演習終了
06:40 島中央部 訓練監視棟。
ここは普段、訓練を監視する教育隊の教官が利用する場所であり、島で最も標高が高い場所にある。屋上は、島の全体を見渡すことができる唯一の場所でもある。
第1小隊は、すでに建物を包囲しており、突入はいつでも可能な状態だ。
部下たちは次の指示をその眼で確認するため、私の顔を見つめる。
この時、私は自分に足りないものを自覚した。
水陸両用基本訓練課程、洋上潜入課程、艇長課程、潜水課程を修了し、水路潜入徽章を得た。
幹部レンジャー過程も終了し、レンジャー徽章も持っている。
だけど、この状況での人質救出訓練の経験はない。それは特殊作戦群が行う訓練課程だ。
この後、私は隊員に何を指示すればよい?このまま建物に突入し、敵を排除すればよい?
その時、建物から小さな声が聞こえた。
「教子さん!」
!!道雪がいる。彼がそこに。私は迷うことをやめる。
建物の内部は狭い。私と三尉、曹長の三名で正面から突入し、残りは周囲での警戒監視を手信号で伝える。建物のドアの前、このドアにカギはない。三名は息を合わせる。一・二・三!
構えた89式小銃の先、そこに広がる光景に足が止まる。
彼はアマンダに拘束されていた。その表情は緊張しているのか青白い。
でも、乱暴されていないことは見て取れる。彼女がそんな奴じゃないことはよくわかっている。
これは訓練だ。それでも、拘束される彼の姿を見ると胸が痛む。この時、私は上陸作戦中に彼から目を離したことを強く後悔する。
アマンダがゆっくりと動き出す。右手を拳銃の形にして、人差し指を道雪のこめかみに据え、口頭で擬音を発した。
『Bang!』
・・・・終わりだ。
もし敵の兵が民間人を人質にし、私たちが救出作戦を行えば、結果は明らかだ。
私には、この種の作戦能力がない。力なく小銃を下ろす。
そこへ、よく知る上司が現れる。
吉弘 理子三佐、第1中隊中隊長。
身長はアマンダも超える195cm、ショートヘアの本物の美丈夫だ。
彼女は水陸起動団設立時、特殊作戦群からこの部隊に移った。
そうか。特殊作戦群出身ならば知っているのだろう。こんな時、どうすればよいかを。
「佐伯二尉、Operation, “Save The Prince” 開始後30分でここを包囲した貴官の手腕は大したものよ。屋上から見ていたけど、だれ一人、容易に射殺できるタイミングは無かった。
ここまで、貴官は一人も部下を失ってはいない」
「・・・・・」
「でも、私たちは、第1小隊に対して、この作戦に必要な装備も訓練も与えてはいなかった。
それが私たちの課題であり、これがその現状なのよ」
「・・・・・」
「安心なさい、佐伯二尉。
私の貴女に対する信頼も評価も、何一つ損なわれてはいないわ。
ただ、課題を認識した、それだけよ。さあ。帰りましょう。
訓練は終了!」
私の気持ちは沈んだままだった。
私は自分の足りないところを思い知った。
私たち西部方面普通科連隊の任務は南西諸島の防衛であり、国民を守ることだ。無人島の奪還だけではない。
私は・・・未熟だ。
その時、道雪が勢いよくアマンダの手を離れ、私のところに飛びついてくる。
私は彼を抱きとめる。彼は私に抱き着いたまま、叫んだ。
「教子さんは立派でした!僕は医官で作戦の技術的なことは分かりません!でも、立派でした!
こんなに早くここまでこれたのは、教子さんだからだと思います。尊敬します!」
どうしようもなく彼が愛しくなった私は強く彼を抱きしめる。
周りにいるすべての人間が困ったような表情をしている。吉弘中隊長が声をかけてくる。
「ちょっと、一応、上官の前よ。少しは遠慮なさいな、まったく。
・・・まあいいわ。帰るわよ」
一条副長が私たちを見ながら悔しそうに叫ぶ。
「道雪君!私も頑張ったよ!私のところにも来てえ!!」
アマンダは最高の笑顔でつぶやいていた。
『何言ったかわかんなかったけど、私、あんなに強く女性に告白する男の子は初めてよ!
彼、最高ね!!』
私たちは、監視棟を後に島を降り始めた。
*****
22:00、消灯。第1小隊 幹部待機室。
本日の夕食は、酒類のないささやかなEnding Partyを兼ね広い格納庫で開催された。
あの事前通告のない追加訓練は、中隊長が第1小隊だけに課した訓練であり、公的には存在しないことを知った。アマンダさんは中隊長の依頼を受け、訓練に協力してくれたらしい。僕にはこの訓練の人質役をさせるつもりで帯同させたそうだ。
夕食の最中、アマンダさんが僕たちのところにきて、今度、駐屯地に遊びに来ると告げた。僕は是非と応えたけど、教子さんは迷惑そうな表情をしていた。彼女、悪い人ではないですよ、教子さん。
夕食後は第1小隊の面々と一緒にシャワーを浴びた。時間はたった5分。僕一人の為に時間を確保することはできなかった。小隊の皆は惜しげもなく服を脱いで絶妙なプロポーションを披露していた。
僕は自分の体に自信がなく、こそこそと端のほうで服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
教子さんが横にいてくれたけど、全くそちらを見ることはできなかった。
途中、教子さんのほうから一言二言声をかけてくれたけど、僕は目の端に映る教子さんの美しい裸体に気後れし、恥ずかしさのあまり何を答えたのかも覚えていない。
そして今、ワスプは母港の佐世保港に向かって航行中だ。
僕はベッドで体を起こし、横から顔を出す教子さんと、駐屯地帰任後の休日の予定について、囁く声で相談している。
「じゃあ、土曜日は一緒に映画を見に行きませんか?」
「OK。朝、迎えに行くわ。さすがに 08:00時は早いかしら?」
「大丈夫。どうせ待ちきれないし。 08:00時で!空いてる時間に見ちゃいましょう!」
隣の2段ベッドから一条三尉の不満の声がかかる。
「もう!消灯後!!イチャイチャするなら聞こえないようにして!!」
僕たちは顔を見合わせ、笑顔になる。
「おやすみ。教子さん」
「おやすみ。道雪」
二度目のキスは、前より長く、そして、温かかった。
幸せな時間は、もうすぐ終わります。