が近いEEZ境界である台湾と尖閣諸島の中間点でエンジンを止める。
乗り込む4名の女性たちは、互いの幸運を祈りつつ、改良した救命ボート2隻を海に浮かべる。
救難信号の発行を合図に、自らの船を爆破するとともに、2隻の救命ボートに分乗、全速力で尖閣諸島に向かう。燃料は片道分しか積んでいない。
覚悟の上での行動であった。
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P-3C 哨戒機。
海上自衛隊のこの飛行機を、”対潜哨戒機”と呼ぶ人もいる。しかしその呼び方は正しくない。現在の正式名称は単なる”哨戒機”、Patrol(哨戒活動)を主目的に、長時間の洋上での対潜戦と警戒監視行動が可能な稀有な航空機である。
その日、猛スピードで尖閣諸島に接近する2隻のボートを発見したのも哨戒活動中のP-3Cであった。搭乗する戦術航空士は、急ぎ情報を海上自衛隊に伝える。その情報が海上保安庁に伝わったときとほぼ同じころ、尖閣諸島の接続水域では、共和国巡視船から海上保安庁の巡視船に対し、警告がなされる。
<我々は自国民の救助活動中である。貴船は共和国の領海を直ちに立ち去れ>
2隻のボートは巡視船同士のつばぜり合いの隙を縫い、無人島に接岸。上陸した工作員は共和国の旗を掲げる。
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海警局の巡視船と対峙する2隻の海上保安庁の巡視船のうち1隻が、領土への不法侵入者を拘束する目的で尖閣諸島に舵を切る。
残された巡視船は、数的不利の状況下で、2隻の侵入船を領海に近づけないよう、懸命に航行する。
そのとき、不法侵入者逮捕に向かった巡視船。
突然、海中からの爆発で船体が真っ二つに切り裂かれる。
上空で警戒監視を行っていたP-3Cはこの水中爆発が魚雷によるものとすぐに気づく。即座にソーナーを展開、共和国と思しき潜水艦を発見する。
ともに危険を顧みず国のために働く同胞、しかも彼女たちの巡視船にはソーナーもなければデコイもない。そのような巡視船に何の警告もなく魚雷攻撃を行った潜水艦に対し、彼女たちは燃料が続く限り追尾を続ける。
だが、彼女たちの訴えもむなしく、潜水艦への攻撃許可は与えられなかった。
爆発により、幾名かの海上保安官が海に投げ出される。残された巡視船は、海警局とのにらみ合いを中止、彼女たちの救助活動に駆けつける。
海警局は、自国人民の救助を目的に、尖閣諸島に接岸。海上保安庁巡視船に対して、高らかに警告放送を行う。
<ここは共和国の領土・領海である>
<貴船の救助活動を妨害しない>
<救助後、速やかに立ち去れ>
尖閣諸島の実効支配権を失った瞬間である。
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幸せな時を過ごす二人の枕元。
佐伯二尉の携帯電話が呼び出し音を発する。
電話に出るためベッドを起きる直前、彼女は優しく道雪にキスをした。