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命をつなぐこと


その人は、強くて優しくて、そして、嘘を言わない人だった。


「坊や!頑張れ!もう少しの辛抱だ!必ず助ける。あきらめるな!」


全てが靄にかかったような感覚の中、その人の声と手の感触は今でも覚えている。

意識を保つことに疲れた僕は、気になっていたことを尋ねた。


「お父さんとお母さんは?」


その人は、何一つ隠すことなく、真実を教えてくれた。


「君のお父さんとお母さんは亡くなった。だから君は生きるんだ。二人にもらった命を大切にするんだ!」


事実を知った僕は聞いた。もう、意識を保つことに疲れていた。


「どうして・・・生きるの?」


その人は、僕の意識を保つため、必死で語ってくれた。


「命はかけがえのないものだ。だから人はその生を全うするんだ。

生きていれば、やがて愛する人に出会うだろう。

誰かが君のことを愛してくれるだろう。そして、次の世代の命に出会うだろう。

そうやって、人は、命をつないでいくんだ」


「命を、つなぐ・・・」


「そうだ。いつか必ず、そんな時が来る。その時まで、頑張るんだ、坊や!」


僕は、崩落したトンネルの中から、家族でただ一人、助け出された。


*****


僕の名前は立花道雪たちばな どうせつ。26歳。陸上自衛隊に所属する医官(軍医)だ。


幼いころ、地震によるトンネル崩落事故で両親を亡くし、叔母の家で育てられた。

命を救ってくれた恩人にあこがれ、自衛官を志した。

8年前、運動が苦手だった僕は、努力することで防衛医科大学に入学し、医師として自衛官になる夢に向かい歩みだした。

2年前、防衛医科大学を卒業し、医師国家試験に合格した。

1か月半前、自衛隊中央病院で2年の研修医期間を経て、佐世保市に本部を置く西部方面衛生隊の二等陸尉に任命された。

そして昨日、任官と同時に入校した、世田谷区の陸上自衛隊衛生学校での幹部初級課程を修了した。

ようやく衛生医官として方面隊の役に立てるのだ。


*****


僕は今、新しく所属する部隊のある長崎県佐世保市に着任するため、電車で空港に向かって移動している。移動日は平日だった。空港に向かう電車は空いており、車両の乗客はまばらだ。


向かいには幼い女の子とお母さんが座っている。家族を迎えに空港に行くのだろうか。幸せな空気が二人を包んでいる。お父さんを迎えに行くのかな?女の子と目が合い、微笑みかけると、恥ずかしそうな笑顔を返してくれる。


途中駅を出た電車は加速を始める。目的地はもうすぐだ。

降りる準備を始めたところで異変に気付く。電車は加速したまま停車する駅を通過し、さらに加速を続ける。

おかしい・・・早すぎる!?

終点の国内線ターミナル駅まであとわずか、だが電車は減速する気配がない。

このままでは全速で終点に突入する。

見ると正面の母親も女の子を抱きかかえ、不安そうにしている。

僕は急停車に備え、目の前の親子の進行方向の隣に座り、衝撃時に二人を支えるように全身に力を入れる。母親は子供を強く抱きかかえる。


やがて、大きな衝撃と爆音が車両を襲う。

僕は母子を支えようとするが、圧倒的な力で3人とも車内に投げ出される。

窓ガラスは割れ、車両はえぐれながら大きく傾き、それでも止まらず進み続ける。

僕は親子を支えようと手に力を入れるが、捕まえることはかなわない。空中に投げ出されたところで、意識を失う。


*****


再び意識を取り戻した時、周囲は残骸の山だった。

ガラスと金属と壊れた椅子が散乱し、何かが焼けるにおいが充満している。

見ると、少し離れたところに、あの親子が横たわっている。二人とも意識がない。

急ぎ様態を診るため体を起こそうとして、痛みのない下半身に力が入らないことに気づく。

振り返って自ら怪我の様子を確認する。右股関節付近での開放性骨折と太い血管の破裂による大量の出血。これでは長くはもたない。救命医が今すぐ処理することができないならば、僕はおしまいだ。おそらく意識が保てるのは、あとわずか。

その時、あの人がくれた言葉が頭に浮かぶ。


<命をつないでいくんだ>


僕は這って移動し、なんとか倒れた親子のところにたどり着く。

母親はすでに息がない。背中に大きな金属片が刺さっており、心臓まで到達している。

女の子を見る。大きな外傷は見当たらない。だけど、息をしていない。なぜ?

口の中を確認し、気道を確保する。頬をたたいても呼吸は戻らない。

僕は必至で意識を保ちながら人工呼吸と心臓マッサージを行う。

何度目かの人工呼吸の後に、女の子はせき込みながら呼吸を再開する。


「頑張れ。もうすぐ、救助が来る。それまでの辛抱だ」


これでよかったのだろうか?

僕は、自分の生を全うできたのだろうか?

この子を助けることで、命をつなぐことができたのだろうか?


僕はその子を抱きかかえながら、意識を失った。





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